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第31話 出現!なんて図々しい男

大学生活が始まってそろそろ3週間が経とうとしている。


授業はガイダンスが終わり本番に入ってきた。

そしてサークルでも次第にメンバーの顔を覚えてきて新しい仲間ができていった。


「ね、凛。今日は来るでしょ?」

授業が終わったあと、サークルの溜まり場になっている学食の片隅で2年生の愛理さんがアタシに尋ねた。


そう、今日はこのサークルの新入生歓迎のコンパが行われる予定。

いつも溜り場にいるメンバーとはすでに打ち解けて仲良くなっていたが、サークルにはその他にもたくさんのメンバーがいて、知らない人も多い。

練習の時に先輩から教わっていて

「あれ、今の人って誰だろう?」

っていう人も少なくないのだ。

それに4年生は就職活動、いわゆる就活でほとんど大学に来ない。

そんなメンバーがこの日は一堂に集まるのだそうだ。


「あ、ハイ。そのつもりです。でも、何人くらいくるんですか?」

「ウーン、そうだねぇ…、全員で70人くらいかなあ」

「そんなにたくさん!?」


「アハハ、まあ4年生は就活もあるから全員ってわけじゃないと思うけど。でもだいたい来ると思うよ」

「新入生は男子のほうが多いんですね」

「まあ、毎年そうだね。うちの大学はとくにテニスサークルは多いから、女子の勧誘は引っ張り合いなのヨ。でも男のコもけっこう面白そうな人が入ってるみたい」


「面白そうな?どんな人だろ?」

「フフフ、それは凛が現物を見たらわかるんじゃない?」


そんなわけで、今晩はサークルのほぼ全員が集まって渋谷で新歓コンパが行われるわけだ。


渋谷の街は青葉大の正門を出て歩いて10分ほどの距離にある。

スペイン坂を登ったところにある、会場となっているカフェレストラン「cecil」の前にはすでにけっこうな数の人たちが集まっている。


「あ、凛、ミコ。よかったー」

お店に着くと可愛らしいボブカットの女のコが声を声をかけてくる。


彼女は宮下亜似ちゃん。

アタシたちと同じサークルの新メンバーで総合文化政策学部の1年生だ。


総合文化政策学部といえばみーちゃんと同じ。

彼女は今日のコンパを以前から楽しみにしていていると言っていた。


しかし、一昨日の晩アタシの家にみーちゃんから電話があり、その声は今にも泣きそうなものだった。


「あーん、凛~~~!アタシ、ずっと楽しみにしてたんだよぉー!」

彼女は電話の向こうでそう叫んで次第にクスンクスンと小さく鳴き声を漏らし始めた。


「ど、どうしたの?みーちゃん」

「明後日の新歓コンパよぉー!アタシ、ずっと楽しみにしててさ、絶対その日は予定を入れないでってお願いしてたのに」


「お仕事が入っちゃったの?」

「そうなのっ!それ聞いたときアタシ「なんでぇー!?」って叫んじゃってさ…」


よく話を聞くと、彼女はその日急なオーディションが入ったのだという。

高3のときデビューして以来TVドラマの準主役やいくつかのCMに主演しかなりの知名度をあげていたが、大学に入って自由な時間も増えたことから事務所は今年の秋から放映される新しいTVドラマでみーちゃんにいよいよ主役を狙わせたいらしい。


「すごいじゃない!」

「まあ、受かればの話だけどねー」

「大丈夫!みーちゃんなら、絶対だヨ。アタシが保証する」


「アハハ、相手の審査員が凛だったらいいのにね」

「アタシ、審査員よりみーちゃんの主役で監督やりたいなあー」

「ウン、凛はアタシの人生のドラマを彩ってくれた監督だもんね」


「そっかあ。佐倉さん、来れないんだあ」

そう言って亜似ちゃんは少し残念そうな顔をした。


みーちゃんはときどきサークルの溜まり場にも顔を出してメンバーのみんなと仲良くなっているが、語学のクラスも違うので亜似ちゃんとはまだ会ったことがないそうだ。


女優佐倉美由紀がこのサークルに入部したということはすでにかなり有名になってはいたが、今日は友達になれたらと期待していたらしい。


「じゃあ、今度みーちゃんのオフのときアタシの家に遊びにおいでよ。みーちゃん呼んでおくから」

「わぁ、ホント? やったー!」


そのときだった。


「オマエ、凛いうんか?」

そう声をかけてきたのは髪の毛を赤茶色く染めてっぺんを逆立てダークスーツを着た、まるでホストのような雰囲気の派手な男だった。


「はぁ?」

突然ぶっきらぼうに言われてアタシもミコも、そして亜似ちゃんも不愉快な顔でその男を見る。


「誰?凛の知ってる人?」

ミコは小さな声でそう囁く。


「ウウン、ぜんぜん!」

「だったら何でいきなり人の名前呼び捨てで呼ぶのよね!失礼だよね!」


ここらへんは渋谷の街の中でも特に飲食系のお店が多い。

もしかしたら、どっかのホストクラブの人がたまたま聞きつけた名前で呼んで引っかけようとしているのかもしれない。

アタシたちはそう思ってその男を警戒の目で見た。


「なあ、オマエ凛いうんやろ?」

その男は関西弁らしき言葉で再びそう尋ねてくる。


「そうだけど…アナタ、どなたですか?」

アタシは訝しげにその男に聞き返す。


すると

「オマエ、シュガーの同じ新入りやろ? ボクは会津 敏いうんや」

その男は悪びれる素振りもなく答えてニヤッと笑った。


同じ新入生!?

いきなりなんて失礼なヤツだろう!!


「じゃあ、会津くん。あのさ、2つ聞きたいことがあるんだけど!?」

「はあ。なんや?」

「ひとつは間違ったら謝るけど、アタシとアナタって初対面だよね?」


「もうひとつは?」

「もしそうだとしたら、なんでいきなり初対面のアナタに下の名前を呼び捨てにされなきゃいけないのかな?」


すると、その男は少し考えてこう答えてきた。

「まず最初の答えは、もちろん初めてや」

「2つめは?」

「そら、簡単や。凛っていう下の名前しか聞こえなかったからや」


「だったら、オマエとか言わないほうがいいし、相手は女のコなんだから、「キミは凛ちゃんっていうの?」とか聞くのが礼儀なんじゃないかな?」

横に居たミコがキッと見据えるように言うと

「めんどくさいのぉー」

その彼ははつまらなそうに少し拗ねたような表情をした。


その態度に

「めんどくさくても、最初はちゃんとしたほうが印象いいヨ」

いつもおっとりした感じの亜似ちゃんも怒ったように言う。


「わーった!わかったがな(笑) ほなら、ボクからも質問してええか?」

「どうぞ」

「ほなら、凛ちゃんの名前ちゃんと教えてくれんか?」


「ウン。小谷 凛です。 どーぞよろしく」

「小谷…凛か、ええ名前やね」


「お褒めいただき嬉しいですわ(笑)」

アタシは彼の意外な応えに少しお道化たように答えた。


「学部はどこや?」

「国際コミュニケーション学科だヨ。会津くんは?」

「ボクは経営学部のマーケティング学科や。えっと、次の質問」


「まだあるの?(笑)」

「ええやんか。そしたらバスト・ウエスト・ヒップ、それと体重も教えてんか?」

「はぁー?それを知ってどうするの?」


「いや、参考にな」

「すべてシークレットです!」


そんな会話をしていると

「青葉学院大シュガーの人たちは会場に入ってくださーい!」

とすでに顔見知りであった2年生の男の先輩から掛け声がかかる。

アタシたちはこの会津君なる図々しい男と離れていそいそと中に入っていった。



「わぁ、大学のサークルってこんなに大勢の人がいるんだねー!」

亜似ちゃんが驚いたように声をあげる。


かなり広い感じの会場の中にはすでにたくさんの人たちが入っていて、真ん中にはちょっとしたステージが設けられている。

会場を隅を囲むように白いクロスのかかった長テーブルが置かれ、その上には色とりどりの料理が並んでいた。


そしてザワザワとした声の中で会場に流れていたBGMが静かにフェイドアウトするとマイクを持った男の人が真ん中のステージにあがってきた。

さあ、いよいよ新歓コンパの始まりである。



「皆さん、こんばんわー!」

司会者が周りを囲む人たちに声をかけると

「こんばんわー!」

と会場にいるメンバーが一斉に声を返す。


「そろそろ時間となり皆さんも揃ったようですので、今年度の青葉学院大学硬式テニス愛好会シュガーの新歓パーティを始めたいと思います。それでは野本キャプテンの挨拶から」


そう言うとステージにあがったキャプテンの野本さんにマイクが渡された。


「シュガー第38代キャプテンの野本です。えー、今年の新入部員は全員で19人が入ってくれました。内訳は男子が12人で女子は7人です。それでは順番にステージにあがってもらいましょう」


司会の人に促されアタシたち新入部員は男子と女子に分かれてそれぞれステージの左右に並ぶ。

フッと横の男子を見ると列の中にはあの会津くんもいる。

1年生はみんなラフな格好で来ているので、彼のホストっぽい身なりはかなり目立っている。


女子は、アタシとミコ、亜似ちゃんの他は最近サークルの溜まり場に顔を出し始め、アタシも何度か話をした小原さん、あとの2人は今日初めて会う。

そしてこの6人に今日欠席のみーちゃんを加え7人というわけだ。

そうなると、今日みーちゃんが来れなかったのは本当に残念だ。


そのとき

会場の入口のほうからザワっとした声が聞こえた。

「エッ!嘘!?」

「なんでこんなところに!?」

「わっ!まじかわいいー!」

「禁断の世界でもいいっ!アタシのお嫁さんになってほしー!www」

そんな声がしてその一角に大勢の人が集まった。

その人ごみをかき分けての中から出てきたのは、なんとみーちゃんだったのだ。


「遅れちゃってすいませーん!あとひとりここにいまーす!」

彼女はそう叫ぶとステージの方に向かって小走りに歩き出た。


「みーちゃん!」

「みー!」


「あ、凛、ミコ。遅くなっちゃってゴメンねー」

そう言って彼女はペロッと舌を出してアタシの隣に並ぶ。


「みーちゃん、今日来れなかったんじゃないの?」

「ヘヘ、オーディションが早めに終わったから、マネージャーに無理言ってここまで送ってもらったの」

「そうなんだあ。よかったねー。でもびっくりしちゃった」


キャプテンの野本さんは会場のざわついた雰囲気が落ち着くと言葉を続けた。

「えー、今びっくりした人が多かったと思いますが、新入部員として佐倉 美由紀さんが入部しました。ご存知のように彼女は有名な芸能人です。でも、このサークルの中ではそんなのはぜんぜん関係なく、彼女も一人の部員であって、それ以上でも以下でもありません。だからみんなもそのつもりで一切の特別扱いや色眼鏡はしないようお願いします。それじゃ、一人ずつ挨拶してもらおうかな」


並んでいる13人の男子新入部員から順番に挨拶していく。

そして何人目かに挨拶したのはあの会津君

「会津 敏いいます。出身は大阪八尾市で高校までテニスやってました。大学では友達百人作れるかなって期待してます。どーぞよろしゅう」

そう言ってペコッと頭を下げた。


あれっ!

「友達百人作れるかな」って、たしかワタルが転校してきたときもそんなこと言ってたよね。

(そういえば会津君ってワタルと同じ大阪弁だし、どっか雰囲気が似てる気がするな)


アタシは、フッとそんなことを思い出して、ちょっと切ない気持ちになってしまった。


「それじゃあ、次は女子。向かって左端の佐倉さんからね」


「ハイ!」

みーちゃんは先生に指名された生徒のように元気よく手を挙げて一歩前に出る。


「エー、総合文化政策学部1年、佐倉 美由紀といいます。出身校は青葉学院高等部で、隣にいる2人はアタシの高校時代からの大親友!2人からはみーちゃんとかみーって呼ばれてますが、サークルの中ではみーこって呼んでくれる先輩もいます。どーぞお好きなようにあだ名をつけてやってください(笑)」

そう言ってペコンと頭を下げた。

パチパチという拍手が起きみーちゃんは少し顔を赤くして照れていた。


挨拶が終わり歓談になると、みーちゃんはさっそく料理にパクつく。

バイキング形式でテーブルの上に並ぶ料理を手当たり次第に集めて来てお皿の上はまさにてんこ盛り。

それを彼女は美味しそうにぱくついている。


時折色々な人がみーちゃんに話しかけたり、またみーちゃんも自分から積極的に話しかけたり、誰もみーちゃんに「サインして」なんていう人はいない。

さっきの野本キャプテンの言葉もあり、みんな芸能人佐倉 美由紀ではなく一人の女のコとして彼女と話してくれている。

そしてみーちゃんもそういう新しい友達との出会いをとても楽しんでいる様子だった。


「でもオーディションが早く終わってよかったねー」

アタシがみーちゃんにそう言うと彼女はちょっと恥ずかしそうな顔でこう答えた。

「ホントはね、ちょっと遅刻になるけど途中からならなんとか来れそうだったの」


「そうなの?だったら最初から遅刻して来るって言ってくれればよかったのに」

「んー、でもさ、アタシが途中から来てパーティの雰囲気壊しちゃったら悪いかなって思ってね。それでね(笑)」


「そんなあ。そんなこと気にしなくていいのに」

「それ、野本さんにも言われた」


「エ、野本さんに?」

「ウン。最初の新歓パーティから来ないのって悪いじゃない?だから、一応野本さんにお詫びの電話したの。そしたらね、「遅れてもいいから、気にしないで来い」って。それで「せっかくの大学生活なんだから、みんなと仲良くなっていっぱい楽しめ。自分がちゃんとフォローするから」って言ってくれたの」


「へぇー、野本さんって優しいんだねぇ」

「ホントに優しいよね。何か頼れるお兄さんみたいでさ(笑) アタシ、このサークルに入れてよかったって思ってる。凛やミコに誘ってもらって嬉しかったんだあ」


そう言って彼女は

「エヘヘ」と照れたように微笑んだ。


そのとき

「佐倉さん」

そう言って声をかけたのは、あの会津君だった。


「あ、ハイ」

みーちゃんはクルット振り返り、話しかけてきた会津くんの方を振り向く。


「ボク、同じ1年の会津 敏いいますねん。どーぞ、よろしゅう」

そう言って彼はスっと手を差し出し

みーちゃんは

「こちらこそ。仲良くなろうね」

とその手を素直に握った。


「あれっ!随分アタシのときと違うじゃなーい?」

そう言ってアタシは意地悪そうな目で会津君を睨みつける。


すると彼は

「いやー、そんなことあらへんで。ボクは女のコには誰でも優しからな。もちろん凛ちゃんにもな」

飄々とした顔でそう言ってニヤッと笑った。


これがアタシとのちに会津君とを結びつける最初の出会いだった。


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