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第42話 スピンオフ6 「アタシの哲ちゃん(久美子のココロ)」

それは、中2の夏休みもあと一週間ほどで終わろうとしていたある日のことだった。


アタシは、中1のとき同じクラスで仲が良かったミコや奈央たちと行った近くの区営プールから帰ってきて髪を乾かしていた。

そのとき母親が部屋のドアをノックして

「久美子ーー、学校の先生から電話よーーー」

と声をかける。

「ウン、わかったあ。こっちで取るから」

アタシは、部屋の隅に置かれている電話を取りあげ

「もしもし、安藤です」

と返事をした。


「あ、安藤さん?」

そう言った電話の相手は、アタシの担任の飯田先生だった。

「はい、そうです」


すると電話の向こうの飯田先生は何か少し落ち着かない様子でこう言った。

「夏休み中にごめんなさいね。じつは、ちょっと安藤さんにお話したいことがあって電話をしたの」


「あの、何でしょうか?」

「あ、ちょっと・・・詳しいことは電話じゃ話せないことなの。それで、悪いだけど明日学校まで来てもらえるかしら?」

「ええ・・・いいですけど」

アタシがそう言うと

「それじゃ、明日1時に職員室で待ってるから」

そう言って電話は切れた。


(何だろう・・・)

こう言ってはなんだけど、アタシはそれほど問題になるような生徒ではないはずだ。

成績は、まあ・・・すごくいいとは決して言えないけど・・・でも、先生を困らせるほど悪くもないはずだし

何かしでかしたような記憶もない。

いくつかの思い当たることを考えながらも、とにかくアタシは明日学校へと向うことにした。




翌日

「あの、安藤ですけど」

職員室のドアを少し開いて声をかけると、夏休み中にも関わらずそこには10人ほどの先生たちが集っている。


「ああ、安藤さんか。わざわざ申し訳ないね。奥の校長室に入ってもらえるかな」

アタシは職員室の中に入って奥にある校長室のドアをノックする。


「はい、どうぞ」

中から校長先生らしき声が聞こえた。

そしてアタシが中に入ると


「あれ!?」

10畳ほどの校長室の真ん中に置かれたソファには、校長先生と担任の飯田先生のほかに何故か隣のクラスの山岸先生、そしてびっくりしたのはアタシの幼稚園以来の幼馴染である哲ちゃんのお父さんとお母さんまでいるではないか。


「おじさんとおばさん!どうしたんですか!?」

アタシは驚いたような声を上げた。


「あ、まあ、安藤さん。まずはこちらに座ってください」

校長先生はそう言ってアタシにソファの席を勧める。

アタシはおずおずとその席に腰を下ろした。


「さて・・・」

校長先生はそう言って話を切り出そうとする。

「ご両親のどちらからお話しますか?」


「では、私から話しましょうか」

そう言ったのは哲ちゃんのお父さん

しかし

「いえ、アタシから話させてください。女同士のほうが聞きやすいと思うから」

そう言ってお父さんの隣に座る哲ちゃんのお母さんが周りに同意を求めた。

「そうだな。わかった」

お母さんの言葉にお父さんは大人しく退く。


そして

アタシの前の席に座るお母さんはちょっと身体を乗り出すようにして話し始めた。

「久美ちゃん、今日はせっかくの夏休み中にごめんなさいね」

「あ、いえ。大丈夫です」

「じつは、アナタは哲の昔からのお友達だから、お話しておきたいことがあって・・・」


「10日前なんだけど、じつは哲が夜中に救急車で運ばれたの」

お母さんのその言葉に

「エッ!あれって哲ちゃんだったんですか!」

アタシはガタっと音を立てて席を立ち上がった。


アタシの家と哲ちゃんの家とは100mほどの距離

そして、10日ほど前だったか、確かに夜中に救急車がサイレンを鳴らして家の前を通り過ぎ近所で止まる音がしたのを覚えている。

しかし、それがまさか哲ちゃんの家だとは思わなかった。


「そ、それで・・・哲ちゃんは?」

「あ、ウン。それでどあの子は大学病院に運ばれて、そのまま入院ってことになったんだけどね」

「エエエッ!!アタシの哲ちゃんが入院っっ!」

アタシはびっくりしてついそんなことを口走ってしまう。


「アタシの哲ちゃん?」

みんなが不思議そうな顔でアタシの顔を見た。

「エ、あ、いえ。なんでもないです!」

アタシはブンブンと首を振って誤魔化す。


「あの、それで、哲ちゃん、入院したってどこが悪いんですか?ま、まさか・・・」

「あ、いえ、悪いっていうんじゃないの」

「だって、入院したって」


するとお母さんは

「フゥ・・・」

と小さく息を吐き、そしてこう続けた。

「あのね、久美ちゃん。今から言うことにびっくりしないでほしいの・・・って言っても無理か」


「じつは、あの子が入院した理由なんだけど、あることがわかったの?」

「あること・・・ですか?」

「ええ・・・」


「あの子なんだけど、じつは・・・女の子だったのよ」


ポカーン!!

頭をバットで殴られるような、とはよく聞くが、まさか自分がそうなるとは思わなかった。

しかし、そのときアタシはまさにそういう感覚だった。


そして3秒ほど固まったアタシは

「ハァ???」

お母さんの突然のその言葉にすっとんきょうな声をあげてしまう。


「あの、すみません。おばさんの言ってる意味がよくわからなくて・・・。哲ちゃんの顔が女の子っぽいっていうのは、昔から思ってましたけど、でも女の子っぽいのと女の子だっていうのとは全然違うんですよ」

「ええ、・・・確かにそうね」

「こう言ってはなんですけど、アタシ、3歳のときから哲ちゃんとは友達で、小さい頃はお風呂だってよく一緒に入ってたんです。それで、あの、その・・・哲ちゃんの・・・『アレ』だって、いつも見てたんですよ。彼は確かに男の子です!」


「わかってるわ。2人が大の幼馴染だってこと。だから、アナタには一番最初に知ってほしいって思ったの」

「だったら!」

「ええ、でもね、あの子の『アレ』はじつは男の子の『アレ』じゃなかったのよ」

「哲ちゃんの『アレ』が『アレ』じゃなかったって!?」


すると

『アレ』、『アレ』と繰り返すアタシとお母さんの会話にお父さんが

「プッーーーー」

と吹き出すように笑ってしまう。


「お父さん!なんですか?こんな話をしているときに!」

お母さんはお隣に座るお父さんをキッと睨んで叱った。


そしてお母さんは再びアタシの方を向き直ると順を追って説明を始めた。

哲ちゃんがお母さんの体内で出来たおできに尿道が通ってしまい本来の女性の膣がそれに隠れてしまったこと。

そのため両親は彼が男の子だと思って育ててしまったこと。

そして、10日ほど前の夜中に彼に突然初潮が訪れたことを。


「そ、そんな・・・信じられない」

アタシは食い入るような目でお母さんを見つめてそう呟く。

「そうよね。アタシだってまだ信じられないわ。でも、本当なのよ。きちんと検査して染色体も女性のものだってわかったの」


「じゃあ、哲ちゃんは本当は・・・女の子?」

アタシは絶句した。


「それでね・・・久美ちゃんにお願いがあるの」

お母さんは、彼(彼女)がこの中学に通って最後まで卒業をしたいと言っており、そしてできたら哲ちゃんと今までどおり仲がいい友達でいてほしい、とアタシに言った。


「そ、それはもちろん!でも、哲ちゃんはこれからは女の子として生活していくんですよね」

「そうなの。だから、問題はたくさんあるんだけどね」

「一番大きな問題は何ですか?」

「そう・・・ね、やっぱり一番大きいのは友達のことかしら。あの子が女の子としてみんなに受け入れられるか。男友達とはしては戸惑うところでしょうけど、問題は女の子たちよね」

お母さんは

「フゥ・・・」

とため息をついた。


言われればアタシもそう思う。

たしかに哲ちゃんが生物学的に女の子なのだろう。

しかし、今まで異性だと思ってた人をいきなりじつは同性だと言われても戸惑いは否定できない。

とくに女の子の場合体育の着替えとかトイレとか生理的な感情は男子よりもずっと大きいだろう。


アタシは少し考えた。

そして目の前にいるみんなに言った。

「女の子のこと、アタシに任せていただけませんか。ちょっと考えがあるんです」




アタシは家に帰ると今までの話を思い出してため息をついた。

だって、いきなり男友達がじつは女友達だって言われても困ってしまう。

実際の話、正直言えば頭の中はまだ消化しきれずに混乱したままだ。


アタシが哲ちゃんと出会ったのはお互いの近所にある『くるみ幼稚園』に入園して間もなくの3歳

その当時彼はわりと内気で大人しめの子だった。

ときどき砂場で一人で遊んでいる彼の姿を見てて何かを話しかけたいという気持ちはあった。

しかしきっかけがない。

ところがある日そういう彼がいつも以上に必死に砂場で何かを作っている。

見ると、それは彼の背丈くらいありそうな砂のお城

アタシはびっくりして近寄って行った。

そして彼に初めて話しかけた。


それからアタシと彼は一気に仲良くなっていった。

幼稚園で一緒に遊び、家に帰って着替えると一目散に100m離れた彼の家に直行

夕方まで2人で近くにある赤いブランコの公園で遊ぶ日々だった。


同じ友達とそんなに四六時中一緒にいて飽きないのかと言われると何故だかまったく飽きなかった。

飽きる飽きないというより、一緒にいて居心地がいいのだ。

何かを思いついて言葉にするとすぐ隣にいつも哲ちゃんがいて、そしてそれに応えてくれる。

そんな哲ちゃんはアタシにとってとても大切な友達だった。


そういうアタシと哲ちゃんの関係は小学校に入ってからも続く。

もちろん、同性の女友達だってたくさんいたけど、哲ちゃんはやっぱり特別だった。


そんな彼を異性として意識したのは、多分小4のころ

8月10日は哲ちゃんの誕生日

アタシたちは毎年お互いの誕生日には2人だけのパーティをしていた。

そしてその年の彼の誕生日に、アタシはお母さんに手伝ってもらいながら初めてクッキーを焼いた。

それを丁寧にラッピングして誕生プレゼントとして彼に食べてもらうつもりでいたのだ。


「やったぁー!できたぁー!」

「あら、思ったよりきれいにできたじゃない」

バターの効いた香ばしい香りが鼻をくすぐり

ひとつを味見にと口に入れると甘い味が口いっぱいに広がってふわっと溶けた。

「ウン!美味しいー!」

アタシは哲ちゃんが喜んでそれを食べる姿を想像して顔を綻ばせたのだった。


ところが

そのプレゼントを持って彼の家に行くと、いつものパーティ会場となっているリビングからは何故か

「わいわい」

「がやがや」

とダミ声がする。

部屋に入ってびっくり!

なんと、アタシと哲ちゃん2人のパーティ会場には

男の子数人が集まっているではないかっ!!


「あ、久美ちゃん!」

哲ちゃんがニコニコとした顔でアタシに声をかける。

アタシは持ってきたクッキーをテーブルに置き、そしてピクピクと口元を引きつらせながら哲ちゃんに小さい声で尋ねた。

「ねぇ、こいつらって何ヨ?」

「え、ああ。ボクのクラスの友達なんだ。今日誕生パーティやるって言ったら来たいって言い出して」


するとそのときだった!

「おおーっ!コレけっこーうめーじゃん!」

そう叫ぶ声が聞こえてアタシがテーブルの方を振り返ると


「あああっっ!!」

な、なんと!その男どもの一人が、アタシが哲ちゃんのために初めて焼いたクッキーを貪り食っているではないかっ!!


「ちょ、ちょっとっ!それ、アタシが哲ちゃんのために焼いてきたのにぃー!」

アタシはその男の子に向かって言うと


「ハッハッハーー!いただいてまーーす!」

そいつはゲラゲラと笑ってそう減らず口を叩いた。


チックショォォォーーーーーー!!!

アタシは怒りが頂点に達しつつあった。


そのとき

「おい、石川ぁ。哲ちゃんの奥さんが怒ってるぞぉ」

そう言ったのはアタシもよく知ってる哲ちゃんの男友達の安田君。

そう!この図々しい男がなんと将来アタシの旦那になる石川 渉その人だった。



そんなわけで散々だった小4の誕生パーティ

そしてアタシにとっての初恋だった哲ちゃんとの間にそれ以来この石川渉なる男の子はアタシと哲ちゃんの関係に強引に入り込んでくることになる。


そういう昔を思い浮かべながら、アタシは

あの初恋があっけなく、しかも完璧にぶち壊れてしまったことを自覚するしかなかった。

しかも、そのぶち壊れ方がなんとも悲惨!

アタシの初恋はじつはレズになってしまったのだ(泣)


(ああ、悲しいぜっ!)

(アタシって何て不幸なんだろうっ!ううう・・・・)


しかし、考えてみれば今一番戸惑っているのはほかでもない哲ちゃん自身であることは間違いない。

アタシが彼、いや彼女を助けずして誰が助けるっていうのっ!?

そう思い、アタシは10年間に及ぶ想いを断ち切ることにしたのである。




さて、

「アタシに任せてくれ」

と言ったものの、どうすればいいのかだ。

最近は性同一性障害とかいう病気をときどき新聞などで聞く。

そのほとんどは女に憧れる男らしいのだけど、実際考えてみれば男がいくらどうやったって女になれるわけでもなく、気味悪いというのが正直なキモチ。

中には学校で自分がそういう病気だと告白し、女装だけでなく着替えやトイレも女の子と同じものを使わせろと無理を言う人もいるらしい。


だけど、哲ちゃんの場合はこういうのとは違う。

彼が望んでそうなったわけではなく、じつは彼は生まれた時から女の子であったわけで

それを女の子の間でどう受け入れてもらえるようにするかが問題なわけだ。


アタシが同じクラスであれば、そういうふうに手助けしてやることもできるけど、アタシたちは今は別のクラス

誰かアタシの代わりになって哲ちゃんを助けてくれる人・・・・。

アタシは考えた。

そしてフッと思いついたのはミコだった。


ミコは本名が藤本美子といい、アタシとは中1のとき同じクラスだった。

彼女はアタシたちとは別の小学校出身で、中1で同じクラスになるまで知らない存在だった。

しかし彼女はとても可愛く、入学式のからかなり目立っていた。

しかも授業が始まってわかったけど、彼女は相当頭がいい勉強のできる女の子だった。


アタシもそういうミコを最初は近寄り難い存在だと思っていた。

しかし、1学期の半ば頃、たまたま同じ委員会の用事で遅くなって2人で一緒に帰ったとき

アタシは自分のミコに対する印象が本当はまったく正反対であることがわかった。


「安藤さんっていつもみんなに囲まれてるからさ、中々話す機会なかったんだよね」

「じつはアタシは藤本さんのこと誤解してたの。ゴメン」

「でも、これでアタシらって友達だよネ」

「ウン!お互い気軽に行こうヨ」


よく話をしてみると、彼女はとても気さくで女の子としてはサバサバしていて、そして自分の容姿や勉強ができることなどまったく自慢しない。

むしろ友達同士にそんなことは無関係とさえ考えていた。

そしてアタシとミコはそれ以来とても仲良くなっていった。


そんなミコだから、ちゃんと話せばきっと力になってくれる

アタシはそう考え、さっそく彼女に電話をすることにしたのだ。



そしてここはミコの部屋


アタシは彼女に事の顛末を話した。

ミコは信じられないという表情でアタシの話を聞いていたが、アタシの表情で真剣さが伝わったのかもしれない。

とにかく哲ちゃんのことは信じてくれたようだった。


「それでさ、ミコにお願いがあるんだ。」

「なにヨ?」

「彼…っていうか彼女の友達になってやってくれないかなぁ?」

アタシはストレートにそう切り出した。


「エーッ! アタシが?」

「ウン。ダメ?」

「ダメ…っていうんじゃないけど…。」

彼女は躊躇いの表情を顔に浮かべた。


そりゃそうだろう。

いくら友達の頼みっていっても、

夏休みが始まる前までは異性だった人が夏休みが終わると同性になってでてくるわけだ。

そして、その娘と友達になってくれっていきなりお願いされても、困ってしまって当然だ。


しかし、ミコはやはりミコだった。

彼女は友達になることに躊躇っているのではなく、どう友達になればいいかを考えていた。

そして彼女はニコッと笑ってこう言った。

「ウン。わかった! じゃあ、アタシ、彼、じゃなかった彼女の友達になってみるヨ」



そして翌日はいよいよ哲ちゃんの手術の日

アタシは手術の終わった哲ちゃんの病室を訪れた。


彼、いや、もう彼女なのだろう

彼女は手術が終わりまだ麻酔が効いており、個室のベッドの上で寝ていた。


そっと近づいてベッドの横まで行くと、

スゥスゥ

と彼女の小さな寝息が聞こえる。


そこで見た寝顔は、アタシの知っているいつもの幼馴染の哲ちゃんだった。

しかし、彼、いや彼女はもう哲ちゃんではない。

彼女は凛ちゃん、小谷 凛として新しい人生を始めるのだ。


哲ちゃんは、昔から女の子のような顔だと言われ続けてきた。

形の良い滑らかな額

卵型の輪郭にスっとした顎

ぷくんとした頬に小さな口


(改めてよく見れば、たしかに男のコの顔じゃないよなあ・・・)

彼は彼女になったのではなく、元々彼女だった。

アタシは改めてそれを実感した。


「小谷・・・凛ちゃん・・・か」

アタシはそう呟いて、彼女のオデコに掛かった髪の毛をそっと上げた。


すると

彼女は薄く目を開け

「ああ…、久美ちゃん。来てくれたんだ。」

と小さく答えてくれた。

「凛、事情はおじさんとおばさんから聞いたヨ。アタシたちさ、小さい頃からずっと友達だったんだよ。そしてこれからもずっと友達なんだからネ。」

アタシがそう言うと、

「ぅぅぅ・・・久美・・ちゃん・・」

彼女は小さな肩を震わせてただ泣いていたのだった。



そして、それからしばらくして凛は退院することができ、

夏休みが終わって数日遅れていよいよ登校することになった。


隣のクラスのアタシはこのときミコが彼女にどう接してくれたかを知らない。

でも、その日の夜、凛はアタシの家に電話をかけてその時の様子をきちんと話してくれた。


「でね、そしたら突然ボクの隣の席の藤本さんって女のコが話しかけてくれたんだ。「友達になろうヨ!」って言ってくれて。」

凛は、ミコという新しい女友達の存在を本当に嬉しそうに話していた。


アタシたちは夢中になっていろいろなことを話す。

ふっと気が付いたらもう1時間近くも話し続けていた。

さすがに、まだ一人称が『ボク』となっている癖はまだ抜けていない様だ。

それでも、アタシがまさか哲ちゃんとこんなふうにガールズトークをするとは夢にも思わなかった(笑)




それから半年ほどの月日が流れる。

初めは女友達の中に入るきっかけになればと思っていた凛とミコの関係はその後も続き、意外にも2人は友達の絆を強く深めていった。


凛とミコ

この2人は傍目から見てかなりタイプや性格が違うように見える。

しかし、2人はお互いの違いをむしろ尊重し合っているようだった。

そして高校受験の志望校まで同じ青葉学院高等部を目指すようになった。


そんなある日、

いつも凛と一緒に帰っているミコが委員会のため凛は一人で家路に着き、たまたま歩いていたアタシとバッタリ会う。

アタシと凛は本当に久しぶりに一緒に帰った。


2人で肩を並べて歩くと、哲ちゃんだったときから男子の中でも身長が低かった凛とアタシはほとんど変わらない。

そして、アタシたちは昔話に花が咲いた。


そんなとき偶然に出会ったのが、その昔アタシと哲ちゃんの間に突然割り込んで入ってきたあの石川 渉だったのである。

あの頃、彼は針のように尖った硬い髪にアタシや哲ちゃんよりも低かった身長のワンパク坊主だったのに、

5年ぶりに会った彼はちょっと赤っぽいサラサラの髪に見上げるほどの身長の爽やかボーイに劇的変化を遂げていた。


彼は小5のとき、親の転勤のため転校をしてアタシたちの前から去っていった。

それがまたこちらに戻ってきただそうで、なんとあたしたちと同じ若松中学に転校する予定だという。


アタシたちはその彼と商店街ですれ違う。

「アレっ! 久美ちゃん? 久美ちゃんやろ?」

彼は歩いているアタシと凛の2人にそう声をかけてきた。

そりゃ、当然だろう。

凛があの哲ちゃんとは、さすがの彼もわかるはずがない。

そして、哲ちゃんのことを説明するとあまりに変わってしまった昔の男友達の姿に驚くのであった。


しかし久しぶりに会ったとはいえ今は異性(本当は元々異性だったんだけど)

そんな2人が昔の関係に戻れるはずもなく、そして2人は次第にお互い惹かれ合っていく。


アタシは哲ちゃんのことを誰よりも知っているつもりだ。

男の子として生活していたときの哲ちゃんは外見は女のコっぽさを持っていても、その行動やしぐさは至って普通の男のコであった。

それが、彼と出会ってからの凛はまさに女のコ!

恋は女を変えるというが、まさにその通りだった。


この頃、彼女は身体は生理が安定してきて胸もかなり膨らんでいく。

腰つきはクビレが目立ち始め、お尻は丸い形に整っていった。

もう他の女子と何ら変わらない一人の女のコになっていたのだ。

そして、それは身体だけでなく、彼女の心も男から女へと次第に変化していく。

つまり、石川君と凛は一人の男と女として向き合ったのだった。


そのときアタシは実感した。

(ああ、アタシの哲ちゃんはもうどこにもいなくなっちゃったんだ・・・)

てね。


変な話だけどさ、アタシは女のコになっちゃった哲ちゃんでもいいんじゃないかって思ったりしたこともあったんだ。

彼女が女のコになりきれなくって、お嫁に行かないままいたなら、アタシと2人で仲良く暮らしていけるんじゃないかって。

それって思いっきりレズだろっ!

って言われると、そりゃそうかもしれないけど・・・

アタシ、自分でそんな趣味があるなんて思ってないけど

それでも、アタシと哲ちゃんならきっとうまくやっていけるんじゃないかって思ったり・・・ね。


でも、彼が現れてどんどん女のコになっていく凛を見てると

ああ、やっぱりこの娘は女のコだったんだなあ・・って思った。

だって、石川君と一緒にいるときの凛の表情ってホント女のコなんだもん。

だから、アタシはアタシの哲ちゃんだった凛を彼に譲ることにしたんだ。


しかし、そんな彼が凛の前から突然消えてしまう。

じつは彼はこの世に生きている人間じゃなかったんだ。

彼は石川 渉という人間の記憶を借りていた『心』だった。

そのときの凛の姿はホントに胸が張り裂けそうだった。

そしてアタシたちは、彼が転校していった大阪に、本物の石川 渉を探す旅に出る。


そこで出会った本物の石川君は凛の好きになった彼とはあまりに別人!

容貌はアタシや凛の知っているあの頃の石川 渉を想像通り成長させたみたいな感じ

しかし、それだけじゃなかった。

凛が好きになった石川 渉とは似ても似つかないヤンキー不良少年!

それも、不良の本場、大阪の中でも一二を争うワルの学校極東工業の中でもさらに一二を争うワルという頂点に上り詰めた

つまり彼はエリート中のエリートのワル、KING OF KINGSのワルだったのだ。


そんな彼だったけど、アタシたちと出会ったときの彼の眼差しはあの頃に戻っていた。


じつはアタシは彼の存在を最初少なからず疎ましく感じていた。

だって、そうでしょ!?

アタシが愛しい哲ちゃんのためにせっかく焼いた初めてのクッキー

それをアイツは勝手に横取りして貪るように食いやがったんだ!


ああ、そんなバクバクムシャムシャって・・・

食べるんだったら、ちょっとは味わうように食べなさいヨッ!


そしてそれ以降アイツはアタシと哲ちゃんの間にズケズケと割り込んできた。

哲ちゃんも人がいいもんだからそんなアイツのことをニコニコと受け入れちゃう。

学校が終わって、哲ちゃんといつも待ち合わせの『赤いブランコの公園』に行くともうアイツが来て待ってるしっ!!


「ねぇ、あの人ってなんとかならないの?」

アタシは何度か哲ちゃんにそう言ったことがあった。

しかし、哲ちゃんは楽しそうな顔で

「エ、なんで?そういえば、ワタルさ、久美ちゃんのこと楽しい娘だねって言ってたヨ」

と言う。


楽しい娘ってどーいう意味ヨッ!?

そう思ったけど、さすがのアタシでもそんなことは口に出せなかった。

ただ最初はアタシにとってちょっと迷惑な彼だったけど、そのうち3人で頻繁に遊ぶようになって少しずつ大切な友達になっていった。


そして小5のとき彼が転校すると聞いたときは、不思議と心のどこかに穴が開いたような

そんな気持ちになった。


そんな彼は転校する日の前日、突然アタシの家に電話をかけてきた。

「久美ちゃん、悪いけど今からちょっと出てこれない?」

いつもとちょっと違う彼の様子にアタシは

「あ、いいけど」

と返事をする。


そして

「じゃあ、哲ちゃんも誘って行くから」

とアタシが言うと

「あ、いや。久美ちゃんだけで・・・来てほしいんだ」

と彼は少し焦るように言った。

「まあ・・・いいけど・・・」


待ち合わせはいつもの赤いブランコの公園

30分後にアタシが行くと、彼はすでにその場所で待っていてくれていた。


「大阪に転校しちゃうんだってね?」

「あ、うん。そうなんだ」

「いつか戻ってくるの?」

「多分・・・もう、戻ってこないと思う」

「そっかあ・・・」


そしてアタシたちはしばらくの沈黙


すると

彼はスっと顔を上げてアタシの方を見て、言った。

「俺、俺さ・・・」

「ウン」

「久美ちゃんのこと好きなんだ」


「エ、そ、そうなの?」

「ウン。久美ちゃんは俺のこと・・・どう思ってる?」

「アタシは、アタシは・・・哲ちゃんもワタル君も同じように好きだヨ」


「そ、そうか。そうだよな。あ、ウン。よかった。ハハ、嫌われてなくって嬉しいよ」

そう言って彼はニコッと笑ったのだった。



そんな彼と5年ぶりに再会し

別れ際に、彼がアタシにニコッと微笑んだとき

アタシは『あのとき』のことを思い出した。

そして不思議にもこんなことを思ってしまった。

(へぇ、男のコって・・・こんな優しい笑顔になれるんだ)

きっとあのときもこんなふうに優しい笑顔だったんだろう。

ただ、あのときのアタシにはそれが気付かなかったんだ。

そしてアタシはそのとき、あのときのアタシの心の中のぽっかりと空いた穴にカレという存在が埋まったのを感じた。


その後少ししてカレは突然アタシたちの街に戻ってくることになった。

じつは、些細な喧嘩で離婚してしまったカレの両親

そしてカレはお母さんに連れられてお母さんの実家のある大阪に転校していったのだ。

それがどういうわけかアタシたちがカレと再会して間もなくして、お母さんはまたお父さんと寄りを戻すことになった。

それにはこんなことがあったそうだ。


お父さんが会社の出張で、突然事情があって行けなくなった部下の代わりに急遽大阪に来たとき

仕事が終わってたまたま夕食に入ったファミレス

そこで隣の席に座っていたのがお母さんだった。

そして、偶然出会ったお父さんとお母さんは少しずつ会話をしていく。

あのときあまりに感情的にカッとなってしまったお互いに反省する余裕ができたのだという。


あまりにも偶然な、ものすごい、ドラマみたいな・・・


でも、アタシは後になってこの事をフッと振り返って考えたとき

(もしかして、そこにはワタルBの何かの力が働いているんじゃないか)

なんて思ったりした。

それが正しいか正しくないかは今では確かめる術はない。

でも、とにかくまた家族が一緒に暮らせるようになったことでカレは昔の笑顔を取り戻していった。


そしてアタシと本物の石川 渉君はしばらくして付き合いだした。

その4年後

お互いが20歳になった年にアタシたちは結ばれる。


それは、決して同情なんかじゃない。

アタシはきっと自分の気持ちに気づいたんだって思う。


カレからプロポーズを受けたときアタシは思った。

(カレだったらきっとアタシを幸せにしてくれる。そして、アタシだったらきっとカレを幸せにしてあげられる)

ってね。




それから数年が経ち

凛が同じ学校の先輩だった笹村さんと、ミコは5歳年上の芦田さんと結婚し、

そして凛やミコの学校の友達であったみーちゃんはせっかくの芸能界を引退してまで凛の弟の悟君と結ばれた。


アタシにとって初恋の人だった哲ちゃんは人妻となり、とうとうアタシが絶対に手の届かない場所に行ってしまったわけだ。

でも、これでいいんじゃない?(笑)

だって、アタシにはカレがいて、2人の子供がいて、毎日楽しく暮らしてるんだもん。


平均寿命で考えると、女のほうが男より7歳くらい長生きするらしい。

もし、お互いの旦那さんが先に天国に行っちゃったら、そのときは2人で暮らそうか?

ね、哲ちゃん。


『ときの流れの中で・・・』

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