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第7話 信じていいんだよネ?

3年生になったとき、ボクは2駅離れたところにある大手の進学塾に通い始めた。


その塾からは毎年青葉学院高等部に十名程の合格者を出していて、ミコは1年生のときから通っている。

そのミコに勧められてボクも3年生から通いだしたわけだ。


ただボクはそれまで高校受験というものをあまり意識したこともなく、親も行ける高校に行けばいいという考えだったので進学塾というものに通ったことはなかった。

それでも2年生までは成績も悪いわけではなく、ミコ先生のマンツーマン指導のおかげもあって最近ではクラスで5番前後、学年だと30位くらいの中には入っている。


ただ難関校を受験するということになるとやっぱり実践的な点数を稼げる勉強というのが必要になってくる。

しかもそれが青葉学院高等部の女子となると学年でもトップクラスの成績でないと受かるどころか受験する資格すらなかった。


ところが

ボクが3年生になって親に青葉の受験のことを話すと、ふつうなら

「やっとやる気になってくれたか!」

と喜ぶところだろうけど、

ウチの母親ときたら

「そんなに無理しなくてもいいんじゃないの?」

と心配すらされてしまった。


「昔から青葉はかなり難しい高校で、1年生くらいから頑張らないと無理よ。ミコちゃんだって1年生から頑張ってたんでしょ? たとえば白洋高校とかで3年間頑張って大学で青葉を受けるって手もあるんじゃない? 」

そう言って最初から諦めさせようとさえしてる。


たしかに青葉は私立なので都立高にくらべてたしかに学費は高い。

しかし、ウチは父親は都内でスーパーマーケットを10店舗、コンビニチェーンを30店舗ほど経営していて、実はけっこう裕福な方だと思う。

だからこの母親は決してお金のことを気にしているわけじゃなく、単に娘の可能性を否定しているだけなのだ。


しかも話しているうちに

「せっかくだから女子校もいいんじゃないかしら。お母さん、可愛らしい制服の高校がいいなぁー♪  あ、聖立女学院なんてどう? あそこだったら青葉と同じミッション系だし」

と言い始めた。

聖立なんていったらもうカチカチのお嬢様学校で、校則が厳しいので有名だ。

先生や友達に「ごきげんよう」とか毎日挨拶しているっていう笑い話もじつはけっこう真実味があるらしい。


「いやっ!せっかくの高校生活なのに女のコばっかりに囲まれて過ごしたくないもんっ! 同じミッション系だって女子校はいやっ!青葉がいいの。青葉、青葉、あおばぁぁーーーーー!!」

ボクがムキになってそう叫ぶと母親は苦笑しながら

「あーーー、わかった、わかった! でも、やる以上は最後まで諦めずに努力することよ。できる?」

と聞いてきた。


「できる! っていうか、絶対してみせる!」

「わかったわ(笑) お母さんはアナタの決心を知りたかっただけよ。 受かるかどうかは別としてチャレンジすることはいいことだと思うしね。 じゃあ、お母さんから提案なんだけど」


「提案? どんな?」

「3年生になってあなたの成績がけっこう伸びてきているのは認めるけど、このままじゃ青葉の合格レベルにはまず届かないと思うの。上に行くほどみんなも頑張ってるしね。だから塾と並行して家庭教師の先生をお願いするっていうのはどうかしら?」


「家庭教師かぁ」

「そう。でも大学生のアルバイトっていうんじゃなくてプロの経験豊富な人にお願いしたほうがいいわね。アナタがその気ならお母さんがお父さんにお願いして探してあげる」



そういうわけで、その数日は母親はさっそく有名な家庭教師会に電話をして数名の紹介をもらった。

それをボクと父親を交え3人で検討して選んだのが春日井 弓美香先生だった。

春日井先生は28歳。 有名な女子のトップ進学校櫻園高校から東京大学教育学部に進み、そして大学院まで行って卒業後家庭教師になったというプロ中のプロらしい。


そしてその週の土曜日、春日井先生が初めて家にやってきた。


その日2時間ほどの授業が終わったあと春日井先生は

「これは青葉に限らないのですが、難関校の入試とはいえ応用問題ばかりが出るわけではないのです。基礎問題が全体の7割程度、ただし基礎問題といっても漠然と易しい問題というのではなく基礎事項を高度に組み合わせた問題です。したがって難関校ほど基礎が完璧にできていることが前提となってきます」

とボクと母親に話してくれた。


なるほどー

プロの言うことはやっぱり違うなぁ


「青葉の受験科目は英・数・国の3教科です。さきほど簡単なテストをやってもらいましたら凛さんは基本事項についてはけっこう理解しているようです。ただし今申し上げた基礎の組み合わせについてはまだ甘いところがありますね。だからこれからは基礎を完璧にするとともに基礎を組み合わせた問題を理解させ、最終的に応用レベルにまでもっていきたいと思います」


そういうわけで、ボクの受験生活がいよいよ始まった。


弓美香先生が来るのは毎週火・木・土曜日の夜7時から10時まで。

そしてミコと一緒に通っている進学塾が毎週月・金曜日の夜6時から9時まで。

ボクの生活は一気にハードになった。

それでも弓美香先生の教え方はさすがで、今まで自分にかけていた部分がはっきり理解できるようになり問題文の意図が読めるようになっていった。




3年生になって6月の1回目の模擬試験の日


試験が始まるまでの時間にワタルがボクにフッと話しかけてきた。


「なあ、凛ちゃん。志望校ってもう決めたんか?」

「ウン。だいたいね」


「どこにしたん?」

「なんで?」


「いや、ボクな。大阪にいたから東京の高校ってぜんぜんわからんねん。それで凛ちゃんがどういう高校を受けるんかなって思って」

「あー、そっかぁ。そうだよねぇ。じゃあ、とりあえずてきとーに書いておけば?」


「そんな切ないこと言わんと(笑)」

「もうっ! えっとね、とりあえず第1志望は青葉学院でこれはもう決まりかな」


「ほう、青葉かい。凛ちゃん、洒落たとこ受けるんやなぁー。それで?」

「あとは第2志望は明王高校、第3志望は実際って感じかな」

一応母親の希望も入れて女子校も1つ入れておく。


「なるほどー。明王に実際ね。ふんふん…」

 

そんなことを言っていると試験監督の先生が入ってきた。

「よし、それじゃテストをはじめるぞー」



全教科が終わったときボクはかなりの手応えを感じていた。


終わったあとミコが

「ね、凛。どうだった?」

と聞いてくる。


「ウン。けっこう頑張れたみたい」

そう言ってボクは右手で小さなVサインを出した。


そして、その模試の結果が返ってきたのはそれから2週間後だった。

担任の山岸先生から一人ずつ名前を呼ばれ前に出て解答用紙と結果表が渡される。


「小谷さん、よく頑張ってるみたいじゃない!随分上がってるわヨ」

そう言われて渡された表を見ると


英語 92点 偏差値72

数学 85点 偏差値68

国語 88点 偏差値70

理科 84点 偏差値67

社会 88点 偏差値69


三教科 偏差値70 校内順位13位、女子順位8位

五教科 偏差値69 校内順位18位、女子順位10位


第1志望 青葉学院高等部 60% 合格有望圏

第2志望 明王高校    80% 合格安全圏

第3志望 実際女学園高校 90%以上 合格確実圏



わぁ、やったぁー!

偏差値や順位は思ってたよりも伸びている。

まだ青葉の合格水準にはちょっと届いてないけど、可能性は出てきたということはわかる。


「凛、どうだった?」

後ろの席のミコがボクの背中を軽くつついた。


「ウン、思ったよりできたみたい。ミコはどうだった?」

そしてボクとミコはお互いの結果表を交換する。


英語 95点 偏差値74

数学 94点 偏差値73

国語 94点 偏差値74

理科 91点 偏差値70

社会 93点 偏差値73


三教科 偏差値74 校内順位3位、女子順位1位

五教科 偏差値72 校内順位5位、女子順位2位


第1志望 青葉学院高等部 80% 合格安全圏

第2志望 国際基督教学園高校 90% 合格確実圏

第3志望 実際女学園高校 90%以上 合格絶対圏


すごい

さすがミコというか

やっぱり努力は積み重ねだなぁーと改めて実感してしまう。


「わぁー、凛、すっごい上がったじゃん!」

ミコは僕の表を見るとそう言って喜んでくれた。


「ウン。でもやっぱりミコはすごいねぇー」

「でも、凛だってすごい頑張ったじゃん。このままいけば青葉の合格だって十分あり得ると思うヨ」

「だといいけどなぁー(笑)」



ボクとミコがそんなことを話していると

「ホォー、凛ちゃん。やるやんかー!」

いつのまにかワタルがミコの手にしているボクの表を覗き込んでいる。


「こらぁー! 人のを勝手に覗くなんて失礼じゃない! だったらキミのも見せなさいっ!」

そう言ってボクはワタルが右手に持っていたカレの表をさっと奪い取った。


「ミコぉ、一緒に見よーね♪」

そしてボクとミコはワタルの成績表を開く。


しかし

ワタルの表を見た瞬間、ボクらは

「エッ!ウソッ!」

と驚きの声を漏らした。


英語100点 偏差値77

数学 98点 偏差値75

国語 95点 偏差値76

理科 95点 偏差値73

社会 98点 偏差値75


三教科 偏差値76 校内順位2位、男子順位2位

五教科 偏差値75 校内順位2位、男子順位2位


(す、すごい…)

(っていうか、すごすぎじゃない!?)


「キミってホントどーしちゃったの?」

不思議そうに尋ねるボクに

「どーしちゃったの?って言われてもなぁー(笑)」

そう言ってワタルは苦笑いをしている。


そういえば何日か前にミコとワタルの3人で帰ったときも、正門出たところで外人に英語で道を聞かれたことがあった。

最初はミコが話を聞いてたけど、その外人の話すスピードが早すぎてさすがのミコも聞き取りにくかったようだった。

すると横でその話を聞いていたワタルが突然英語で応えだしてびっくりしたことがあった。


小学校のころは宿題すら忘れがちだったこの人がわずか3年ちょっとの間にどうしてこうなっちゃったのか想像できない。


でもこれは現実なのだ。

ボクは無意識にワタルに尊敬の眼差しを向けていた。


しかし

その眼差しは長くは続かなかった。

カレの書いた志望校欄を見てボクとミコは再度固まる。


第1志望、青葉学院 90% 合格確実圏

「あ、アタシたちと一緒だね」

ミコがそう言う。


第2志望 明王高校 90% 合格確実圏

「あれ、これも凛と一緒だね・・・」


そして第3志望…実際女学園? 判定不能(女子のみの募集です)

「ワタル君…」

「キミってホンットのアホでしょ!?」

「ワハハハハーーーーーー」




さて、それからしばらくして、7月も終わりに近くなり、ボクたちは夏休みへと入っていった。


今までは

「やったー!さあ、遊ぶぞォーーー!」

っていう毎日の始まりだったが、今年ばかりはそういうわけにはいかない。

なんたってボクたちは受験生なのだ!


毎週火・木・土曜日の弓美香先生の家庭教師に加えて進学塾の夏期講習が月曜日から土曜日まで1日5時間を2週間ぶっ通しで入ってくる。

それに自習の時間を加えれば1日24時間のうち半分の12時間は勉強している気がする。

睡眠時間は6時間、そしてあとの6時間で食事とお風呂などすべてを済ませている計算なのだ。

だからミコと最寄り駅で待ち合わせして2駅先の塾に行くまでのわずか30分の通学はボクたちにとってとても楽しみな時間だった。


そして今日もボクとミコはそのわずかな通学タイムのおしゃべりに花を咲かせながら塾に着くと教室へと入っていった。

すると教室の中で数人の女子が固まって話をしている。

そのうちの一人はボクたちと同じ中学で久美ちゃんと同じ隣のA組の沢田千絵ちゃんだ。


「ちーちゃん、オハヨー」

ボクが彼女に声をかけると

「あ、凛、ミコ。オハヨー。ね、野口さんのこと聞いた?」

彼女は意外な話題をふってきた。


「エ?野口さんのこと?ミコはなんか聞いてる?」

ボクはミコの方を振り向いて尋ねると

「ウウン、アタシ知らないヨ」

とミコも言う。


じつはこの野口さんという女のコもボクたちと同じ中学でD組の娘だけど、割とおとなしい娘でボクやミコも今までほとんど話をしたことがなかった。


「どうしたの?なんかあったの?」

ボクはちーちゃんに尋ねた。


「アタシもちょっと前に塾に来てこの娘たちに聞いたんだけどさ・・・。なんか、野口さん、赤ちゃんできちゃって駆け落ちしたって」

「エッ!」

ボクとミコはびっくりして、2人ほとんど同時に驚きの声をあげてしまった。


「それでね…」

ちーちゃんはさらに言葉を続ける。


「その相手が……アンタたちと同じクラスの石川君じゃないかって」

「そ、そんなーーーーーーー!!!」


「ちーちゃん、それって誰に聞いたの?」

言葉が震えるボクに代わってミコが尋ねた。


「ほら、アタシと同じクラスの丸山君っているじゃん? 昨日塾の帰りに駅のところで彼にバッタリ会っちゃって。何か深刻そうな顔で下向いてブツブツ言ってるから「どうしたの?」って聞いたらさ」

「そしたら?」


「なんか言いにくそうだったけど、どうしても気になって「教えなさいっ!」ってちょっと強く言っちゃったの。そしたら、「さっき新宿で石川君と野口さんが一緒にラブホテルに入っていくのを見た」って」


丸山はチーちゃんと同じA組の男子だ。その名前のとおりぽっちゃりした体型でわりと気にいいヤツ、ボクとは1年生のとき同じクラスで安田たちほどじゃないけどけっこう仲良く話したりしていた。自分からいい加減な噂話をばらまくようなヤツじゃないことは知っている。


「それでさ、そのことを聞いて今日塾に来たら野口さんが駆け落ちしたって言うじゃない? それじゃやっぱり相手は石川君しかありえないんじゃないかって思ったのヨ」


そんな…ワタルがそんな…」


いつかボクのことをアメリカの草原に連れてってやるなんて言ったのは、ただからかっただけだったのだろうか。

ボクの話をあんなに一生懸命聞いてくれたのは昔の幼馴染だからかわいそうに思ってなのだろうか。


ボクは無意識に体が震えて涙がこみ上げてきた。



「ね、ちーちゃん。妊娠したっていうのは誰から聞いたの?」

ミコはボクの震える手をそっと握ってまたちーちゃんに尋ねる。


「あ、今ね、下の職員室に野口さんのお母さんがきてるのヨ。それでさっきからものすごい声で怒鳴り散らしてて、前を通ったら嫌でも聞こえちゃうの」


するとそこに国語の柳瀬先生がやってきた。

「おい、そろそろ授業をはじめるぞ。みんな席に付け」

先生の声にざわついた教室の中は一瞬で静まり、そしてみんなは自分の席に戻った。


教室の中はシーンとしている。


柳瀬先生はそうした空気を察知したのかゆっくりこう話しだした。

「授業を始める前に少しだけ。 どうやらみんなもう野口のことを知ってるようだな?」

誰も返事をしない。

しかしそのことでよくわかる。


「先生はこうして塾で君たちに教えている。君たちは受験生だ。そして塾っていうのは学校とは違ってそういう君達を希望の学校に合格させるために存在する。しかしな、仲間との出会いっていうのは必ずしも学校だけではないはずだ。縁あって同じ塾に通い一緒に頑張っていう仲間をどうか噂話だけで誹謗や中傷はしないで欲しい。相手の気持ちに立って考えてあげられる優しさを持って欲しい。塾の先生がこんなことを言ってしまうのは変かもしれないけど、それは人間として勉強よりも大切なものだから」


シーンとした教室の中で先生の声がボクたちの心に訴えていた。

「さあ、それじゃ授業を始めようか。 テキストを開いて」


授業中もボクはほとんどうわの空だった。

ワタルが他の女のコを好きになって

とそういう関係になってしまった

ボクはワタルにとってただの幼馴染なんだから

ボクにワタルを責める資格なんかないんだ


ながい授業が終わったあと、帰りにお電車の中

下を向いたまま黙りこくっているボクにミコがとつぜん

「ね、ちょっと学校に寄ってみようか?」

と言った。


「エ、学校に?」

「ウン。お母さんが塾に来るくらいだからもう学校にも連絡がいってるはずでしょ? だからもしかしたらちゃんとした情報がわかるかもしれないし。さっきちーちゃんも言ってたけど、丸山君はちーちゃん以外には石川君らしき人と野口さんのことを誰にも話してないっていうじゃない。ちょっと行ってみようヨ?」


「で、でもアタシはアイツが何したって…」

「気になっちゃうんでしょ!?」

ミコが突然強い口調でボクにそう言った。

それは初めて見るミコの厳しい表情だった。


「こう言ったらちょっとキツイのかもしれないけど、このままちゃんとした事情もわからないまま凛がもやもやしちゃったら授業だってぜんぜん身に入らないし、せっかく伸びてる成績だって落ちちゃうヨ?今日の凛、ぜんぜん先生の話聞いてなかったじゃん。アタシは凛と一緒に頑張ってそして一緒に青葉に行きたいもん。だから結果がどうあれはっきりして早く気持ちを切り替えちゃったほうがいいと思うの。」


ボクにはそういうミコの気持ちがすごくありがたかった。

「ウン。そうだね。行ってみよう、学校へ」


ボクとミコが学校に着くと正門のところで丸山がウロウロとしている。

「あれ、丸山君?」

ミコが声をかけると丸山はこっちをクルッと振り返って

「あ、藤本さんと小谷さんか? どうしたの?」


「アナタがちーちゃんに言ったんでしょ?」

ミコは丸山のことをキッと睨みつけた。

「聞いたのか。でも…」


「でも、なにヨ?」

「オレ、たしかに見たんだ。だけど…、沢田にそのこと話しちゃったのがどうしても気になって…」

「ふぅん、それでキミも真相を確かめに来たってわけ?」


「まあ、ウン。そしたら!!」

「そしたらどうしたの?」

「さっき、石川と野口が学校へ入っていくのが見えてさ」


「エエエェェ!!じゃあ、石川君たち戻ってるの?」

「まあ…そういうこと。それで先生たちが何人か出てきてさ、石川たちを見たらすごい勢いで校舎の中に…」

「連れてっちゃったの?」

「ウン」


ミコはボクの方を向いて

「凛、行こう!」

そう言ってボクの手を引いてズンズンと校舎に向かっていった。


「ちょっとまってヨォーー!オレも行くってーーーー!」

そう叫ぶながら丸山もその名の通りの丸い大きな体を揺すってボクたちの後から走ってきた。



そして職員室の前

ボクとミコはドアの前で聞き耳を立てた。

丸山は廊下の向かい側に腰を下ろしている。


「なあ、2人ともそんなことやって聞こえるの?」

「うるさいっ!キミは黙ってそこにいなさいっ!」

ミコが丸山を怒鳴りつける。


するとそのとき

「自分はちょっと身勝手すぎやせんかっ!?」

部屋の中でそうどなるワタルの声が聞こえてきた。


「ミ、ミコ。ワタル君どうしちゃったんだろ?」

「わかんないヨ。もうちょっと聞いてみようヨ」


「キミのせいでどれだけたくさんの人が迷惑しとるかわからなんのかっ!? ボクかてそんな自分勝手なことばっかり言っとるキミは嫌いじゃーっ!!」


ひどい…。

ワタル、アンタははなんてことを言うの?

アンタが野口さんと本当に愛し合った結果ならアンタも一緒になって考えるのが当たり前じゃないの?


ボクは頭に来てそして悲しくて涙が出てきた。

僕はスクっと立ち上がった。


「り、凛?」

ミコが驚いたように声を上げる。


次の瞬間

ボクは職員室のドアを勢いよくバッと開くと、その中でツカツカ進む。


突然ドアを開けて現れたボクに唖然とする山岸先生たちとワタル

そしてボクはワタルの前で立ち止まった。


ボクの目からは涙が滝のように溢れている。


「エ、凛ちゃん? なんでここに?」

ワタルがそう言おうとしたとき


パァァァーーーーーーンッ!!


ボクの右手はワタルの左頬をジャストミートしていた。


ボーゼンと立ち尽くす先生たち

そしてワタルはキョトンとした目でボクを見る。


「あの、なんで?」

ワタルが次に口を開いた瞬間


「言い訳すんなぁぁーーーーーっ!」

パァァァーーーーーーーーンッ!!


今度はボクの左手がワタルの右頬をジャストミート


そのとき

「ちょ、ちょっと待ちなさい!小谷さん、やめなさい!」

山岸先生がボクとワタルの間に入った。


「だってっ!だって、ワタル君!!迷惑ってどういうことなのっ!?アタシはアナタが野口さんと付き合うことを責めてるんじゃない。でもアナタが野口さんと愛し合った結果なんだから女のコ一人に責任押し付けるってあまりに残酷なんじゃないのっ!?」

ボクは泣きながらそう叫ぶ。


ミコと丸山も中に入ってきて、そしてミコは泣いているボクを抱きしめる。

「そうだヨッ!石川君、アナタが誰を好きになろうと勝手だけど、身勝手なのはアナタの方じゃないのっ!?野口さんだけじゃない。凛だって…凛だって…。アンタは男のクズだヨッ!」

そしてミコもシクシクと泣き出した。

そしてとうとうボクとミコは2人で肩を抱き合って泣き始めてしまった。


「おい、石川! オレはオマエのこと気に入ってたのにそんなヤツだとは思わなかったぞ!」

ボクたちの泣き合う姿に丸山が近寄ってきてワタルに怒鳴った。


するとワタルは

「そう言われても…。なあ、凛ちゃん。ちょっとボクの話も聞いてくれや」

そう言ってボクの肩に手をかけたとき


「まだ言い訳するかぁぁーーーーー!!」

ボクは3発目のビンタを構えようとした


そのとき

「小谷さんっ!やめなさいっ!!」

そばにいた山岸先生がボクに強い口調で叫んだ。


「違うの、違うのヨ。アナタたち何か勘違いしてるわヨ」

「エ?」

ボクは戸惑って振り上げた手を下ろした。


「あのね、野口さんの相手は石川君じゃないの」

ボクは山岸先生の言葉にあっけに取られる。

「あの、そう…なんですか?」

ミコと丸山も顔を上げて山岸先生の方を見た。


「ふぅ…」

小さくため息を着くと山岸先生はワタルの方をちらっと見て言った。

「アナタたち野口さんのことはどこで聞いたの?」


「塾で…」

「そう。じゃあ、彼女のお母さんは塾にまで行ったのね?」

「ハイ」


山岸先生はソファに座り顔を手で覆って泣いている野口さんを見て言った。

「野口さん。ここまで色々話が誤解されてるんだから、彼女たちにはちゃんと説明したほうがいいわね。いいでしょ?」

彼女は先生の言葉に小さくうなづく。


「本当は生徒に話すようなことじゃないんだけど、今回はアナタたちを信用して特別に話すわ。ただし絶対に他言しないこと!約束できる?」

「ハイ。約束します」

「じゃあ、こっちに来て」


山岸先生はボクとミコ、丸山そしてワタルと野口さんを奥の校長室に入るように言った。

「まずね、野口さんが3日前から男子生徒と家を出たって話は聞いてるわね?」

「ハイ、聞きました」


「それでその男子生徒っていうのが石川君じゃないかってアナタたちは疑ってるわけよね?」

「…ハイ」

「それは完全な誤解なの。相手の男子生徒は石川君じゃないの」


「で、でも…」

ボクとミコは丸山の方をちらっと見る。


丸山は

「でも、オレ、見たんです。昨日の夕方に新宿で石川と野口がホテルに入っていくのを」

「ああ、たしかにそれは石川君ヨ」


「やっぱり…」

ボクは悲しそうな目でワタルを見つめた。


「でもそれは誤解なのヨ」

「どういうことですか?よく理解できません」

ミコが山岸先生に尋ねた。


「エット、まず事の経緯から説明したほうがいいわね。 まず野口さんが男子生徒と2人で家を出たことは事実よ。じつは、野口さんは家で受験のこととかでご両親と意見が合わないことがあってね、喧嘩が多かったの。そんなときにね、3年生になって少しした頃に塾の公開模試で別の教室に通う男のコと知り合ったの。

色々話をしているうちに気が合って2人はお付き合いをするようになったわけ。

それでそのお付き合いの中で、まあ、…そういう関係がね。

これは男のコにはピンと来ないでしょうけど、小谷さんと藤本さんはわかるわね?」


「生理…ですか?」

ボクが先生の言葉にそう答える。


「そう。彼女は生理が2か月間ないことに気づいたの。彼女はご両親には黙ってたんだけどつい数日前にそれがご両親に知られてしまって、大騒ぎになってね。「相手を教えろ」ってお父さんとお母さんが学校に怒鳴り込んできて・・・。それで彼女はとうとうその男子生徒と一緒に家を出ちゃったの」


「それはウチの学校の人なんですか?」

「違うわ。よその学校の生徒なの。塾でも別の教室でね、2年生までお互い全然知らなかったそうヨ」

「でも、それがなんでワタル君と一緒にホテルに?」


「まあ慌てないで。 それでね、2人は家を出てとりあえず新宿に行って昼間はフラフラとして、夜になったらホテルで過ごしていたわけね。そしたら2日目の日の朝、野口さんが目を覚ましたらその男のコがいなくなっちゃったの。さっきその男子生徒にもようやく連絡が取れてね、確認したら「怖くなってひとりで家に帰った」ってことらしいの」


「そ、それってひどくないですか。信じられない!」

ミコが驚いたように叫んだ。


「まあ、そうね。たしかにひどいわよね。 それで野口さんは困っちゃってとりあえずホテルを出て新宿の街をフラフラ歩いていたの。そしたら変な男の人に声をかけられて、どこかに連れて行かれそうになったなったらしいの。それをちょうど石川君が見かけてね。彼女を助けたってこと」

「でも、なんでワタル君が新宿なんかに?」

「石川君によると新宿の大きな本屋さんに参考書を探しに来てたそうヨ」


すると今まで黙って横で話を聞いていたワタルは

「あ、あと前から欲しかったプラモがあってな(笑)」

と照れながら言う。


ワタルの言葉に先生は苦笑いして

「コラッ、そんなプラモ作ってる暇あるんなら勉強しなさい(笑) いくら成績良くても油断してると落ちちゃうわヨ。青葉を受けるんでしょ?」

そう言ってワタルの頭をコツンと軽く小突いた。


「エ、ワタル君、青葉を受けるの?」

「ワハハ、まあ、ボクも凛ちゃんたちと同じ学校に行けたらいいなって思てな」


先生は話を続けた。


「それでね、彼女から話を聞いたワタル君は「とにかく家に帰ったほうがいい。自分も一緒について行ってあげるから。」って言ったの。

でも、野口さんはどうしても帰りたくないって言ってね。

そのうち夜になって、彼女をそのまま置いてもおけなかったから石川君は仕方がなくその夜を彼女をホテルで過ごしたの。それで部屋の中でゆっくりいろいろ話を聞いてあげて、朝になってホテルを出てまず学校に連絡をしてここに来たってわけ」


「そうだったんだ。ゴメン、ホントにゴメンなさい。アタシ・・・」

ボクはワタルの方を向いて大きく頭を下げた。


「まあ、納得してくれたんやからもうエエよ。それにしても色々好き放題言われたがな(笑)」


「ゴメン!石川君。ゴメ~~~~~~ン」

ミコもペコペコとワタルに頭を下げる。

丸山も平謝りだった。


「それにしても凛ちゃんって起こると怖いねんなぁー。おー、イテェー。」

ワタルはそう言って僕の平手打ち2連発で真っ赤になっている頬を擦った。


「ゴ、ゴメンネ。ワタル君、痛くない?痛いよね?ああ、どうしようアタシこんなに真っ赤にさせちゃった」

「ワハハ、エエヨ。今回は凛ちゃんを怒らすと怖いってことがわかっただけでもこれからの教訓になったからなぁ(笑)」

笑いながらワタルは言った。


「そうヨ。いざとなると女のコの方が怖い。いい教訓になったわね(笑)」

そう言って山岸先生も苦笑する。



「さて、これで事情もわかったところで、小谷さんと藤本さん、石川君と丸山くんは帰りなさい。後は先生たちが対応するから。」

「対応ってどうするんですか?」

「そうね、まず…」

山岸先生がそう言いかけたときだった。


「あっ!」

野口さんが突然小さな声を上げた。


「どうしたの?」

ミコが不思議そうに野口さんを覗き込む。


「あの、もしかして・・・」

そう言いながら野口さんはバッと立ち上がると駆け出すように校長室を飛び出した。


「野口さん、どうしたの!?」

ボクたちはびっくりして彼女を追いかける。


廊下に飛び出した野口さんが向かったのは女子トイレだった。


「もしかして…。男の人はここで待ってて!」

ミコはそう叫んでボクと山岸先生の3人で女子トイレの中に入っていく。


少し様子を見ながら山岸先生が個室のドアをコンコンと叩く。

「野口さん? 大丈夫?」


3秒ほどの沈黙のあと小さくドアが開いた。

そして野口さんは

「あの……、誰がアレ持ってませんか?」

小さな声で恥ずかしそうに答えた。


「あらー、困ったわ。先生今日は持ってきてないのヨ。小谷さんか藤本さんは持ってるしら?」


「あ、アタシあります。ちょっと待ってて?」

そう言ってボクは再び駆け足で職員室へと戻った。


中ではワタルと丸山が所在無さげにウロウロとしている。

そして塾のカバンに入れてあった小さなポシェットを掴んだ。


すると

「あ、凛ちゃん。野口さん、どうかしたのか?」

ワタルがボクにそう声をかける。


「キミたちはそこでおとなしく待ってて! 絶対にこっち来ないでヨッ!!」

ボクはそう怒鳴るとまた駆け足で女子トイレへと向かった。


そしてボクはポシェットの中に入れてある数枚のナプキンのうちから1枚を取り出して

「ハイ、野口さん。これ使って」

と言って小さく開かれたドアの隙間から彼女に渡す。


それからしばらくして、ジャーーっという音のあとドアはキィーっと小さな音を立てて、彼女が出てきた。

「あの、きた・・・みたい」


「そ、そう。良かったーーーー。」

山岸先生はホゥーっと息をついて胸を撫で下ろした。




再び職員室に戻ったボクたち

山岸先生は疲れたように近くにある椅子に腰を下ろし

「まあ、これでひとつ安心したわ。」と呟いた。


「何が安心したん?」

ワタルが不思議そうな顔でつっこんでくる。


「追求しないのっ!」

ボクはワタルにそう怒鳴った。


「とにかく、アナタたちはこれで帰りなさい。あとは先生たちでやるから」

そして先生はワタルの方を見て

「石川君、アナタには色々迷惑をかけちゃったわね。本当にありがとう」

と言った。


「あの、本当に…ごめんなさい」

野口さんも小さな声で頭を下げる。


「もうエエヨ。とにかく逃げちゃダメや。頑張れや」

そう言ってニコッと笑った。


「ハイ。ありがとう」

野口さんは今度ははっきりした声でワタルに返事をした。





学校からの帰り道

ミコや丸山たちと分かれ、ボクとワタルは2人で歩いていた。


ボクは別にワタルの今の家を知っているわけではない。

でもワタルは転校前にボクと久美ちゃんに偶然会ったとき、昔の家のわりと近くに越してきたって言ってた。

だから多分ボクの家と方角が一緒なのだろう。

そう思ってなんの気なしに一緒に歩いていた。


駅からボクの家に向かう途中には小さな公園がある。

周りを木立に囲まれたその公園の中には丸い砂場と滑り台が1つ、そして赤いブランコが2つ。それだけしかない小さな公園だった。


「な、ちょっとだけ寄っていかへん?」

ワタルがそう言って公園の方を見た。


「ウン。いいヨ」

2人で公園の中へと入り、空いている赤いブランコにそれぞれ腰を下ろす。


ボクと久美ちゃん、そしてワタルは小学生時代によくこの公園で遊んでいたんだ。

ボクがワタルと知り合ったのは小学4年生のクラス替えだった。

そのときボクとワタルが4年3組、久美ちゃんは1組だった。

しかしボクと久美ちゃんはその頃毎日のように一緒に遊んでいて、そこにボクと仲良くなったワタルが自然と混ざっていった。

そしていつしか3人はいつも一緒に遊ぶようになった。

ボクたちはこの小さな公園を『赤いブランコの公園』と呼んでいた。

しかしワタルはそれから5年生になった夏にお父さんの仕事の都合で大阪へと転校していったんだ。


「なあ、凛ちゃん。この公園覚えとるか?」

「ウン。アタシとキミとそして久美ちゃんの3人であの頃遊んでいた赤いブランコの公園だよネ?」

「そうや。鬼ごっこやったり缶蹴りやったり、懐かしいなぁ・・・」

「そうだねー」


「凛ちゃんは小4のときボクと友達になる前からこの公園で久美ちゃんと遊んでたんやろ?」

「ウン。久美ちゃんとは幼稚園のときからずっと一緒だった。あの頃は男のコと女のコだったのに、久美ちゃんと一緒にいるとそんなのは全然気にしてなかったなぁ。なんでだろう・・・」

「まあ、それはやっぱりお互い本能で感じてたんやろな」


「かもしれないね」

そう言ってボクはクスッと小さく笑った。


「なんや、思いだし笑いか?」

「ウウン。そういうわけじゃないけどさ」

そう言ってボクはフッと隣りのブランコに座るワタルの横顔を見た。


ボクの往復ビンタでまだほんのり赤いワタルの頬。

「ゴメンね。アタシ、信じてあげられなかった」

そう言ってボクはワタルの赤くなった頬を右手のひらでそっとさすった。


「あのさ…」

「ん、なんや?」

「アタシ、何かお詫びできることってあるかな?」


「お詫び?そんなのエエって。終わったことやし」

「そんな。何かあったら言って?アタシにできることなら」

「ウーン、なら…」


「なら?」

「お詫びって言うんじゃなくって夏休みの終わりでいいから一日だけボクと凛ちゃんの2人だけで遊んでくれへん?」

「ウン。いいけど。 どこ行く?」


「そやな。プールとか…ダメかな?」

「なんだ。プールくらい。いいじゃない、いいヨ、プール行こう」

「わぁー、やったーーっ!」

ワタルはそう言ってブランコから勢いよく立ち上がった。


「クスクス、そんなことくらいでそんなに喜ばないでヨ(笑)」

「ワハハハーーーー」




さて、家に帰ったボクはさっきのワタルの様子を思い出しくすくすとひとり笑いをしてしまう。

「プールかぁ。久しぶりだなー。そういえば去年の夏休みはずっと入院しててプールなんて行かなかったし。」


そしてボクはクローゼットの中をゴソゴソと探し始める。

「エット、1年生の夏休みのとき安田たちと海に行くときに買った海パンがたしかあったはずだけど…」


しかし、そのときボクはハッと考えた。

(アレ、っていうか待てヨ…)

(まさか今のボクが海パンはくって、まさかできないよな…)


そしてあることに気づく。

「あああああーーーっっ!忘れてた!!ボクは女のコのわけだから…」


そう、今やバストもかなり膨らんでしまい、そしてお尻もまん丸

そんなボクが男の海パンなんかはいてプールに行ったら

・・・・・・・

あわわわーーーーーーーーーーーーーーー!!


ボクだっていつか女のコの水着を着ることを考えてなかったわけじゃない。

でもそれは、まず女のコ同士で行って、そのあと家族とか男でも父親とか弟のレベルで、それで最後に機会があったら男のコもって考えていたから。

それがホップ、ステップを通り越していきなりジャンプしろってこと!?




その日の夜

ボクはミコに電話をかけた。


「いいじゃん!誘ってもらえたなんてラッキーヨッ」

ミコはそう言って電話の向こうで無邪気に喜ぶ。

「だってさぁ、アタシ、女のコ水着なんか着たことないもん」

「じゃあ初体験だネ! なんでも初体験はドキドキよねーー!」


「ミコ、なんかからかってない?」

「アハハ、わかった?」

ミコは意地悪そうな声で笑った。


「でもさぁ、アタシなんかが女のコの水着着て似合うかなぁ?」

自信なさげにそういうボク。


するとミコは

「凛もいい加減そういうのやめなヨ? 似合うとかに合わないとかじゃないでしょ? アンタはもともと女なんだし」

「ウン…」


「それよりさ、明日で塾の夏期講習終わりだし、アタシ帰りに水着買うの付き合ってあげようか?」

「ホントに? 嬉しいー! じゃあ、お礼にクレープ奢っちゃう。」


そんなわけでボクは次の日の塾の帰りにミコに付き合ってもらって女のコの水着を初購入しに行ったわけだ。



駅ビルの中にあるスポーツ用品店にはこれでもかっていうくらい色々なデザインの水着が並べられていた。


「まず決めなくちゃいけないのは、ビキニタイプかワンピースかってこと。 凛はどっちがいいの?」

「どっちがいいのって言われてもよくわかんないもん。どういうのをいうのか、そこから教えてほしいな?」

「あ、そっか。ゴメン(笑)」

そう言ってミコはハンガーにかかっている水着の中から2種類を選んでボクの前に出した。


「まずこれがビキニ。」

そう言ってミコが差し出したのはブラジャーとショーツをさらに細くしたようなもの。

「エェェーーーッ!こんなの恥ずかしいヨォ」

「これくらいフツーだヨ。じゃあ、こっちは?」

そう言ってミコは今度はワンピースタイプのを見せた。


それでも水泳の授業で女子がはいているスクール水着より切れ込みが深いし胸元も大胆。

「まあ…でも、これくらいなら」

それでもこれで妥協するしかない。

それじゃなかったらビキニってことなんだろうし。

「じゃあワンピで決まりね。 エット、凛のサイズで何種類か持ってくるから選んでみて?」

そう言ってミコはまるで自分の水着を選ぶかのように楽しそうにチョイスしていく。


「ウーン、凛のイメージだとこれと、これと、あ、あとこれもいい感じー♪」

ミコはボクに「選んでみて?」って言っておきながら、実際は自分の好みでドンドン選んでいってる。


「ハイ、じゃあ試着してみて?」

そう言って3着ほどをボクの前に差し出した。

「ウ、ウン」


試着室の中で服を脱ぎ、そして見よう見まねで水着を身に付けるボク。

「ミコォー、こんな感じでいいのかなぁ?」

するとカーテンの隙間からミコが顔を覗かせて水着を着たボクをチェックする。

「ウーン、胸をもう少し詰めてみて。あ、いいじゃん!可愛いー」


「そう?似合ってるかな?」

「ウン、似合ってるヨー。じゃあ、次こっちね」

「エ、これ似合ってるんじゃないの?」


「他のも着てみてよりいものをちゃんと選ばないとダメじゃん」

「そ、そうなんだ?わかった。」

そしてボクは着ていたものを脱いで2着目の水着を身に付ける。


「あ、これも可愛いねー。後ろ向いてみて?」

「後ろ?なんで?」

「バカねー! 男は女のコのさりげない後ろ姿にクラっときちゃうのヨッ!」


「エ、そうなんだ?」

ミコの言葉にボクはクルッと背中を向ける。


「でもこんなんでワタルはクラってきちゃうの?」

「くるわっ!きちゃうのヨッ! ハイッ、じゃあ、そこで顔だけ振り返ってニコって笑ってみて?」

どうもミコはモードが入ってしまったらしい。

ボクは逆らわずミコの言われた通りにやってみた。


「あー、ちょっと違うわネ。もっとこう恥じらうように、ほらっ!」

(・・・・・・・・)

なんか、秋葉原にあるその関係の店の女のコになった気分だ


「ああ、迷うなぁーーーー」

ああでもない、こうでもないと、ボクはまるで着せ替え人形のように弄られる。

そして30分かかってやっと選んだのがこの1着の水着だった。




それから数日が過ぎ

いよいよワタルとのプールの日がやってきた。

朝、駅で待ち合わせしたボクたちは電車に乗り郊外にある大きなプールへと向かった。


広大な遊園地の一角にあるこのプールには、ウオータースライダーや流れるプールなどいろいろな種類のプールがある。

夏休みも終わりに近づいたけどまだ暑い日が続き、プールにはたくさんのお客さんが来ていた。



「じゃあ、着替えてくるネ。」

「ウン。それじゃ、着替えたらこの柱の前で待ち合わせしよか。」

「ウン。じゃ、あとでね。」

そしてボクは女子更衣室、ワタルは男子の更衣室へと入っていく。


ボクはロッカーを開けると持ってきたバッグの中から昨日ミコに選んでもらった水着を取り出て着替えをはじめる。

うすいピンク地に小さな白いサクラのドットが散らしてあるワンピースの水着。

そして腰にはうすい白とピンクのストライプ模様のパレオを付ける。

髪の毛を斜め後ろでまとめてゴムで止めその上からピンクのシュシュを巻いて左肩から前に垂らした。

「これでいいのかな…。」


ボクは備え付けてある大きな姿見で最後の確認をする。

最後にミコに教わったように、後ろを振り向き首だけ回してニコッなんてしてみたり。

あ、ちょっと照れた表情するの忘れた(笑)


そして支度を済ませたボクはタオルと防水バッグを持って待ち合わせの場所へ向かった。

そこにはすでにワタルが待っていてくれていた。


「お待たせ…。」

後ろを向いていたワタルボクの声に反応して振り向く。


「あ…」

ワタルは一言そう言ってボッとしたように固まっている。


「似合わない…かな?」

ボクは緊張で赤くなった頬を左手で覆いそう尋ねた。


「いや、すごく…」

「可愛ええ…すごく」

ワタルはつぶやくように声を出した。


「あんまりじっと見たら恥ずかしいヨォ」

恥ずかしくてワタルと目を合わせられずボクは下を向いてしまう。


「あ、ああ。スマン。見とれてぼーっとしてもうたわ。さあ、どっかに場所を取って泳ごうか」

「ウン!」


そしてボクたちは運良く空いていたパラソルのテーブルに荷物を置き一緒にプールへと向かっていった。



プールの中でワァワァと騒ぐボクとワタル


いつかどこかで、ボクの遠い記憶の中でこんなことがあったような気がする。

ワタルとふざけ合って、笑い合って

それは久美ちゃんと3人で遊んだ頃の幼馴染の記憶なんだろうか…。


そしていつもどこか大人っぽい余裕を見せているワタルは、今一人の男のコとしてボクに無邪気な姿を見せている。

ということはカレの目にはボクは一人の女のコとして映っているんだろうか。



遊び疲れたボクたちは一旦プールからあがって荷物を置いたテーブルに戻った。

「ああ、楽しかったァー!」

ボクとワタルはそれぞれタオルでお互いの身体を拭う。


「そろそろお昼時やな」

ワタルがプールの隅に立っている時計塔の方に目をやりそう言った。


「ホントだね。なんか夢中で遊び過ぎちゃって時間が経つのがすごい早いみたい(笑)」

タオルを軽く押し当てて髪の水分を取りながらボクはそう言った。


「凛ちゃん、ここで待っといて? ボク何かお昼ご飯を買うてくるわ。なんか食べたいもんあるか?」

そう言ってワタルが立ち上がろうとする。


「あ、ちょっと待って」

ボクは持ってきたバッグの中からビニールに包んだ大き目のタッパーをいくつかと水筒を取り出してテーブルの上に置いた。


「簡単なものばかりだけどお弁当作ってきたの」


ワタルは驚いたような顔をして

そして

「わぁーい、凛ちゃんの弁当や!やったぁーーー!」

と満身の笑みを浮かべて勢いよく両手を挙げた。


「そ、そんな恥ずかしいヨー(笑)」

「何作ってきてくれたん?」

「エットね、おにぎりと、あとオカズはウインナと卵焼きとベーコン巻き、あと筑前煮。ワタル君、みんなでディズニーランド行ったときレストランで食べたがってたでしょ?」

「おおおーーーーーーーーっっ!それすごいわぁぁーーー!」


ボクはそれぞれのタッパーをあけてワタルの前に差し出す。


「じゃあ、遠慮なく。」

ワタルはおにぎりをひとつ取ってパクッと加え、そして筑前煮を2,3コ口の中に入れた。

「う、うまああーーーーいっ!これ、メチャメチャうまいわ!」

「よかったぁー。昨日のうちにお母さんに教わりながら作ってみたんだけど、喜んでくれてよかったぁ」


なんか不思議…。

ボクが初めて作ったお弁当を夢中でほおばっているワタルを見ているとなんか嬉しくなってくる。


「凛ちゃんも食べんとボクぜーんぶ食べてまうでー」

ワタルが口の周りにお弁当をつけながらそう言う。


「あ、たいへーん!(笑)」

そう言ってボクもおにぎりをひとつ口にくわえた。


「はぁー、お腹いっぱいやぁー」

少し多めに作ってきたお弁当をワタルはきれいに全部食べてくれた。

ボクは空になったワタルの紙コップに水筒のアイスティーを注いで渡す。


「やあ、ありがと。ホンマにうまかったわぁー。凛ちゃん、ええ奥さんになれるで」

ワタルはそう言ってコップのアイスティをぐいっと一気に飲み干す。


「お、奥さん?」


そうかぁ

奥さんかぁ…


ボクも赤ちゃんを産んだりして

そして家族みんなで楽しくご飯食べて

ボクにもいつかそんなときがくるのかなぁ…


そんなことをぼーっと想像したときその家族のお父さんに出てきたのはなぜかワタル

じゃあ、ボクがもしも、もしもワタルと結婚したりしたら

どんなふうなんだろう?


ボクはワタルの顔をぼーっと見つめて十何年後かの姿を想像する。

「フフフ、想像できないやぁー(笑)」

そう呟いてボクは一人で勝手にクスクスと笑ってしまった。


「なんや?なんかおかしなことでもあったんかいな?」

ワタルは不思議そうにボクを見た。



そのとき

「あの、すみません。」

そう声をかけられて振り向くとそこには高校生くらいのカップルが立っていた。


「すみません。シャッターを押していただけないでしょうか?」

そう言ったカップルの男性の方がデジカメを手に持っている。


「ああ、ええですヨ。」

ニコッと笑ってワタルが立ち上がった。


「エット、じゃあ並んでください。 ハイ、撮ります!チーーーズ!」

パシャッ!


「どうもありがとう。」

「すみませんでしたー。」

カップルの2人がそれぞれワタルにお礼を言う。


「いやいや、これくらい気にせんでええです。」

ワタルがそう言うと


カップルの男性の方が

「あの、もしカメラ持ってきてたら、よかったら今度はボクが撮りましょうか?」

とボクたちに言った。


「エ、あの…」

恥ずかしさにちょっと躊躇うボクにワタルは

「ヤッター!じゃあお願いしますわ。」

と言って自分のデジカメを男性に渡す。


「ハイ、もっと肩を寄せ合ってー」

男性が声をかけてもワタルは照れてしまって少し遠慮がちに間隔をおいている。


せっかくの写真だもんね

ボクはそう思ってワタルの腕に自分の腕を絡ませてカレの肩に頭をもたれて微笑む。



「ハイ、じゃあ、撮るヨー」

パシャッ


ワタルにデジカメを渡すと男性がニコッと笑ってこう言った。

「じつはね、周りにもほかにもカプルがいたんだけど、キミたちに撮ってほしいって思ったんだ。」

「エ、なんでですか?」

ボクは不思議そうにそう聞いた。


すると髪をアップにした相手の女のコの方が

「フフフ、だって、アナタたちって見ててすごく素敵なカップルに見えたんだもん」

と言って微笑んだ。



中3の夏の終わり

ボクとワタルのプールサイドの物語だった。


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