第26話 みーちゃん、危うし!
9月
いよいよ新学期が始まった。
みーちゃんは、新学期とともにいよいよデビューの準備に入る。
スターダストに提示されたいろいろな分野のうち彼女は女優という分野を選んだ。
ただし初めは知名度を上げるために何でもする。
映画のお仕事というものはそうそういきなり来るものではないらしい。
新人は機会を作って名前を売って、そしてオーディションにチャレンジする。
毎年たくさんの人がデビューする中で、こうしたチャンスをつかめるのは才能だけでなく運や人間関係に恵まれているごくわずかな人たちだけらしい。
3年生になってアタシたちの担任は再び1年の時の担任だった佐藤優実先生になっていた。
じつは優実先生はみーちゃんから届け出があったときあまりいい顔はしなかったらしい。
優実先生はみーちゃんのことが心配だったのだ。
そしてその予感は的中した。
この学期はアタシたち内部進学者にとってとても大切な時期だ。
青葉学院高等部では卒業後ほとんどの生徒が青葉学院大学に進学する。
しかしこの内部進学は必ずしも無条件で受けられるものではない。
まず自分の進学したい学部と学科を決めるのだけど、自分の成績が基準に足りていなければ他の学部を考えなければならない場合もある。
また出席日数や定期テストの成績も内部進学の条件になっている。
だから出席日数が足りなかったり定期テストで赤点があれば推薦どころか留年だってありえるわけだ。
みーちゃんは、初めは土日などの休日を利用し学校には今まで通り通ってきていたが、1週間もすると急に学校に来る回数が減ってきた。
それでも最初は週のうち2日程度の休みだったのが、翌週にはそれが週のうち半分以上はお休み、そしてさらに翌週にはほとんど来なくなってしまう。
とうとう定期テストまで欠席してしまったのだ。
そして9月も終わりの方に差し掛かったある日の放課後
アタシとミコが廊下を歩いていて優実先生とすれ違ったときのことだった。
「小谷さんと藤本さん。ちょっといいかしら?」
優実先生はアタシたちに声をかけた。
そしてアタシとミコは職員室の奥にある応接室に通される。
「実は佐倉さんのことなんだけど…」
「みーちゃんの?」
「ええ。芸能プロダクションからスカウトされてそういうお仕事をするっていう届け出は彼女からもらったわ。ただ、いくら掛け持ちとはいえ急にこれだけお休みが続くとねぇ…。いくらお仕事とはいえやっぱり彼女にとって学生が本業なわけだしね」
そして優実先生はため息をついて言った。
「このままじゃ、推薦だって危ないかも、ううん、このまま学校に来ないようなら最悪留年だって考えられるのよ」
「エエッ!留年!?」
「そう、留年よ。アナタたちだって何も努力せず大学行けるとは思ってないでしょ?」
「そりゃ、まあ…はい」
「それでね、アナタたちにお願いがあるの。佐倉さんにそのことをよく話してキチンと学校に来るように言ってあげてほしいのよ。実はアタシも何回か彼女の家に電話をしたんだけど、いつもいないのよ。お母さんの話だと毎日相当遅い時間に帰って来るらしくって、お母さんもちゃんと会話できる機会がないらしくって、かなり心配していらっしゃるみたいなの」
「そう、なんですか!?」
「ええ、それで1年生のときからずっと仲が良かったアナタたちならそういう機会もあるんじゃないかって思ってね」
「そうですね。わかりました。とにかくみーと話します」
アタシたちはとにかくみーちゃんの家に電話してみた。
案の定、彼女は家にはいない。
彼女の携帯電話にも電話してみたけどずっと通じない状態になっている。
そういうのが3日ほど続いた。
そして4日目
終業のホームルームが終わると優実先生はアタシとミコに声をかけた。
「2人ともちょっといいかしら?」
ここは放課後の会議室
「じつはね、佐倉さんのことなんだけど…」
「みーちゃんに何かあったんですか?」
「え、ええ・・・。実はね、昨日彼女から転校願いが出されたのよ」
「エエエーーーッッ!!転校願い!?ど、どうして??」
「理由は、『家庭の都合』としか言わないわ。もちろんそんなのをまともに信じるわけにはいかないからすぐにご両親に電話したの。」
「そしたら?」
「お母さんはもう泣き声でね、「もうあの娘の好きなようにさせてあげてください」って」
「そ、そんなあ!!」
「そうよね。そんなわけにいかないわ。アナタたちもあの娘のみんなアタシの可愛い教え子ですもの。せっかくこの学校に入ってきて3年生の最後になって退学じゃこっちが納得できないわよっっ!!」
それまで冷静だった優実先生はいきなり語気を荒げてそう言った。
それは初めて見る優実先生の本当に怒った姿だった。
「彼女の転校願いの理由だけど、それが芸能活動の影響によるものであることは間違いないわ。 ね、小谷さん。そこのところ、あの娘はその芸能事務所とどういう話になっているか知ってる?」
「みーちゃんは、ご両親との約束で高校生のうちは学校に支障がない範囲で芸能活動をする約束をして事務所も納得してるって聞いていますけど」
「そう。それはそうよね。彼女はまだ高校生なんだから、大人として当然のことよ。 なら、彼女を芸能界に誘った相手が契約を守らなかった、騙しているってことになるわね」
「で、でも、あの前田さんがそんな…」
アタシもミコも前田さんの人柄をよく知っている。
あの前田さんがそんな、みーちゃんを騙して働かせているなんてとても信じられない。
「その芸能事務所の名前は何て言ったっけ?」
優実先生はミコに尋ねた。
「スターダストプロモーションっていいますけど」
「スターダストプロ、かなり有名な事務所よね」
そして優実先生は少し考え込んでこう言った。
「ね、2人とも。今日、これからそのスターダストプロにアタシを連れて行ってもらえないかしら?」
「エエッ!優実先生を?」
「そうよ。大人として、そして教師として自分の教え子をこのまま「はい、そうですか」って手渡すなんて絶対にできない!もしまだ望みが残っているなら、最後まで何とか考えてあげたいじゃない。」
そう言う優実先生の顔はいつもの冗談の多い先生のものではなかった。
そしてアタシとミコ、そして優実先生は学校から程近いスターダストプロの事務所へと向かうことになったのである。
事務所の入っているビルの近くまで行くと優実先生は足を止めてそのビルを見上げる。
「はあ、なんか立派なビルねぇ!」
「でしょ?中で人がいっぱい仕事してるんですヨ」
「まあしっかりした会社であることはわかったけど。でも、だからって高校生を学校無視で芸能活動させていいってことにはならないわよ!さあ、行くわヨッ!」
そう言って優実先生はズンズンと進みだした。
そしてビルの真下まで来たとき、フッと入口のところを見ると、大きくて立派な黒の車から男の人が出てくるのが見えた。
その人をよく見ると
「あ、前田さん!」
思わずそう声を出したアタシにその男の人はくるっと振り返る。
「おお、これは小谷さんではないですか。藤本さんもご一緒でしたか」
そう言ってあの時と同じ優しそうな笑顔で微笑んだ。
そのとき
「あの、失礼します。スターダストプロモーションの方でいらっしゃいますか?」
そう言って優実先生が前田さんに声をかけた。
「はじめまして。私、青葉学院高等部でこの娘たちの担任をしております佐藤優実と申します」
そう言われた前田さんは少し驚いたような顔で、姿勢を整えて優実先生に丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「これは彼女たちの先生でいらっしゃいましたか。はじめてお目にかかります。私、スターダストプロの前田と申します」
「これで、挨拶は終わりましたわね…」
そう言って前田さんの前に立った優実先生の方は怒りで小さく震えているのはわかった。
「アナタ、大人としてこんな真似をして許されると思ってるんですか!?」
「こんな真似…と申しますと?」
前田さんは少し不思議そうな顔でそう尋ねる。
「佐倉さんのことですヨッ!」
「佐倉さんの、と申されますと? 申し訳ありませんが、私は彼女にはしばらく会っておりません。彼女に何か不都合でもあったのでしょうか?」
「な、なんて無責任なっ!!自分で誘っておいてっ!!」
「あの、とにかく中にお入りになりませんか?私も彼女のことは気にかけております。何かあったのでしたらぜひともお話をお伺いしたいのです」
前田さんの言葉にミコは優実先生にこう言った。
「ねえ、先生。とにかく前田さんに話してみようよ」
優実先生は少し考えると興奮を抑え
「そ、そうね。わかったわ。どこへでも連れて行ってください!」
そう言って前田さんに怒鳴った。
「は、はあ…」
前田さんはこのとき狐につままれたようにわけのわからないような顔をして答えた。
そして事務所の中の応接室
前田さんはアタシたちの話を黙って聞いていた。
一通り聞き終わった後、室内にある内線電話の受話器を取りあげて誰かを呼び出す。
すぐにコンコンとノックの音が聞こえ、カチッとしたスーツ姿の女の人が部屋の中に入ってきた。
「前田常務。お呼びでしょうか?」
「じょ、常務って!エッ、前田さんってそんな偉い人だったんですかっ!?」
アタシはびっくりして声をあげた。
前田さんはアタシの驚いた声に小さくニコッとして、そしてその女の人にこう告げた。
「すみませんが、マネジメント五課の水谷君を呼んでもらえますか。至急です」
するとその女の人は
「承知いたしました」
そう言ってアタシたちに一礼し部屋を出ていった。
前田さんはコーヒーを一口啜るとアタシたちの方を向き、そしてゆっくりとした口調で話し始める。
「まず、私は先生と小谷さん、藤本さんに心からお詫びをしなくてはいけません。ご心配をおかけしてしまって本当に申し訳ございません」
そう言って前田さんはアタシたちに深々と頭を下げた。
アタシとミコは突然の前田さんの姿にびっくりした。
優実先生はともかく、こんな大きな会社の、しかも常務さんの立場にある人が自分の娘のような年齢のアタシたち女子高生に深く頭を下げている。
「あ、あの…どういうことでしょうか?」
優実先生も驚いた顔で前田さんに尋ねた。
「お話をお伺いして正直驚いております。実は今回のことは私も承知しておりませんでした。しかし、だからといって私に責任がないということでは済まされません。先ほど、先生は大人としての責任を仰いましたが、まさにその通りです。深く反省をしております」
そして前田さんはさらに深く頭を下げた。
するとそのとき
コンコン
とドアをノックする音がする。
「入ってください」
前田さんがそう言うと、カチャッと小さな音がしてドアが開き、そして40代くらいの男の人が一人部屋の中に入ってきた。
「前田常務、お呼びでしょうか?」
前田さんはその人にソファに座ることを許さず、立たせたままでこう尋ねた。
「水谷君、私は君に佐倉さんのマネジメントをお願いしましたね?」
その声は静かだったけど、隠せない怒りを含んでいるように感じられた。
「は、はい。たしかに承りましたが、それが…何か?」
「私は君にこう言いませんでしたか?佐倉さんは現在付属校に通っていて、3年生という大切な時期だから、学業の方を十分に考慮して支障がない範囲で仕事を入れるように、と」
するとその男の人は急に落ち着かない様子になった。
「は、はい。 ですので、そのように…はい」
「では聞きます。君は佐倉さんが芸能活動を始めてからほとんど学校に行っていないこと、そしてとうとう学校に転校願いが出されたことを承知していますか?」
そう尋ねる前田さんの目は怒りに震えている。
「え、あ、いえ、あの…」
「承知していないというのですか?」
「いえ、承知しております」
「承知しているならなぜそんなことを了承したのですか?」
「じょ、常務!聞いてください!」
「聞きましょう。話してください」
「常務、彼女はたしかにまだ高校生ですが、逆にいえばもう高校3年生です。女子高生として売れる時期はあと残り少ないのです。ここで知名度を高めておけば卒業後大きな仕事が来る可能性が高いのです。会社のために彼女の少々の犠牲はやむを得ないと判断したのです」
そのときだった。
「君は恥ずかしいと思わんのかぁぁーーーーっっ!!」
前田さんは突然席を立ち上がって、その男の人に大声でそう怒鳴った。
あまりの突然の声にアタシたちも優実先生もびっくりだった。
そして前田さんはさらにこう続けた。
「私はただ金儲けをするために彼女たちをマネジメントしているのではないっ!彼女たちの夢を具体化し、そして一緒に育てるためのパートナーとして仕事をしているのだっ!!」
「し、しかし、常務、それはやはり綺麗ごとです。儲けなければ意味がないでしょう?」
「それでは儲けられればそれで満足なのかねっ!?誇りを持てない仕事に君はやりがいを求められるのか?いいかね、彼女はまだ子供です。そして我々は大人です。親でなくても大人は子供を育てる義務を持っているのです。それを学校を行かせず仕事をさせて、挙句の果てに仕事のしやすい高校に転校しろなど、決して大人のすることではないっっ!!」
そう怒鳴ると前田さんはハァハァと息をつく。
そしてその男の人にこう告げた。
「君を佐倉さんのマネジメントから外します。追って処分があるまで謹慎していなさい。いいですね!」
「は、はい…」
いつも温厚な表情の前田さんに鬼のような形相で怒られその男の人はすごすごと部屋から出ていった。
そして前田さんは優実先生の方に向き直って言う。
「先生、このたびのことはすべて私の責任です。今後彼女にはわが社の責任において家庭教師をつけみっちりと勉強をさせることにします。もちろん学校にも毎日行かせます。彼女が行きたくないと言ったら私が引っ張ってでも行かせます。どうか、もう一度彼女にチャンスをいただけませんでしょうか?」
そう言って頭を下げた。
「前田さん、わかりました。学校には私の方からお願いしてみます。佐倉さんは先日の定期テストを受けなかったので、その分の評価については規定に従い前回のテストの7割となりますが、これから行われる内部進学テストで取り戻せる可能性も十分にあります。今回のことで私は芸能界という業界に不信感を抱きましたが、あなたの誠実な姿勢を拝見して改めます。どうか彼女のことをよろしくお願いします」
そして今度は優実先生が前田さんに頭を下げたのだった。
そして数日後
みーちゃんは再び学校へと元気に登校してくるようになった。
遅れた分の勉強については、家庭教師が見つかるまでの間はなんと前田さんが自らみーちゃんの家に夕方から行き、6時から9時までの3時間みっちりと教えることになったと聞いてアタシたちはびっくりした。
みーちゃんの話によると前田さんはじつは東大卒、、おまけに教師の資格まで持ってるそうだ。
「もー、すごいんだからっ!」
みーちゃんの話では『前田先生』はものすごい厳しいらしく、彼女が少しでも怠けようものなら容赦なく叱るそうだ。
お母さんがお茶を入れて「少し休憩でも」と言っても、「いえ、結構です」とピシャッと断り、ここで彼女を甘やかしてはいけません!とばかりに、しごくんだとか。
「とにかくさ、今回のことはホントアンタたち感謝するわ」
みーちゃんは以前のような笑顔でアタシたちにそう言った。
「エヘヘ、じつはアタシ、正直言うとチョット怖くなったんだ」
「怖くなった?」
「そう。マネージャーの水谷さんにいろいろなところに連れてかれて、最初は刺激が多かったけどね。でも、そのうち学校まで行けなくなって、アタシが「学校に行かせてほしい」って言ったら「君は嫌になったら安易に辞めればいいと思ってるかもしれないけど、そうなったらどれだけ多くの人が君に関係した仕事をなくすかわかってるのか?」なんて言われてね。どうしよう…って思ったの。」
「そんなこと言われたんだ?」
「うん。それで、そのうち転校してもっと芸能活動がしやすい学校に転校したほうがいいなんて言われ始めて、アタシは「一生懸命勉強してせっかく入れた学校なのにっ!」って言ったんだけど、そしたら「芸能界を選んだのは自分自身だろう?」って。そしたら言い返す言葉までなくなっちゃってさ。ああ、アタシこのままどうなっちゃうんだろう、って怖かったの」
「でもね、アタシ、マネージャーだった水谷さんの言うこともわからないでもなかったの。たしかにアタシが仕事を辞めればたくさんの人が迷惑するんだもんね。これは間違っていないって思った。だから、アタシ、前田さんに水谷さんの処分を軽くしてもらえるようお願いしてみた」
「みー、アンタって娘は…」
「前田さんは考えておくとしか言わなかったけど。それでまた「勉強始め!」ヨッ(笑)」
最近ではみーちゃんは次第に雑誌やTV番組などに出るようになり、そのフランス人形のような美貌と”一見すると”お淑やかそうな雰囲気に騙され、お嫁さんにしたい若手女優の上位にあがってきたらしい。
そして今日も今日とてみーちゃんの元気な声が青葉学院高等部の校舎に鳴り響く。
授業終了のチャイムと同時にみーちゃんは教室から駆け出す。
「凛、ミコ!遅れるとなくなっちゃうヨォーーーーッ!!」
廊下を駆け抜け、階段を駆け下りてみーちゃんは目指す場所に向かって一直線に走る。
彼女はなんでこんなに急いでいるかいうと、最近高等部の生徒食堂では、大学食堂で青葉大の女子大生に大人気の1個180円のミニパフェが毎日限定10個で入ったのだ。
これは高等部の女のコたちが大学食堂で見つけたもので、何度も先生たちにお願いをし大学食堂から分けてもらえることになったもので、多くの高等部の女のコが狙っている。
そしてみーちゃんはこれを手に入れるため、授業終わり近くになると既にそわそわし始め、そしてチャイムとともに駆け出すわけだ。
案の定、一番乗りのみーちゃんはデザート売り場のところにあるミニパフェの中でもとくに人気の高いストロベリーを手にする。
「おばさんっ!これちょーだい!」
チャイムが鳴ってわずか3分
ハアハアと息を切らせて信じられないようなスピードで食堂に現れたみーちゃんにおばさんは呆れたような顔で言う。
「おや、またみーちゃんが一番乗りかい?アンタ、そんなんでちゃんと勉強できてるのかい?」
「おばさん、食欲は人間の基本的欲求ヨッ!」
「アンタの場合食欲ばっかりに見えるけどねぇ…」
そして、みーちゃんは手に入れたミニパフェを高々と上にあげ
「やったっ☆ ストロベリー、GETだぜーーっっ!!ハー、ハハハッ!!」
と獲物を捕まえたマウンテンゴリラのように野生の雄叫びをあげた。
その雄々しい姿に遅れて到着したアタシとミコは
「ハァ~、これで男子憧れのアイドルとはね(笑)」
と呆れて両手をあげるのであった。




