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第9話 聖夜のマーメイドたち

12月も終わりに近づいてきて季節はもう冬

受験生であるボクたちは最近勉強一色の毎日が続いている。


そうした中でもミコは芦田さんとメールや電話でときどき連絡を取りっているらしい。

普段はわりとクールなミコ

しかし彼女が芦田さんのことを話すときは本当に嬉しそうな表情をする。


彼女は、一日の中で変わったこと、感じたことなどを夜メールしたり、また勉強のやり方や芦田さんの高校時代の思い出などをきかせてと電話をしたり

そして芦田さんはそんなミコに決して嫌な顔をせずきちんと話を聞いて自分の考えを答えようとしてくれているらしい。


男のコは恋をすると勉強に手がつかなかったりするけど、女のコはそういうとき逆に目標に向かってまっすぐ進もうとする強さを持っているようでもあった。

それは以前父親から聞いた中学卒業のとき告白をした父親に母親から聞いた答えからもわかる気がする。


以前なら教室の中でも休み時間はワイワイと友達同士で話す声が響いていたものだけど、最近はシーンとした中にそこかしこからブツブツと英単語や漢字の読みを呪文のように暗唱する声が聞こえてくる。


そして2学期の終業日


「もうすぐクリスマスだねぇ…」

ミコや久保ちゃん達と話しているときボクがぽつんと独り言を言った。


すると久保ちゃんが突然

「あー、毎日毎日なんかイライラしちゃうっ!」

と声をあげた。


「そうだねー。親はさ、あと少し、あと少ししたら入試が終わって高校生だから。そうすればなんでも好きなことができるっていうけど」

奈央も久保ちゃんに同調する。


「高校に入学したら今度は大学受験で頑張れって言われるんだろうなぁ…」

「そうそう!そうやって大人になるまで頑張るのかなぁ」


「そして大人になったら仕事をして結婚してってぜーんぶ運命が決まってるみたいな」

「なんか、つんまんないなぁー」


「せめて友達同士で話しているときくらい明るい話題でいたいけど」

「今は無理みたいだねー」


そんな話をしてると

「ねぇ、クリスマスパーティやろうヨ!」

ミコが突然思いついたように声を上げた。


「クリスマスパーティ? でもさ、準備とかけっこう時間かかるヨ」

奈央が難しい顔をして言った。


「カラオケボックスみたいなところで2時間だけとかってどう?それなら準備は全部お店に頼めるし」

ボクはそう提案してみた。


「そっか、そういうんなら息抜きにいいかも。それで他に誰を誘う?」

「そうだねー、夏にディズニーランド行った時のメンバーでどう? 多分忙しいだろうけど井川さんにも声をかけてみようヨ」



意外なことに、井川さんはこの計画に大喜びで乗ってきた。


「ぜひ参加させて!」

「迷惑じゃない?」


「とーんでもないっ!だって今っていうときは一度しかないんだヨ!」

彼女はそう答えた。


最近ときどき思うんだけど

ボクは男女の心の違いみたいのが少しだけわかるような気がする。


男の人っていうのは、大きな目標のためにはいろいろなことを犠牲にするのをあまり気にしなかったりする気がする。

それに比べて女性というのは時間の流れをしっかり受け止めてその中の一つ一つの思い出を大切にするような気がするんだ。

だから女性は綺麗なもの、可愛いものに対して男の人よりも敏感なんじゃないかって思う。


井川さんみたいにしっかり自分の目標を持っている女のコでもたとえ少しお休みしてでも大切にしたい時間がきっとあるのだろう。



「男子も全員オッケーだって。」

そんなことをフッと考えていう間に奈央が安田たち男子メンバー全員に確認してくれたらしい。


「よしっ!じゃあ12月24日、3時から5時まで限定、中学最後のクリスマスパーティだヨー!」


そんなわけでボクたちは中学最後の思い出作りにとクリスマスパーティをやることになったのである。




そして24日のイブ当日

ボクは少し頑張って少しオシャレをする。


クリーム色のフワッとしたブラウスにウエストを絞って小さなリボンをつけたオレンジのプリーツスカート。

そして真っ白いボレロを身につけた。

口には薄いピンクのリップを引く。

髪の毛をサイドで細く編んでそれを後ろでまとめてバレッタを着けた。

そして部屋の隅に置かれているドレッサーで丹念に確認する。


「さって、これでOK!」

ボクは交換するプレゼントの包を入れたバッグを持って部屋を出た。


「アラッ、随分念入りにオシャレしたわネ(笑) あまり遅くならないようにネ」

「ハァーイ」


コートを着て玄関のドアを開き

「さあ出発!」


一応厚めの白いストッキングをはいているけど、それでも時折ぴゅーと吹いてくる冷たい風がスカートから伸びた足を容赦なく刺してくる。

その上雨もパラパラと降っていた。


「ハァーー、寒いーーーー」




待ち合わせは駅前のカラオケボックス『アリス』の入口の前。


ここは6時までなら中学生でも入れるお店だ。

カラオケ好きの工藤が予約をしてくれたそうだ。


お店に着くとすでに女のコ数人、そして男子は全員揃っていた。


「わぁ、凛。オシャレしてきたでしょ?」

ミコがボクの頬を人差し指で軽くつついて言った。


「エヘヘ、ちょっとだけネ(笑) でも、そういうミコだってすっごく可愛いー」

今日のミコはフェミニンな感じのイエローのワンピースを着てとても素敵だ。

口にはやはり薄くピンクのリップを引いている。


「今日はなんか冷えるなー。もう中に入ろうか」

全員が揃うと予約をしてくれた工藤がみんなに声をかけた。


案内された部屋はわりと大き目のパーティルームで正面には小さなステージまである。

そして天井にはキラキラと細かい光を放つミラーボールが付いている。

もう雰囲気満点って感じ。


「いい部屋じゃん。こういうことにかけてはさすが工藤だなー」

「「こういうことにかけては」だけは余計だろ(笑)」

「 じゃあ、適当に座って。」 


今日の司会は工藤。

彼の案内に従ってボクたちは男女交互に並んでソファに腰を下ろした。


そして工藤は正面のステージに上がってマイクを持つ。

「さあ、オレたちの中学生活最後のクリスマスの思い出を作ろう!みんな目いっぱい楽しもうぜーーー!」


「かんぱーーーーい!」



楽しいおしゃべりで部屋の中が包まれていく。

そして中央のテーブルの上には大きくて華やかなクリスマスケーキ。

みんなが思い思いに受験前の最後の楽しい時間を過ごしていた。


「じゃあ、そろそろプレゼントの交換タイムにしようか」

工藤の指示でみんなは持ってきた各々鮮やかな包装紙に包まれた箱やら袋やらを布でできた大きな袋に入れていく。

大きいのやら小さいのやらで袋の中はたっぷり膨れている。


「ねえ、これをどうやって分けるの?」

久保ちゃんが質問すると


「へへへ、それはこれからのお楽しみ。これは男子全員で集まって相談したんだ」

そう言って工藤は悪戯そうに笑った。


(あれ?)

フッとあたりを見るとワタルの姿が見当たらない。

(トイレにでも行ったんだろうか?)


そんなとき

パッ!

っと部屋の電気が暗くなった。


「あれ、停電かなあ?」

女のコたちが不思議そうにそう話す。


そのときだった!


部屋の入口のドアのところにスポットライトが

パッと当たると

なんとそこから安田と安西と久坂の腰に手綱をかけ、サンタの衣装をつけたワタルが登場したのだ!


パッカパッカ

パッカパッカ


安田と安西が蹄の音をだしながらノリノリでトナカイを演じてるけど

どう考えても「パッカパッカ」はロバの音だ(笑)


そして最後はボクたち女のコの前でワタルが

「ドゥー!」と言うと

三匹のロバもといトナカイは

「ヒヒーン!」

と叫んで止まった。


「「ヒヒーン!」じゃさすがに馬でしょー!(笑)」

女のコたちは普段見ないそんな男のコたちの姿におなかを抱えて笑っている。


「細かいことは言いっこなし!」

すかさず司会の工藤がツッコミを入れる。


「さあ、聖夜のマーメイドたちにサンタからのプレゼントを配ります」

ワタルは大きな声でそう言うと腰を少しかがめてキザっぽく挨拶した。


「誰がどのプレゼントをもらうの?」

井川さんが不思議そうに尋ねた。


すると

司会者工藤がマイクを持って

「それでは、女子のみなさんは自分のグラスの乗せてあるコースターの裏をめくって下さい」

と言う。


ボクたちは言われた通りにそれぞれ自分の飲んでいたグラスのコースターを裏返した。

するとそこにはマジックで番号が書いてある。


「えー、その番号と同じ番号の貼ってあるプレゼントの包みを差し上げます」

「それでは順番に自分のコースターに書いた番号を言ってください」


そして

女のコたちが順番に番号を言っていくと、ワタルは一人ずつに同じ番号の書いてある包みを渡していった。


その結果

奈央は久坂の

久保ちゃんは安西の

井川さんは安田の

ミコはワタルの

そして

ボクは工藤のプレゼントを受け取ることになった。


同じように男のコもぞれぞれ自分のコースターをめくり

久坂はミコの

工藤は久保ちゃんの

安西はボクの

ワタルは奈央の

そしてなんと!

安田は井川さんとの相互交換となった。


(やっぱり、そう上手くはいかないなぁー)


もしかしたらワタルのプレゼントをもらえるかも

なーんてちょっと期待したけど

お互いぜんぜんすれ違っちゃった。


大いに盛り上がったプレゼント交換は終わり、再びワイワイと会話が始まる。


でもそんな楽しいときが過ぎるのは本当に早い。

あと20分でシンデレラたちも舞台から降りる時間。


そのとき工藤がふたたびステージにあがった。

「エー、それじゃ、いよいよラストです。中学最後のクリスマスをこうしてみんなで過ごせたことはずっといい思い出として残るでしょう。そして最後は!」


すると

静かな感じのバラードが流れてきた。


「えー、最後はチークダンスです。 我こそは思うプリンスはプリンセスを誘って前に出てきてください」


しかしみんな照れてしまって中々前に出てくるカップルはいない。

そこに意外なカップルが出現した!


井川さんがニコッと微笑んで安田の前に立ち

「ね、安田君。踊ろう?」

と誘ったのだ。


誘われた安田は一瞬ポカーン


しかしかなり照れた顔でニコッ笑い

「へへへ、わりーな、工藤」

と言い、井川さんをエスコートして前のオープンスペースにあがった。


安田・井川さんカップルに刺激されて何組かが前に出ていく。


すると

ボクの顔の前にすっと長い指をした手が伸びた。


ボクがフッと顔を上げるとそこにはワタルの優しい笑顔。

ワタルは「踊ろう」とも何も言わなかった。

でもボクはワタルが差し出した手に自分の手を静かに重ねて立ち上がった。


そしてボクたちはゆっくりと身体を重ねてリズムに乗る。


今は20センチも違うワタルとボクの身長

ボクは少しだけ背伸びをしてワタルの肩下に手を置き、そして自分の頭をカレの胸をそっと付けた。


トクン…トクン…


小さなリズムでワタルの胸の鼓動が耳を伝わってボクの中に溶けていった。




「わぁーー、雪だぁーーー!」

パーティが終わりお店の外に出るとあたりはもう暗い。

そしてさっきまで降っていた雨は雪へと変わっていた。


「今日はホント楽しかったねー!」

「ウン!いい思い出できちゃった」

それぞれが中学最後のクリスマスを鮮やかに彩れた喜びを語り合う。


そんなとき

ボクの隣にいるミコがニヤッと小さく笑ってボクの耳にこう囁いた。

「ふふん、ね、凛。プレゼント取り替えてあげようか?」


「え?で、でも…」


(ミコは痛いとこを突く)


ミコはさっきからボクが彼女のバッグの中にしまわれたワタルのプレゼントをチラチラと見ていたのを感づいていたのだろう。


「フフフ、アンタはほーんとわかりやすいネ(笑)はい、持っていきな」

そう言ってミコはそっとボクにワタルのプレゼントの小さな包みを渡した。


「あ、ありがとぉ」

ボクは小さな声で彼女に一言そう言う。

外はこんなに冷たいのにそう言ったボクの頬はなぜか妙に温かい。


するとミコは突然ワタルに

「石川君は凛と同じ方向だよネ。凛のこと送っていってあげてね」

そう言うと彼女はボクに小さくウインクした。


(もう、ミコったら気を使ってくれちゃって…)


ボクとワタルは舞い降りる小雪の中を肩を並べて歩き出した。

しばらく歩くとあの『赤いブランコの公園』の前を通る。


「なあ、凛ちゃん。ちょっとだけ公園に寄って話していかんか?」

ワタルがそう言った。

「ウン、いいヨ」


ボクとワタルは誰もいない公園の中で赤いブランコに座って今日の出来事を2人で話した。


ボクがミコとプレゼントを交換してもらったことを話すとワタルは

「なーんや!どっちも考えることは同じやなあー!」

そう言って彼はコートのポケットから小さな包みを取り出した。

見ると安西に渡ったはずのボクのプレゼント

ワタルも安西に頼んで取り替えてもらったのだという。


「えへへ…」

なんかわからないけど、うれしい気持ちで心の中があったかい。

ボクは自分の照れる気持ちを隠すように笑った。


「ねえ、開けてみてもいい?」

ボクがそう尋ねると

ワタルはニコッと微笑んでそう答える。


彼のくれた赤い小さな袋を開けると

そこにはガラスでできた小さなドルフィンのついてる一組のイヤリングが。


「わぁ、綺麗…」

ボクはそれを手に取って街灯の光に照らした。

ガラス越しに舞い降りる雪がキラキラと反射して、まるでその中で小さな天使が踊っているようだ。


「ね、つけてみていい?」

「ああ」


ボクはそれを自分の耳にそっとはめてみた。


「フフフ、なんか大人っぽくなったみたい。どうかな?」

ボクは小さく微笑みながらそう言った。


するとワタルが横のブランコに座るボクの方を見てこう言ったんだ。

「ウン。綺麗や、すごく綺麗や」

「エ…」

そのときほんの一瞬ボクの時間が止まった。


ワタルはブランコから腰を上げるとゆっくりボクの前に立った。

「ボクの目の前にいるキミはもう素敵なひとりの女のコや」

そう言って、カレはボクのおでこに小さなキスをした。


「ぁ…」


「さあ、遅くならないうちに帰ろうか。凛ちゃんのお母さんが心配するさかいに」

「ウ、ウン…」


そして2人は立ち上がり歩き出す。


そのとき

ボクの手はワタルが差し出した温かい手に包まれていた。


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