ハイパードライブ
~承前
「すげぇ!」
ヴァルターは驚きの言葉を漏らした。
誰だってこんなシーンを見れば感歎の言葉を漏らすというものだ。
もちろん、テッドだって同じだ。
ハルゼーのキューポラに集まった面々は新鮮に驚いている。
「シリウスがあんなに小さい!」
それもその筈。空母ハルゼーはシリウス太陽系の最外縁天体軌道にいた。
ホルスからの近距離超光速飛行によりやって来たハルゼーは、ここで再度のワープに向けたセッティングを行う為に速度を落としていた。
ボイドの中では進路を決めるべき道しるべが全く無いのだ。
それ故、進入前の完璧なプログラミングが要求されるのだった。
「……コロニー船が無事だと良いな」
「シリウス入植の時点で流星群にやられたりしたんだってな」
ドッドやジャンも心配そうだ。皆の心配はただ一つ。
そもそもが船外作業機であるシェルを派遣したという事は……
「……死体拾いはやりたくねぇなぁ」
やや俯き加減のディージョが呟く。
それは全員の共通認識だ。
言葉を濁したフレディだが、それは参謀本部がすでにコロニー船の全滅を確認していて、その事実を皆に隠し出撃だと偽っていると怪しんでいるのだ。
そして、撃破され中身をぶちまけたコロニー船のエリアでと出向き、その遺体の回収に腕利きのシェルライダーが派遣されたのではないか。誰もそれを口にはしないが、みな同じようにその可能性を思っていた。
「まぁ、仮に死んでたとしても、回収に来てくれるだけありがてぇよな」
宇宙の虚無を飛行する船は、限りなく孤独な旅を続けることになる。
その途中で何かが起きても、なかなか救助には駆け付けられない。
つまり、ハルゼーの派遣は僥倖と言える事だった。
「ここからもう一発だな」
「外宇宙モードでワープだ」
ヴァルターとウッディが言葉を交わす。
外宇宙を走る船はワープ航法に備え準備を進めている。
航海要員は幾つもの手順を踏んでそれに備えているはずだ。
手持ち無沙汰のテッドたちはキューポラで宇宙観察中だが、それを掻き消すように艦内放送が響いた。
【クレイジーサイボーグス各員はシェルデッキに集合せよ。繰り返す。クレイジーサイボーグス各員はシェルデッキに集合せよ。大至急だ】
やや緊張したエディの声だ。
誰もが一瞬だけ不安げな表情を浮かべシェルデッキへと急ぐ。
――やっぱ死体拾いか……?
テッドの頭の中にもそんなシーンが広がっている。
宇宙を漂う夥しい数のカプセルを拾い集めるシーンだ。
「……なんか嫌な予感がするな」
「やめとけよ。現実になっちまう」
ヴァルターの言葉にウッディが答える。気分は重く足取りも重く。そしてシェルデッキに到着した時、すでにエディ達はシェルの戦闘装備を整えて待っていた。
「喧嘩支度でコックピット待機だ。現地到着時点で問答無用に戦闘を開始する可能性がある。すぐに飛び出せるように支度しろ。あと10分だ」
いきなりそう言われても対応できるだけの場数をテッドたちは踏んでいる。
ひっちゃ気になって戦闘装備を整え、シェルのコックピットに飛び込んだ。
ふと視界の中の時計表示を見れば9分が経過していた。
――間に合った!
ホッとしたのもつかの間。
シェルをガッチリと固定していたラチェットロックが増し締めされた。
「しっかりベルト締めとかねぇとな!」
「まぁ、ワイプインした先に何かあったら一巻の終わりだけどな」
マイクとアレックスが気楽な言葉を吐いて笑っていた。次元の隙間を生み出して超光速飛行する船は、ワイプインの後に障害物へ激突する可能性がある。
「俺たちはコックピットの中でフリーですぜ?」
「多少ぶつかっても俺たちは壊れねぇって思ってんのさ!」
ドッドもジャンも気楽なモノだった。
ある意味でそれは達観しているとも言える。
どんなに観測機器が優秀でも、光年単位の彼方を窺い知る事など不可能だから。
「遠慮なくドーン!と行こうぜ」
珍しく無口なリーナーが口を開いた。その言葉に皆が明るく笑った。
宇宙を旅する船乗り達は覚悟を決めて外宇宙航海を行なう。
それは、決してハルゼーのクルーに限った事では無い。
ワイプインのした先に何も障害物が無い事を神に祈るしかないのだ……
【艦長より全てのクルーへ。本艦は3分後に外宇宙モードでのワープを行う】
艦内放送が響き、デッキクルーが最終チェックを急いでいる。
全ての機器がガッチリと固定されているのを確認しているのだ。
ワープモードに入る為のハイパードライブを起動させるには、光速の75%程度まで通常動力での加速が必要になる。
強力なイオンエンジンを使いグングンと加速を始めたハルゼーは、エンジンの限界速度に達したらしく船体をカタカタと揺らし始めた。
【全乗組員は所定のワープポイントへ着席せよ】
副長の声が響き、艦の微振動が更に大きくなり始めた。
全長800メートルに達する巨艦は、その船体を狂おしいほどに震わせていた。
「毎回思うけどよぉ……」
「あぁ、マジでスゲェ」
「この加速は痺れるぜ」
テッドやディージョはあっけらかんと笑う。
ヴァルターも遠慮なく軽口を跳ばす。
艦は通常動力での加速限界に達し、いよいよハイパードライブモードへ入った。
「シェルもそうだが、こいつは人間が止めやらないと……」
「何処まででも加速し続けるからな」
黙って話を聞いていたオーリスとステンマルクも話しに加わる。
シェルのコックピットにあるモニターには、船外の星々が映っている。
その煌めきが尾を引いて流れ始めた。
――すげぇ……
テッドはその光景に釘付けた。
艦の固有振動を通り過ぎたのか、一瞬だけ艦の振動が収まる。
そして同時に全ての音が小さくなっていく。
情報を伝播させる全ての事象が減速を始めるのだ。
身体中に鉛のような重さを感じ始め、一瞬だけ艦内が薄暗くなる。
――跳んだ!
テッドは内心で叫んだ。
次の瞬間、艦内はパッと明るさを取り戻した。
「まーた光速を越えたぜ」
「少しばかり時に喰われたな」
ジャンとマイクの会話にテッドがニヤリと笑った。
高速を越えた瞬間、艦内の時間経過は限りなく停止に近づく。
光速の10倍で次元の隙間を飛び越えたハルゼーは、物理時間2時間で200億キロを飛び越えた。
「減速もスゲェ!」
ディージョの声が楽しそうだ。
ググッと減速方向のGを感じた面々は旅の終わりを感じた。
だがその時、突然ハルゼーの船体自体が大きく揺さぶられた。
「なんだなんだ!」
「冗談じゃねぇ!」
強烈なマイナスGは、まるで殴られたような衝撃だった。
シェルデッキの中には様々なものが飛び交い、壁に叩きつけられ壊れた。
まだシェルごとベルトで固定されていたから良かったようなものの、フリーであれば壁に叩きつけられていた衝撃だった。
「おいおい!」
「いきなりっすか!」
ワイプアウト直後の衝撃ともなれば、嫌でも不安の虫が顔を出す。
テッドは艦がコロニー船へ追突した危険性を思った。
だが、10秒少々を経過した後も状況はわからない。
人が一番不安を覚えるのは視界を奪われた時だというが……
「さすがに少々不安だな」
相変わらず緩い言葉を吐いたエディは、ジッと待ちの姿勢を見せた。
隊長がそう振舞う以上、テッドたちは黙っているしかない。
なんとなく手持ち無沙汰で、シェルのコックピットにある状況モニターをアレコレといじり始めたテッド。ややあってそのモニターには座標情報が表示された。
そこには予定した目標地域へは無事に到着したものの、アンノウンに激突したと表示されていた。
「行き過ぎたってか?」
「いや、目標エリアはコロニー船よりも前方だった筈だ」
マイクの言葉にアレックスはそう返した。
事実、シェルの情報モニターには予定ポイントよりも数万キロほど前進していると表示されていた。そこで艦は何かに激突し、艦内は大混乱に陥ったらしい。
「なーんか嫌な予感がするな」
「だね。なんだか嫌な胸騒ぎだよ」
ジャンとウッディはネガティブな事を口にした。
だが、幾つも死線を潜った者の勘は、だいたい当たるものだ。
――総員戦闘配備! 繰り返す! 総員戦闘配備!
突如として艦内に戦闘配置の指令が下った。
「どういうことだ?」
怪訝な声音で呟いたエディ。
同じタイミングでシェルデッキに黄色と赤のフラッシュライトが明滅を始めた。
それは、異常事態の発生を示す警告と、気密漏れを警告するものだった。つまり、直ちに気密を確保されている場所へ避難するか、もしくは気密服を着用せよと言うものだ。
「さて、どうしたもんか……」
再びエディが口を開いた。
ただ、その声音は先ほどと僅かに違う。
テッドはその声色の違いが、エディはどこかと相談したのだと直感した。
――どうするんだ?
ここしばらくの間、テッドは何回か902のパイロットを引き連れ戦闘をしたのだが、その中で座学ではなく実学として部下の統率理論を学んだ。いや、経験したと言うべきだろうか。
そして、テッドがつくづくと痛感したのは、勝手に解釈して勝手を始める身勝手な部下が一番使いにくいと言うことだ。
ふと隣を見ればヴァルターやディージョの機もエディの指示を待っていて、皆も同じ気持ちなのだとテッドは安心する。だが……
――え?
視界の中に見えたのは、シェルデッキの最前方にある発艦デッキへと続く大きな隔壁シャッターがグニャリと歪むシーンだった。
そして、そのシャッターに大穴が開き、一気に気密が破れシェルデッキの中の空気がサーッと抜けていった。
その穴の向こうには一個連隊ほどの人員が見えていて、全員がぶ厚い装甲つきの気密服を着ていた。その手に銃を持って。
「シリウス軍だ!」
ヴァルターは精一杯の声で叫んだ。
ニューホライズンの地上で見ていたシリウス地上軍の軍団マークが見えた。
真っ赤な薔薇にシリウスをシンボライズした十字の光りが重ねられたそれは、あの心底忌々しいシリウスロボに書き込まれていたものだった。
――そんなバカな!
モニターに映る敵の姿にテッドは頭の中が真っ白になった。
ただ、そのシリウス軍がおもむろに銃を発砲し、シェルデッキの中に跳弾が飛び回った時、とりあえず戦えと頭の中で誰かが叫んでいた。
「っざけんじゃねぇ!」
無意識のうちにテッドは叫んでいた。
ハルゼーの艦首発艦デッキ付近には、シリウス軍艦艇からの連絡チューブが突き刺さっていた。その中からはシリウス軍の歩兵達が艦内へと突入してきていた。
「来るんじゃねぇぞ! クソが!」
テッドはチェーンガンを使ってシリウス地上軍に掃射を掛けた。
猛烈な発射サイクルを持つシェルの30ミリチェーンガンがシリウス軍の歩兵を襲い、100人単位でハルゼーに進入を試みていた者達の全てがあっという間に挽肉以下に成り下がった。
「CeaseFire! CeaseFire! CeaseFire!」
ドッドは精一杯デカイ声で叫んでいた。
気が付けばあの頃の鬼軍曹なドッドがいた。
「小僧! もう良い! 撃つな!」
マイクにも怒鳴られテッドは射撃フェーズを停止した。
シェルデッキの向こう側。発艦デッキのあたりに居たシリウスの兵士たちは大量の挽肉に変わっていた。そして、不幸にも死に切れなかった者は、与圧減少により体液損失が加速する中、驚きの表情でシェルを見ていた。
歩兵が持つ手持ち火器でやりあえるほど、シェルは生易しい戦闘兵器では無い事を文字通り死ぬほどに痛感しながら。
「どうやらシリウスの艦に激突したらしいな」
「その様だな」
ジャンの状況分析にステンマルクが肯定の言葉を返した。
その直後、気密服を着たデッキクルーが出てきてシェルのロックを外した。
艦内の擬似重力装置が切れているらしく、シェルはフワリと漂った。
「全機、一度艦を出るぞ!」
エディはそう言うなり、艦を飛び出して宇宙へと飛び出た。
それに続きハルゼーを発艦したテッドは、振り返るなり言葉を失った。
ハルゼーの艦首がシリウス側の大型戦闘艦に突き刺さっていた。
そして、そのシリウスの船は、見た事も無いデザインだった……




