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黒い炎  作者: 陸奥守
序章:出会い、或いは再会。そして、終わりの始まり
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出会い

 ――――2245年3月11日

     シリウス星系第四惑星 ニューホライズン リョーガー大陸東部

     ニューアメリカ州 タイシャン近郊




 酪農の盛んなタイシャンから州都サザンクロスへと延びる街道。州道86号線。

 3月とは言えニューホライズンの赤道に近いこのエリアは、暖かい空気が流れていた。


 シリウスの青い光が降り注ぐ午後。地球ではなかなか見ないサイズの蝶が舞い踊る長閑な昼下がり。未舗装に近い荒い舗装の道路上を、砂塵を巻き上げながら装甲車輌の列が流れていく。


 地球連邦軍によるシリウス降下作戦を間近に控えた3月の終わり。先遣隊として本隊より一足早くニューホライズンへ降り立った特務派遣団。第501特務中隊

 リョーガー大陸派遣軍第31軍団に所属する独立戦闘集団で、第31軍団の軍団長付特務少佐エディ・マーキュリー率いる僅か38人の中隊だ。


 彼らは『ある特別な任務』を帯びて地上に降りていて、散発的なシリウス側の抵抗を一つずつ潰しながら、ニューアメリカ州の州都サザンクロスをめざし、着々と進軍していた。


「あー 良い午後だな 眠いわ」


 八輪装甲車の屋根上で寝袋を枕に寝転がっていたエディ。

 コマンダー席でウツラウツラと舟を漕いでいたマイケルが目を覚ます。


「おぃエディ。そんなとこで寝転がってるとまた踏み潰されるぜ」

「なんだ。寝てたんじゃないのかマイク」

「今起きたよ。エディの寝ぼけ声で目を覚ました」

「そうか。なに、今度は上手く転げ落ちるよ」


 軽快に笑った二人だが、突如装甲車は急ブレーキをかけた。

 そもそも重量がある上に接地面積の大きなタイヤを八輪も装備している装甲車だから、下手な乗用車など比較にならない制動力を発揮してしまう。当然、屋根に乗っかっていただけのエディは遠慮なく前方へ吹っ飛ばされる事になるのだが。


「いってぇ!」


 数メートル先の地面で多少バウンドした後、エディは立ち上がって運転席に居たマルコを引きずり出した。両手を前に並べ左右へ振るイタリア系のマルコは、笑いを噛み殺しきれずニヤケる。


「マルコ! てめぇ! いてぇじゃねーか!」

「違う違う! あれあれ!」


 マルコが指差した先には、どう見たって廃車な状態のボロ車が停まっていた。パンクこそしていないが、『まだ走るのか?』と言うようなやつれ具合だ。その痛み方は尋常ではなく、つい今しがたにも鉄パイプか何かで襲撃を受けたような状態だ。


「リーナー! ロージー! グーフィー! 爆発物チェック! マイク! 二班を連れて周辺を捜索しろ! ドッドは三班を連れてバックアップだ。一班は俺と一緒に来い」


 装甲車の中から小銃とヘルメットを取り出したエディは慎重に車へ接近し、右手をあげリーナーたち工兵へ接近を指示した。同時に周辺のブッシュへ銃を構えて狙いを定め、敵が出てくるのを警戒している。ここ数日、街道沿いの各所で同じようなトラップが頻発しているとの情報が入っていた。

 囮になる車輌へ注意をひきつけておいて、皆が油断した瞬間にブッシュの影から飛び出し銃を乱射するトラップだ。幸いにして501中隊ではまだ犠牲者こそ出していないものの、他の隊では犠牲者続出と聞いているので慎重に行動していた。


「エディ 床下に爆発物なし。車内にも無し。なお、車外に生死不明が一名」


 工兵であるリーナーたちが安全を確認し、尚も周辺を警戒しながらエディは車輌へ張り付いた。車両左側。運転席の脇辺りにはデニムにウェスタンシャツ、そしてカウボーイハット姿の若い男が意識を失っていた。


「ウェイド 様子を見ろ マイクとドッドは周辺に薬物反応が無いか調べろ」


 メンバーが一斉に動き始めたのを見届け、エディは衛生兵(メディコ)のウェイドが手当てしているのを見ている。


「どうだ?」

「脳震盪かなんかだな。外傷はない。ただ、殴打痕が酷い。肋骨の一部にひびが入っているし、脊椎の一部が潰れかけている状態だ。あと、筋肉の一部が萎縮しているらしいな。栄養失調一歩前だ」


 車の日陰で手当てを受ける若い男。

 歳の頃なら15か16かと言った、まだまだ小僧の年齢だ。


隊長(リーダー)!」


 車を調べていたアレックスが声を掛けてきてエディは立ち上がった。


「どうしたアレックス」

「車に荒らされた形跡は無い。ただ」

「ただ?」

「この車を日常的に使っていたと言うのは信じられない」


 不思議な事を言い出したぞ?

 そんな疑問を持って歩み寄ったエディ。

 車の中を確かめていたアレクセイは車内各所の痛み具合に驚いていた。


「まず、普通に考えてコレでこの荒れた道を走れるとは思えない」


 アレックスが指を挿したのは、完全に折れている車のサスペンション部分。コイルスプリングが途中から破断しており、普通に考えればサス効果は期待できない


「エンジンさえ動くなら車は走れるだろ?」

「そりゃそうだが、少なくとも快適な移動とはほど遠いぜ」

「移動するだけなら十分って割り切ってるのかもな」


 なかば呆れ声で確かめていたアレックスとエディ。

 だがそこへウェイドが声を掛ける。


「リーダー! 気が付いたらしい」


 意識を失ってた男が目を覚ました。それだけで自体は進展するだろうと期待し歩み寄ったエディ。ぼんやりとした眼差しで見上げていたその青年は、エディをジッと見てから頭の部分に激しい痛みを感じたらしく、僅かに首を振って意識を覚醒させる。

 

 ――――ん?


 意識を取り戻した青年が見たモノは、同じようなグリーンの戦闘服を着た兵士だった。周りには見覚えの無い大人たちがたくさん居る。それだけで青年の心は嫌でも身構えざるを得なかった。滲む視界の向こうに見えた一番偉そうな男に向かって青年は声を掛けた。


「おまえら 自警団か?」


 唐突な言葉に首を傾げたエディ。

 会話の取っ掛かりを掴めず、遠巻きに話を切り出す。


「気が付いたか? 何があったんだ坊や」


 開口第一声で子供扱いされ、青年はカチンと来た。

 明らかに顔色が変わったと思ったエディだが、態度を変えるのは得策じゃ無い。


「おっさん達、地球軍か?」

「そうだ。見れば分かるだろ? 君は何という名前だ?」


 随分となめた口を効きやがる……

 青年は今すぐにでも殴りかかりたい衝動に駆られた。

 だが、実際は身体中が痛くてそれどころじゃ無い。


「あんた達が来たおかげで自警団が暴れまわってんだよ」

「自警団?」


 青年を覗き込んでいたエディは僅かに首をかしげた。


「なんだ? それは」

「シリウスに居る地球派を闇討ちする集団だ」

「随分な連中も居るもんだな。で、君は地球派なのかい?」

「地球なんか大嫌いだ!」


 青年は道へ向かってペッとつばを吐いた。真っ赤な血が混じったそれにエディは怪訝な色を浮かべた。


「君はいったいどうしたんだね?」

「地球に少しでも良い顔をする奴はリンチにあう」

「でも、君は地球が嫌いなんだろ?」


 憮然とした表情を浮かべた青年は、焼け付くような敵意の眼差しを遠慮無くエディへと向けた。


「大きなお世話だ!」

「なんだ。随分じゃ無いか」

「あんたらさえ来なかったらシリウスは平和だったのに」


 起き上がって埃を払った青年は、ぐるりとまわりを見回した。

 自分を取り囲むように四十人近い兵士が居た。

 体格の良い屈強の男たちだった。


「おぃ小僧! イキがるのは勝手だがこんな時は礼の一言くらいは言え」


 最初に声を掛けた男の後ろに居た別の男が怒鳴った。

 その腹に響く声に、青年は思わず首をすくめた。

 だが……


「礼を言ったら何かくれんのかよ。くだらねーな」


 反抗期真っ盛りと言わんばかりの口の利き方にエディはニヤリと笑った。

 遠い日に見たあの男を思い出した。『気に入らねぇ』その一言で全てを敵に回してでも自分を貫くロックな生き方をしていた、あの無頼の男を。いつでも、どんな時でも、どれほど不利な状況下でも、いつも味方で居てくれた、あの男……


「……ジョニー」

「おっさん。何で俺の名前を知ってんだよ。気持ちわりーな」

「はぁ? 君はジョニーというのか?」

「そうだよ!」

「そうか。まぁ、そんだけ強気なら大丈夫だな」


 精一杯意地を張ったつもりの青年。ジョニーは意地を張っていた。

 だが、エディは静かに笑った。懐かしそうな目で、ジッとジョニーを見ていた。


「まぁ、なんだ。家まで送ってやる。どうせ通り道だ」

「俺がどこへ行こうとしてんのか解んのかよ」


 エディは優しい目でジョニーを見た。

 その仕草にまわりの兵士がヘラヘラと笑った。


「この車で砂漠の中は走れないし草原もまぁ無理だ。って事は道をまっすぐ」


 エディは道のりの方向を指出した。


「違うか?」

「……そうだけど」


 ジョニーは車のサイドブレーキをおろし、錆の浮いた車を押し始めた。

 燃料が乏しい上にバッテリーが上がっているから自走は出来ない。

 エンジンの始動すら出来ないのだから仕方が無い。


「それはここへ捨ててったらどうだ? 自走不能だろ?」


 呆れた様子でエディが言う。

 だがジョニーは憮然とした表情で言い返した。


「これをか?」

「そうだ」


 ジョニーはこれ以上無い冷たい目でエディを見た。

 その眼差しの強さに、エディはコミカルなとぼけた仕草を浮かべた。


「これは俺の財産だ。修理して乗る。地球ほどシリウスは恵まれてないからな」


 ふて腐ったようなジョニーの言葉が遠慮無く投げつけられた。エディは僅かに表情を曇らせジョニーを見ていた。だが、ジョニーは自分の言葉に棘が有る事を悪びれもせず、そのまま車を力一杯に押し始めた。


「これが無くなったら次の車を買えそうに無い。車自体が無いんだよ。ここには」


 ジョニーはそう吐き捨て、額に汗を浮かべ車を押していた。

 エディの目は、優しげにジョニーの背中を見ていた。


「君の財産をゴミなんて言って悪かったな。俺たちには道具も手立てもある。ジョニーの資産ごと運ぼうじゃ無いか」


 エディは振り返って部下を呼び寄せた。


「ロージー! ドーリ―を持ってこい!」

「へい親分!」


 まるでギャングのように指示に答えた兵士は、装甲車が並ぶ隊列の最後尾からヴィークルドーリーを転がしてきてジョニーの車の横へとつけた。戦車も積めるサイズのドーリ―だから、自家用車を搭載する位は訳無い。


「俺はエイダン。エイダン・マーキュリーだ。ジョニー。君の名前は?」

「……ジョン・ガーランド」

「そうか。ジョンか。だからジョニーか」

「え? やっぱり俺を知ってるのか?」

「いや、知らない。知らないけど……」


 エディはジッとジョニーを見ながら、懐かしそうに笑っていた。その眼差しにジョニーはふと懐かしさを覚えた。だいぶ忘れかけた父の眼差しのような、大事な友の眼差しのような、そんな侠気のある眼差しだった。


「まぁ、なんだ。そんな気がしたってだけさ。それより、君は車に乗ると良い」

「え?」


 ニヤリと笑ったエディは右手を肩口の辺りで二度回した。

 その指示にエディの部下達が一斉に動き出す。


「なんだ? なんだよ! おい!」

「良いから良いから。慌てなさんな」


 笑いながらジョニーを車へ押し込んだエディは、その車のフレームに手を掛け、そして、部下たちへ合図を出した。すると部下達が一斉に車を持ち上げ、軽く1トンはありそうな車を僅か十人足らずの人間で普通に持ち上げてしまった。


「あっ…… あんたら何者なんだ?」


 車を積み終わったエディは、ジョニーの車の助手席へと乗り込んだ。あまりスプリングの効いていない座席は、見た目以上にヤれていてくたびれていた。


「地球連邦軍のシリウス派遣宇宙軍所属、独立野戦中隊、第五〇一特務中隊だ。まぁ、覚えておいてくれ。さて、行こうか」


 ジョニーの肩をポンポンと叩いたエディはどこか楽しそうに笑う。


「行くって。どこへ?」

「決まってるだろ。ジョニーの家だ。それともこのまま中古車屋にでも行くか?」

「勘弁してくれ」

「遠慮すんな!」


 ハハハ! と豪快に笑ったエディが窓から手を振る。


「おーい! エディ! どこ行くんだ!」


 装甲車のコマンダー席で誰かが叫んだ。その声がジョニーにも聞こえたのだから、随分と大きな声だとジョニーは思った。


「とりあえずまっすぐ走れ! 話はそれからだ!」


 遠くの方でブツブツと文句を言っている声が僅かにジョニーにも聞こえた。

 曰く、予定に遅れるとか、或いは、想定外だとか。


「あんたら…… なんか任務があるんじゃ無いのか?」

「あぁ、そうだよ? 当たり前じゃ無いか。軍隊なんだから」

「こんな事してて良いのかよ」

「問題ねーさ。どうせ大した任務じゃ無い」


 不思議そうにエディを見るジョニー。

 どこか悪戯っぽい笑みを浮かべたエディは本当に楽しそうだ。


「さっきまであの装甲車の上で昼寝してたくらいだからな」

「え? じゃぁ……」

「そうだ。ジョニーの車が見えたから車を止めたんだ。行きがけの駄賃さ」

「だけど……」


 心配性だなと言いたげにエディが笑った。

 ジョニーはその笑顔に少しだけ恥ずかしさを覚えた。


「本隊はまだ宇宙に居るし任務はそんなに面倒なことじゃ無い。まぁなんだ、ちょっと小便したくなってさ。一足先に降りて来たんだよ。本隊が来るまで暇だから、シリウスの地上をドライブして立って訳だ」


 ガクンと衝撃を受けローダーが走り始めた。四輌の装甲車に挟まれたローダーはジョニーの自家用車を積み、濛々と砂塵を舞い上げて街道を進んでいく。

 遙か遠くまで風に乗って流れていき、平坦な砂漠の上を501中隊の隊列が一直線になって走っていた。遠くの山並みには冠雪が見える。割と赤道に近いエリアな筈なのだが、真っ白な雪の帽子を被った山並みは美しかった。


 そんな窓の光景にエディはボソリと呟いた。


「シリウスの光は美しいな」

「地球の光は綺麗じゃ無いのか?」

「そんな事は無いさ。ただ、色が違うんだよ」

「いろ?」

「そうだ。地球に射し込む太陽の光は黄色い。だけどシリウスの光は青い」

「シリウスの方が波長が短いからね」

「勉強家だな」

「オヤジが教えてくれたんだ」

「親父さんは?」

「……死んだ」


 遠くを見つめるジョニーの目に悲しみの色が浮かぶ。そんな姿を見たエディは心底落胆したように俯き、そして、胸の前で十字を切った。


「君の……」


 エディの手がジョニーの肩を抱いた。

 まるで父親の手が息子を抱くように。


「君の親父さん御霊が神の御許で安らがれんことを…… 」


 驚きの眼差しでエディを見たジョニーは言葉を失って居た。


「なんで地球人がシリウス人の為に祈るんだ?」

「俺たちはシリウスの為に来たんだ。争いたいだけの連中を押さえ込む為に」

「え?」

「ジョニー。君は訳も無く戦いたいのか? 安定が欲しくないのか?」

「そりゃ…… 戦わないで済むなら、それに越した事は無いけど」

「だろ?」


 ボロ車の屋根は所々穴が開いている。

 その隙間から空を見上げたエディがボソッ呟いた。


「独立する事は良いのさ。地球側だって別にそれに異議は無い。ただ」

「……ただ?」

「地球と争う事によって利益を得る奴らが居るだろ? 誰とは言わないけど」

「……………………」


 ジョニーは僅かに首肯した。


「そいつらは人が死ぬ事で利益を上げているのさ。もっと言えば、その連中から利益をキックバックさせて儲けてる奴らも居る。そいつらを排除する準備ってのが俺達の仕事さ。まぁ、そのほかにも色々とあるんだが」

「じゃ、ヘカトンケイルを?」


 エディは首を振ってそれを否定する。


「いやいや、あのおっさんやおばさん達はマトモだよ。それより、自治委員会の後ろに隠れて戦争ごっこやってる連中をどうにかしようって訳さ。地球側だって一番最初のボタンの掛け違いって部分を理解してるんだ。だから、強硬派を排除して穏健派の発言力を増やし、その上で穏やかにシリウスを分離独立させる。最終的には銀河連合国家を目指そうって訳さ」


 ボタンの掛け違いと言う言葉にジョニーは強く反応した。


「親父が死ぬ前に言ってたな。一番最初の地球代表団がもう少し穏やかだったら違う形になってたって」

「そうか。オヤジさんはそう言う部分を気がつく人だったんだな」


 ジョニーの顔に喜色が浮かぶ。


「オヤジは…… 街のシェリフ(保安官)だったんだ」


 少しだけ胸を貼ったジョニーは何処か誇らしげだと。

 そんな印象をエディは受けていた。


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