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第35話 ~fin

ときは流れる


1学年上のトオル君は卒業後お父さんの経営するSTC(笹村・トレーディング・カンパニー)に入社した。

そしてその翌年アタシも大学を卒業する。


アタシは、青葉学院大の正門の前にある国連大学に就職を決めた。

それは、ワタルの目指していた想いをアタシが少しでも叶えてあげたいという気持ちからだった。

アタシはそこでいろいろな国の留学生のお世話をする仕事をしている。


国連大学はいわゆる普通の大学とは違って学生というものはほとんどおらず、いろいろな国から研究者が集まって多彩な研究をしている大学だ。

ここでは白人も黒人もアジア人も、みんなごっちゃ。


そこでアタシはロシア出身のニコライ教授の研究を時々手伝っている。

ニコライ先生はあるとき執筆途中のペンを止め流暢な英語でアタシにこう言った。

「ミス凛。世界にはいろいろな民族があって、いろいろな価値観がある。自分と異なった価値観だから認めようとしないのは、逆に言えば自分も相手に認められないのはやむを得ないことだ。確かに国家には戦わなくてはいけないときがある。理不尽に攻めて来る相手に黙って屈することはできない。でもね、いいかい?ミス凛。大切なのはぎりぎりまで、いや、そうして戦っている時でも相手を理解する心を持つこと。そしてそのための努力をすることだ。その方法は自分で見つけないといけない。私は研究者として政治学を研究している。だから政治学を通して理解しようと努力している。君は君の視点を見つけなさい」




アタシが25歳になったとき、

トオル君はアタシにプロポーズしてくれた。

カレの高等部卒業式の日、初めて告白されて、2人が初めて付き合い始めた青葉大の西門前にあるあの喫茶店で

仕事が終わって待ち合わせをしたカレはアタシの目をまっすぐ見て言った。

「これから先もずっとずっと一緒に歩いて行こう。結婚、してくれ」と。


そのことをミコに話したときだいぶ冷やかされたっけ(笑)

教育学科に進んだ彼女は大学時代学科でもトップクラスの優秀な成績だった。

そして彼女は区立小学校の教員採用試験にも合格したが、ゼミの教授から強い推薦を受けて卒業後は青葉学院初等部の教員になった。

そのため職場が目と鼻の先のアタシとミコはよく待ち合わせて一緒に帰ったりした。


「そっかあ。とうとう凛が人妻さんになっちゃうわけだー」

彼女はニヤニヤしながらそう言う。

「そんな艶かしい言い方しないでヨー(笑)」


「アハハ。でもさ、あれ(中2)からもう11年経っちゃったんだよねー」

「ほんとだね。なんか、ずいぶんいろんなことがあったようで、でも振り返ってみると早かったような気もするし」


「凛はもう哲ちゃんだったときの思い出もなくなっちゃった?」

「ウーン、どうだろう? でも、アタシはアタシで本当は何も変わってないような気がする」

「そうだね。アンタはアンタ。外見がちょっと変わっただけで、何も変わってないんだよね」

そう言ってアタシとミコは顔を見合わせてくすくすと笑った。




結婚式の一週間ほど前

アタシは、ミコ、幼馴染の久美ちゃんそして今は久美ちゃんの旦那様となったワタルAと4人で鮎川渡君のお墓にお参りに行った。

そう、このメンバーは鮎川渡君であるワタルがアタシの昔の記憶を消さなかった人たちだ。


最初、このことを思いついたとき、色々と彼のお墓を探したがどうしても見つからない。

そこで、昔の記憶や小学校時代の先生を尋ねて彼のお父さんの職場を見つけることができた。

アタシが電話するとお父さんは昔を懐かしむように歓迎してくれ

「ありがとう。君たちが訪ねてくれれば渡もきっと喜ぶよ」

と優しく言って教えてくれたのだった。


そして訪ねた彼のお墓は、多摩の高台にあるとても見晴らしのよいところだった。

お墓の横には大きな木がどっしりと根を下ろして立っている。

アタシたち4人は彼のお墓の前でそっと手を合わせた。


「鮎川 渡君。お久しぶりです。じつは、アタシ結婚することになりました。相手はアナタと同じようにとても心が温かい人です。アナタがアタシのそばにいたとき、アタシ、「もしかしてこの人といつか…」なんて思ったりしたこともあったけど、結局他の人と結ばれちゃいます。でも、アタシはアナタと過ごした日々をずっと忘れないから、絶対に」


「ねえ、下に良さそうな喫茶店があったからお茶飲んでいかない?」

「あ、いいねー」


「それにしてもさ、甘えん坊の凛が涙見せなかったんだもん。意外だったなあ」

ミコがニヤッとしてそんなことを言った。

「フフフー」

アタシはその質問に同じようにニヤッと返す。

「あ、意味深な笑いだなあ(笑) なんかあったの?凛」

横に居た久美ちゃんがちょっと意地悪っぽい顔で尋ねてきた。


「でもさあ、ワタル君、もしかしたら、今頃はもう生まれ変わって、それで可愛いガールフレンドでもいたりするかもよ?(笑)」

「あー、それってあるかもね! あの人って、そういうところは早そうだし!(笑)そしたら凛も一安心でしょ?」


アタシは

「ウーン」

とちょっと考えるポーズをした後答える。

「ちょっと…複雑な気持ち(笑)」





そして

今日はいよいよアタシとトオル君の結婚式の日だ。


アタシの家もトオル君の家も会社を経営していることから、招待客が相当な数になることを予想していた。

そのため、披露宴は大きなホテルの会場をとった方がいいのではという意見もあったけど、アタシとトオル君はあえて青葉学院の附属施設である青葉会館を会場に選んだ。

それはこの青葉学院がアタシとトオル君にとってとても大切な場所だから。


高等部時代の担任の佐藤先生は青葉会館の知り合いに無理を言って一番大きな部屋をとってくれ、式は青葉学院のチャペルで行うことになった。

このチャペルは青葉学院の本部校舎の右側に敷設されているわりと小さなもので、青葉学院の卒業生に限ってここで式をあげることを許されている。


アタシはお式が始まる3時間も前に青葉会館に入り、そして髪のセットやらお化粧やらとたっぷりと時間をかけて仕上げ、今はまさにお人形さん状態だ。

そして両親や親戚、友人の集まる新婦控え室に移り、式まであと30分ほどとなったとき、入口からスラっとした美貌の女性が一人入ってくる。


彼女が入ってきたとき、アタシの親戚たちはみんな一斉に振り返って彼女を見つめた。

そして彼女は部屋の中央で小さな椅子に座るアタシの方に歩いてくる。


「凛、おめでとうー」

「あ、みーちゃん。来てくれたんだね。ありがとう」


「当たり前じゃない。アンタの結婚式だもん。アタシ、3ヶ月も前からその日には絶対に仕事を入れないでってマネージャーに何度も言ったわよ」

そう言ってみーちゃんは笑った。


「凛。綺麗だヨ。すっごく素敵」

「エヘヘ、なんか照れちゃうね」


「照れちゃダメヨ。今日のアンタは舞台の主役なんだから。最後までしっかり演じきるのヨッ!」

「はぁーい」


「あ、あの」

するとそんな彼女にアタシの従姉妹の麻耶ちゃんがおずおずと近づいてきて尋ねた。

「もしかして…女優の佐倉 美由紀さん、ですか?」

「ハイ、そうです」

みーちゃんは平然とそう答える。

麻耶ちゃんはびっくりした表情で

「あー、やっぱり!エー、でも、なんで?凛ちゃんの知り合いなの?」

と不思議そうに尋ねる。


すると、みーちゃんはバスト82以上はゆうにありそうな胸をクッと張って答えた。

「知り合い?そんな甘いもんじゃないワッ!アタシと凛は人生最高の大親友なんだからっ!」


「わぁ、凛ちゃん、すごいねー。こんな有名な人と親友だなんて。あの、後でサインもらっていいですか?」

「ええ、どうぞ、どうぞ!なんだったら、今着ているそのドレスにサインいたしましょうか?」

「エ、エエッ!このドレスはいいですっ!」

慌てたような麻耶ちゃんの声に周りからどっと笑い声があがったのだった。


そこに弟の悟が近づいてきた。

悟はつい数日前までアメリカのビジネススクールに留学していた。

そこで最先端のスーパー経営を学び、そしてめでたく修了することができて日本に帰ってきたのだ。

「凛ちゃん、大阪のばーちゃんが後で一緒に写真撮ろうってさ」

「あ、ウン。わかったって言っておいて」


すると悟はアタシの横にいるみーちゃんに向かって

「じゃあ、みー姉ちゃん。オレ、先に行ってるから」

とぶっきらぼうに声をかけた。

みーちゃんは、そういう悟に当たり前のように

「ウン。わかったぁ」

と笑顔で返事をする。


(あれ、この2人って…)

(なんか雰囲気が変わってない?)


初めて出会った10年前からずっと擬似姉弟だったこの2人の間に流れる空気が微妙に変化しているような気がした。



「それでは、準備が整いましたので、新郎新婦様は式場に移動をお願いします」

会場の案内係の人が来てそう告げ、アタシはミコとみーちゃん、久美ちゃん、そして井川さんの4人にドレスを支えてもらいゆっくりと立ち上がった。


昭和の初めに作られたこの古い教会

入口の重い木製のドアが静かに開き、そしてアタシは父親に手を取られゆっくりとバージンロードを進む。


中に入るとステンドグラスを通して色とりどりの温かい光が差し込み、そして最前の古い木製の祭壇には十字架が据えられている。

祭壇の前でアタシは父親からカレの手に渡され、2人は牧師様の前に並んだ。

そして

2人は永遠の愛を誓う。



お式が終わると青葉会館の披露宴会場に移動

そこではさらに多くの人がアタシたちを迎えてくれた。


中学時代の担任の山岸先生、高等部のときの佐藤優実先生、大学時代のサークルのみんな。

芦田さん、今は井川さんの彼氏となった安田の姿もある。

そして、アタシとトオル君の共通の友人として会津君も来てくれている。


「それでは、新郎新婦のご入場です!」

司会の合図で会場に続く大きなドアが開かれアタシとトオル君は温かい拍手と眩い光のカーテンの中をゆっくりと進んでいく。

「わぁー、凛、きれー!」

「素敵すぎるぅー!なんか、涙出てきちゃった」


パチパチと焚かれるフラッシュの中を歩いていく。

そしてアタシとトオル君は一番前の席に腰を下ろした。



披露宴は滞りなく進む。

それぞれの友人が挨拶をしてくれたり芸能披露してくれたり、優実先生はアコースティックギター持参でサザンの『yaya』を歌ってくれた。


中でも盛り上がったのは、トオル君の所属していた青葉学院大学空手部の仲間たちが演じる『新歓芸』だ。

このときにはトオル君も混ざって、空手部OB総勢30人が二列に並ぶ姿はまさに壮観!


最初は何をしてくれるのかと不思議に思っていたが、

そう!アタシの大学入学式のとき目にしてしまった『アレ』だった。

全員が空手の道着に着替え、そしてトオル君はタキシードの上から道着を羽織るという本格的スタイル

そしていよいよ始まる。


「オーーーーーッスッッ!!!」

前列の中心にいる人が大声でそう言うと

「オーーーーーーーースッッ!!!」

全員がそれに答えて叫ぶ。


「我々はー、青葉学院大学ー、空手部です! わが空手部はかの渡瀬哲夫先輩も輩出した長い歴史と伝統を持つ部です!空手部というと何か怖いイメージがあるかもしれません。しかーし! 先輩と後輩の間は極めてアットホーム。 みんな仲良くやっております!」

「オーーースッッ!!!」


「今日はその一例をお見せしましょー!」


そして

「笹村ー!一歩、前へ出ろー!」

そう言われたトオル君は

「オーーーースッッ!!」

と叫んで足を踏み出す。


「彼は昨年度の新入生の笹村透君です!」

「よぉぉぉーーーーしっっ!!笹村ぁぁーーーーっっ!!」

「オーーースッッ!!!」

「空手部はどーーだぁ!?先輩は優しいかぁぁーーー!?」

「オーーーースッッ!!とても優しいでーーーすっっ!!!」

「どんなところが優しいーーー!?」

「オーーーーースッ!!!この前もーーーー、ラーメン奢ってやるから付いてこいって言われて行ったっす!!でも、ラーメン食った後財布忘れたから払っておけって言われて行くんじゃなかったって後悔してるっすーーーっっ!!」

「そういうことは早く忘れろーーーーーっっ!!」

「オーーーースッッ!!失礼しましたーーーーっっ!!!」


トオル君たちはこんな漫才を披露し、そしてとうとう踊りだす。


「こんな楽しい空手部~♪

先輩、後輩、みんな仲間さぁ~♪

みんなおいでよ、空手部へ~♪

ぼくらの楽しい空手部~♪」


筋肉モリモリの男たちがくねくねと奇妙なダンスで手足を曲げて踊るその姿に会場は大爆笑!

ミコやみーちゃんやシュガーの女のコたちから

「笹村先輩、かっこいいー!」

と一斉に声をかけられてトオル君は顔が真っ赤になった。




披露宴は終盤になる。


「さて、それでは続きまして新婦凛さんのご友人のお二人にとお歌の披露をいただきます。お一人は凛さんの中学時代からの親友でいらっしゃる藤本美子様、そしてもうお一人は高等部入学後すぐにお友達になられたという、皆様もご存知の女優の佐倉 美由紀様です」

ミコとみーちゃんは前に出てくる。

それまでは、300人の招待客に紛れていたみーちゃんに会場の中から

「あ、本当だ。佐倉 美由紀だ!」

という声が所々であがる。


そして2人はマイクの前に立った。

(ミコ)「エー、本日は透さん、凛さん、そしてご両家の皆様、本当におめでとうございます。私と凛が出会ったのはもう11年も前で中2のときです。2人が同じクラスになったのがきっかけでした。それから次第に話すようになって、気がついたときには、お互いとても大切な一生の友人になっていました」

(みーちゃん)「本日は本当におめでとうございます。私は凛と知り合ったのは入学した高校で同じクラスになったときです。そのときの凛は本当に今日みたいに、キラキラと輝いている女のコでした」

(ミコ)「アタシたち3人はそれぞれが違う環境で育ったけど、きっと運命の交差点で重なったんだって思ってます。だからアタシたちはそれぞれがとても大切な存在になれたのです。 そしてそんな私たちの凛を、今日はこの場で透さんにお渡ししたいと思います。その引渡しの記念に私たちにとって最高の思い出の曲を歌います」

(みーちゃん))「さあ、凛ー、アンタも一緒に歌おう!前においでー!」

(アタシ)「エ、アタシも?」

(みーちゃん)「そうだヨ。この歌は3人一緒じゃなくちゃダメなのさー!」

(司会)「さあ、それではお歌を披露していただきましょう。3人にとって思い出の曲。キャンディーズの『年下の男の子』です。それではお願いします!」


アタシは、ドレスを支えられてステージに上がり、2人に促されみーちゃん・アタシ・ミコの順番に並んだ。

そして会場に軽快な音楽が流れる。


真赤なリンゴをほおばる

ネイビーブルーのTシャツ

あいつは あいつはかわいい

年上のトオル君♫

淋しがりやで 生意気で

にくらしいけど 好きなの

LOVE 投げキッス

私の事好きかしら はっきりきかせて

ボタンのとれてるポケット

汚れてまるめたハンカチ

あいつは あいつはかわいい

年上のトオル君♫


歌っているうちに高校時代の3人が思い出され、涙がポロっとこぼれてくる。

ミコ、みーちゃん

こんな素敵な親友を持てたなんて、アタシはなんて幸せなんだろう。


曲が終わるとミコがマイクを持ってアタシに尋ねた。

「さて、それでは、凛?」

「ハーイ、ミコ!」

アタシは手を挙げてそれに応える。

「今の気持ちを言ってみて?」

「気持ちかぁ・・・ウーン・・・それじゃ」


「エット、山岸先生。いらっしゃいますでしょうか?」

突然アタシにびっくりして呼びかけられ山岸先生は驚いたように席を立つ。

「エー、私とミコが中学のときの担任をしていただいた山岸先生です」

会場の中から

パチパチ

と拍手が上がり先生は少し照れたような顔をする。


「じつは中学の卒業式の日、先生が私たちに出してくださった最後の宿題というのがあります」

「ええ、覚えているわよ。「人を愛せる人間になってください。人を愛せる人間は、人からも愛されます。そして『人を愛するということの意味』、これをこれから先の長い人生の中でゆっくり考えていってください」というものだったわね」

「ハイ。それでアタシ、今その答えを提出させていただいてもいいですか?」

「受け付けましょう!それでは、小谷凛さん。アナタの答えを聞きます」

「人を愛するということの意味、それは相手を理解しようとする努力だと私は思いました。みんなそれぞれ色々な価値観や過去を持っていて、自分が相手に成り代わることはできないけど、でも、相手を理解しようと努力することが大切だと思います」


山岸先生はアタシの方を向いてじっとその答えを聞いている。

そして

「小谷さん」

「ハイ」

「この宿題の答えは百人いたら百通りの答えがあります。大切なのは頭で考えるのではなく、心で考えること。そして、今聞いたアナタの答えは私の心の奥に深く響きました。とても素晴らしい答えですね。でも、これで止まることなく、これからも透さんと一緒に歩む長い人生の中で考え続けていってください。じつはね、この宿題は私が私の小学校の先生からもらったものなの。そして私もそれからこの宿題を胸に置きずっと考え続けているのです。いつか、アナタの2回目の提出を楽しみにしてますよ」

透き通る山岸先生の声が会場の中にいるひとりひとりの胸に響いていた。

そして、先生の話が終わったとき、会場は大きな拍手に包まれたのであった。




そしていよいよこの披露宴も終わりのときを迎える。

「それでは、新郎新婦のお二人にご両親に感謝の想いを込めて、花束の贈呈を行います」

アタシとトオル君はステージの上に歩み出て、それぞれの母親に大きな花束を渡し、

そしてアタシは父親の胸ポケットに一本の赤いバラを刺す。

アタシはバラの花を手に持ち、父親の前に立った。


今日の父親はいつもよりもずっと陽気ではしゃいでいる。

披露宴の間ずっと会場を回っていろいろな人とお酒を飲み交わしていた。


じつは今日の朝、悟はなぜか一人で車で出かけてしまい、私は父親と母親の3人で独身最後の朝食を摂った。

母親は昨日の夜から時間をかけていろいろなものを用意してくれていた。

「いつか、アナタに子供が出来て、その子が結婚して送り出すとき同じように祝ってあげてね」

そう言って母親が並べてくれたのは、鮎の甘露煮、卵の袋煮など、どれも手間のかかるものばかりだった。

そして、父親はそうした料理をほおばりながら

「こんな美味いものが食えるんだから結婚式はたまらんな!これで披露宴になったらさらにご馳走にありつけるんだから楽しみだ」

なんて言ってた。

そんなはしゃいで言われると

「なんか、やっぱり女のコって生まれた時からいつか家を出ていっちゃうって思われてるのかな」

なんて少し寂しくなったりする。


しかし、それはアタシの間違いだった。

アタシは父親の胸に手に持ったバラを刺し

そして

「お父さん、今まで育ててくれてありがとう」

と小さく父親の耳元で囁いた。


そのときだった。

それまではしゃいでいた父親は急に小さく肩を震わせ

そして下を向いてしまった。

「お父さん?」

アタシは小さな声で話しかける。

すると父親は

「ぅぅ、ぅぅぅ…」

目にいっぱいの涙を溜めていた。


「泣かない、今日は絶対に泣かないって、決めてたのに…。ぅぅ、ちくしょうぅぅぅ…」


「小谷さん…」

横にいるトオル君のお父さんがそっと父親の肩に手を置いた。


そうか、

そうだったんだね。

お父さん、ずっと我慢してたんだ


ごめんね

そして

ありがとう


アタシ、お父さんの子供に生まれて本当によかったよ。


アタシはこのとき自分を育ててくれた両親から巣立つことを改めて実感した。





さらにときは流れ

それから3年が過ぎた。


アタシは28歳になる。


去年、アタシの両親に実家の近くにある100坪ほどの敷地を今のうちに譲りたいと言われ

トオル君のご両親が資金を援助してくれアタシたちはそこに家を建てた。

小さな家だから庭の方が広いくらいだけど、アタシはこの家をとても気に入っている。

だって、アタシとトオル君2人の家だから。


そして、アタシたちには現在2歳になるひとり娘がいる。

彼女の名前はえみ

女のコながらに中々のワンパクで、毎日庭をきゃあきゃあと駆け回り、最近飼い始めたポメラニアン犬ナナを子分に従えている。


その笑がさっきから庭の隅にある小さな砂場で熱心に何かを作っている。

この砂場はトオル君がお休みの日に作ってくれたもので、笑とナナのお気入りの場所だ。


「ママァー、できたヨー!」

アタシが庭に置いた小さなベンチに腰掛けていると、笑がそう言って手を振った。

アタシはベンチから腰を上げ砂場に近寄ってみた。

「あらぁー、すごいお城!」

そう、笑が熱心に作っていたのは彼女の身体の高さの半分ほどもある砂の城だったのである。


「素敵なお城だねー」

「エヘヘ、いいでしょー」

「いいなあ。こんなお城住んでみたいなあ。パパとママも一緒に住んでいい?」

「ダメだヨー!パパとママにはこのおうちがあるでしょ。ここはね、笑とコーちゃんが住むの」

そう言って笑はちょっと照れている。

コーちゃんというのは近所に住む笑と同じ年の男のコ。

来年からは同じ幼稚園に通うことになっている。


「あーん、いいなあ。羨ましいー!」

そんな風にアタシが娘とじゃれあっていると


「ただいまあー!」

表の玄関の方からトオル君の声が聞こえた。


「あ、アナタ。おかえりなさーい」

「パパァー、おかえりー」

アタシと笑はトオル君を出迎えに家の中に入った。


「あ、途中でみんなと会ったからそのまま家に来てもらったんだ」

トオル君がそう言って玄関のドアを広げると、その後からミコ&芦田さん夫妻、久美ちゃん&ワタルA夫妻、そして数ヶ月前に結婚した井川さん&安田夫妻が次々に入ってくる。

じつは、今日はあの『笑っていいとも』にみーちゃんが出演することになっている。

彼女の姿は映画だけでなくTVでもよく見るけど、先週突然電話があって、今日出演する番組をぜひ見て欲しいと言われていた。

そこで、こうして仲間が全員集まってきたわけである。


ミコは笑を見ると

「やっほー、笑ちゃん」

と言って頬を合わせた。

久美ちゃんは一緒に長女の詩織ちゃんを連れてきている。

「笑ちゃん、遊ぼうー」

そう言って詩織ちゃんと笑は手をつなぎながらおもちゃ箱へと走っていった。


みーちゃんは、昨年公開された映画で主役を演じこれが大きな評価を受け主演女優賞を受賞しベテラン女優の仲間入りをした。

彼女の人気はとても高い。だけど、不思議とこれまでみーちゃんにスキャンダルの話はでていなかった。

それが最近になって突然彼女の結婚の話題が持ち上がったのである。

しかし、その相手が誰なのか、それはアタシもミコも知らない。

彼女からときどき電話がかかってきたとき尋ねると

「今はまだ内緒にしててくれって事務所から言われているから。でも、話せるようになったら一番最初にアンタとミコに必ず言うから」

彼女はそう言っていた。


「みーも水臭いなあー」

ミコが不満そうにそう言うとみーちゃんは

「本当にゴメン。もうちょっと待ってて」

すまなそうにそう言う。


大きめのテーブルの上にお菓子とジュースを並べ、集まったみんなが席についた。

いよいよ番組が始まる。


そしてみーちゃんが出演予定のテレフォンショッキングのコーナー

「さて、それでは本日のお客様は日向咲さんからのご紹介、女優の佐倉美由紀さんです!」

司会のタモリさんがそう言うとみーちゃんが登場してきた。


「あ、みーちゃんだぁー!」

笑が画面を見てそう叫んだ。

彼女はこの家に何度も遊びに来て、笑とも仲良し。

みーちゃんは笑のことをとても可愛がってくれている。


「いらっしゃいませ。いやー、相変わらずお美しいですねー」

「イエイエ、そんなことは(笑)」

「ところで、ご結婚されるとか?」

「ええ、こんなアタシでももらってくれる方がやっと見つかりまして」

「ご謙遜を。佐倉 美由紀さんといえば今やお嫁さんにしたい芸能人NO1ですから相手は選り取りみどりなのでは?」

「いえー!そんなことないですよー(笑)」

「それで、お相手の方ですが、まだ発表されてませんよね?」

「ええ。相手は一般の方なので」


「あ、そうなんですかー」

「はい。だから先方にも迷惑がかかると思って…」

「それで、先方のご両親にはもうご挨拶はされたんですか?」


「あ、はい。先月お伺いして。ただ」

「ただ?」

「その方のお姉さまにはまだ…」

「もしかして、反対されているとか?」

「いえ。そういうんじゃないんですけど…勇気がなくて…」


「お姉さんに反対されてるって?みーのどこが気に入らないっていうのよねー!」

いつも冷静なミコが珍しくちょっと無気になってそう言った。

「アタシたちでそのお姉さんに説得に行くとかしてあげようか?」

アタシがそう言うと

「あ、それもいいかもね。ちゃんと話せばみーのこと絶対気に入るはずだヨ」

ミコはウンウンと頷いた。


「それで、お願いがあるんですけど」

「何でも仰ってください!私も佐倉美由紀のファンのひとりですからっ!」

「その方のお姉さんにここから電話でお話させていただくわけにいかないでしょうか?」


タモリさんはみーちゃんの言葉にちょっと考えるが

「いいでしょう!ほかの誰が反対しての私が認めます!」

ときっぱり言った。


「おい、電話を持ってきて!」

タモリさんはそばにいるスタッフの一人にそう言うとすぐにみーちゃんの座るテーブルの前に電話が用意された。


「それでは」

みーちゃんはワイヤレス電話の受話器を取り上げゆっくりと局番のボタンを押す。


そのとき

プルルルルーーーーー

プルルルルーーーーー

ちょうど突然うちの電話も鳴り出した。


「誰だろう?こんなときに」

アタシは席を立ち上がって部屋の隅に置かれた受話器を取り上げた。

すると

「もしもし、凛?」

受話器の向こうの声の主はなんと今TVに出ているはずのみーちゃん!!


「エ、みーちゃん!?」

アタシはそう話しかけながらTVの画面を見た。

するとアタシの声が同じようにTVからも流れている。


「アタシ、アタシ、悟のこと、最初は死んだ自分の弟みたいに思ってたのかもしれない。でも、カレと一緒にいて段々異性として本当に好きになっちゃって。アタシ、アンタとずっと友達でいたいって思ってるから。ああ、どうしよう…自分で何言ってるかわかんないヨォ…」


みーちゃんは下を向いてポロポロと涙を落としながら話している。

いつも勝気なあのみーちゃんが、まるで子猫のように。


そうか

やっぱり、そうだったんだ。


結婚式のとき感じた2人の間の空気がどこか変わったような感じ

みーちゃん、ずっとアタシに気を使って悩んでたんだね。


そして

みーちゃんは涙でくしゃくしゃになった顔をあげて電話に向かってこう話しかけた。

「アタシさあ…、アタシさあ…」

「ウン」

「アタシさぁ、アンタの妹になってもいいかなぁ…?」


アタシはみんなの方を向いて小さな声で囁き

みんなは電話の周りに集まってきた。

電話の先に聞こえないようにぼそぼそと相談する。


そして


「ダメ…かなぁ?」

みーちゃんが今にも消えそうな細い声で呟くように言ったそのとき


久美ちゃんが

「いっせーのっ!」

と掛け声をかけた。


そしてアタシたちはみんなで声をそろえて叫ぶ。


「いいともぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


それを聞き、TVには声を出して泣いているみーちゃんの姿が映った。

彼女は顔を手で覆ってワンワンと泣いている。

そして横にいるタモリもトレードマークのサングラスを上にずらして目をハンカチで拭っていた。



そうだヨ、みーちゃん。

何も心配なんかしなくていいんだ。

だって、アタシたちは永遠のベストフレンドなんだから。


~All fin


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