敵にも愛を
~承前
――えっ?
テッドは言葉が無かった。
あり得ない程の急加速を見せたシリウスのシェル。
その巨大なブースターはイオンエンジンだった。
「こいつら! エンジンが!」
テッドの視界を共有した全員が言葉を失った。
それは、その尾を引く炎の色は、恒星間飛行用イオンエンジンその物だった。
「ウルフライダーの連中はニューホライズンから自力で来たんだ」
呆気にとられて呟いたジャン。
その言葉が実態の全てだった。
「なんて速度だ!」
すでにエンジンを絞ったとは言え、瞬間的な急加速は02Cとは違う次元だ。
恐らく秒速で百キロを軽く越える速度をたたき出せるはず。
ニューホライズンから光速で飛んでも、L4まではおよそ10分を要する。
そのとんでもない距離を自力でやって来たのだとしたら……
「とりあえず追っ払おうぜ!」
ステンマルクは手持ちの140ミリを構えた。
ただ、攻撃対象物の速度が速すぎて、射撃制御の動態予測が一瞬迷う始末だ。
恐らくこの辺り……と、自らの射撃制御フローを割り込ませ撃つステンマルク。
砲弾は真っ赤な線となって伸びていき、ブルーバードのブースターをかすった。
「さっすがっすね!」
ロニーが喜ぶものの、ブルーバードの慣性は失われていない。
その前に立ちはだかる様に機体を滑り込ませたマイクは、スレ違いザマにウルフライダーのブースター部分へ手を掛け錘の役を演じた。想像を絶する急加速に、マイク機の左腕アクチュエーターが一瞬で全て破壊された。
「はっ! はえぇ!」
いつも強気なマイクの口から泣き言が出た。
新鮮に驚くテッド達だが、逆に言えばそれだけとんでもない自体だと言う事だ。
「マイク! 機体をねじれ!」
「腕が動かねぇ!」
マイクは右腕のモーターカノンでブースターユニットを撃ち抜いた。
一瞬だけ咳き込んだユニットは、直後に大爆発を起こした。
至近距離で破片を大量に受けたマイク機が吹っ飛ぶ。
ウルフライダー機は制御を失って慣性のまま流れていった。
「おい! アイツを止めろ! 止めるんだ!」
エディの声が悲鳴に近かった。
制御を失ったブルーバードの進む先はコロニー船だ。
船外では多くの作業員が改修作業を続けている。
まさかいきなり戦闘になるとは思ってなかったので、避難もままならない。
「速すぎる!」
「追いつけねぇ!」
ヴァルターやドッドが追跡するのだが、速度が全く違うので追いつくどころの騒ぎでは無かった。コロニー船までの距離はグングンと縮まっていて、万事休すと全員が覚悟を決めた、その時だった。
「すげぇ!」
ウッディが驚きの声を上げた。
そこには同じように急加速を決めたモダンガールがいた。
ブルーバードを背後から抱き抱え、スラスターを全開にした。
驚くような急減速を行い、急激なターンを決める。
──やるなぁ
驚くよりも感心したテッド。
生身のパイロットであの高G運動はそうとうきつい筈だ。
事実、機体限界を超えるGが掛かったのだろうか、モダンガールの機体からも様々なパーツが撒き散らされていった。
間違いなくパイロットだって無事ではない。
いくらレプリの身体でも辛い筈だ。
「あっちも一杯一杯だぜ!」
なんとか姿勢を調えたらしいモダンガールは、慣性運動のエネルギーを殺す方向でエンジンを吹かした。
速度的にどうしようもない状態だったのだろうが、今なら制御出来る領域だ。
ただ、ここで問題なのは周りが敵だらけと言うこと。これは予想外なのだろう。
「なんかパニクってますね」
「だろうな。遭遇したくなかったって言わんばかりだ」
「……そうですか?」
「あぁ。何度もやりあってるからわかるんだ」
訝しげなハイマンを無視し、速度を殺してウルフライダーの周囲を飛んだテッド。
明らかに何かをやろうとしているが、衆人環視で躊躇っているようだ。
『全機! レディのお召し替えだ! 反転しろ!』
気を効かしたエディは無線の全バンドへそう指示を流した。
もしかして話が出来てるのか?とテッドは一瞬だけ思う。
だが、進路をねじ曲げたテッドがウルフライダーに背を向けたとき、目の前にはコメットマークのシェルがいた。
僚機の支援をするように近付いたコメットは、目の前のテッド機に一瞬だけ躊躇した。
「チャンスです!」
「ちげぇって」
「はっ?」
スッと道を譲ったテッドはそのまま距離をとった。そんな振る舞いにテッドの意思が伝わったのか、コメット機はモダンガール機の脇へと付いた。明らかに狼狽しているが、皆は黙ってみていた。
「どうしてですか?」
「ありゃ仲間だよ」
「まさか! 敵機ですよ!」
「そりゃそうだ。だけど、今は仲間だ」
事態をのみ込めないハイマンに対して、テッドは静かに言った。
「時には戦わないって選択肢もある。あれはシリウス最強チームのメンバーだし、俺達は連邦の最強チームって訳だ。本気でやり合ったら必ず死人が出る。それ自体は仕方がねぇけどな。戦わない時には手伝うのさ」
淡々と語るテッドに対し『でもっ!』とハイマンは食い下がる。
だが、テッドはコントロールをハイマンには渡さず、黙ったままだった。
「宇宙を漂流する恐怖を知れば分かるようになる。ゲームセットの後はノーサイドだ。向こうが困っていれば手を差しのべる。そうしておけばこっちが困ったときに助けてくれる。もちろんパイロットであるからやり合う時は本気でやり合うが、こんな時は助け合うんだ」
テッドの言葉を黙って聞いていたハイマンは、目の前の光景に言葉を失った。
モダンガールのマニピュレーターがブルーバードのコックピットを抉じ開けた。
その中から出てきたのは、驚くほど細身なパイロットだった。
「女だ……」
「そうさ。ウルフライダーチームは全員女だ」
「知ってたんですが?」
「もちろんだ。まぁ、だから気を使うって訳じゃないけどな」
「じゃぁ……」
「俺達だって何度も助けられてる。お互い様ってやつだ」
飲み込みの悪いハイマンに少しだけ辟易としたテッドだが、何気無くふと視線を遠くへ向けたとき、そこには真っ赤にハイライト表示されたものがあった。
「デブリ!」
叫ぶと同時にテッドはシェルを急発進させた。
急激にブルーバードへと迫り、右腕を突き出して影を作る。
それは、傍目に見れば殴り掛かっているかのようにも見える姿だ。
事実、ウルフライダーも一気に身構えた。だが……
「やべぇ!」
ブルーバード機のコックピットにいた女二人のところへ右腕を伸ばすのだが、どう見たってデブリの密度の方が高かった。腕の影に居たところで跳ね返った破片が襲い掛かる危険性がある。
テッドは考える前にコメットの機体を蹴りだして、自機とコメット機の影を作りあげ、そこへ女たちを押し込んだ。それとほぼ同時に中隊全員が『あっ!』と叫び声をあげた。接近していた大量のデブリがシェルに襲い掛かったのだ。
激しい火花を散らして装甲に突き刺さった破片群は、テッド機だけでなくブルーバードとモダンガールの両機にも強い衝撃を与えた。
「冗談じゃねぇ!」
テッド機の影に入っていた女二人は無事らしい。
だが、事態は思わぬ急展開を見せた。
「おいおい! そっちの女のシェルが……」
咄嗟に叫んだディージョの声が響く。
モダンガール機の開いていたコックピットへ破片が飛び込んだらしく、突然機体が暴走を始めた。猛烈な加速を見せたシェルはイオンエンジンを猛烈に吹かして発進してしまった。
「マジかよ!」
その強烈な電子の炎から女を守るべく、二人を抱き抱えるようにしたテッド。
そのまま機をクルリと回して機体の影に入れたのだが、モダンガール機はブルーバード機を押し出すように急加速を行い、そのままどこか明後日の方向へ進んでいった。
『止められるか!』
エディは咄嗟に叫ぶしかできなかった。
余りにも不運なことに、進行方向には一機たりとも連邦のシェルがいなかった。
『無理だ!』
『追い付かねぇ!』
泣き言を叫んだアレックスとドッド。
思わぬスタンピードを見せた二機のシリウスシェルは虚空に消えていった。
──やっちまった……
苦虫を噛み潰したような表情のテッドは、ふと機体の外の女二人を見た。
身体のラインが浮き出るほどに密着した機密スーツを着込む二人の女は、小さなヘルメットの中の酸素がすべての筈だと思った。
──やべぇな……
覚悟を決めるしかない。
コックピットキャノピーを開けたテッドは、モダンガールとブルーバードの二人に話しかけた。
『危なかったな』
いきなりの言葉に驚いた女二人がテッド側を向いた。
一瞬だけ言葉に迷ったが、素直な言葉を吐くことにした。
『この距離なら近接無線が通るだろ』
ハイマンが驚くなか、まるでテッドは旧知の仲であるかのように振る舞った。
いきなり敵が目の前にいるのだから、相手だって緊張している筈だ。
軽はずみな事をさせない為には、まず落ち着かせないと危ない。
『また地球のシェルに助けられたわね。とりあえず礼は言っておくけど』
『良いってことよ。前にはピアノに世話になってるからな』
『へぇ……』
なんとも気の強そうな言葉遣いだが、それでも柔らかな女の声が無線に流れた。
ブラックオフされたヘルメット越しだから顔を直接見る事は出来ない。
だが、身を包む気密スーツには、各機のイラストが書き込まれている。
見事なフィットなのだから、恐らく個人専用のワンオフなのだろう。
『私は……』
『ソフィーとマリーだろ? あっちはアニー』
コックピットから身を乗り出したテッドは、まだ一機残っていたシリウスシェルを指差した。
『あんた…… 何で知ってるの?』
『リディアとキャサリンから聞いてるのさ』
『じゃぁ、あなたが!』
一度コックピットに収まってレーダーパネルを確認したテッドは、周囲に新たなデブリ群が存在しない事を確認してもう一度身を乗り出した。
「もういっぺんデブリが来たら無線で呼びかけてくれ」
ハイマンに一声掛けたテッドは真空中でヘルメットを取った。
女達が息を呑む音まで聞こえたが、テッドはニヤリと笑っていた。
『俺はサイボーグだから真空でもコレが出来るのさ。それより』
テッドは女たちを指出した。
『酸素は持つか?』
『……持つわけ無いじゃない』
『だよなぁ』
振り返ったテッドはコメットに視線を送った。
『あっちのコックピットに三人入るか?』
『何とかするわよ』
『しかし、たった三機でなにしにここへ?』
『地力で来れるかどうかテストしただけ』
スパッと言い切った女は黒いバイザーを上げた。
透明なカバー越しに南欧系人種と思しき青い瞳が見えた。
『放射線にやられるぜ』
『あなたに言われたくないわね』
『俺はサイボーグだ。これくらい平気さ』
『レプリの身体は強靭なのよ』
『例えそうでも女にゃ気を使うのさ』
『……格好つけてるつもり?』
『おいおい。ジェントルマンと言ってくれよ』
コックピットに戻ったテッドはヘルメットをかぶり直し、シェルとシンクロを取り直してシステムを起動させた。そして、二人の女をそっと掴むと、そのままコメットまで運んだ。
『連邦軍少尉のテッドだ。捕虜を引き渡す』
一般向けのオープン回線で呼び掛けたテッド。
すぐに明るい女の声で返答があった。
『シャシーの弟ってあなたなのね』
『姉貴を知ってるのか?』
『サザンクロスの寄宿舎でルームメイトだったよ』
『へぇ……』
コックピットを開けたコメットは、中の緩衝材の隙間へ女二人を収容した。
さすが女は身体が細いと驚いたテッドだが、大事なことを忘れてはいなかった。
『ニューホライズンまで帰れるか?』
『敵の情けは受けない主義なの』
『へぇ…… まぁ、無事な到着を祈る。それと』
『シャシーとリディーに宜しくでしょ?』
『その通りだ』
ホッと一息付いたテッドは中隊無線でエディを呼んだ。
「このまま返して良いですか?」
「構わん。捕虜のゴタゴタを引き受けるのは筋違いだ」
「了解です」
コックピットを閉めたコメットはやや離れ、メインエンジンに点火した。
わずかに動き始めた機体をテッドが見送る。
『二人にはよく言っとくから』
『頼む』
『テッドが二人を口説いてたって』
『えっ?』
『じゃね』
『ちょっ! まてまてまてまて!』
一気に加速し始めたコメットは、凄まじい加速を見せてニューホライズン方向へと飛び去っていった。その後ろ姿を見送りながら、テッドは『ヤバイ!』と直感していた。
「本当に良いんですか?」
相変わらず飲み込みの悪いハイマンが不思議そうに言う。
だが、テッドにしてみれば大問題発生状態だった。
「頑張れよテッド!」
「そうだぜ!」
「嫉妬に狂った女はヤバイぞ!」
ヴァルターだけでなくディージョやジャンが冷やかす。
テッドは流れる筈の無い冷や汗を感じていた。




