第33話 行き先のむこうにあるもの(前編)
それから1ヶ月ほどが経った。
トオル君は相変わらず空手部の大会に向けて強化練習の真っ最中で会う機会が中々なくてちょっと寂しい。
そういえば、最近ミコが芦田さんとよく一緒にいるのを見かける。
芦田さんは学部を卒業したあと青葉の大学院に進学した。
ミコが大学に入学後まもなくして2人が付き合い始めたという話をミコから聞いている。
肩を並べて歩き、優しくミコに微笑む芦田さん
そんな2人の姿を見るとときどき羨ましくなったりする。
「凛、どうしたの? ボーッとしちゃって」
銀杏並木の下のベンチに座っていたアタシはポンと肩を叩かれる。
フッと顔を上げるとカントリー娘っぽい変装ルックのみーちゃんがニコッと笑って立っていた。
「あ、みーちゃん。久しぶり」
最近芸能界での仕事がかなり忙しいらしく、TVを見るとほとんど毎日どこかのチャンネルでみーちゃんの姿を見るが、彼女はそれでもしっかり大学の授業に参加している。
サークルにもなるべく工夫して時間を空けできる限りみんなに溶け込もうと努力しているのがわかる。
高等部のときの事件がそうとう堪えたのだろうけど、それでも彼女の努力は大したものだと感心する。
「どうしたの?考え事?」
「ウン、まあ」
「アタシでよかったら話してみない? 答えがでなくても話すだけで楽になることだってあるヨ?」
そう言って微笑むみーちゃんの少し青みがかった澄んだ瞳にアタシは吸い込まれそう。
「あのさ、何か最近ちょっと寂しいなって…。そんなこと考えちゃってさ」
みーちゃんは目を閉じて少し考えると話し始めた。
「そう、だね。好きな人と一緒にいられるのって女のコは安心できるんだよね」
彼女の言葉はアタシの心を丸裸にしたように真ん中を貫いた。
「そう、そうなの!」
「でもさ」
みーちゃんはゆっくりと言葉を続ける。
「いつも一緒にいられるわけじゃないよね?一緒にいられないときは不安になるって、男の人にとっては別の意味で寂しいんじゃないかな」
「別の意味って?」
「女のコにとっては、一緒にいられないことが不安で寂しくなる。 男の人にとっては、女のコがそういう不安を感じてしまうことで自分は信用されてないんじゃないかっていう寂しさ、みたいな」
「…」
「2人でいるときの笹村さんを凛はいつも信用してるんでしょ?」
「ウ、ウン」
「なら一緒にいないときも彼を安心させてあげられれば、彼はきっと喜んでくれるんじゃないかな」
「ねぇ、あのさ、聞いてもいい?」
「ウン。なあに?」
「みーちゃんはさ、誰か好きな人…いるの?」
「アタシ? ウン、いるヨ。すごく好きな人」
「だれ?」
「今は誰にも言ってないの。相手の人にも」
「じゃあ、みーちゃんの片想い?」
「まあ、そうかもね。でも」
「でも?」
「もし、もしいつかアタシの想いが通じる、そういうときが来たら、アンタとミコには一番最初に言うヨ」
次の日
アタシは3限の授業に出たあといつものように図書館で調べ物をするとサークルの溜まり場に寄っていこうと思っていた。
すると向こうの方から会津君が歩いてくる。
よく見ると、彼は見た感じ四十代くらいの男の人と女の人を連れているように見える。
目の前に来たときアタシは
軽く手を挙げて
「こんにちわ」
と挨拶をする。
「やあ、凛ちゃん。授業終わりか?」
「ウン。これからサークルの溜まり場に行ってみようかと思って。会津君はどうするの?」
「ああ、ボクは今日はちょっと行けんわ。連れがおるんでな」
彼がそう言うと一緒にいる女の人がアタシにペコッと会釈をして
「いつも敏がお世話になってます。敏の父と母です」
と言った。
「ア、アタシこそ会津君にいつも仲良くしてもらってます。小谷 凛と申します」
アタシは少しドキドキしながら挨拶をした。
「凛ちゃんはサークルの友達や」
会津君はご両親にそう説明と
「まあ、凛さんっていわはるのね。とても可愛らしい名前やわぁー」
お母さんがそう言ってニコッと微笑んで言った。
会津君は多分お母さん似なのだろう。
お母さんは、どことなく彼に似た表情をしたとても温かそうな人だ。
「あ、じゃあ、アタシはこれで失礼します」
そう言ってアタシはその場から離れようとした。
するとそのとき
「あ、あの凛さん」
お母さんは少し落ち着かない様子で声をかけてきた。
「ハイ。なんでしょう?」
「学校の中におトイレってありますかしら?」
「あ、ハイ。いろいろなところにありますけど、ここから一番近いのは…」
そのときアタシはピンときた。
「あの、よかったらアタシ、ご案内します。じゃあ、会津君。ちょっと行ってくるから。お父さんと学食で待っててくれないかな?」
「エ、あ、ええんか?」
「ウン。ぜんぜん大丈夫だヨ」
そう言うとアタシはお母さんを連れて一番近い校舎の女子トイレへと向かった。
「すみませんなあ。何から何までお世話になってもうて。お父ちゃんと敏が居たから言い出しにくうて(笑) 凛さんがおらはってよかったわぁー」
どうも、お母さんは急に生理がきてしまったようだ。
もう少し後かと思ってナプキンの準備をしてこなかったらしく、アタシがポーチの中に何枚か入れておいたのが幸いだった。
「いえ、お気になさらないでください」
「凛さんは、敏とは同じサークルのご友人だとか?」
「あ、ハイ」
「ええ友達ができてよかったわぁー。これからもぜひあの子と仲良うしてやってくださいね」
そう言って深々と頭を下げられてしまったのだった。
その日の夜
プルルルルーーーーーーー
お風呂を上がり自分の部屋で髪を乾かしていると突然携帯電話の着信音
表示を見ると「会津 敏」と出ている。
彼とは前に携帯番号の交換をしたことはあったけど、かかってきたのはこれが初めてだ。
アタシは充電器から携帯電話を外しボタンを押した。
「はい。小谷です」
「もしもし、凛ちゃんか?」
「ウン。電話かけてくるなんて珍しいね」
「ああ、ウン。夜にすまんな」
いつも図々しい会津君が珍しくどこか遠慮しているような雰囲気だ。
「あ、ウウン、いいけど。どうしたの?」
「あんな、明日…凛ちゃん暇かいな?」
明日は土曜日
トオル君に会う予定もなく他に約束もない。
「別に予定はないけど、どうしたの?」
「じつは凛ちゃんが今日会ったお父ちゃんとお母ちゃんなにんやけど…」
「ウン」
「今日ボクのアパートに泊まっていくんや。明日帰るんやて」
「あ、そうなんだあ。じゃあ、ちゃんと親孝行しないとね!」
「まあ、そうやな(笑) そんでな、お母ちゃんが凛ちゃんに今日のお礼をしたい言うてんねん」
「お礼? そんな大したことしてないけど」
「あ、ウン。そんで、渋谷で食事をご馳走したい言うんや」
「お食事を?アタシに?そんな…」
「まあ、ボクもそんなことしたら凛ちゃんかてよけい気にしてしまうからええんやないか?って言うたんやけどな」
「ウン」
「そやけど、ぜひって」
「そっかぁ…」
「な、凛ちゃん。予定あるって断ってしまってええで。突然こんなこと言い出してホンマ困った親やさかい」
アタシはちょっと考えた。
いつも図々しい会津君が珍しく遠慮しているように話している。
ご両親からしたら、男のコとはいえ自分の子供を初めて手放して東京で一人暮らしさせているわけで
大学でちゃんとやれているか、友達はできたのか、とか気になることだろう。
もし、アタシが断れば不安に思い大阪に帰ることになるかもしれない。
「わかった。ウン、いいヨ」
「エ、ええんか?」
「ウン。アタシもお母さんとお話してみたいし、「お誘いありがとうございます」ってお礼言っておいてくれる?」
「ああ、ウン、わかった!でも無理してへんか?」
「無理なんかしてないって(笑)」
そういうわけで、アタシは明日の土曜日
ひょんなことから会津君と彼のご両親に食事をご馳走してもらうことになったのである。
次の日の朝
駅に行く途中ケーキ屋さんに寄って荷物にならない大きさのレモンパウンドケーキを買った。
ここは地元で有名な美味しいお店で、甘すぎず爽やかな酸味が評判のケーキだ。
約束の時間は11時
アタシは渋谷駅で降りると、10分ほど前に待ち合わせのハチ公前に着いた。
「あ、おはようございます」
一足先に行って待っていようと思ったのだけど、彼らは既にその場所にいて待っていてくれている。
「おや、凛さん。おはようさん」
お母さんはそう言って優しそうに微笑む。
「今日はここまでお呼びしてしまって申し訳ないですなあ」
お父さんもそう言って丁寧に頭を下げ、かえってアタシの方が恐縮してしまう。
会津君のご両親に案内されたのはかなり高そうなフレンチレストラン。
薄いブルーのワンピースに白いニットのボレロ風のカーディガンを羽織るという格好で来たアタシ
(ああ、こんなとこに来るって分かってればもうちょっとフォーマルな服を着てくればよかった)
「凛さんはフランス料理はあまり好きでないかな?食が進んでないようだけど」
お父さんがちょっと心配そうにアタシの顔を覗き込む。
「あ、いえ。そんなことないです。フランス料理大好きです!」
少しオーバーなポーズでアタシが言うと
「そうでっか。それならよかった」
お父さんはニコッと笑った。
そして
一通りのコースが終わり食後のコーヒーを飲んでいるとき
「ところで」
お父さんはコーヒーカップを口から離しアタシに尋ねる。
「あ、ハイ」
「凛さんのおうちはお父さんがスーパーを経営してはるとか聞きましたが」
「ハイ。そんな大きなチェーンではないですけど」
「何という名前のスーパーかお聞きしてもええやろか?」
「ウエルマートっていう名前のスーパーです」
するとお父さんはちょっと驚いたように言った。
「おお、やはり!ではやはり小谷さんの娘さんでしたか?」
「え、ええ。父をご存知なんですか?」
「はいな。2度ほどお会いしたことがありますわ。東京と大阪の企業経営者の集いでな。あまり長くはお話できまへんでしたけど、しっかりした経営方針を持った方だと感心しましたわ」
「いや、これはまた奇遇でんなあ。あの小谷さんの娘さんとは」
すると今度は横に居たお母さんが話し始める。
「じつは昨晩は敏のアパートに泊まったんですけどな」
「あ、そうらしいですね。会津君から電話で伺いました」
「夕飯をどこか食べに行こうかと言うと、この子がカレーをご馳走してやる言うんですわ。それで冷蔵庫から取り出して温めてくれたんですけど」
「ええ(あ、多分、アタシが作ったのだ)
「一口食べてびっくり!とっても美味しかったんです。それで、「こんな美味しいの自分で作れたんか?」って聞いたら、この子が「凛ちゃんに作ってもろた」って言うんでまたびっくりしましたんや」
「え、ええ…」
「お母ちゃんっ!そないなことこんなとこで言わんでもええやんかっ!」
会津君は小声でお母さんにそう囁くが
「ええやんか。それに今お母ちゃんは凛さんと話してるんや。アンタはちょっと黙ったりいな」
お母さんはそう言って会津君を睨みつけた。
「聞いたら、なんか隠し味にインスタントコーヒーを使ったって。へぇー、大したもんやわぁって思いましてな。しかも材料費がたった500円だって聞いて、よくそないなお金であんな美味しいカレーを作りはったってな」
「そ、そんな。母が家で作ったりするのをちょっと覚えていただけで。そんな大したもんじゃないです」
「いや、女のコっていうんは、母親を見て育つ言いますからな。凛さんを見てるとお母さんがきちんと育ててはるのがよくわかります」
アタシはどう返事をしたらいいのかわからなかった。
すると、アタシとお母さんの話を聞いていたお父さんがすぅっと一口コーヒーを口に含んで話し始めた。
「それでじつはお願いというか、お話があるんですわ」
「え、何でしょう?」
「昨日、今日とお会いして私ら凛さんのことすっかり気に入ってしまいましたんや」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それで、どうでっしゃろ?息子と将来を前提にお付き合いしていただけませんやろか?」
「え、ええっ!?」
「お、おとーちゃんっ!!なんてこと言い出すんやぁっ!!」
「敏はちょっと黙ったりや!」
「あんなあ!凛ちゃんにはーーー!!」
「黙りっ!!」
「むぐむぐむぐーーー!!」
「昨晩カレーを食べながら敏は凛さんのことをとっても楽しそうに話してくれましてなあ。この子、あんさんに惚れているようやけど、実際今日も会ってお話してうちらまであんさんのこと惚れてしまいましたわ」
「どないやろ?学生結婚いうんは難しいやろから、もし、凛さんがよければ、私の方から凛さんのお父さんに話をしてとりあえず大学卒業までは婚約いうことにさせてもろて」
は?、え?、なに?
アタシは頭が混乱していた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「凛さんには弟さんがおりはるとか。ウエルマートさんの方はその弟さんが継がれるでしょうから。わしも一応はそれなりの会社を経営しておるんですが、将来は敏に継がせるつもりですから、凛さんに不自由はさせないつもりです」
「あ、いえ、あの、そういうことではなく…」
「まあ、大学入ったばかりで可愛ええ娘をいきなり嫁にっていうのもお父さんが寂しがりますからな。それは追々の話として、とりあえずご両親に会って話だけでも」
「あのっ!ちょっ、ちょっと待ってください!」
「はあ、なんでっしゃろ?」
やっと途切れた2人の話しにアタシはフゥっと一息つきそしてこう続けた。
「あの、すみません。アタシ、話してませんでしたけど、お付き合いしている人がいるんです」
「お付き合い?それは敏とは別の方でっか?」
「ええ。アタシの高校時代の1つ先輩です。高3の初めにお付き合いを始めて、もう1年ちょっとお付き合いをしています」
するとお父さんはこう言った。
「そ、そうやったんですかあ…。あ、いや、それでもその人と必ず将来結婚するって決まったわけでもおまへんやろ?敏とその人の両方付き合って敏がええと思えばーーーー」
しかし、アタシはその言葉にお父さんの目をまっすぐ見てはっきり答えた。
「アタシ、そんなことできません!そんなことをしたらその人だけじゃなく会津君にまで失礼です」
「いや、それは…」
そのとき
「お父ちゃん、もうやめっ!」
それまでえで話を聞いていたお母さんがキッとした目でお父さんを制した。
「これ以上凛さんを困らせたらあかん!」
「そやかて、オマエ」
「凛さんの言わはる通りや。お父ちゃん。2人の男と同時に付き合えなんて、これは女に対する侮辱やで。私も凛さんが敏の嫁はんになってくれたら思うけど、でも、それは凛さんが望んでくれたらの話しや」
「・・・・・・・・・・」
「ごめんなあ。おばさん、凛さんに好きな人がいらはるの知らなくってな。アンタがとってもええ娘やったから、敏とそうなってくれたら・・・って願望でつい無理言ってしもたんや」
「あ、いえ、あの、すみません。アタシもキツいこと言っちゃったみたいで…」
「ウウン、アンタは女として当たり前のことを言っただけや。うちらこそ、堪忍やで」
「ええ、この話はもうやめにしまひょ。お父ちゃんもええな!?」
「あ、…ハイ」
レストランを出たアタシはその後新幹線の出る東京駅まで2人を送っていく。
「まあまあ、凛さん。こんなところまでホンマにありがとうな」
「いえ。でもアタシもお母さんやお父さんとお話できて楽しかったです」
「アタシもや。フフ、なあ、凛さん」
「ハイ」
「変な言い方やけど気分悪うせんといてな。アタシ、最初に大学でアンタに会ったときの第一印象な、ふわふわした感じでとっても可愛らしい娘やなあって思ったんや」
「…」
「でも、アンタと話しているうちに、この娘は男が本気で好きになる娘やって思ったわ」
「本気で…好きになる?」
「そうや。アンタはしっかり前を向いて生きている。名前の通り、まさに凛として生きている娘やって思ったんや」
「そんな…」
「だからアンタを好きになる男はきっと本気でアンタに惚れるんや。さっき話してた彼氏さんもな」
そう言ってお母さんは小さくウインクしたのだった。
新大阪行き、まもなく発車です
アナウンスが流れる。
「じゃ、お母ちゃんたち、行くさかいに。敏もしっかり頑張って勉強するんやで」
「ああ、わかっとるがな」
「凛さん、それじゃ色々ありがとね」
「こちらこそ、アタシ、お母さんとお会いできてよかったです」
「またこっち来たとき暇があったら話してちょうだいね」
「ハイ、ぜひ!」
プシュゥゥーーーーーー
ドアが閉まり、
そしてアタシと会津君はその電車が去っていくまで手を振り続けた。
「ああ、いっちゃったねぇ…」
アタシは呟くようにそう言った。
「なんか、色々すまんかったな」
「ぜんぜん気にしてないヨっ!だって、ホントに楽しかったもん(笑)」
「ボクな…」
「ウン」
「こう言ったらあれやけど、高校のころ、わりと女のコにモテてたんや」
「自慢?」
「そうやないって!」
「アハハ、それで?」
「国体後一歩やったり、勉強もわりとできる方やったし。それで、女のコから告白とかされて何度も付き合ったり」
「まあ、そういう感じではありそうだね」
「そやから、ほら、サークルの新歓パーティのとき、会場の前で凛ちゃんに初めて声かけたやろ?」
「ウン」
「そのとき、可愛ええ娘やな。この娘って、そうやってボクが声かけたらどないな反応するんやろって、そう思ったんや」
「それで、どうだった?」
「内緒や」
「内緒ってキミねーー!」
「(笑)」
「さ、帰ろか」
「ウン!」




