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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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自爆

~承前






 シリウスの船は基本的に連邦軍から奪ったものだ。

 それ故にデザインは連邦の艦艇に共通する基本がある。

 だが、ハルゼーが突き刺さっているその船は、今まで一度も見た事が無い。


「なんだあれ!」


 驚きの声をあげたヴァルターは、やや距離をとって艦艇を観察した。

 巨大なバルジに小さな艦橋。洗練されたエンジン回り。

 そのデザインは宇宙における戦闘の進化を見越したものだ。


「シェルの扱いが楽だろうな」


 アレックスの率直な言葉が全てだった。地球からやって来た船は、一般型航空機を前提にしているものだ。だが、シリウスのこの船はシェルを前提にした構造だ。

 艦首付近にはカタパルトでシェルを打ち出す仕組みが整っている。


 そしてそれだけでなく、ハルゼーの艦首が突き刺さっている辺りには船体に固定された砲座がいくつも見えた。完全に破壊されてこそいるが、砲台は4基か5基が見えるが、そのどれもが完全に沈黙していた。


「ハルゼーの一撃ってか」

「そのようだな」


 マイクとアレックスの分析を黙って聞いていたテッドは、そんなシリウスの戦闘艦近くをフライパスした。不用心な行為だが、それでもシリウス艦は沈黙を守ったままだ。


「やけに静かだな」


 訝しがっても動きはない。

 あちこちから明かりが漏れている状態だが、艦は死んだように静かだ。


『シェル各機へ! これよりハルゼーは全力後退を行う! 巻き込まれないよう注意せよ!』


 防空指令の言葉には緊張感が漂っていた。

 ハルゼーの艦首はガッチリ食い込んでいて、複雑に絡み合っていると思われた。


「大丈夫か? あれ」


 オーリスの口から不安そうな言葉がポロリと漏れる。

 酷い状態だが、あのままでは双方とも帰還できない。


「ところで全力後退って……」


 ロニーの言葉が流れたとき、ハルゼーの船体側面から幾つもの突起が突き出た。

 そこには巨大な液体燃料エンジンが装着されていた。

 通常は後方に向けて使う低速域での加速用エンジンだ。


「こうやるのか!」

「頭良いな!」


 テッド達も新鮮に驚く宇宙船のバック運動。

 通常は見られないオペレーションだ。


「そうか。初めて見るのか。まぁ、なんだ」


 テッドはいきなりハルゼーから離れた。

 その動きに一瞬嫌な予感を覚え、テッドも距離を取ろうとシェルを反転させた。

 しかし……


「距離を取った方が良いぞ――


 エディの言葉が無線に流れた時、既にハルゼーは全力後退を仕掛けていた。

 艦の側面に装着されていたエンジンが猛烈な噴射を行い、その強烈な一撃にかなり接近していたヴァルター機は吹き飛ばされ掛けていた。


「マジ勘弁してくれ!」


 悲鳴染みた声を上げて機動を大きく狂わせたヴァルター。

 そのサポートに付いたウッディ機もエンジンの噴射圧をまともに受けていた。

 真空中ではあるが、エンジンが噴き出した奔流のエネルギーは強烈だった。


「とんでもねぇエンジンだぜ」


 呆れてものが言えないとばかりに呟いたドッド。

 そのすぐ近くに居たジャンもまたぼやく。


「くわばらくわばら……」


 だが、それだけの急激な後退加速度を掛けたにもかかわらず、ハルゼーの艦首は姿を現す事無く、シリウス艦に突き刺さったままだった。


「こりゃ参ったな……」


 渋い声のアレックスはシリウス艦の近くへとせまって行った。

 艦の各所から何かミスト状のモノを噴出しているシリウス艦は、相変わらず沈黙状態だった。


「どうするんだ?」


 アレックスの近くに居たリーナーは、そのミスト状のものを横切った。

 シェルの機体表面に張り付いたそのミストは、グレーの機体を赤く染めた。


「……血じゃ無いだろうな」

「まさか……」


 エディの言葉にマイクが返す。

 その直後、無線の全バンドに重い声が響いた。


 ――遠く地球よりやって来た破壊の使者よ

 ――我らの子孫の安寧の為、ここで死を迎えよ

 ――シリウスに生まれし命の輝きを見るがよい


 理屈ではなく本能的に『ヤバイッ!』とテッドは思った。

 そしてそれはテッドではなく全員がそう思ったらしい。


 一斉にハルゼーから距離を取ったシェル各機は、ハルゼーの陰になるエリアへと逃げ込んだ。船体構造的に戦列艦ほどではなくとも充分強靭な船のはずだ。後は祈るしかない。シリウス側が禁じ手を使わない事を……


「反応兵器!」


 アレックスの絶叫が響いた。

 真空中ではあるが、熱線や炸裂した船体パーツそれ自体が砲弾の威力を持つ。

 モニター全てがホワイトアウトするほどの眩い光を放ち、シリウスの船は言葉では表現出来ないレベルでの大爆発を起こした。

 ハルゼーの艦先方側25%ないし30%が一瞬で消し飛び、艦後方にあったエンジン回りからも煙がもれ出た。シェルデッキは大きく膨らんで今にも裂ける寸前のような状態だ。


「何て事を……」


 ドッドの声が震えた。

 だが、本当の恐怖はここからだった。


「ハルゼー管制! ハルゼー管制! 応答せよ! ハルゼー管制!」


 エディは必死になって呼びかけた。

 艦首にあったシリウスの戦闘艦は跡形もなく吹飛び、ハルゼーの事実上前半分が失われた。シェルをオペレーションする全ての機能が失われたといって言いハルゼーは、艦の機能をつかさどる後ろ半分がどれ程機能を残して居るかの問題に移りつつあった。


「おいおい……」

「冗談じゃねぇ!」

「帰れねぇ!」


 ヴァルターもテッドもジャンまでもが声を震わせた。

 超光速飛行が出来るとは到底思えないコンディションだ。

 それどころか、通常の航海が可能かどうかも怪しい。


「ハルゼー管制! ハ……『こちらハルゼークルーズブリッジ』無事か!」


 エディの声に応答したのは、ハルゼーの航海を掌るクルーズブリッジ(航海艦橋)だった。無線を担当しているのは女性の声で、クルーズブリッジにいる数名の女性クルーと思われた。


『こちらハルゼークルーズブリッジ。現在本艦の全権限がここに臨時設置されています。各シェルは艦周辺で待機してください。現在、艦の現状把握に努めてます』


 震える声で流れた無線にエディは優しい声で返答を返した。


「こちらクレイジーサイボーグズ。現状を了解した。艦の状況を簡単で良いから教えてくれ」


 エディの声にやや間を空けて返ってきたその言葉は、サイボーグたちをして背筋を冷え冷えとさせるモノだった。


『シリウス艦の自爆によりCICが機能を停止。戦闘艦橋に破片の直撃を受け、艦長以下68名が即死。第1第2第3リアクターを損失。第4リアクターのみ健在。クルーズブリッジはウィリアムハーシェル中尉が陣頭指揮を取っています』


 誰かがごくりとつばを飲む音が聞こえた。

 無線の中にそんな音が漏れること自体異常だった。

 誰ともなく『マジかよ……』と言葉が漏れ、そして重い空気が流れた。


「サイボーグズよりクルーズブリッジへ。我々はそちらに帰投する。艦の復旧を支援するので、出入りできそうなハッチを教えてくれ」


 エディは務めて明るく声を掛けている。

 だが、無線の声の主はマイクの前で遂に泣き出したらしい。


『現在艦内には高レベル放射性物質が散乱しており、船内を移動できません。出入り可能なハッチも不明です。我々は『今から助けに行くから戦闘艦橋辺りにいる人間をどけてくれ!』


 テッドは一気に加速し、ハルゼーの戦闘艦橋へ急接近した。

 とにかく頭に浮かんだイメージを実行するだけだ。

 戦闘艦橋に接近し、至近距離で280ミリをぶっ放す。

 そして、入り口を確保し、そこから艦内へ入る。


「テッド! 俺も行くぜ!」

「俺もだ!」


 テッドの意図を理解したのか、ヴァルターとディージョが参戦した。

 艦橋にへばり付き、至近距離での一撃で突き刺さっていた巨大な破片を破壊。


 こんな時にも280ミリは役に立つと変な所で感心したテッドだが、その奥にある光景には息を呑んだ。ハルゼーの上層部がそっくりと挽肉状態に変わっていて、大量の体液がフワフワと漂っていた。


「まぁ……」

「戦争だからな」


 ヴァルターとディージョはどこか達観した様に呟いた。ただ、艦橋をクリアにする作業は続けている。あらかた大きな破片を取り除き、シェルでの作業が不可能なレベルのモノは無視せざるを得ない。

 艦橋近くにあるトラス状の通信マストへシェルを係留し、コックピットハッチを開けたテッドは、命綱を付けて艦橋の中へと一歩入った。目視出来る範囲での遺体は55名。その全てが完全に事切れていた。

 漂うリキッドは血液と体液。そして吐瀉物。それらを板状の破片でどかしながら前進していくと、エレベーターシャフトがぽっかりと口を開けていた。


『テッドよりエディ。艦橋のエレベーターシャフトを見つけた。進入してみます』


 広域のオープン回線を使って報告を上げつつ、テッドは艦内へと進入する。

 エレベーターシャフトは艦の中心部へ向かって一直線に伸びるものだ。


『テッド。艦の中心部はまだ気密が保たれている。迂闊に穴を開けるなよ』

『イエッサー!』


 元気よく応えたモノの、ではどうやって艦内へと入ろうか……

 そう思案したテッドは手詰まりに気が付いた。

 内部は1気圧近い与圧室になっている関係で、迂闊に扉が開かない構造になっている。艦内のハッチは全て中心方向へと押し開ける構造だ。つまり、中心へ入るには強烈な圧の掛かるハッチを押し開けなければならない。


『艦内より進入中のシェルパイロットへ』

『シェルパイロット。テッド少尉です』

『少尉殿。私は機関科のジェフリー兵曹長であります』

『了解した兵曹長……』


 テッドはこの時初めて自分が『士官』である事を実感した。


『兵曹長。隔壁が二重の所は無いか』

『機関室の通風口なら使えるはずです』

『了解した。そこへ向かう』

『場所は分かりますか?』

『データを持っているから大丈夫だ』


 テッドはデータバンクの中のハルゼー構造一覧を呼び出した。

 視界の中にオーバーレイされる艦内の複雑な構造図を見ながら、通風口を目指して進んでいく。その視界を中隊全員が共有しているが、気が付けば背後にヴァルターとディージョが来ていた。


「シェルは?」

「ウッディに頼んで係留して貰ってる」

「流石ウッディだぜ。何も言わなくても引き受けたよ」


 ヘルメット越し故に表情はうかがえないが、サムアップで応えてテッド達は前進した。小規模とは言え広大なボイドの中だ。生きて帰りたければ努力が必要だ。


「これじゃねぇ?」

「あぁ、そうらしい」


 機関室から伸びるドラム缶ほどの太さのパイプが天井を引き回されていた。各所でエアロック機構が付けられたそれは、機関室の中へ新鮮な空気を送るためのパイプだ。


「ここから入れそうだな」


 ディージョの指差した先には小さなハッチがある。

 恐る恐る手を掛けたテッドだが、そのハッチはあっけなく開いた。


「ここも与圧が抜けてるぜ」

「ってことは、艦首側の空気生産室は全滅か」

「艦首すっぽりネェからな」



 ウンザリとした表情でパイプの中に入った3人は艦の中心を目指す。

 細いパイプの中はガタイの良いサイボーグには動きづらい。


「なんかこんな映画無かった?」

「……あったな。古典映画だ」

「あれもテロ屋と喧嘩だったよな」


 いつもならヘラヘラと笑うところだが、今はそんな余裕など無い。

 極限の緊張を覚えつつ、僅かな気密漏れを探して前進していく。


 ――サイボーグでよかったとか……


 テッドはふと内心でそう呟いた。

 酸素の供給が途絶えたところでも動けると言うのは、もうそれだけでありがたい事なんだと痛感した。理屈ではなく現実として、この僅かな先で死の恐怖に怯えている者たちがいる。

 そこへ助けに行かねばならない。救助に行かねばならない。如何なる危険をも乗り越えていく究極のヒーローミッションかも知れない……


 ――おれが……

 ――ヒーローねぇ……


 今度は自嘲気味に笑い、そして通風パイプの途中にあるハッチにたどり着いた。

 パイプの中が一段絞ってあり、そこに蓋状のハッチが与圧で張り付いていた。

 一定の風速でどっちに風が流れても自動で閉まる仕組みだ。


「これ考えた奴、頭良いな」

「あぁ、ほんとだ」


 ただ、まともな力では開かない程の圧力だ。

 三人で力を揃え押し開けると、猛烈な勢いで気密が抜け、同時に奥のほうでドンと鈍い音がした。一つ向こうの気密ハッチが閉まったあとなら、あっけなくぱたりと開いた。


「ここからだな」

「あぁ……」


 ディージョとヴァルターがそんな会話をしている。

 テッドは奥のハッチをグッと押し開けた。再び激しい気流が起きたが、3人がするりと抜けたハッチが閉まり、気密の釣り合いが取れて再びあっけなく開いた。


「宇宙船って知恵の固まりなんだな」

「大したもんだぜ」


 そんなハッチを幾つか抜け、機関室ハッチまでたどり着いた3人は、重力の切れた機関室の中へと進入した。中一面に血と体液の漂う、恐ろしい空間だった。


「大丈夫か!」


 ヘルメットを取ったテッドが開口一声に叫ぶ。

 機関室の片隅では重傷者と死者が集められ、その周りで軽傷者が必死の復旧作業をしていたのだった。

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