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第8話 ミコの小さな恋

9月も終わりに近かづき、秋風が吹き始めた頃


「ねえ、凛。明日の放課後って何か用事ある?」

お昼休みが終わる頃ミコがボクにこんなことを聞いた。


明日は水曜日で塾も家庭教師もない一週間で唯一の自習ディ。

ミコもそのことを知っててわざわざその日にしたんだろう。

普段の息抜きにどっか寄ってくのかな、ボクはそう思い

「ウウン、別になにもないヨ。どっか寄ってく?」

と答えた。


「じゃあさ、アタシに付き合ってもらっていい?」

「ウン、いいけど。どこ行くの?」

「エヘヘ、青葉に見学に行ってみない?」


こうしてボクとミコは翌日の放課後青葉学院高等部へと向かうことになった。


青葉学院は渋谷駅から歩いて10分ほどのところにある。

大学から幼稚園まですべてそろった一貫教育で、キリスト教のプロテスタント派のミッションスクールだ。


前日にミコがインターネットで渋谷駅から青葉のキャンパスまでの地図を調べておいてくれて、ボクたちはその地図を見ながら歩いていった。

宮益坂を登っていくと通り沿いには大きな並木道が続き、その途中には喫茶店や画廊や本屋さんなどたくさんのお店が並んでいる。


「素敵なとこだねぇー」

ボクが周りをキョロキョロとしながら言った。


「渋谷でもこっち側はけっこう落ち着いた感じだよね。あ、凛。あれ見て?」

ミコが指をさした方を見ると数人の高校生らしき女のコたちが歩いてくる。

紺のブレザーの襟元には学校のらしきバッジが光っている。


スカートはチェック柄のプリーツスカート。

「青葉学院高等部では女子のスカートの柄は自由らしいヨ。プリーツスカートだったら自分で自由に買ったのでもいいんだって」

ミコはいろいろ調べたらしくそう教えてくれた。


「へぇー、いいよねー。それに比べてアタシらなんか」

そう、うちの中学の女子の制服は膝まで伸びたジャンパースカートに飾り気のないボレロと味もそっけもないんだ。

もしも受かったら、ボクもあんな制服着てこの通りを毎日歩くことになるんだろうか。

そしてミコがいて、ワタルがいて、3人でワイワイおしゃべりしながら。


(なんか夢みたいだな…)


そんなことを想像していると


「あ、あれって青葉の校舎じゃない?」

ミコが通りの向こうの方を指さした。

その方向を見るとさっきの女のコたちが着けていたバッジと同じマークのついたレンガっぽいビルが見えている。


「そうみたいだネ。行ってみよう!」

そしてボクたちはその方向に向かってまた進みだす。


目印の建物のところにたどり着くと大きな門があった。

その建物の横には大きな門があって


『青葉学院』

向かって右側の門柱にはそう書いてある。


門の奥には青々とした銀杏の並木道が続いていて左右には同じデザインの古めかしい形をした校舎が建っている。


「わぁー、素敵だねー!」


キャンパスの中にはたくさんの人たちが歩いていて、校舎の中からはバンドの練習らしきドラムやギターの音も聞こえてきた。


周りの街の騒がしさと正反対にこのキャンパスの中はまるで異空間のような感じさえしている。


ボクたちはしばらく門から見えるこの光景をボーっと眺めていたが、よく見るとほとんどの人は服装が私服のようで、高校生らしからぬお兄さんやお姉さんがたくさん歩いている。


「ねぇ、ミコォ。ここって何かちょっと年齢層高そうじゃない?」

「そうだねぇ…。でもこの地図だとここが青葉学院ってことになってるヨ。それにこの門にもそう書いてあるし」

「ウーン…。この中に入ればいいのかなぁ?」


2人は悩みながらそんなことを話していると、並木道の奥の方から正門の方に向かって歩いてくる男の人が一人いる。

その人はボクとすれ違った瞬間


「アレっ!?」

っと声をあげて立ち止まった。


「もしかして、凛ちゃん?」

その声にボクがその男の人の方を振り返ると

「わぁっ、芦田さんだぁ!」

驚いたことに、そこにはボクが病院に入院したとき最初の頃同じ病室だった芦田さんが立っていたのだ。


「びっくりしたぁー! あ、そっか。芦田さんってここの大学の人だったんですよネ?」

「ウン、そうだよ。キミこそどうしたの?こんなとこで会えるとは思わなかった」


「エヘヘ、じつはアタシ今年受験生なんです」

「そうかぁー、そういえばあのとき凛ちゃんは中学2年生だったよね。それにしても本当に女のコらしくなって・・・」


そう言ったあと芦田さんは

「あっ!」

と小さな声を漏らして口を抑えた。


「大丈夫です。アタシ、今も元の中学に通ってるんです。みんなにもちゃんと事情を話して仲良くしてもらってます」

「そうかあ。よかったね」

芦田さんは優しそうに微笑んだ。


「あ、彼女はアタシの同じクラスの親友で藤本さんです」

そう言ってボクは芦田さんにミコを紹介した。


「は、はじめまして。藤本 美子です」

ミコはそう言って少し落ち着かない様子でペコンと頭を下げた。


「やあ、芦田 高広たかひろっていいます。この大学の経済学部の2年生なんだ」

そう言って芦田さんはミコにニコッと微笑んで挨拶した。


大学生の芦田さんは中学生を相手にしてもきちんと話してくれる。

それが芦田さんの魅力の一つだと思う。


「ところで、凛ちゃんたちは受験生ってことは、もしかしてここの高等部を受ける予定なのかな?」

「あ、ハイ。じつはそうなんです。それで見学にきたんですけど、なんかよくわからなくって」


「ハハハ、そうか。じつはここは大学のキャンパスなんだヨ。高等部の正門はここに来る前の塀沿いに右に曲がってしばらく歩いた方にあるんだ」

「あ、そうなんですか。同じキャンパスの中にあるのかと思ってました」


「キャンパスは同じだよ。正門がキャンパスの中のそれぞれ違う場所にあるんだ。でもこっちからも裏手から高等部に行けるよ。それで帰りは正門から出たら色々見れて一粒で二度おいしいんじゃないかな(笑)」

「あ、それいいですねー! じゃあ、ミコ。そうしよっか?」

アタシがそう言ってミコの方を振り返ると

ミコはなぜかモジモジとしている。


「ミコ?」

するとミコは芦田さんの方を向いて

「あ、あのっ!」

「ウン。何かな?」

芦田さんは優しくミコに聞き返す。


「アタシたち、もし青葉の高等部に入れたら将来は青葉の大学に進学したいなって思ってて…」

「そうか。じゃあ、将来は僕の後輩になるわけだね」


「ハ、ハイ。それでその・・・」

「ウン?」


「芦田さんに、その…キャンパスの中をいろいろ教えてもらえると嬉しいなって…ダメ…ですか?」

ミコは頬を赤く染めてそう訴えた。


少しキョトンとした表情の芦田さんはまたすぐにいつもの優しそうな笑顔に戻りミコに言った。

「なんだ、そんなことか(笑) いいよ」

芦田さんはニコッと微笑んでそう答えた。


この言葉にパァーっと一気に明るい表情になったミコ

「いいんですか?わぁーい!ね、凛。嬉しいねー!」

そう言ってボクに無理やり同意を求めてくる。

「ウ、ウン。そうだね。嬉しいね。アハ、アハハハ…」


「ああ。授業も終わったし、今日はアルバイトもないしね。僕でよかったら」


ミコ、アンタ、ボクをダシにしてくれちゃって…(苦笑)

もしかして一目惚れってことかな?


「じゃあ、大学の中から順番に見ていこうか」

そういうわけでボクたちは芦田さんを先頭銀杏並木の中を歩き出した。



初めて訪れた大学のキャンパス

そこはとても不思議な空間だった。


右を見ても左を見ても大きな校舎が立ち並んでいる。

体育館なんかはウチの中学の3倍くらいは楽にありそうな巨大さだ。

中ではバスケやバトミントン、バレーなどいろいろな練習をしててすごい活気だ。


「ものすごい大きいねー!それにいろんなクラブが練習してる」

芦田さんの案内で大きな校舎の中に入ってみるとものすごく広いフロアで上の階に行くのはなんとエスカレーター!

そして驚くくらい長い廊下の左右にはたくさんの教室が並んでいる。


そして、こういう校舎と反対にいかにも伝統がありそうな校舎も所々に建っている。

芦田さんは銀杏並木の突き当りにあるほかの校舎に比べると割と小さいけどすごく特徴的な感じの校舎にボクたちを連れて行った。

「この建物は間澤記念館っていってずっと昔この大学の卒業生が寄付をしてくれて建てたそうだよ」

「へぇー、なんかギリシア建築みたい!」

ボクはこの校舎の前で写真を一枚パチリ。


「じゃあ、今度はミコと芦田さんが並んで?アタシ撮ってあげる」

「エ、あ、ウン…」

ミコは恥ずかしそうで、でも嬉しそうなてれを隠せない表情で芦田さんと並ぶ。

「あ、ミコぉ、もう少し身体を近づけないとフレームに入らないヨ? じゃあ、撮るヨー」


パシャッ!



「さて、じゃあ最後に学食に行ってみないか? 今日の記念に僕がソフトクリームを2人にご馳走するヨ。ソフトクリームは好きかな?」

「わぁー、嬉しいー!ありがとうございます。大好きです!いつも日曜日に図書館行った帰りに2人で食べてるんですヨ。だよねネ?凛」

ミコ、それってソフトクリームじゃなくってクレープじゃないの?

心の中でそう思いながらもミコの脅迫するようにボクを見つめる目に

「そ、そうだネ!アタシもソフトクリームだーいすきっ!」

と返事してしまうボク。


芦田さんが案内してくれたのはこれまたすごく大きな校舎で、入口がアーチ状の形になっている。

入口をくぐって中に入ると大きなフロアがあって、その奥にガラス越しに学生食堂が見えた。


「ここは第2学食なんだ。だいたい千席くらいあって外よりもずっと安い値段で食べられるんだ」


学食の中に入るとボクもミコも思わず

「わぁー!」

っと驚きの声を上げてしまった。


大きなフロアには端が見えないくらいたくさんのテーブルが並んでいて、そこではたくさんの人たちがご飯を食べたりおしゃべりをしたりしている。


「僕はあまり甘いものは食べないんだけど、女友達たちによるとウチの大学のソフトクリームはかなり美味しいらしいから。」

そう言ってボクたちはテーブル席のひとつに腰を下ろして芦田さんに奢ってもらったソフトクリームを一口ペローー。


「あ、おいしい…」

一口舐めると口中に広がる牛乳の優しくてふわっとした香り。

甘すぎずとても柔らかい舌触りだ。


「ホント、すごく美味しいです」

「そうか、気に入ってもらえて良かった」

そう言って芦田さんはコーヒーを一口すする。


「ね、凛のも一口頂戴?」

「ウン、いいヨ。アタシもミコの一口」

そう言ってボクとミコはお互いのを一口ずつ舐めあう。


ボクはいちご果肉の入ったソフト、そしてミコはキャラメル風味。

「あ、こっちも美味しいねー」

「凛のも美味しい。アタシ、今度来たときはこっち食べてみよう」

そんなボクたちを芦田さんは優しい眼差しで見ていた。


「じゃあ、僕はここで。高等部はそこをまっすぐ行くと裏門があって、そこから入れるから。守衛さんに言えば見学させてくれると思うよ」

そして芦田さんは再び大学の正門の方へと歩いて行った。




帰りの電車の中

2人並んで席に座っているとミコはフッとこんなことを呟いた。

「やっぱり5歳も違うと妹みたいにしか見られないもんかなぁ・・・」

「ミコ、芦田さんのこといいなって思ったの?」

「わかんない。でも、なんかこういう気持ちって初めて・・・」


「そっかぁ。あのさぁ、アタシ、思うんだけどさ」

「ウン」

「今は5歳差って差があってすごく大人に感じちゃうけど、もう少し大人になれば5歳差の恋人同士ってけっこう普通なんじゃないかなぁ。芦田さんが23歳のときにミコは18歳でしょ。ゆっくり時間をかけてお互いを知り合ったら、そういうときがきたらきっと…」


「そうかぁ、そうだよね。アタシたちまだまだ時間がいっぱいあるんだし」

「そうだヨー。それで、そのためにはまず青葉に受かることからスタートだよネ」

「そうだねー。よしっ、やる気出てきたぞォー!頑張ろう!」

「オーっ!」


そう言うとボクとミコは一日の疲れからお互い方を寄せ合ってウトウトとし始めたのだった


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