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黒い炎  作者: 陸奥守
第一章 シリウス義勇軍
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撃退 / シリウス開発小史 5

「よぉ! ジョニー。まだ生きてたか! さすがだな」

「今日は良い天気だが、ちょっと銃弾の雨混じりはいただけないな」


 いきなり開いたハッチの向こう側にはマイクとアレックスが立っていた。両手に鉄パイプを持った恐ろしい姿だ。戦闘服に身を包み、余裕風を吹かすようにニヤニヤと笑っている。


「トレンチでも物陰でも、逃げ込むときはその次の一手を考えるんだ。とにかく隠れれば良いってもんじゃ無いんだぜ? なんせ俺たちは戦わなきゃいけないからな」


 マイクとアレックスのふたりが持つ鉄パイプは、芯にコンクリートが流し込まれている建築現場向けだった。その鉄パイプまるで小枝のように振り回すふたりは薄笑いで掩体壕の陰から身を乗り出して走り始めた。


「さて、反撃といこうかジョニー」

「大事な仲間がこのざまだ。生かして帰すわけには行かないだろ?」


 どこか緩くて、しかもだらけていると思っていたおっさん二人だ。だがパワーローダーにむかって走っていく二人は大口径機関砲を恐れるでもなく、恐ろしい勢いで敵へと襲い掛かっていった。ただ、鉄パイプで戦える相手じゃ無いのは間違いないはずで、人間がどうこうして勝てる相手ではないはずだった。


「うそだろ……」


 そんなシーンを呆然と見ていたジョニー。マイクもアレックスも大きく鉄パイプを振りかざし、力いっぱいにパワーローダーを殴った。大きな音が響き、関節部を一撃で破壊されたパワーローダーがカクザして蹲った。

 そんな所に一切容赦なくもう一撃を加えパイロットハッチを破壊したマイク。アレックスは中からパイロットを引きずり出し、フルスイングで撲殺した。パワーローダーの装甲部分に真っ白い液体が飛び散り、頭部を失ったパイロットはガタガタと痙攣を始めるのだった。


「ジョニー。次の一手を考えて動かないと次もピンチに陥るぞ。逃げ込む前に次の算段を考えるんだ」


 なかば呆然と見ていたジョニーのところへエディが姿を現した。同じように鉄パイプを持っていて、肩をぐるぐると回していた。


「さて、行くか」

「行くって?」

「とりあえず安全なところさ。向こうの掩体壕入り口まで走るぞ!」


 虫の息な新兵をジョニーの代わりに背負ったエディは、ジョニーの裏襟あたりを掴んで大地を蹴った。だが、その一歩は尋常な加速度ではなく、その一瞬ジョニーは意識を置いていかれそうになる。エディの足が一歩また一歩とニューホライズンの大地を蹴るごとに速度が乗り、ジョニーの足はもつれ掛け、そして自分の限界速度を越えてエディに引きずられていった。


 ――――え?


 言葉を失う速度に達し、その最中もアレックスとマイクがパワーローダーを攻撃していた。二人が手にしていたコンクリート詰めの鉄パイプは、殴りつけられたパワーローダーを一撃で戦闘不能にする破壊力だった。

 フルパワーで打ち付けたアレックスの威力で、操縦席部分の装甲板が真っ二つに割れただけでなく、中に乗っていたレプリカント(人造人間)までもが白い血を撒き散らして即死した。


 ――――うそだ……ろ?


 言葉を失って事態を眺めるジョニーを安全なトレンチへ降ろしたエディは、振り返って言った。ニヤリと笑ったその表情にジョニーは寒気を覚える。


「死にたくなかったらそこを飛び出るな。良いな?」


 僅かに頷いたジョニーへ笑みを反したエディは、再び大地を蹴って加速し、マイクとアレックスが襲い掛かっているパワーローダーを次々と破壊していた。芯まで硬い鉄パイプの威力は絶大で、両足の油圧ユニットを叩き壊した後、今度は操縦席のレプリカントを次々と血祭りに上げていった。


 ――――こいつら…… エディ達は人間じゃ無い!


 ジョニーが見ている先では、次々とパワーローダーが破壊されていった。訓練中だった志願兵の死体が転がる中を走り回るエディ達3人は、十五分ほどの間に突入してきたパワーローダーは全滅させていた。

 まだ呆然と見ているジョニーのところへ地球連邦軍の衛生兵がやって来て、半死半生の新兵を冷凍処理し始めた。何がどうなるのかを理解できなかったジョニーだが、助けを求めるように目をやったエディは、動かなくなった機体から装甲を力尽くで引き剥がしていた。


「おーい! ジョニー こっち来てみろ」


 少し曲がっている鉄パイプを肩に担いだマイクは、振り返って手招きしながらジョニーを呼んだ。いつものちょっと抜けた声に戻っているマイクだが、トレンチの中から顔を出したジョニーは警戒して辺りの様子を伺う事からはじめる……


「良いから早く来いって! 平気だ!」


 少しイライラした口調になったマイクは、瞬間湯沸かし器のようだとジョニーは思う。だが、士官様に呼ばれた以上、走っていくのが基本だ。掩体壕を飛び出したジョニーはマイクのところへ走っていった。


「走ってくるとは良い心がけだ」


 アレックスの言葉に少しホッとしたジョニーだが、マイクの指差すマークを見た瞬間、今度はジョニーが一気に熱くなった。そこにあったモノは、シリウス系ではなく地球系企業である会社の企業のマークだった。


「これって……」

「企業は死人の数より札束の数の方が重要なんだよ」


 あっけらかんと言い切ったアレックスは、破壊されたパワーローダーをあちこち確かめ始めた。装甲の裏側を覗き込み、やがてエディを呼び寄せる。


「予想通りだな」


 アレックスが指をさすのは装甲になっている鉄板のまげてある部分だった。


「ほぉ、こりゃたいしたもんだ」


 エディも同じ部分を見ながら唸っている。そんな場所へジョニーがやって来た。

 エディとアレックスが覗き込んでいる部分を上から見た。


「どういう事だかわかるか? ジョニー」

「……いや ぜんぜん分からない」

「この鉄板が曲がっている部分を見ろ。溶接じゃなくて一枚の板を曲げてあるんだよ。先に形を決めて鉄板を切り出し、大型のプレス機で圧を掛けて欲しい形に仕上げているんだ。つまり」


 楽しそうにニヤリと笑ったエディ。

 その笑みにジョニーはゾクリとした。


「つまり?」


 エディは持っていた鉄パイプをグイッと曲げながら言った。芯にはコンクリートが入っているはずのパイプだ。人力で曲がるわけがないのに、エディは事も無げにスルリと曲げきった。


「最初からこの形に作った既製品。このパワーローダーのメーカーが最初からパワーローダーのオプションとして売っていると言う事だ。つまり、兵器として使うの前提なんだよ」


 兵器に使うのが前提のパワーローダーなど、ジョニーは聞いた事が無い。だが、いま目の前に転がっている残骸は、間違いなくさっきまでここでトレーニングしていた志願兵をひき肉に代えている。つまり、兵器産業だけでなく様々な地球系企業もまた、直接的にシリウス政府を支援しているということだった。


「おーい! エディ! アレックス! 見てみろよ!」


 パワーローダー裏手でマイクが呼びかけた。

 エディに連れられ裏手へまわったジョニーは、まるで亀のようなパワーローダーの後姿を見た。油圧系統の加圧部分をがっちりとガードする装甲を背負った姿だった。


「まるでシェルバック()のようだな」


 ボソリとこぼすエディ。

 アレックスは溜息を一つ吐き出した。


「こいつを破壊するにはRPGが要るな」

「だろうな。小銃程度じゃ打撃力が足りない」


 マイクは苦々しくこぼしながら、持っていた鉄パイプでフルスイングの一撃を入れた。鈍い音がして装甲を鳴らしたのだが、多少凹んだ程度だった。


「何でこんな事を……」


 手を握り締めジョニーは怒りに震えた。

 辺りに転がる死体は、ついさっきまで生きていた志願兵のはずだった。


「怒っても仕方がないだろ。死んだ人間は生き返らない。余程運が良けりゃ話しは別だが、死んだ方が良いってケースもあるしな」


 いきなりシビアな事を言い出したアレックスは、辺りの死体を片付け始めた。あちこちから集まり始めた501中隊の面々も姿を現して作業を手伝い始める。ジョニーは幾人かの生き残りと手分けして、戦死者を遺体袋に入れた。


「ジョニー。ショックだろうが落ち着いて聞け」


 辺りを確かめていたエディはジョニーを呼び止めた。


「企業は金儲けするのが大事なんだ。金になる事をやるのは当たり前だ」

「だけど…… これはひどすぎるだろ!」


 憤りに震えるほど劇昂しているジョニー。エディは呆れるように笑った。 


「怒ったら事態は解決するのか?」

「え?」

「怒りに震えるのは良い。だが、怒りで我を忘れるな」

「だけど!」

「やり方が汚すぎるってか?」


 呆れたような口調だが、エディは優しい眼差しでジョニーを見ていた。


「ジョニーの親父さんは責任感に篤い人物だったんだな」


 ジョニーの肩をポンと叩いたエディ。

 その仕草はジョニーに父を思い起こさせた。


「企業ってのは勝ち組につく。国家が国民を守るように企業は社員を守る。売上を作り社員に給料を払うのさ。だからな、汚いとか卑怯とか、そんな振る舞いも時には許容してしまう。名誉や誇りじゃ腹は膨れないからな。それより」


 あらかた片づいた訓練場を見回したエディ。

 生き残りは二百名ちょっとだった。


「訓練を再開しよう。早く一人前にしないと俺たちが困る」


 エディの言葉にアレックスとマイクか笑っていた。


「小僧!」


 急にマイクはジョニーを呼んだ。

 顔を向け話を聞くジョニー。

 マイクは優しい眼差しになった。


「お前も『王の剣』だ。早く一人前になれ」

「王の剣?」

「そのうち分かる。今は一人前になることを考えろ。良いな、プライベート(二等兵)・ジョニー」


 プライベート(二等兵)と呼ばれジョニーは一歩下がって胸を張った。


「サー! イエッサー!」


 精一杯でかい声で答えた。

 頭上にはシリウスが蒼く輝いていた。


 シリウス開発小史 その5


5シリウスvs地球 独立戦争の始まり


 2207年。

 正統政府と自治政府による話し合いの席が幾度も持たれる事になった2207年だが、結果は必ず物別れに終った。地球人類が何度も繰り返してきた独立戦争と言う歴史がここでも繰り返された。

 話し合いで結果が出なければ最後は殴りあいしかない。独立を認めるか認めないかで根本的に歩み寄れない以上、行き着く結論は最初から判りきっていた。


 2210年。

 自治政府の血の滲むような資金調達により、反政府活動などのノウハウを持つ専門からが地球からやって来て自治政府へと合流。正統政府は反政府活動家らの参加を根拠に、自治政府へ解散を求めた。即日拒否が宣言され、テロによる武力闘争が始まる。シリウス独立宣言の2200年から武力闘争開始を宣言した2210年までの10年は、後に胎動の10年と呼ばれる事になる。9月にはニューホライズン地域にいた独立派住民がレプリカントと大型作業機械などを使って武装蜂起を開始。地球向けの地下資源積み出し設備などを次々と破壊し、同時進行で地球派住民に対する無差別テロを行い始める。


 2211年。

 正統政府は自治政府に対し、改めてテロ活動の停止を要求し、それを行い得ない場合は強制的に解散させると通告。同日、自治政府は『全てのシリウス人へ』と言う檄文を発表。


『遠くはなれた地球に抑圧される全てのプロレタリアートよ。平穏な地球へ残り我々の生き血を啜って暮らすブルジョアジーに抑圧される人々よ。団結し闘争せよ……』


 その文章はシリウス人の独立闘争を支える精神的支柱となる。


 2012年。

 正統政府はついにシリウス人に対する武力弾圧を開始。テロ取り締まり専門組織を作り、僅かでもテロ組織と繋がりのある人間は無条件で排除する恐怖政治を始める。同年。地下へ潜った自治政府は全てのシリウス人へ結婚と多産を奨励し始める。抵抗し抵抗し抵抗せよ。全てに抵抗せよ。この時点でシリウス人口は約30億だった。


 2021年。

 国連シリウス開発委員会は大規模な国連宇宙軍を編成し、シリウスへ直接送り込む事を計画。シリウス開発の主導権を握ってきた国家による派遣艦隊の編成を試みるも、国連軍の主導権争いで頓挫。小規模な正統政府支援艦隊のみが派遣され続ける事になる


 2024年4月。

 正統政府への反政府活動が激しくなり始める。ニューホライズン各都市で正統政府機関への放火や暴動が相次ぐ。正統政府は取り締まりの強化を推進。抗議活動を行うシリウス人に対し実弾発砲が認可され、夥しい血が流れる。自治政府側についた武力集団の抵抗活動が始まり、暴動は内戦の様相を呈し始めた。


 2225年4月。

 地下に潜っていた自治政府の50人はシリウス独立闘争委員会『ヘカトンケイル』の発足を宣言。50人50頭100の手を持つ怪物ヘカトンケイルは、ありとあらゆる手段を用いて地球からの物理的抑圧に抵抗する事を発表し、独立闘争統一シリウス軍編成を作るのでニューホライズン全土へ志願者を募った。

 結果、様々な階層から様々な経験を持つ者がシリウス統一軍へ参加。その中には国連のやり方に異議を唱える元地球連邦国連軍や警察組織出身者の姿も有った。


 2028年。

 抑圧を強める正統政府の取り締まり機関など警察権力実行機関。ニューホライズンにおける暴力的取締りを停止すると発表。正統政府へ事実上のクーデターを行う。正統政府官邸を囲むバラの生垣が満開だった事から、後に赤薔薇革命と呼ばれる事になる。シリウス自治政府。地域住民の代表による話し合いを推進するための会議、ティーパーティーを開始。シリウス独立闘争は再び静かな闘争へと切り替わった。


 2236年。

 この年、ニューホライズンにおける最初の一斉選挙が住民投票により可決され行われる事に。シリウス人民議会の議席数は独立宣言年次にあわせ2200。それを上院下院の二つに分ける事が決まる。独立派が上下両院を合わせ1877議席を獲得し、シリウス人民政府は勝利を宣言。

 翌日、地球連邦政府は選挙の無効と住民投票の無効化。並びに、全シリウス人に対する基本三権(自由権生存権社会権)の停止と地球への帰順命令を交付。国連政府の方針に従うよう全シリウス人へ確認書を提出する命令を発する。この確認書の内容に反した場合は、無条件で殺される過去最大級の恐怖政治の始まりとなった。


 2238年。

 全く無実の少年が正統政府の管理実行機関により射殺される映像が流れ、それに抗議したシリウス人45万とレプリカント250万による過去最大級の武装蜂起が始まる。その後、続々と武装蜂起人員が拡大し、最終的にニューホライズン全土でレプリとシリウス人合計11億が蜂起へ参加。比較的穏健派の間にですら非暴力非服従運動が広がり、正統政府は事態の収拾に奔走する。


 2239年。

 正統政府は事実上機能を停止。シリウス自治政府とヘカトンケイルは改めて武力闘争の勝利を宣言。地球向け各種積み出し設備の機能を停止し、貴重な鉱物資源や地下資源などを送り出す企業などはシリウス撤退を決断する。


 2240年。

 アメリカを中心とする初期シリウス開発参加国。国連内部の主導権争いを続ける現状に嫌気し、独自の派遣艦隊編成を開始。EUと日本を含めたアセアン諸国。そしてアフリカ連合や南米連合が参加を表明し、一大組織となる事が確定する。

 国連主導ではなくアメリカ主導へ強硬に反対する中国と統一朝鮮などが国連からの離脱を仄めかし、独自艦隊の国連軍化を強く要求。中国軍艦艇の国連艦隊参加とシリウスへの航海を可能とする宇宙航海技術の無償供与を迫った。

 最終的にアメリカ合衆国は上下両院総会により国連からの離脱を決定。派遣艦隊への参加を表明していた国家や連合体も次々に国連からの離脱を宣言し、国連本部はベルギーのブリュッセルから中国の北京へと移る。この時点で国連へ残った国家は僅か30カ国少々となり、地球における国際連合は事実上崩壊した。


 2245年。

 国連離脱国家は合同で地球連邦政府の発足を宣言し、同時にシリウス自治政府へ和平へ向けた交渉の席へ付くように要求。長らくシリウスの地下資源で喰い繋いでいた中国政府を中心とする国際連合により交渉妨害の横槍が入り、和平交渉は双方平行線となって頓挫。シリウス自治政府は徹底抗戦を宣言し、独自に宇宙軍の編成を開始。シリウスに残っていた地球からの超光速船を次々と接収する事で力を蓄えていた。

 3月。地球連邦政府により編成された地球連邦軍宇宙艦隊は地球を出発。11月までにシリウス入りし、対地攻撃を行うとシリウスへ通告。シリウス側もありとあらゆる手段を使って抵抗すると宣言。

 ニューホライズンへ地球人類が降りたってから100年目の記念すべき年だと言うのにもかかわらず、人類は長い歴史の中で何度も繰り返してきた愚行を、またも繰り返すのだった……

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