ラインバッカー作戦
~承前
軍隊においての一日とは、集合点呼から始まるのが慣例だ。
普段ならば朝8時の点呼で員数を数え、その日の課業通達を受ける。
何処かへのソーティーが予定されていればそれを通達される。
訓練ならば目的と内容の説明を受け、到達目標を示される。
軍隊は全てが上意下達の組織なのだから、ある意味でやむを得ない仕組みだ。
故に士官最底辺のテッドは、上からの指示を黙って聞く事になる。
ただ、この日。
彼ら501中隊の面々は、何故か朝6時に叩き起こされ点呼を受けた。
集合し着席した面々の前には滅多に見ない情報将校が立っていた。
地球からはるばると派遣されてきた、連邦軍の作戦参謀本部付き首席将校。
情報戦略将校。フレネル・マッケンジー少将がそこにいたのだった。
『実は、シリウス太陽系を脱したコロニー船団の所へ行って欲しい』
長々と回りくどい表現で参謀本部の意向を中隊へ説明したのだが、要約すればこの一文で収まるほどの内容だ。ただ、そこに重要な文言が付く。
『帰還の保証が無いので志願と言う形になる』
作戦限界距離を大きく踏み越えた先が作戦エリアに指定されている。
そこへの足が超光速船しか無い以上、船がダメージを受けたら帰還は不可能だ。
「拒否してもいいんですか?」
ロニーは恐る恐る手を上げて聞いた。
情報将校は厳しい表情ではあったが静かに首肯した。
『諸君らの真価が試されると言うことだ』
随分と都合のいい物言いだとテッドは憤った。
だが、エディもマイクもアレックスも厳しい表情のまま黙って聞いている。
――あの三人は黙ってでも行くんだろうな……
テッドはそう確信していた。
士官の義務とは何か。
あの三人は身を持って体現している。
「行く分には構わないし、志願するのは吝かじゃ無いですが……」
ウッディはややニヒリズム的な物言いで切り出した。
「少なくとも、コロニー船がトラブルを起こしているので支援に行って欲しいってだけじゃなくて、もうちょっと中身を教えてもらえないもんなんですか?」
不服を口にした形のウッディは、ある意味で中隊を代表した言葉を吐いた。
下の者が上の者を信頼するに当って必要な信義則に反する事でもあるからだ。
『貴官らの懸念は尤もだ。ただ、残念ながら情報封鎖と言う部分で……な』
公には口に出来ないことなんだと暗に口を割った少将。
その立ち姿には情報を扱う将校にありがちな、冷徹さが漂っていた。
全く表情を変えず静かに佇むその姿は、ややもすれば彫像の様でもある。
「コロニー船は航行不能ですか?」
探りを入れたドッドは細心の注意を払って言葉を吐いた。
元は隊長付きな下士官の長だったのだ。
触れてはいけないところとの接し方を良く心得ているといっていい。
『それは……』
一瞬だけ言い澱んだフレディは、恨みがましい眼でドッドを見た。
それを言ってしまっては元も項も無いじゃないかと言わんばかりだ。
だが、実際に出撃する方にしてみれば、話しはしっかり最後まで聞きたい。
とんでもない距離を進出し、そこで戦闘に及ぶ危険がある。
その可能性を鑑みれば、手の内を全部開陳してくれと言うほうが本音だ。
誰だって死にたく無いし、生きて帰ってきたいものだ。
重い沈黙が流れた。
フレディは僅かに眼をつぶって心のうちを整理した。
『コレは機密事項だ。諸君らの状況記録を今すぐ全部オフにしてもらいたい』
サイボーグ相手に情報を全て公開できるわけが無い。
その事実をテッドは改めて知った。
状況記録は無意識に行なっていることだ。
サイボーグのデータがもしハッキングされたら、全ては筒抜けになってしまう。
何らかの手段で情報ネットに枝があれば、機密の意味は消えてしまう。
情報を扱う難しさは、体験という形で教育を受けるしかない。
もっと言えば、痛い思いをして覚えていく事なのかもしれない……
『いいかね?』
グルリと辺りを見回したフレディは全員に状況を尋ねた。
そして、全ての首肯を確かめた後で静かに切り出した。
『およそ20光時の彼方にいるコロニー船だが――
トーンを抑えたフレディの声にテッドは一瞬だけゾクリとした寒気を感じた。
光速はおよそ秒速30万キロ。時速ならば11億キロになる。
その光りの速度で進んで、約20時間の彼方……
――どうやらシリウス艦艇からの攻撃を受けて居るらしい』
全員が言葉を失って話を聞くなか、フレディは淡々と状況説明を始めた。
『我々の入手した情報によれば──
フレディの口から出てきた情報は、驚愕の一言だった。
シリウス側は予め艦艇をコロニー船より先回りさせていて、コロニー船を待ち構えたらしい。そして、強引に船内へ乗り込み、コロニー船の積み荷となっていた人々の中から、彼らが探していた人物のカプセルを回収したのだと言う。
普通に考えればとんでもない荒業だが、シリウスにしてみれば絶対に手離したくないエンジニアなりテクノクラートが居たのだろう。
録な警備スタッフを同行させていなかったコロニー船は航行の安全の保証と引き換えに人々の引き渡しを行ったと言うことだった……
──この件に関しては双方ともに箝口令ということだ』
つまり、高度な政治的取引を行った。
五億を軽く越える人々の安全の為に一握りの帰還者を見捨てたことになる。
「そりゃ発表できないな」
アレックスは小さく呟いた。
その言葉を受け、マイクも呟く。
「しかし、後からなんて言うつもりなんだろうな」
呆れて言葉がない面々は、どこか吐き捨てるような二人の言葉を黙って聞いた。
『諸君にらはコロニー船の護衛を行ってほしいと言うことだ』
「戦闘ではないのですか?」
フレディにそう噛みついたウッディは、忸怩たる表情を浮かべていた。
そしてもちろん、テッドやヴァルターも同じ気持ちだ。
シリウス船を追っ払い、半ば誘拐された人々を奪回するのが任務であるべきた。
『それについてだが……』
やはり厳しい表情になったフレディは、やや長めに目を閉じていた。
これから言おうとすることを心中で再確認しているようでもある。
『追跡しているシリウス船は駆逐艦だから……』
後は察しろと言わんばかりのフレディ。
ただ、言いたいことはよくわかった。
すでにシリウス船は現場を離れているのだ。
「次の被害を出すなと、そう言うことですね」
フレディは静かに頷く。
問題は色々あるが、次の犠牲者を生まないことが主眼だとテッドも気付いた。
『この情報とて到着に数時間を要している。つまり、もう間に合わない』
光の速度で進んだとしても、情報のやり取りに数時間を要する距離だ。
今からいっても手遅れなんだと諦めるしかなかった。
「さて、では準備するか」
誰一人として志願を口にしていないが、エディは一切迷わずそう言った。
間髪入れずにマイクとアレックスが立ち上がり、リーナーがそれに続いた。
そんなエディ達に苦笑いしつつ、テッドも席を立った。
「なんだかんだで俺達の仕事っぽいな」
テッドの背中には、いつの間にか責任の文字が浮き出ているようだった。
他の誰も出来ない事をやる。やりきる実力と実績を積み上げる。
それでしか自分の居場所を掴めないし、認められない。
その厳しい現実をテッドは学びつつあった。
「テッドが行くなら俺も行くぜ」
ヴァルターも席を立った。
やはり死線を一緒に潜った仲は盤石だ。
「おいおい、俺も行くぜ。楽しそうだ」
続いてディージョが立ち上がる。
それと一緒にロニーも椅子を蹴って立ち上がった。
「兄貴にお供します」
「なら俺も行かなきゃ」
ウッディもゆっくりと席から立ち上がった。
若衆が全員揃ったのを見届け、ドッドとジャンは顔を見合わせた。
「オッサンコンビはどうする?」
「わけぇ奴らのケツを蹴り上げる役目は俺たちだな」
揃って立ち上がったふたりも静かに笑っていた。
「居残りはゴメンだな」
「全くだ」
「参謀本部からのお願いとあれば、断る訳にはいかないしな」
ステンマルクとオーリスが立ち上がり、メンツは全部揃った事になる。
『諸君らの協力に感謝する』
フレディは軽く頭を下げ、そして、小さな紙片を全員に配った。
そこには二次元バーコードが記載されていて、それを視界に入れると自動的にデコードされ、視界に半透明でフローティング表示された。
『まぁ、ザックリだが……』
シリウス側が連邦から奪った超光速デバイス搭載艦は全部で22隻。
そのうち、まだ戦闘可能なものが5隻いて、それらがコロニー船を追跡しているらしいと記載されていた。
シリウス太陽系の惑星配置は刻々と変わっているが、太陽とシリウスを一直線に結ぶ線の上近くにニューホライズンが接近しつつある。
現状のホルスは着々と離れつつ有り、余り遅くなれば余計な航海を重ねる必要が出てくるのだった。つまり、出発するなら早い方が良い。
「予想される遭遇点は……」
「シリウス太陽系を離れた180億キロ向こう……ってか」
書類を読んでいたジャンの言葉にウッディが突っ込みを入れた。
180億キロと一口に言われた所で、その距離感をパッと思い浮かべられない。
コロニー船は光速の半分程度まで加速し、着々と進んでいる。
それに追いついての作戦と言う事だ。
とにかく途方も無い距離と言う事だが……
「しかし、比較的小さなボイドって言うけどさぁ……」
書類を眺めるヴァルターは眉根を寄せて怪訝な表情だ。
コロニー船が旅を続けているエリアは、小規模なボイド。つまり空洞だった。
「縦横5光年程度のボイドで……」
「これで小規模って言ってもなぁ」
ドッドもジャンも言葉尻を下げて表情を曇らせた。
そもそも宇宙的なスケール感がおかしい訳で、それを思えば人間のちっぽけさを痛感するとも言える事だ。
複数の銀河が泡の膜状になって宇宙に点在しているのだが、その膜に包まれた泡の気泡一つ一つがダークマターに埋め尽くされた数万光年単位の巨大なボイドだ。
「いずれにせよ、超光速飛行デバイスに感謝する様だな」
サラッと言ったエディの言葉には、何とも皮肉めいた色があった。
それさえ無ければ俺たちはこんなに苦労しないと言わんばかりだ。
地球からはるばるやって来て面倒に首を突っ込むフレディにしてみれば、その言葉には違う形で実感や共感を覚えるのかもしれない。
だが、責任ある将校としては、自分の感情よりも組織の導き出す結果が少しでも良くなる様に努力を求められるのだった。
『内部ではラインバッカー作戦と呼称されている。諸君らの協力に感謝したい』
――随分と軽く言うな……
テッドの心に沸き起こった感情は、怒りでも憎しみでも泣く諦観だ。
士官も兵士も軍隊と言う巨大組織の中では歯車に過ぎない。
それぞれの歯車が努力し、結果を出す為に頑張っている。
つまりソレは、使い捨てにされるとか消耗品扱いされるとかでは無く……
「助けを求められれば何処へでも行くってことだな」
なんとなく口を突いて出た自分の言葉にテッド自身が驚いた。
そして、それを聞いた仲間達が『その通りだな』と口を揃えた。
「俺たちの存在理由ってことだ」
ヴァルターはサムアップでテッドを讃えた。
『ところで、501のコールサインは?』
フレディは不思議そうな顔でエディに尋ねた。
言われてみれば、ここまで中隊は何処へ行ってもファイブ・ゼロ・ワンだった。
「ウチにもペットネーム付けようぜ」
ジャンが口火を切った。
それは若者達に火を付ける行為でもある。
ただ、ノリでは無く必要に応じての事でもあるのだから……
「アークエンジェルスは?」とディージョが言う。
「デッドエンドダンサーズ」とドッドは笑った。
「フーファイターズだろ」とヴァルターも乗ってきた。
「うーん…… ブラックバーンズとか」テッドはそう提案した。
「クレイジーサイボーグズだよ」ウッディは自信たっぷりに言った。
面々がそれぞれに提案し、そしてエディを見る。
どんな名前を提案するか?と皆が固唾を飲んで見守るなか、エディは静かに言った。
「ウッディの案を採用する事にしよう。現時刻より501飛行中隊のチーム名はクレイジーサイボーグズとする」
一瞬だけ呆気に取られたテッドだか、愉快なサイボーグ達の名前ににんまりとと笑うのだった。




