表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
100/424

戦略と大局と建前と本音


 テッドは僅かな警報音で我に返った。

 コックピットの中から見る宇宙は、相変わらず美しかった。

 煌めく星々に見とれていたらしいと自嘲し、小さく息を吐く。


 視界の中にフローティング表示されているシェルの計器もシンプルで美しい。

 だが、そこに表示されている数字は、現実へ嫌でも引き戻すモノだった。


「もうちょっと速度を落として」

「イエッサー!」

「こいつはパイロットが止めてやらないと毎秒40キロまで加速しちまうから」


 久しぶりに複座のシェルに乗ったテッド。

 VFA902飛行隊は正式に独立し、二つの麾下飛行隊を抱える組織になった。

 散々と揉めた名称問題はアウトロナイツに決まり、VFA102となった。


「まるでSLED(ソリ)ですね」

「ソリって…… あの、雪の上で乗る奴か」

「そうです」

「俺、雪を見たこと無いからなぁ」

「温かいエリア出身なんですね、教官は」

「あぁ……」


 テッド達VFA501は新たに編成される飛行隊教育を担当する事になった。

 ただ、今回の訓練はテッドたち501パイロットの訓練もかねている。


 と、いうのも。

 実は先の戦闘の報告書の中で、テッドはシェルをマニュアルで飛行出来るレベルにするべきと書いたのだ。それを読んだエディはすぐさま動き、結果、複座のシェルがフルマニュアルでの操作に改造されてしまった。

 教官役は、指導するパイロットに手本を示す必要があるし、上手い飛び方と言うものを実演する事が要求される。ただ、今までは神経接続で身体の一部の様に扱えていたサイボーグだが、いざフルマニュアルで飛ばすとなると……


 ――勘弁してくれ!


 テッドは内心でエディを呪った。

 正直に言えば、今回のエディの手法は鬼畜そのものだ。


「開花線に注意して旋回し帰投しよう。遊覧飛行は終わりだ。昼飯の後に続きを」

「了解です」

「航空機と違って遠心力で遠慮なく壊れるから、迂闊に旋回しないように注意」

「イエッサー」


 滑らかな動きで大きく旋回していく候補生は案外優秀だ。

 コレならすぐ戦力になってくれそうだとテッドは思っていた。


 今はとにかくシェルのパイロットが要る。


 3週間ほど前に出発した14隻のコロニー船団は地球への航海を続けている。

 船団はシリウスの強烈な引力でスイングバイ加速を行い、相当な速度を得てシリウス太陽系を離脱する頃だ。


 もはや普通の方法では追いつかない。

 外宇宙船が持つハイパードライブ(超光速飛行)を使わない限りは不可能だ。


 つまり、シリウス側が持つ僅かな数の外宇宙船を引きとめておく必要がある。


「午後は編隊運動をやるから気合入れて」

「イエッサー!」


 VFA902養成中に適性検査から漏れたパイロットはバンデットライダーになったのだが、その中から成績優秀なものをピックアップし再教育を施す作戦だ。

 とにかく飛んでみないことには経験を積めないのだから、ある意味で理にかなっている方策でもあるのだろう。パイロット一人養成するのにだって資金を必要とするのだから、基礎教育を受けた候補生は放り出さずに教育を続けたほうが結果的に安上がりだともいえる。


 ただ、その教官役を引き受ける501のパイロットには大きな負担だ。

 正直に言えば、多少痛い思いをしても良いから、戦闘に専念させてくれとテッドも思っていた。だが、訓練1週間目にしてテッドは気がついた。


 コレもまた、エディの深謀遠慮の一部だという事に……











 ――――――――2248年 9月29日 1130

           工場コロニー群エリア











「どうだった?」

「今回は上出来だと思う」

「そうか」


 シェルの量産が続く工場コロニーのデッキへと戻ってきたテッド。

 先に戻ってきていた仲間達と会話しつつ、書類にサインを入れる。


 軍隊とは究極の官僚組織だ。

 たとえ便所に行く時だってサインが要るとジョークが出るくらいに。

 何をするにも書類とサインと複数チェックが行なわれる。


 いとも容易く人を殺せる物を扱うのだから、その管理は厳重であるべきだ。

 ただ、余りに煩雑すぎるのも、それはそれで面倒だ。


「101も102もニューホライズンの上空で活躍しているそうだ」


 控え室の中で書類に目を通していたエディが笑う。

 その笑みは満足感を感じさせる物だ。


 だが、エディとテッドだけは、笑みを浮かべる理由も意味も違うのだ。


 ――現状では、直接手合わせしないで済む


 その相手が何なのかは言うまでも無い。

 ニューホライズンの周回軌道上では()()()も同じ事をしているはず。


 本気で殺しあう事は出来れば避けたい。

 軍人であるのだから不可避と成れば仕方が無い。


 ただ、現状ではまだ避ける事が出来るし、悲劇を回避出来る。

 無駄な流血を避けると言う事ではなく、其々に技量の向上を図れると言う事だ。


 ──相手をねじ伏せる力が要るんだ


 完全に相手を超越し、余裕をもって対峙する。

 それはつまり、いかにして傷をつけずに捕虜にするかという……


「真っ直ぐにはもう飛べるな?」

「あぁ。俺のところは問題ないです」

「こっちもです」


 エディの問い掛けにヴァルターとウッディが応じた。

 やや首をかしげているディージョは苦笑い混じりの渋い表情だ。


「無理じゃ無いんですが、まだちょっと無茶をやらかす奴がいます」


 シェルは従来の航空機とは全く違うモノだと覚え込ませること。


 それこそがシェル教育の第一歩だと面々は経験していた。

 ここまでのシェルトレーニングで積み重ねた経験も無駄ではなかった。

 ふと、エディはそんな事を実感する。


「引き続き基礎教育を進めよう。三日以内に編隊運動出来るレベルにしたい」


 サラッと言ったエディの言葉に全員が僅かながら表情を変えた。

 パイロット養成を急ぐ理由は言うまでも無い。


 現場は人が足りてないのだ。

 多少問題があっても、速いところ現場へと送り出して場数を踏ませたい。

 現に、色々と至らなかったVFA101は立派に戦力化している。


 初期メンバーの30%が戦死したそうだが、続々と後続を育てている。

 こうなれば後は自動的に航空戦闘団が育って行く。


「……なにかミッションがあるんですか?」


 探るように呟いたドッドは、その答えを聞く覚悟を決めた。

 ただ、緊張感溢れる声音のドッドにエディが驚いて室内を見回すと、中隊全員の目がエディに注がれていた。


「違う違う。ソーティーは無い。ただ、鉄は熱いうちに撃つべきと言うことだ」


 エディは手を振って話を誤魔化したが、誰もそれを信用していない。

 絶対裏があると思っているし、むしろ何かを企んでないと思う理由が無い。


「こっちは戦力的に劣っている。向こうは続々と新戦力を投入しているが――


 書類に再び目を落としたエディは一瞬何かを思案した。

 それに気が付いたテッドは、書類を読むフリをしただけだと直感した。


 ――こっちは戦力が足らない。いつまでも我々が切り札では困るのだ」


 テッドは内心で『あ……』と呟いた。

 エディの本音が見えたのだ。


 やられ役の戦力を育ててウルフライダーの育てたパイロットを消耗させる。

 消耗した分だけ後続を育てる義務があるのだから、彼女らは前線に出ない。

 つまり、犠牲者の発生に目を瞑って、彼女らの安全を図っている。


 ――厭戦気分が湧いてくるの待ちか……


 顔を動かさず目だけで室内をグルリと見回したテッド。

 皆はなんとなく納得した様な表情だ。


「いずれにせよ、午後は編隊運動をやる。シリウス側の手法を真似しよう」


 左手で持っていた書類を右手でパンとはたき、エディはニヤリと笑った。

 その書類には、情報部が集めたシリウスの教育手順が詳細に報告されていた。


「まぁ、要するに方法論の違いだ。我々は何故か1から育てるのに拘った」


 自嘲気味に言うエディの言葉にテッドも苦笑いだ。

 全くの素人ばかりなのは連邦もシリウスも変わらないはず。

 だが、シリウスの方は効率よく戦力化し、技量を磨いて戦線に送り出している。


「報告書を読んで驚愕したのだが、向こうは初期訓練をゲーム化している」


 エディの言葉を最初は理解出来なかったテッド。

 左右を見れば全員が『はぁ?』と言う表情だ。


「地上シミュレーターで徹底的にゲーム化した訓練を積み重ねているようだな」


 報告書に挟まれた画像を皆に見せたエディ。

 街角の小さな喫茶店のような場所にコックピットを模した筐体が置かれて居る。

 その中に収まった老若男女が競う様にハイスコアを目指して遊んでいるらしい。


「これで適性を見ているんだろう。反射神経や状況認識。もちろん、空間把握も」


 なんだかんだ言ってシェルの適性の大部分はここに集約されると言って良い。

 上下左右の感覚を喪失する宇宙では、空間把握力で生死の境が別けられる。


 『はたして敵はどっちを向いているか?』


 その差で死ぬか生きるかが決まる事も多々ある。

 連邦の仕組みは、全くの素人を連れてきて、先ずは座学を行う。

 基礎教育を施したうえで試験を行い、その中で適性を見極めて訓練が始まる。


 だが……


「シリウスは街角で随時訓練してるってことですか」

「要するにそう言う事だな。まず戦い方を教えて、それから……」


 エディはもう一枚の画像を見せた。

 ニューホライズンのどこかにある施設で実物大のシェルに乗せているものだ。


「歩く。止まる。方向を変える。そう言う部分でまぁ、要するに機種転換訓練」


 何と効率の良い方法か……

 テッドはつくづくとそう思った。

 そして、その裏にあるものに気が付いた。


 シリウスの兵士は祖国独立闘争参加者だ。

 それに対し、連邦の兵士は志願の段階で身元を洗い、身辺調査に手間を掛ける。

 工作員やスパイ対策と言う事だが、その実は軍内部での国家間闘争でもある。

 特定の地域や国家出身者が中枢に集中している連邦軍特有の問題。


 つまり、犠牲者の発生バランスで各国の顔色を伺わなければならない……


「まぁ、こっちがそうである様に、向こうも問題があるらしい」


 自嘲気味に笑ったエディは別の紙を見せた。

 それは、独立闘争委員会の腕章を付けたMPが兵士を射殺しているシーンだ。


「強権型政治体制にある国は大体同じことをやる。逆らう者は抹殺される」


 ニヤリと笑うエディは書類を整えキャビネットに収めた。

 そして、しっかりと鍵を掛け椅子から立ち上がると、コーヒーカップを持ったまま窓辺に立った。


 コロニーの内部は緑溢れる美しい公園の様だ。

 視線を動かしていけば、円筒形コロニー特有の景色が広がっている。

 遠い街が上空に見えると言う冗談の様な光景だ。


 ただ、それでも。

 人間にとって緑の多い環境は癒やされるものだとテッドも思う。


「ニューホライズンの地上は荒れ果てている。そこを護ろうと立ち上がった者達が必死で抵抗してくる。我々はソレと戦わなければならない」


 僅かに溜息をこぼしたエディ。

 テッドやヴァルターはその意気や意味をよくわかっている。

 サザンクロスの攻防戦やルドウの街で経験し、実感した事だ。


 シリウス人は純粋に立ち向かってくる。

 打算や希望などでは無く、闘争する意志として……だ。


「シリウスの指導部は手練手管を尽くし人民を扇動し戦いへと駆り立てている。少し考えれば分かるはずだよ。コロニー船の出発を阻止しようというのがどれ程恣意的な行為なのかね」


 つまり、人民が騙されている……と。

 エディはそう言っているのだとテッドは思った。

 まだまだ政治的なゴタゴタを理解出来る程の経験がある訳では無い。


 ただ、一つだけ解る事は、それをする事で得する奴が居ると言う事だ。

 そして、そんな奴らは絶対に戦線へと出てこない。

 結果を聞き、失敗を責め、成功は自らの手柄とし、そしてほくそ笑む。


 切り札とエディが言った様に、この501がコロニーに居る事自体が……


「俺たちをここへ縛り付けておく事も、向こうにしてみたら」


 テッドはそう呟いた。

 その言葉にエディが満足そうに頷いた。


「正解だ。また一つ学んだな。それが戦略というものだ」

「戦略?」


 エディは上目遣いにテッドを見た。


「俺たちをここへ縛り付けておけば、向こうは被害が少ない。つまり、効率的に新人をトレーニングできると言うことだ。向こうだって犠牲は少ない方が良い。余りに犠牲が多いと革命でも起きかねんしな」


 それが何を言いたいのかをテッドはなんとなく実感した。

 そして同時に、エディの腹の中にあるものもなんとなく感じていた。

 

 ――地球側が不利な方が良い……


 僅かに驚愕の表情を浮かべつつ、テッドもニヤリと笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ