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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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偶発遭遇戦

~承前






 ゆっくりと旋回していく機体を制御しつつ、ハイマンは進行方向を見ていた。

 それ自体は悪い事では無いが、シェルは飛行機では無いのだ。


 先入観念を破壊し、自由な発想と動きを実現してやりたいとテッドは思う。

 そして、ヤバイと思ったときにどう逃げるかの選択肢を多くしておく。


 最近はそれこそがシェル戦闘で生き残る秘訣だと思い始めている。

 いつぞやエディが言った通り、ダメならまず一歩下がる事も大事だ。


 編隊を組んだシェルはその姿勢を崩さずに大きく旋回している。

 訓練開始から四週間。そろそろ独り立ちの頃だ。


 ――あ……

 ――そっか……


 ふと、何かに気がついたテッドは、心のうちで一人ごちた。


 ――なるほどなぁ……

 ――勉強になるわ……


 教官役を引き受けたエディの真意を、テッドはなんとなく理解し始めた。


 訓練生によって癖が違うし悪いところも全部違う。

 だが、導くべき終着点は分かっている。

 どうなれば良いかもよく分かっている。


 何をどう指導すれば良いのか。


 逆に言えば、自分がどう振舞えば理想的な動きになるのかを考えられる。

 従来であれば戦闘の中で学ぶしかなかった事を、新人指導と言う形で学べる。


「進行方向を見るのは全てのパイロットの本能だけどさ――


 そっと切り出したテッドは、突然訓練生の操縦に介入した。


 ――シェルはこういう事も出来るよ」


 いきなりスピンさせて全方向への視野を取ったテッド。

 一瞬だけ目が回った訓練生はパニックを起こしかけ、ギリギリで踏み止まった。


「全方向を見ろって事ですね」

「まぁ、そんな感じだね。いきなり後ろから撃たれる事もあるし」


 テッドは上半身の姿勢制御調整を使って上半身を後ろへと反らせた。

 マニュアルでの飛行では姿勢制御を使った進路の調整がかなり難しい。


 それを上手くやるには研究がいるが、マニュアルでも同じ事を出来ると良い。

 単純な動機でしかないのだが、それは必ず意味をなすとテッドは思うのだ。


「こうすると減速無しに視野が広がるから」

「あ、なるほど」


 ──ずいぶんと飲み込みが早いな……


 声に出さずにテッドは驚く。

 場数を踏んだパイロットならともかく、バンデットのパイロットだったはず。


 そのパイロットがこれだけの機動を事もなげにやっている。

 やはり経験こそが武器なのだ。


『さて、そろそろ諸君らのシェルの操縦に対する慣れ具合を知りたいと思う。なに、大した事をするわけではない。ここらで一つ模擬戦と行こうか。ただし、最初の模擬戦は教官役が行なう。シェル同士の戦闘がどういうモノかを体験してみると良い』


 エディは無線の中にそう言葉を流した。

 もちろん抜き打ちでの通達である。


 訓練生たちはなぜこの日に限って戦闘装備で出てきたのかを知った。


 ただ、『またかよ!』とテッドも苦笑いを禁じ得ない。

 いきなりテーマを出すのはエディの得意とするところだ。


 テッドは半ば諦めたように小さく溜息をこぼした。

 そして、無意識にスティックとペダルの配置を微調整した。


 高機動戦闘では、僅かな配置の差が命取りになると思ったからだ。


『テッド、ディージョ、ジャン、オーリス、リーナー。マイクとチームを組め』


 6人が返答を返し『そっちは青組みだ』とエディが通告する。

 近くに居たディージョやジャンと編隊を組んだテッドは、後続にいるオーリスやリーナーがやや後方で両翼についたのを確認し、マイクがやや離れた場所で指揮官役を取っているのを見た。


「これはまぁ、基本フォーメーションになるんだけど、大事なのは味方が回りこむ方向へ撃たない事だ。案外ケロッと忘れたりするんだけど、基本、シェル同士の戦闘の時は敵も見方も流れ弾は当たるほうが悪いって認識でやっているから」


 テッドはサラッととんでもない事を言って訓練生を縮み上がらせる。

 ハイマンと名乗っていたやや背の低い訓練生は、緊張に身を固くしていた。


『ヴァルター、ロニー、ウッディ、ドッド、ステンマルク。アレックスとだ』


 どうみてもやる気満々な組み合わせだとテッドは内心ほくそえむ。

 場数を踏んで怖い思いをした回数だけパイロットは上達する。

 男の子には冒険が必要だと言うが、パイロットにも必要だとテッドは思う。


「さて、向こうはやる気だよ。頑張っていこう。失神しない程度にやるから」


 テッドは一気に戦闘増速を掛けたマイク機に続きエンジンを吹かした。

 グッと速力を増したシェルは流星のように宇宙を翔んだ。


「大事なのは自分の座標を見失わないこと。味方と敵の位置を立体で把握すること。戦闘機と一緒だよ。ただちょっとバンデットより速いだけだ」


 さらりと言い切ったテッドはスティックを柔らかく握り直した。

 ハイマンが言葉を失っているのを見つつ、意識を戦闘に集中させる。


 シミュレータで出来ないことは余り無いが、生きるか死ぬかの境目はそこに立った時でないと学べない事でもあるのだ。


「始まるよ」


 敵チームのヴァルターがチェーンガンを放った。

 ガンガンと賑やかな音をたててテッド機の装甲を叩く。


 だが、訓練用の複雑シェルはタイプ02C並の装甲だ。

 それなりに相対速度は乗っているとはいえ、コックピットの中までチェーンガンの弾丸が飛び込んでくることはない。


「すっ! すごい音です!」

「これくらいでビビってちゃシェルパイロットは勤まらないぜ!」


 飛び交う弾丸をかわしつつ、テッドは細心の注意を払って機体を制御し続けた。

 おびただしい銃弾を縫って翔ひつつ、テッドの意識はリディアを思い浮かべた。


 ──逢いたい……


 それがどれ程に難しいことかは言うまでもない。

 きっとエディもそんな思いに身を焼いている筈だ。


 なんの根拠もなくそう思うテッド。

 宇宙の深淵を見つめるその目は、無意識にシリウスの白いシェルを探していた。


 そして……


「……はぁ?」


 いきなりすっとぼけた声がテッドの口から漏れた。

 同時に仲間の視界へ自分の見ている世界を転送する。


「おいおい!」

「ずいぶん気が利くじゃないか!」

「さっすが兄貴の彼女っす!」


 ヴァルターもディージョも、ロニーまでもが遠慮なく冷やかしの声をあげた。

 テッドの視界にはあのシリウスの白いシェルが映っていた。

 機体背面に巨大なブースターを付けた姿だった。


「マジかよ!」


 シリウスの新型シェルにブースターを背負ったその姿は、まるで長く尾を引く彗星のようだと。或いは、長いドレスの裾をひらめかせる貴婦人(レディ)の様でもあった。


「とりあえずコロニーには近づけるな!」


 笑いを噛み殺した声でエディが指示を出した。

 テッドは間違いなくコックピットの中でエディが大笑いしていると思った。


 レーダーパネルに写るシリウスシェルの速度は秒速35キロを越えている。

 テッドは迷うことなくシェルの制御をマニュアルからオンラインへ切り替え、同時に速度リミッターのスイッチをオフにした。


「トップスピード仕様に変更を完了!」


 反応が重くて鈍いとは言え、タイプ02Cだってシェルの高速っぷりは引き継いでいるのだ。ましてや、操作反応をリニアに感じないマニュアルからオンラインへ切り替えた直後だ。

 よくもまぁこれ程までに鈍重なものを動かしていたと当人が新鮮に驚き、急に反応が良くなった機体に満足感を覚える。そして、少々の速度なら追い付いてやるさと心を逸らせ、テッドはその進路を大きくねじ曲げた。


「接触まで二分!」


 僚機に付いたウッディが叫び、程なくしてヴァルターとディージョが並んだ。

 後方にはロニーとジャンがドッドと共に付いて二段構えの陣形だ。


『訓練生諸君。運が悪いと帰れないかもしれないが、じっくり観察すると良い。コレがシェル戦闘の現実だ』


 エディは無線の中で恐ろしいことをさらりと言った。

 前衛に付いたテッド以下の七機は速度を一気にあげて相対速度を積み上げた。


 迫ってくるシリウスのシェルは三機のようだ。

 最大望遠で観察すると、ブースターを背負ったシェルは尾を引く流れ星(コメット)ハイヒールにルージュ(モダンガール)。それに羽ばたく蒼い鳥(ブルーバード)のようだ。


「楽器トリオはお休みか?」

「別の事をやってんだろうさ!」


 マイクとアレックスはそんな会話をしつつ、リーナーと共にステンマルクやオーリスと編隊を組んで距離をとり、後衛に付いた。

 絶対に逃さない布陣だが、相手の速度が気掛かりでテッドは身もだえる。

 シェルの速度で対処できない場合はコロニーまで一気に詰め寄られる事になる。


「さて! ぶちかますぜ!」


 逸るヴァルターが小手調べにライフル砲を放った。

 真っ赤な砲弾が尾を引いて伸びていった。

 その真っ赤な点をさらりと交わし、シリウスシェルは迫ってくる。


「なかなかやりそうだな!」

「アッハッハ! 黄色い小便漏らすなよ!」


 楽しそうに言うドッド。

 ジャンはゲラゲラと笑いつつ、訓練生を煽った。


「距離500!」


 相変わらず冷静なウッディの言葉か響く。

 ハイマンは身を固くしているが、テッドは遠慮することなく突っ込んでいった。


「こんな時は突っ込む方が生き残るのさ!」


 最前方にいたコメットに向かってテッドはモーターカノンを放った。

 この速度差なら撃ち抜く威力がある筈だ。


 もっとも、ウルフライダーなら普通に躱すはず。

 それにそもそも、この距離なら当たる訳がない。

 予想通りにヒラリとかわされるのだが、ここからが本当の戦いだった。


「舌を噛むなよ!」


 グッと旋回したテッドはコメットの後方に付いた。

 すぐ後ろにはモダンガールがいて、やや後ろにはブルーバードが陣取っていた。


 ウルフライダーから見れば同士撃ちの危険性がある場所だ。

 細かくポジションを修正し続けるテッドは、有利な位置にあってチェーンガンをお見舞いした。


「くらえ!」


 この速度なら後方のウルフライダーとて無事ではない。

 前方のコメットにも嫌がらせ以上の効果を与えられる筈だ。


「あっ! 当たってますか!」

「自分の目で見ろって!」


 ハイマンは座席の上でガタガタと震えていた。

 だが、テッドは一切遠慮する事なく急旋回を掛けて離脱した。

 シリウスシェルが同士撃ちの直線上から僅かにずれたのだった。


「なっ! なんで!」

「後ろから撃たれる!」

「後ろ?」

「前も危ねぇ!」


 半べそ状態なハイマンを尻目に、テッドは少しでも有利なポジションを探した。

 その動きに目を取られたウルフライダーが周辺警戒を一瞬緩めたらしい。

 すかさずヴァルターが一気に肉薄し、至近距離でチェーンガンを見舞った。


「イヤッホォォォォォォ!」

「ヴァルター! うるせぇよ!」

「絶好調だぜ!」


 ブルーバードに迫ったヴァルターのチェーンガンは、至近距離からウルフライダーの機体を叩いた。激しい火花が散り、分厚い装甲で有る事を示していた。


「撃墜するな! 追っ払え!」


 エディの指令が響く。

 その意味を一瞬思案したテッドは、思わずニヤリと笑った。


 ――そうか……

 ――失敗させる事に意味があるんだ……


 勝つだけならいつでも出来る。

 ウルフライダーとて無敵では無い事を示す必要がある。


 たった三機でやって来た彼女達の目的は見えないが、こっちが侮られている危険性は間違い無くあった。


「前ばっか見てねぇで、周り全部を見るってのを忘れねぇように!」

「はい!」

「それと、敵の動きを予測する訓練も!」

「イエッサー!」


 トリッキーな動きでシリウスシェルを翻弄するテッドとヴァルター。

 自由自在に機体を制御しつつ、一気に詰め寄って攻撃を加える姿勢を見せる。

 

 脅威を感じて退却すればそれで良し。

 喰って掛かってきたなら撃墜すれば良し。

 

 どっちに転んでも損は無い。


『テッド! ヴァルター! 後ろから突け!』


 またもやの無茶振りがエディから来た。


「隊長の鬼畜指令も淡々とこなさねぇとな」


 苦笑いを浮かべつつも、テッドは最後尾に陣取るブルーバードに狙いを定めた。

 アイツを生かして帰さない!と、そう言わんばかりの軌道を見せての接近だ。

 咄嗟に回避を掛けようとしたらしいのだが、機動力的には勝負にならない。


 瞬間的に勝ちを意識したテッド。

 それを意識するなと言う方が難しい圧倒的な機動力差だった。

 だが……


「ウソだ! こんなの!」


 そうハイマンが叫ぶと同時、ブルーバードは一気に加速した。

 連邦のシェルが置いてけぼりにされる程の急加速だった。

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