第34話 行き先の向こうにあるもの(後編)
日曜日の夜になった。
今週の土曜日はいよいよ全国大学空手大会だ。
カレは昨年は1年生で補欠だったけど、今年はとうとうメンバーの中に入れ出場することになっている。
そして、前からの約束でその日はアタシも応援に行くことになっているのだ。
お風呂から出て髪を乾かすと時間はそろそろ11時になろうとしている。
「あ、もうこんな時間!」
アタシは充電器に架けてある携帯電話を外すとトオル君にメールを打った。
「トオル君、毎日がんばってますか?いよいよ大会だね。アタシ、何時に会場に行ったらいいかな?」
そして送信ボタンを
ポチッ!
メールが送信されました。
それからアタシはしばらく待つ。
冷蔵庫から持ってきたオレンジジュースを一口飲み、そして読みかけの文庫本を開いた。
30分が過ぎる。
しかし、トオル君からの返信はない。
どうしたんだろう?
しかし時計を見ると時間はもう11時半を過ぎている。
こんな時間に電話をかけるわけにはいかない。
(疲れて早く寝ちゃったのかな…)
(明日、学校で電話をしてみよう)
そう思って、アタシはダイヤルを回しかけた携帯電話を充電器に戻した。
次の日
3限の授業が終わるとアタシは学食に行った。
学食の隅にあるサークルの溜まり場にはいつものように10人ほどのメンバーが集まって楽しそうに話している。
「やっほぅ、ミコ」
アタシはその中にミコの姿を見つけて声をかけた。
すると、
「あ、凛!ちょ、ちょっとーーー」
彼女は顔を曇らせてそう言と、アタシの手を引っ張ってそこから離れた別の席に座らせた。
「ど、そうしたの?」
「アンタ、先々週会津君のアパートに行ったんだって?」
「エ、あ、ウン。よく知ってるね?」
「あのね、変な噂が出ちゃってるヨ」
ミコはかなり深刻そうな顔でそう言った。
「変な噂?どんな?」
「アンタが会津君と付き合ってるって」
「エエエッ!!」
それから、ミコはその噂の内容を詳しく話してくれた。
「アンタが笹村さんと付き合ってるっていうのはサークルの中であまり知られてないけど、女のコの何人かには話したことあったでしょ?」
「ウン。女子会のときに」
「それで、アンタが会津君のアパートに行ってカレーを作ってあげたって噂があるんだけど、本当なの?」
「あ、それは本当だヨ。でも」
「でも、なにヨ?」
「それはアタシが彼とと付き合っててしたことじゃなくて、先々週の日曜日にたまたま松戸の親戚の家に届け物に行ったら帰り道に偶然彼と会ったの」
「なんで彼が松戸にいたの?」
「彼も松戸に住んでるんだヨ。それで外食するお金なくてろくなもの食べてないみたいだから、じゃあカレーでも作ってあげようかってアタシが言って。それで彼のアパートに行っただけ」
「そっかぁ・・・」
ミコは安心したようにそう呟いた。
「でも、それがどうやってあんな話になっちゃったんだろう…」
「どんな話になってるの?」
「アンタが、笹村さんと会津君を両天秤にかけてるって」
「エェェーーーーッ!!!」
「もちろん、アタシはアンタがそんなことするはずないからわかってる。でも、男子の間でけっこう大きな話になっちゃってびっくりしたわヨ」
「あ、あの、会津君は?」
「ここ何日か見ないね」
「そっかぁ…」
正直、アタシ自身がびっくりしている。
確かに会津君はあまり考えて行動する正確には見えない。
それでも、こういうことを飛躍して言いふらすとはとても思えないからだ。
「でも、凛も軽率だヨ。女のコがひとりで一人暮らしの男の家に行けば、そういう想像されたって文句言えないんだヨ?」
「ウ、ウン。ゴメン」
「アタシに謝ったってしょうがないヨ。それより、まさかこの噂が笹村さんのとこまで行ってないでしょうね?」
そのとき、アタシが思い出したのは昨日のメールのことだった。
いつもはよほどのことがない限りすぐに返事をくれていたトオル君が昨日はなかった。
今日になればメールの着信を見て返信をくれるはずだと思ったけど、それもまだない。
「笹村さんの耳に届くまでにもっと変な話に変わってるかもしれないし、ちゃんと話しておいた方がいいんじゃない?」
ミコは心配そうな顔でそう言ってくれた。
アタシは携帯電話をバッグから取り出しトオルくんの携帯番号にかけた。
プルルルーーーーーーー
プルルルーーーーーーー
2回ほどのコールがして
カチャッと音がした。
しかし
「あ、もしもしトオル君?」
少し焦った声でそう話しかけると
「この電話は携帯の電源が入っていないか電波が届かない場所にいます」
というアナウンスが流れる。
(おかしいな。授業中でも部活でもない時間だし)
(こんなこと一度もなかったのに…)
不安な気持ちに襲われ、アタシは次第に居ても立ってもいられない気持ちになってくる。
「ミコ、アタシ、どうしよう…」
奥から湧き上がってきた不安はそのうちアタシの心の中を支配していき、そして抑えていた涙が目に溜まってポロポロと落ちてきた。
「り、凛…」
そのときだった。
「よお、凛ちゃんじゃないか!」
そう言って後ろで声がして、アタシはとっさに涙を手で拭って振り返った。
するとそこにはトオル君の空手部の仲間の石水さんが立っていた。
何度か空手部の練習を見に行ったとき会っており、彼はアタシがトオル君の彼女であることも知っていた。
「どうしたの?そんな赤い目しちゃって」
「い、いえ。何でも…。あ、あの、それより」
「なに?」
「あの、トオル君、知りませんか?」
「笹村?ああ、あいつは今日は学校に来てないはずだよ」
「エ、そうなんですか?でも、毎週月曜日は授業があるって言ってたけど」
「ああ、そうなんだけど。でも、アイツ土曜日の練習で吐いて倒れちゃったんだよ。それで俺たちがアイツの家に送っていってさ」
「エエエエーーーーーーーッッッ!!!た、倒れた!?そ、そんなことアタシぜんぜん知らない…」
「まあ、大したことないって言ってたからそんなに心配する必要はーーー」
アタシは石水さんが話し終わるのも待たずにバッグを掴んでその場から駆け出していた。
正門から宮益坂を早足で下る。
高等部のときからもう4年間も通っているこの道。
いつもなら歩きながらショーウインドウを覗いてみたり、アタシにとってゆっくり過ぎていく大切な時間だけど、
今は一刻も早くトオル君に会いたい。
それなのに、渋谷駅までほんの10分ほどの距離がとても遠く感じられる。
ハァハァと息を切らせてようやく渋谷駅に着くと階段を駆け足で上がってちょうど着いた電車に飛び乗った。
そして新宿駅で乗り換えてようやくトオル君の家の最寄駅にたどり着く。
アタシは駅に出ると携帯電話を取り出してカレの家の番号を押した。
プルルルルーーーーーーーーーー
プルルルルーーーーーーーーーー
何回かのコールの後
ガチャッ
と音がして
「ハイ、笹村でございます」
という女のコの声がした。
きっと妹の若葉ちゃんだろう。
「あ、もしもし。小谷と申します」
アタシがそう言うと
「あ、凛さん。お久しぶりー!」
と若葉ちゃんの元気な声が聞こえてきた。
「あ、あのさ、お兄さん、いる?」
「ウン。いるヨー。ちょっと待っててね」
そう言って電話は保留の音楽に変わった。
これでやっとトオル君の声が聞こえる。
アタシはそう思ってホッとする。
そして保留音が途切れた。
「トオル君!?」
すると
「あ、もしもし」
聞こえてきたのは、また若葉ちゃんの声だった。
「あ、あの…」
「凛さん、ごめんね。声かけたんだけど、なんか、お兄ちゃん、具合が悪くて起きられないみたいで」
若葉ちゃんは申し訳なさそうにそう言った。
「ねぇ、若葉ちゃん。トオル君、土曜日に大学で吐いて倒れたって聞いたけど」
「あ、ウン。そうなの。それで空手部の人が車を出してくれて、何人かで家まで運んでくれたんだけどね」
「お医者様には診てもらったの?」
「ウン。土曜日の夜に来てもらってね。ただの風邪だろうから薬を飲んで安静にしてなさいって」
「そっかあ、よかった」
すると若葉ちゃんはちょっと躊躇うようにこんなことを言った。
「あのさ…」
「あ、ウン。どうしたの?」
「凛さん、お兄ちゃんともしかして喧嘩した?」
「エ、なんで?」
「ゴメン。じつはお兄ちゃんさ、もう起きれるくらいになっててさ」
「ウン」
「それで、椅子に座ってボーッとしてたとき声かかけたんだ。「凛さんから電話だよ」って」
「ウン、そしたら?」
「そしたら、お兄ちゃん、会いたくない…って」
「…」
アタシは若葉ちゃんの言葉に電話を耳から離し立ち尽くした。
ああ、きっと、噂がトオル君の耳に入っちゃったんだ。
どうしよう・・・・・・。
アタシ、どうすればいいんだろう…。
「もしもし?凛さん、聞いてる?」
離した電話から若葉ちゃんの声がかすかに聞こえた。
アタシは再び電話を耳につけると
「あの、トオル君に…「軽率なことしてごめんなさい。でも、誤解だから」って言っておいて」
溢れてくる涙を左手で拭いながら、アタシはそう言うのがやっとだった。
電話を切ったあとアタシはその場にしゃがんでしまう。
そして
エッ、エッ、エッ・・・・・・・
小さな嗚咽を漏らして泣き出してしまった。
その場を通りかかったOL風の若い女の人が
「アナタ、どうしたの?どこか痛いの?」
と声をかけてくれるが
「いえ、すみません。何でもないです」
アタシはそう言ってトボトボとその場から歩き出した。
駅からトオル君の家の方角に向かって歩く。
でも、きっとカレはアタシを受け入れてはくれないだろう。
(アタシ、なんで、なんでこんな考えなしなことしちゃったんだろう)
(もし、アタシが逆にそうされたらきっとショックだった)
(トオル君だって、きっとショックだったんだ)
(ごめんなさい、ごめんなさい、トオル君…)
アタシはトボトボ、トボトボと当てもなく歩いていた。
トオル君の家に初めて来てから、駅からカレの家までの風景はアタシにとって大好きなものとなっていった。
それから何度かトオル君の家を訪れる度に、カレはその風景をひとつひとつ説明してくれた。
「ここが俺の通っていた小学校なんだ」
「へぇー。校庭広いんだねー」
「ああ、あそこに太い樫の木があるだろ?俺、小2のとき仲間で一番早くあそこに登れたんだぜ」
「そうなんだぁ。すごいねー」
カレは自分の今まで生きてきた場所をアタシにひとつひとつ教えてくれた。
そして、アタシはそれを聞くたびにまだアタシの知らない頃のカレを見ているようでとても嬉しかった。
(もう、そういう話も聞けなくなっちゃうのかな…)
そんなことを考えながら顔を上げると駅から随分歩いてきてしまっている。
フッと横を見るとそこは小さな公園の前だった。
(ああ、この公園って…)
初めてトオル君の家に遊びに来て、この前を通りかかったときカレは懐かしむように教えてくれた。
小学生のときひょんなことから出会った不思議な男のコ
その子と出会ったのがこの公園だそうだ。
そしてよく見るとこの公園はアタシの家の近くにあるあの赤いブランコの公園にどこか似ている。
通りに面して深い緑に囲まれているが、実際中に入ると思ったよりも小さい。
その小さな敷地の中にはブランコと砂場とジャングルジムがあって…
もう夕方の7時を過ぎてすっかり日も暮れている。
中には誰もいない。
アタシはその公園に入ってみた。
そしてそこにある小さなブランコに腰を下ろした。
キィキィ
軋むような音を立てブランコは小さく揺れる。
(はぁ、これからどうしようか…)
そう思ってたとき
「あれ、凛ちゃんかい?」
ブランコが見える通りからそう男の人の声が聞こえた。
「お、お父さん!」
声の方向を見ると、そこにいたのはトオル君のお父さんだった。
「こんなところで何をしてるんだい?家に来れば?トオルもいるはずだし」
「あの、アタシ…」
「ん?どうしたんだい?」
そう言ってお父さんは優しそうに微笑んだ。
「まあ、飲まないかい?」
そう言ってお父さんは手に提げていたビニールの包から缶コーヒーを2本取り出して、その1本をアタシに渡してくれた。
手に持つとヒヤッと冷たい。
「ボクも、ときどき仕事に煮詰まったりしたとき缶コーヒーを飲みながら一人でボーッとしたりしてるんだ(笑)」
缶コーヒーを一口コクっと飲むと冷たい苦みと甘みがスゥーと喉を伝わって落ちていった。
アタシは事の顛末をお父さんに話した。
「そうかあ。そういうわけだったんだね」
お父さんはそう言ってゆっくりと話し始めた。
「じつはね、初めて」
「エ?」
「トオルが初めて君を連れてくるって言ったとき、ボクは君に会うのがとても楽しみだったんだ」
「そう、だったんですか?」
「ああ。トオルはアレでもけっこう奥手でね。空手なんかやってるもんだから、女の子からそれなりにアプローチはあったみたいなんだ。だけど、アイツはいつも不思議と自分からその娘たちに何かをしようとはしなかった」
「それが、君を連れてくる一週間ほど前だったかな。急に「じつは付き合っている女の子がいるんだ」って言い出してね。まあ、そんなの日頃の様子を見てりゃこっちだってわかってるんだが(笑)」
「やっぱり?」
「ああ(笑) だから、こいつからそんなこと言うなんて珍しいなって思ってね。それで、どんな娘が来るんだろう?って思ったんだよ」
「そしてヤツが初めて君を家に連れてきたとき、正直言うとボクはちょっと意外な気がしたんだ」
「期待はずれ…でした?」
「いや。なんて言うんだろう、それまで想像してたアイツのタイプと違ってた気がしたんでね。ちょっと意外だったんだ」
「あの、どんなタイプが?」
「ウーン、ボクは勝手に、気が強いタイプの娘が好きなんじゃないかって思ってたんだけど。アイツの好きな芸能人の趣味とかね。でも、そういうことじゃなかったんだなあ」
「そういうことじゃないって?」
「アイツは気が強いタイプの娘が好きなんじゃなかったんだ。アイツが求めていたのはまっすぐに前を向いて歩いている、そういう女の子が好きだったみたいなんだあってわかった」
「そして、君に会って話してみて思った。 ああ、この娘はまさにアイツが好きになる娘なんだって」
「人と人が一緒にいればいろいろあるさ。誤解もあるし、理解しがたいところだってできる。まして男と女はね。でも、そのひとつひとつを2人で時間をかけてゆっくり埋めていけば、いつか2人でひとつの人生を重ね合わせられるんじゃないかって、ボクはそう思ってる」
「ハ、ハイ」
お父さんは残りのコーヒーを一気にクイッと飲み干すと、
「ちょっとここで待っていなさい」
そう言って公園の入口の方に歩いて行った。
どこかに電話しているような感じだ。
何を話しているのかはわからないけど、最後に
「死んでもいいから来いって言っておけ!」
お父さんは少し強い口調でそう言って電話を切った。
そして戻ってくると
「これから先のことはボクが勝手にやったことだ。あとは2人で考えなさい」
そう言ってお父さんはアタシから少し離れたところに歩いて行った。
「あ、あの…」
アタシがそう言ったときだった。
「ハァ、ハァ、ハァ!」
小さな公園の入口から大きく息を切らした男の人の声が聞こえてきた。
そして
「り、凛ーーーーーっっ!!」
そう叫んだ方を見るとそこには真っ赤な顔をしたトオル君が今にも倒れそうな姿でよろめきながら立っていた。
「ト、トオル君!!」
アタシはカレに向かって叫ぶ。
「オ、オレ、オレ…愛している」
「エ…」
「オレ、オマエのことを愛している!オマエじゃなきゃ嫌だ!!」
アタシはカレの元に駆け寄った。
「アタシも、アタシも、アナタじゃなきゃ嫌。好き!大好き!愛してる!!」
そう叫んでアタシはカレの胸を抱きしめた。
トオル君の顔がアタシの顔に重なっていく。
そしてカレの火照った唇がアタシの唇と重なった。
そのアタシたちのお父さんが見ている。
それでもアタシは構わなかった。
もうカレと絶対に離れたくなかった。
その姿を見てお父さんは小さく呟く。
「ボクは舞台を用意しただけ。演じるのは君たち2人だからね」
しばらくしてお父さんはアタシたちのところに歩いてきた。
そしてようやく落ち着いたトオル君に今までの経緯を話してくれた。
「そっかあ。そうだったのか」
トオル君は話を聞きながらアタシの手をずっと握ってくれている。
「凛、ごめんな。オレ、人から聞いた話で勝手にオマエのこと誤解しちゃって…」
「ウウン。アタシのほうこそ…。軽率だってミコからも怒られちゃった」
「お互い誤解が溶ければもっと強くなれるさ」
お父さんはそう言ってアタシたちに自分の手を重ね合わせた。
するとそのときだった。
「あれ、凛ちゃん?」
公園の入口の方からまた別の男の人の声がした。
ふっと振り返ると、そこにはなんと会津君と彼のお父さんが2人で並んで立っているではないか。
「あ、会津君!」
アタシは驚いて声をあげてしまった。
するとトオル君のお父さんがすっと立ち上がって
「そうか、アイツが…」
そう言って2人の方に近づいていった。
「エ、あ、あの…」
まさか、喧嘩とか!!
トオル君のお父さんは青葉学院大学の元応援団長、しかも柔道二段だ。
そして、あのとき聞いた話では、会津君のお父さんも同じように元大学の応援団長で空手二段らしい。
そんな二人が喧嘩すればただじゃ済まないことくらいアタシにだってわかった。
「ちょ、ちょっと、あの…」
まさか血の雨が降る!?
アタシはどうしていいか分からずオロオロとしてしまう。
「おい、オマエ!」
「なんや、アンタ!」
トオル君のお父さんと会津君のお父さんは向かい合ってバチバチとガンを飛ばしあっている。
「ど、どうしよぉぉーーーーー!!ねえ!トオル君、止めて!」
「いやあ、そんなこと言っても。うちの親父、大学時代に渋谷のやくざを3人ボコボコにしてやったって言ってるし。ああなったら、もう…」
「そ、そんなあ!!ね、ちょっと2人とも落ち着いてください!どうか、冷静になって!!」
アタシがそう言ったときだった。
「オマエ…、もしかして…アー坊か?」
トオル君のお父さんがそう呟いた。
するとそれを聞いた会津君のお父さんは
「そういうアンタは、まさか…笹村先輩?」
と聞き返す。
そして二人はいきなりガシッと抱き合った。
「アー坊っっ!!」
「笹村先輩っっ!!」
アタシたち3人はその様子をボーゼンと眺めている。
そう
なんと会津君のお父さんはトオル君のお父さんが学生時代の一時期いつも一緒にいたあの「アー坊」その人だったのだ。
そしてここはトオル君の家のリビング
「いやー、まさか、こんなところで笹村先輩に会えるとは!!」
「まったくなあ!アー坊、オマエ大阪に帰ったって聞いてたけど、なんでこんなとこに?」
「じつは、この近くにうちの新しい配送センター作る予定なんですわ。それで今日は息子とその下見に行って来た帰りですわ」
2人はさっきからお酒を酌み交わしすっかり出来上がってしまっている。
アタシはトオル君のお母さんと若葉ちゃんの3人でキッチンに立ち、そんなお父さんたちのおつまみを作っている。
「それにしても、情けないのはこの2人だな」
「まったくですわ!女の子をこないに追い詰めて心配させてからに」
そして2人のお父さんたちはギロっトオル君と会津くんを睨んだ。
「笹村先輩、こうなったら…」
「ああ、そうだな。青葉学院大と聖教大の応援団を結集してこいつらをボコボコに締めてやらきゃいかんかもしれん」
「半殺しくらいはせんといかんですな」
それを聞いた2人は真っ青
「お、おとーちゃん!それだけはカンベンしてーな!」
「そ、そうだよ!親父!これこの通り!」
そう言って2人してアタシの方にペコペコと頭を下げ始めたのだった。
「フフフ」
まるで怒られている小さな子供みたい。
「いいか?男はどんなことがあっても女を守ってやる。それができなきゃ女を好きになるな!」
そう言ってお父さんたちは二人を一喝した。
「ハ、ハイ!わかりましたあーーーー!」
トオル君と会津君は声を揃えてそう叫んだのであった。
後で聞いた話によると、じつはこの噂はこうして発生して広がったらしい。
あれから数日後、会津君のアパートにサークルの男の先輩の一人が遊びに来たらしい。
そのとき、会津君はアタシが作り置きしておいたカレーを夕食に振舞った。
そのカレーを食べたその人は、
「こんな美味いカレーをオマエが作れるわけがない。誰か女の子に作ってもらったんじゃないか?」
と尋ねたそうだ。
そこで会津君はアタシがアパートに来て作ってくれたと話したところ、その先輩は勝手にアタシが会津君と付き合っていると誤解し、そしてある授業で席に座りながら別の先輩にそれを話していた。
そして、それをたまたま傍で聞いていた空手部の人が、さらにその話をオーバーにトオル君に伝えてしまったとか。
「ごめんな。オレ勝手に変な噂を…」
おつまみをテーブルに乗せたアタシにトオル君は深々と頭を下げた。
「ウウン。もういいの。アタシだってちゃんと話をすればこんな誤解にならなかったんだし。ごめんね」
そう言ってアタシとカレはお互い見つめ合う。
すると横に居た会津君が
「あー、なんかアッツイなあ!笹村さんのお母さん、春やのにこの部屋なんか暖房効きすぎとちゃいまっかあ?」
そう言ってニヤニヤと笑った。
真っ赤になったアタシとトオル君
部屋の中には大きな笑い声が響くのであった。




