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第25話 シンデレラ☆デビュー

それは6月も半ばを過ぎようとしたある日のこと


教室のドアがガラッと勢いよく開けられると、みーちゃんが飛び込んでくるように入ってきた。

そして彼女はアタシとミコが座りながら話しているところにめがけてダダッと駆けるようにやって来る。


「あ、オハヨー、みーちゃん」

アタシはそんな彼女に小さく手を振り挨拶をすると

「大変ヨッ!大変ッ!」

みーちゃんはハァハァと大きく息を切らせながら寄ってきたのだった。


「なにヨ? 大変って、アンタまた何かしでかしたの?」

ミコが少し呆れるようにそう言うと

「違うって!まあこれを見てヨッ!」

彼女がアタシたちに差し出したのは1冊の本

それはCandyという高校生の女のコたちがよく読んでいる週刊誌だった。


「ああ、新しいの買ったんだ。アタシ、これまだ読んでないんだよね」

そう言ってミコがその雑誌を手にとってパラパラとめくって読み出すと

「違うってー!そこじゃないの。ココ、見て!」

みーちゃんは、ミコの眺めているその雑誌をひったくるようにして取り上げ、そしてその中の1枚のページを指差した。


「キャンパス…トライアングル? なに?これ」

不思議そうな顔でその記事を眺めるアタシとミコ


するとみーちゃんは興奮したようにこう説明を始めた。

「あのね、仲のいい高校生の女のコたち3人1組でディズニーランドのCMに出ませんかってものらしいのヨ。しかも全国ネットのCMらしいよ!」


「へぇー、どれどれ…」

そう言ってミコがその記事を細かく読み始める。


そして少しするとミコはパタンとその雑誌を机の上に降ろしてこう言った。

「あー、みー、これダメだヨォ。だって、申し込めば出れるっていうんじゃなくって選抜のコンテストがあるらしいじゃん?」


「そりゃそうヨ。そういうのがあれば出たい娘たちが一杯いるに決まってるじゃん」

「でしょ? アタシもこういうのってよくわからないけど、けっこーものすごい人数が来るらしいヨ。しかも、ココに書いてあるけど、そのうち出られるグループってたった5組みたいじゃん。アタシらが出れるわけないヨ」

いつも冷静なミコがいつものように冷静にそう言うと

「それはやってみないとわからないでしょー!? 何でもチャレンジする気持が大切なのヨッ! ガールズ・ビー・アンビシャスなのヨー!」

そう言っていつも熱いみーちゃんはいつものように熱く語り、その雑誌を右手に持ってその手を高々と上に上げて叫んだ。


そして今度はアタシの方に目を向け

「ね、凛。凛だってせっかくの高校生活でこういう経験だってしたいって思うでしょ?」

みーちゃんは半ば脅迫気味にアタシにそう聞いてきた。


「え、あ、う、うん…そうだねぇ…」

アタシが曖昧な返事をすると

「じゃあ、決まりー!アタシが申し込んでおくから。アンタら、後は心配しないでね」

みーちゃんは一人でそう言って勝手に納得してしまったのだった。


こうしてみーちゃんをリーダーとしてアタシとミコの3人は、ディズニーランドとスターダストという芸能事務所が共催で行う『キャンパストライアングル☆仲良し3人女子高生CM出演コンテスト』なるものに応募することになった。





その日の放課後

今日は3人とも部活のない日

アタシたちは教室の中でさっそく打合せを行った。


みーちゃんは雑誌の記事をじっくり読み、そして説明を始める。

「まず、応募には3人が一緒に撮った写真が必要みたいね。しかもそれは自分の学校の中で撮ったものに限るって書いてあるよ」


「写真かあ。写真なら自動シャッターで撮ればいいんじゃない?」

ミコがそう返すと

「エー、ダメだよぉー。自動シャッターなんて、アタシたちの本当の魅力を引き出せないじゃん」

みーちゃんはそう主張をする。


「アンタ、アタシたちの魅力を引き出すって…」

ミコが少し呆れたようにそう言うと

「ああ、誰か上手に写真撮ってくれる人いないかなぁ…」

みーちゃんが呟くように言った。


写真の上手な人かあ…

まあ、いないこともないけど


中学時代の安田に頼めば多分引受けてくれるだろう。

でも、そうすると安田を直に知ってるアタシとミコがそういうコンテストに応募したっていうのを知られるわけで、安田が工藤とかに話せば元クラスメイトみんなに知られちゃったりするかもしれないわけで

それで選ばれればいいけど、そんな可能性はほとんど期待できないからなあ…


そう考えながらアタシは頭の中で数人の人を思い浮かべてみたけど、なかなか思いつかない。

そして間もなくHRが始まろうとするため、アタシはカバンの中の教科書類を机の下の収納ポケットに移そうとした。

そのときフッと見つけたのは以前の都電のデートのときトオル君が撮ってくれた写真だった。


「あれ、凛。アルバム?」

それをみつけたミコがアタシにそう尋ねる。


「あ、ウン。前にね、トオル君がアタシのことを撮ってくれた写真をくれたの」

「へぇー。ね、ちょっと見てもいい?」


「ウン。いいヨ」

そう言ってアタシは写真が数枚貼られているその小さなアルバムをミコに渡した。


「わぁー、よく撮れてるじゃん。現物より良く映ってるヨ」

「ソレってどーいう意味じゃ?(笑)」


「アハハ、でもすごいいい表情してる。なんか笹村さんの凛への気持ちが良く現れている感じだよね」

「エヘヘーーーー」

ミコにそう言われて悪い気はしない。

アタシは思わず頬を緩ませて照れてしまう。


すると

その写真の前にぐいっと顔を差し出したみーちゃんは、突然大きな声でこう叫ぶ。

「これヨッ!これだワッ!」


みーちゃんのこの突然の雄たけびにキョトンとしてアタシとミコは顔を見合わせた。

「はぁ?なにが『これ』なのヨ?」

ミコがいぶかしげにみーちゃんにそう尋ねると


「この表情を引き出せる腕、笹村さんのカメラテクは大したもんじゃない!」

「それで?」


「だからさ、笹村さんに撮ってもらおうヨ。アタシたちの応募写真」

「エー、トオル君に?」


「そうヨ。やっぱりさ、写真って撮る人のテクとか気持ちで一番いい表情を引き出せると思うの。ただ上手に撮るだけじゃ何千人も応募してき中で埋もれちゃうじゃん」

「エ、そんな何千にも応募してくるの?」

「かもしれないってことヨ。とにかくさ、ねえ、凛。笹村さんに頼んでくれないかなあ?いいでしょ?」


「ウ、ウン。まあ…いいけど」

頼みというよりはほとんど強制に近いみーちゃんの言葉に少し戸惑いながらアタシはそう答えた。


ウーーーン……

どうせ書類審査で落ちるって思ってたから、安易に応募のOKしちゃったけど

トオル君に撮ってもらうってことはカレもそれを知るわけで

なんか恥ずかしいなあ…


「じゃあさ、今晩笹村さんに電話してお願いしてね?それで笹村さんの都合がよければ今週の土曜日にでも撮影ってことで」

みーちゃんはまだカレから返事をもらっていないうちからドンドン予定を決めていってしまう。




その日の夜

晩御飯を終えたアタシは自分の部屋からトオル君に電話をかけた。

内容を聞いたカレは意外にもそれを面白がって二つ返事で引き受けてくれた。


「まあ、受かってもダメでもいいじゃないか。そういうチャンスって滅多にないことだし、凛たちにとって高校時代のいい思い出になるんじゃないか」

「ゴメンね、トオル君。せっかくの土曜日に。空手部の練習だってあるんでしょ?」


「ああ、午前中だけな。だから午後からでいいかな?どんな感じがいいか少し打ち合わせをして、それで撮影って感じにしたらどうかな?」

「ウン。ありがとぉ。じゃあ、アタシ明日みーちゃんたちにそのこと伝えておくね」




そしてその週の土曜日

アタシとミコ、そしてみーちゃんの3人は大学キャンパスの中にあるチャペルの前でトオル君を待つ。

午前中に空手部の練習があったトオル君は12時半ごろ姿を見せた。


「やあ、おまたせー」

そう言ってミコとみーちゃんにも挨拶をするトオル君はいつもの空手部の胴着の入ったバッグのほかにもうひとつ肩から大きなバッグを下げている。


トオル君と付き合い始めてから知ったカレのひそかなカメラ趣味

大きなバッグにはそうしたかなり本格的な機材が詰められているらしい。


「無理言っちゃってすみません」

ミコがトオル君に申し訳なさそうにそう言う。


「いや、ぜんぜん気にしなくていいよ。こっちもオレの昔からの趣味だし。こういう腕を試すチャンスって中々ないしね(笑)」

そう言ってトオル君は笑って答えた。


「まったく、この娘はわがまま娘なんだらっ!」

ミコはそう言って「メッ!」という顔をしてみーちゃんの頭を軽くコツンとするふりをすると

「いやーん。わがままじゃないもーん。笹村さんの腕を見込んで頼んだのヨッ」

みーちゃんはそう言ってぺろっと舌を出すポーズをした。


「トオル君。練習終わったばっかりなんだから、無理しないで一休みしたらでいいからね」

そう言ってアタシは途中の自販機で買った冷えた缶コーヒーを1本トオル君に渡すと

「凛、やさしーねー。笹村さん、幸せでしょ?(笑)」

そう言ってみーちゃんとミコは冷やかす。


「そ、そんなんじゃないってぇー!」

アタシは少し顔が赤くなるのを誤魔化すようにそう抵抗するけど、彼女たちには通用しないみたいだ。


「まあ、まあ(笑)さあ、とにかく日が高いうちに撮影をしてしまおうよ。みんな制服で撮るんだろ?」

「あ、そうだった。ほら、ミコ、みーちゃん。早く着替えに行かないと!」

アタシが急かすように彼女たちにそう言うと

みーちゃんは

「ハイ、ハイ(笑)わかってるって」

と言いながらもまだニヤニヤとしている。


応募の規定では『制服で学校の中で撮影した写真を提出』とある。

ただウチの学校の女子の制服はわりと自由度があり、スカートはプリーツスカートであることを最低条件に色や柄にはっきりした規定がなかった。

そこでアタシたち3人はそれぞれ、赤、黄、青の3色をベースにしたチェックのスカートを用意した。


そして高等部の広場、間澤記念館の前、チャペルの前など何箇所かを移動して何枚もの写真をトオル君に撮ってもらう。


「ハイ、いくよー!」


パシャツ!


トオル君の持ってきた機材はかなり本格的なものだった。

しかも小さい頃からのカメラマニアだけあって腕も信用できそうな感じ。

カレは3人の配置や構図などを綿密に計算してアタシたちに細かい指示を出してくれた。


一通りの撮影が終わった後

「あの、この写真って今見ることができますか?」

みーちゃんがトオル君にそう尋ねた。


「ああ、そう言われるだろうと思ってね。ノートパソコンを持ってきてあるんだ。画像をこれに落としてみんなで見てみよう」


さすがトオル君!


っていうか、こういうときの男の人の準備の良さってすごいよね。

いろんなことを予想してそれに対応できるようにしているって、女にはあんまり思いつかないことだって思う。


アタシたち4人はさっそく大学の校舎の中のあるラウンジに移動した。

トオル君は、手際よくカメラからパソコンにデータを落としてそれをパソコンの中で整理する。


「さあ、じゃあ、順番に映すぞ」

そう言われてアタシたち3人はパソコンの画面を覗き込んだ。


「わぁー、すごいキレイに撮れてるねー。」

「なんか、雑誌から抜け出したみたい。」

3人とも映される写真に思わず感嘆の声をあげてしまう。


どれも上手に撮れているだけでなく3人それぞれの表情がすごいいきいきしている。

きっとこういうのっていうのはカメラが本当に好きな人じゃないとできないことなんだろう。


「よし。じゃあ、これをディスクに移してあげるから。後は3人でどの写真にするかを相談して決めたら?」

「ハイ。ありがとうございます」


そしてトオル君はフッと自分の右腕につけている時計を見た。

「おっと、もうこんな時間か」

アタシはトオル君のその言葉に自分の時計を覗くと、時間はもう1時半を過ぎようとしていた。


「そろそろ腹も減ってきたな。どう?よかったら学食で昼メシでも食って行かないか?オレ、奢るよ」


トオル君がそう言うとアタシたち3人は目を合わせてニコッとする。

「あ、ウウン。今日はね、アタシたちがトオル君をおもてなししようと思って。アタシたち3人が今日のお礼にトオル君の何でも好きなもの学食で奢っちゃう」

アタシがそう言うと

「おおっ、そりゃうれしいな。ちなみにご飯は大盛りでもいいかな?」

トオル君はうれしそうな顔で言った。

「もちろん!大盛りと言わずお代わりでもなんでも」


さて、こうして写真も揃い、とうとうアタシたち3人はキャンパス☆トライアングルへの申し込みとなったのであった。

そして、この応募はその後のアタシたち3人に意外な運命を持たせることになる。




それからしばらくして

高校生活最後の学年もあと1か月ほどで夏休みに入ろうとしている。

アタシもミコもコンテスト応募のことはほとんど頭から消えかかっていた。


ときどき思い出したように

「そういえば、『アレ』ってどうなったんだろうね?」

そんなことが3人の間で話題に出ても

「ああ、もうほとんど忘れてた(笑)」

そんな反応で終わってしまう

わざわざトオル君にカメラマンまでお願いして応募写真を撮ったけど、それ自体が高校生活の思い出だったのかなあって。


そんなある日

バタバターーーーーーー

教室の中まで聞こえてくる廊下をすご勢いで走ってくる音がする。


そしてこれまたものすごい勢いでガラーーーーッッ!

教室のドアをまるで破壊するかのようなけたたましい破壊音を立てて飛び込むように入ってきたのは、やはりみーちゃんだった。


「アンタ、この前優実先生に注意されたばっかりでしょ? 外見だけでもいいからチョットは女らしくしなヨ」

息をハァハァと切らせるみーちゃんにミコは呆れたようにそう言う。


ハァハァーーーー

ハァハァーーーーー


みーちゃんはアタシとミコの前で腰を前にかがめて息を切らせる。

アタシはそんなみーちゃんの背中を何回かさすってあげる。


そしてようやく息を整えてきた彼女はいきなりアタシとミコにこう叫んだのだった。


「やったっ!やったのヨッ!」

「ハァ? みー、アンタ、また何かやらかしたの?」


「あ、 そういえば、この前アンタが当番で職員室の奥の応接室を掃除した後に来客用のお菓子が忽然と半分くらいなくなったらしいけど。優実先生けっこう怒ってるみたいヨ」

「ああ、あれはあまりに美味しそうだったんでチョットつまんだら止まらなくなっちゃってさあ。気が付いたら…エヘヘ(笑)」


「エヘヘじゃないわヨー。まったくアンタったら意地汚いんだから」

「そ、そんなことないもんっ!そんなのはどーでもいいのっ!それよりさ、大変なのヨッ!」


「他にもあるの? もう洗いざらい白状しちゃいな」

「ちがいのヨッ!来たのヨッ!来たのっ!」


「来たってなんがヨ?」

「アレヨ!ディズニーランドのCM出演コンテスト!」


一瞬キョトンとした表情になったアタシとミコ


「へぇー! もうすっかり忘れてた。アレってとっくに落選したんだって思ってたけど。じゃあ、合格ってわけ?」

「そういうこと。ホラ、これ見て?」

そう言ってみーちゃんはアタシたちに封筒を渡す。

ミコがそれを受け取ってアタシがその横から眺めた。


ミコは封筒を開き、その中に入っている通知書を読み上げる。

「どれどれ…。 「今回はご応募ありがとうございます。貴方たちのグループは今回のコンテストの応募者8528組のうちの100組に選ばれ予選を通過されましたのご報告させていただきます。だって」

「へぇー、アレって8千組以上応募してたんだ?」

アタシはびっくりした声を出してしまった。


「そうみたいヨ。そしてアタシたちはその中の100組に選ばれちゃったってこと」

みーちゃんはウンウンと頷くようにそう答えた。


「ちょっと待って。まだ先があるから」

ミコが同封してあるもう1枚の紙を広げて読み始めた。


「エット、それで1週間後の日曜日に本選があるのでご出場の手続きをお願いしますだって」

「そっか、本選があるんだ。そりゃそうだよね。これで終わるはずないし。それで、ミコ。最終的に何組が合格になるの?」

アタシがミコにそう尋ねると

「エット、…5組みたい」


「エー、じゃあ、100組のうちのたった5組?」

「まあ、そういうことだね。しかも本選の内容ってのが3段階選抜で、一次が面接、二次がデュエット曲、三次は…エ?水着審査だってーっ!」


「水着ーーー!?エーー!恥ずかしいよねー」

「まあ、まあそこまで行くとは思えないけど」


「アハハ、こりゃ、無理だねー(笑)」

ミコとアタシは顔を見合わせてコロコロと笑う。


すると

「…やるワ!」

その横で突然そう呟いたのはみーちゃんだった。


「エ?」

「やるワッ!絶対にやってみせるっ!アタシたちは、受かって最後の5組の中に入ってみせるのっ!」

みーちゃんは突然右手に握り拳を作ってその手を高々と上にあげて叫んだ。


「だって、みーちゃん。100組のうちのたった5組だヨー?しかもみんな選ばれた人ばっかりだし」

アタシが盛り上がりまくっているみーちゃんを宥めるようにそう言うと


「凛、アンタは最初から諦めムードだからダメなのヨッ!為せば成る、為さねばならぬ、何事も!」

みーちゃんの高揚はさらにヒートアップしてくる気配だ。


そして彼女は

「さあ、本選まであと1週間しかないのヨッ!今日から特訓だからねーーっっ!」

そう言って力強い雄叫びをあげたのだった。





そしてその日の放課後

アタシとミコがみーちゃんに連行されて行ったのはカラオケボックスだった。


「いい?まず本選を勝ち抜くにはまず一次の面接だから。そこでアタシたちのキュートさを目いっぱい表現するの」

「キュートさって…アンタ…」


「ほらっ!ミコ、アンタそんな足おっぴろげて座ってるんじゃないわヨッ!いくら女同士だってスカートの中のパンツが丸見えじゃん!凜はそんなズーズー音を立ててジュース飲むんじゃないのっ!女らしさヨッ!女らしさ!!」

みーちゃんは鬼監督のようになっていく。


それじゃ、まずデュエット曲を突破することから始めるわヨ。そのためには選曲が重要だと思うの」

「デュエットかぁ…。3人で歌える曲っていったらAKBかモー娘あたり?あ、perfumeってどう?」

「そうだねぇ。でも、そこら辺って他のグループも同じのを選ぶ可能性が高くない?」


「そうなんだよネェ…。問題はそこなのヨ。他のグループと差別化できる曲で、審査員にインパクトを強く与えられるものが必要だね」

みーちゃんは考え込むように右手を自分の顎につけるポーズをする。

「インパクトだったら別に今のアイドルに限定しなくってもいいんじゃない?」

「まあ、そうだね。かえって古いアイドルのほうが今の女子高生が歌ったときアンバランス感があってインパクトあるかも」


「古い曲かぁ…。どれくらい古い曲がいんだろう」

そう言いながらミコがテーブルの上に備え付けてある曲を選択する画面を何気なく操作し始めた。


ピッピッピッ…

ミコが何回か選択ボタンを押すと「懐かしのアイドル」というジャンルが画面に映された。


そのとき

「キャンディーズ…かぁ」

アタシはふと目についたグループの名前を何気なく呟く。


「キャンディーズ?凛、知ってるの?」

ミコがアタシにそう尋ねると

「ウーン、よくは知らないけど…、ホラ、よくTVで懐かしの曲とかやってるじゃない?アレで時々見たりしたから」


「ああー、そっか。アタシも見たことあるな。そういえばあのグループも3人構成だったよね?」


こんなアタシとミコの会話がみーちゃんのインスピレーションにピタッと止まったみたいだ。


「キャンディーズっっ!!」


すくっと立ち上がったみーちゃんはいきなりそう叫んだ。


「わっ!びっくりしたー!」

横にいるアタシは急に立ち上がって叫ぶみーちゃんにビクッとしてしまう。


「キャンディーズヨッッ!」

みーちゃんは再び確かめるようにそう言った。


「ハァー、またみーのいつものが始まったヨ(笑)」

ミコが呆れるような顔で言うと


「キュートなイメージで古いのにどこか廃れない。これはほかのグループには思いつかない選択だって思うの。よしっ、キャンディーズでいこうっ!」

みーちゃんは一人ですでにそう決定してしまったみたいだ。


「はいはい、みーがリーダーなんだからなんでもいいわヨ」

ミコはもうあえて反論しようとしない。

というより、する気もないようだ。



キャンデーズは1970年代に活躍したアイドル3人のデュエットグループ

3人それぞれに音声パートの特徴があって、またセクシーというイメージよりはキュートな感じの曲が多かった。


そしてアタシたちはミコの持っているアイフォンでキャンディーズのいくつかの曲を聴いてみていろいろ考えた結果ある1曲を選んだ。

その曲は『年下の男の子』だった。


真赤なリンゴをほおばる

ネイビーブルーのTシャツ

あいつは あいつはかわいい

年下の男の子

淋しがりやで 生意気で

にくらしいけど 好きなの

LOVE 投げキッス

私の事好きかしら はっきりきかせて

ボタンのとれてるポケット

汚れてまるめたハンカチ

あいつは あいつはかわいい

年下の男の子


それは年頃の女の子の少し年下の男の子に対する、ちょっと背伸びした感情を表現した、どこかキュンとする感じの曲だった。


「へぇ、なんか不思議な感じの曲。でも、こういう恋愛って意外にありだよね」

この曲を聴いた3人の感想はほぼ一致していた。

「エット、それじゃまずパートを決めなくちゃね。メインボーカルやってる真ん中の人を誰がやるかだね」

ミコがそう言うと

みーちゃんは涎をたらしそうな顔で目をキラキラとさせて訴えている。

「ああ、わかったわヨ(笑)みー、アンタがメインパートやんなさい」


するとみーちゃんは

「エ、アタシ?あ、あはは。しょーがないわねぇー」

白々しい顔であっさりそれを引き受けたのだった。


「さあ、それじゃこれから当日まで1週間。この曲を徹底的にマスターするわヨー!」

そしてみーちゃんの雄叫びで鬼の特訓が始まった。


アタシは向かって左側の人、ミコが右側の人のパートでさっそく曲に合わせてキーの調整をしながら歌を合わせていく。

何度も何度も繰り返し、みーちゃんの厳しいチェックが入り、そしてその日アタシとミコが解放されたのはなんと夜の7時すぎだった。


さて、それから1週間後の日曜日

いよいよキャンパス☆トライアングル本選はやってきた。





当日の会場は渋谷駅から少し歩いたところにある大きなホールだった。


一次選抜はスターダストという芸能プロダクションとディズニーランドの広報担当者との個別面接

そしてその後に大ホールの大勢のお客の前でで各自持ち歌を1曲披露して表現力を見るらしい。


その日その会場のホール前に集合したのは、アタシとミコ、みーちゃんの他に

応援団としてトオル君と芦田さん、弟の悟、幼馴染の久美ちゃんとワタルAのカップル、さらに中学のときの井川さんと安田のカップルも来てくれた。


少し前に聞いた話だけど、秀才の井川さんとカメラオタクの安田はあの中3の時のクリスマスパーティ以来少しずつ接近して、高校はそれぞれ別のところだけどよく2人で会って遊びに行ったりということをしていて高2のときにはとうとうお付き合いということになったらしい。


そして今日はそのカメラオタクの安田がアタシたちの晴れの姿を記念に撮ってくれようとものすごい専門機材を持参して応援に来てくれたわけだ。


早めに集まったせいで受付時間まであと1時間ほど時間がある。

アタシたち10人は会場の近くにあるファミレスで作戦を確認することになった。




アタシたちはお店に入り長テーブルに10人が座る。

奥の端からアタシとミコとみーちゃんの3人が並んで座り、そしてトオル君と芦田さんが隣合わせて、その向かい側に久美ちゃんとワタルAカップル、そして安田と井川さんという順番で座っている。


「さて、それじゃ作戦を確認するわヨ」

各自注文が終わるとリーダーのみーちゃんがそう切り出す。


「エット、まず第一関門は面接だよね。これについては、アタシが質問想定集を作って来たから」

そう言ってみーちゃんはバッグの中から1冊のノートを取り出した。


「アンタってこういうことだけはやけにマメだよねー。普段の勉強もこうなら感心するんだけど」

ミコがそう言ってチャチャを入れると

「だまらっしゃいっ!興味のあることには一生懸命になれる。これが人間の本能なのヨッ!」

みーちゃんはそう言ってミコに切り返す。


そしてそれからみーちゃんは今度はアタシのほうに振り返った。

「それじゃ、凛。質問そのいち、いくわヨ。エット、「まず今回の応募のきっかけを教えてください」」


ウエイトレスさんが持ってきてくれたチョコパフェを頬張りながら、アタシはいきなり振られた質問に少し戸惑う。


「アタシが答えるの?」

「そーヨ。言ってみなさい」


「今回の応募のきっかけかぁ…。 ウーン、やっぱりみーちゃんが出たい出たいってしつっこく言うからしょーがなくって感じかなあ?」

そう答えるとミコもウンウンと頷いた。


すると

「ダメーーー!ダメ!ダメ!ぜんぜんちがああーーーーうっ!!」

みーちゃんはそう叫びながらブンブンと頭を横に振った。


「あれ?違ったっけ?」

「それじゃアタシがただの出たがりの目立ちたがり女みたいに思われちゃうでしょーーがっ!」


「アハハ!そのとーりじゃん!(爆笑)」

横にいるミコがそう言ってげらげらと笑いだすと、みーちゃんはミコをギロッと睨み付ける。


「やぁーん、こわーい」

ミコが首をすくめるようにお道化て小さく舌を出した。


「あのね、いい? それはもし仮にそうであったとしても、それを言っちゃおしまいでしょ。その時点でアウト!」

「じゃあ、何て言えばいいの?」


「そうね、たとえば、アタシたちが知らないうちに友達が応募しちゃったんですぅーーーーとかね。それを少し戸惑ってるみたいな、困っちゃう感じの顔で言うのヨ」

「ふぅん」


「そういう奥ゆかしさの表現みたいのが大切なのヨ。」

「奥ゆかしさかぁ、なんか難しいんだねぇ。」


そんなアタシとみーちゃんの会話にミコが

「まあさ、100組のうちのたった5組でしょ。どうせ最終合格できるわけないんだしこれもいい経験だって思えば?」

と笑いながら話す。


「アハハ、そうだねー。そういえばさ、ミコ。こらへんにクレープがすっごく美味しいお店があるらしいヨ。帰りに行ってみない?」

「あ、いいねぇ。アタシ、ストロベリークレープにしようかな。生クリームたっぷり乗せて」


「わぁ、美味しそうー。アタシはね、チョコバナナにしようかな。みーちゃんは?」

「エットね、アタシはフルーツ山盛りに生クリームはてんこ盛りで…って、ちがぁぁぁーーーうっ!!」

みーちゃんのいつもにも増した力強い雄叫びにポカンとするアタシとミコ。


「まったく!アンタらったら女の意地ってもんはないのっ!?」

みーちゃんは腕を組んでアタシとミコを見据えるようにそう言う。


「でもさあ、こればっかりは入試みたいなわけにいかないんだし、頑張れば受かるっていうものでもないんじゃない?」

「たしかに努力だけで受かるとはアタシも思ってないけど、でもさ、せっかくのチャンスなんだし、一生懸命頑張って自分たちをアピールすればもしかしたらって思うじゃない」


「そうだねー。なんたってこっちには装うだけなら超一流のみーちゃんがいるんだしね」

アタシがそう言いかけると

「アタシは装うだけの女かああーーーー!」

みーちゃんのボルテージはMAXに達しつつあった。




「ク、ククク……」

アタシたちのそんな漫才みたいな会話を横で聞いているトオル君と芦田さん

2人はもう笑いをこらえるのに必死の様子だった。


「さ、笹村君、わ、笑っちゃ悪いってーーーク、ククク……」

「そ、そんなぁ、ククク…あ、芦田さんのほうこそ、ククク…」

2人して顔を見合わせながら口に手を当てて下のほうを向き肩まで震わせ始めた。


その一方でワタルAと安田、そして悟の3人はパソコンの話題で盛り上がっているようで、こっちの会話にはほとんど関心を示していない。


そこにさすが中学時代のわがクラスの委員長、井川さんがこう言って助け舟を出した。

「でもアタシも佐倉さんの言うことは大切だと思うな。それぞれが自分の魅力を目いっぱい表現すればきっと審査員の人たちもきっと関心を示すと思うし」


するとその言葉にぴくっと反応したみーちゃん

「そうヨッ!アタシの言いたかったのはまさにそれなのヨッ!井川さん、アナタとはこれからいい友達になれそうだわっ!」

彼女は井川さんのアシストに調子に乗って大きく頷いてそう言ったのだった。


「ア、アハハ。そ、そうね」

井川さんは何とも困ったような顔をして苦笑いをしている。


ミコが

「そうね。楓ちゃん(井川さん)がそう言うなら信用できるわね!」

そう相槌を打った。


すると

「アタシが言うと嘘っぽいのかあああーーーーー!!」

すかさずみーちゃんが雄叫びを挙げたのだった。





そして1時間後

会場に入り受付を済ませたアタシたちは、椅子がたくさん並ぶ大きな控室に案内された。


中に入るとそこにはすでに何百人もの女のコたちが集まっていて、各グループごとにヒソヒソと事前打ち合わせをしたり、歌のキーを合わせたりと余念がない様子。


女のコ同士のこうした場ではまず相手をチェックすることから始まる。

控室のドアが開くたびに各グループの娘たちはさりげなく相手をチェックしているのだ。


「フフン、大したことないじゃん」

「よくあんなんで応募してきたよねー」


かなり辛辣な言葉が小声で飛び交っている。


そしてアタシたち3人が入ったとき、案の定鋭いチェックの目が突き刺さってくるのを感じた。



こうして女同士の戦いの火ぶたは切って落とされたのである。


待合室となった一室の中は150人もの女のコたちの熱気で溢れている。

普段は何かの会議室にでも使っているのだろうか。

カーペットの敷かれた部屋の中央にいつもはあるのだろうテーブルはなく、部屋の四隅に会議用のチェアがたくさん並べられている。


入ったときは割と広い部屋に感じたけど、その中の至るところで打ち合わせや事前の練習が行われているせいだろう、それぞれのグループの火花がバチバチと飛び交っていた。


聞いた話では書類選抜された100組に対して全国でこうした会場が3か所設けられて、東京会場ではそのうち50組が集められている。

そのうち最終的に合格するののは全国でたった5組、東京からはせいぜい3組の予定らしい。


アタシたちはとにかく空いている席を見つけて荷物を置き腰を下ろす。

一息ついてフッと周りを見回すと、まさに色とりどりの制服姿の女のコたち。

この日の審査は日常の制服で来るようにと書類選考の合格書類にあったので皆その通り普段の格好で来ているわけだ。


「あれって慶洋女子じゃない?」

「実際女子の娘もいるみたい」

小声でみーちゃんとミコが囁く。


見ると青葉の初等部のすぐ近くにある実際女学園の制服を着ているグループが2グループ離れた席に座っている。

普段学校同士の交流はないけど、近いので同じ渋谷駅を利用しているためよく見かける制服だ。


アタシはその実際女子のグループのうちの一人とフッと目が合う。

するとその娘はスッと席を立ちあがってこっちのほうに歩いてきた。


「あの、青葉学院の方たちですよね?」

その娘は目が合ったアタシにそう話しかけてきた。


スゥッとした目鼻立ちに162、3センチくらいはありそうな女のコにしては割と高めの身長

見た感じは何となくみーちゃんに似てお人形のような綺麗な感じの娘だけど、イギリス系クオーターのみーちゃんに対してこの娘はオリエンタルな感じの美少女だ。


「エ、あ、ハイ」

突然話しかけられたアタシは戸惑うような返事をしてしまった。


「アタシたち、実際女学園のグループなんです。「あ、青葉の制服だぁ!」って思ってつい話しかけちゃいました」


話してみると少し照れるようなその雰囲気気がとてもかわいい、気さくな感じの娘だ。

「あ、やっぱり? じつは今アタシたちも実際の人だよねって言ってたの」

そんなふうにして偶然ご近所同士の2つの学校のグループは混ざり合い親しく話し始めた。


アタシに話しかけてきた娘は工藤美果ちゃんといって実際女子高校の2年生、アタシたちよりも1つ下の学年らしい

そして実際女子のグループ3人はなんと演劇部の仲間らしい。


「へぇー!じゃあ、やっぱりこういうのって得意なんだよね?」

ミコが工藤美果ちゃんにそう尋ねる。

「ウウン。そんなことないですヨー。それに変にそういうのを出しちゃうと相手はプロだから見抜かれちゃうし(笑) かえって普段通りの自分をアピールしたほうがいいみたいですヨ。それに、アナタたちのほうがこの部屋に入ってきたとき目立ってたみたいだし」


「エー、アタシたちが? なんかそんな実感ないなぁー(笑)」

アタシがそう答えると

「ウウン。ホントです。だって、3人が入ってきたとき周りの女のコたちの雰囲気がちょっと違ってたもん」

「そうかなあ(笑)アタシたちは逆にみんなに圧倒されちゃった感じ」

ミコも笑いながらそう言う。


すると工藤美果ちゃんは小声でこんなことを話し始めた。

「あの、このオーディションって何が目的だか知ってます?」

「エ? ディズニーランドのCM出演じゃないの?」

美果ちゃんのその質問に不思議そうにミコが尋ねた。


「まあ、それはそうなんですけど。それは建前みたいなので、ホントは新人のアイドル発掘のためじゃないかって話を聞いたんです」

「アイドル発掘?」

「ええ。応募要領で最終的に5組が選ばれてCMに出演することになるってありましたよね。でもそのうちの何組、ウウン、もしかしたら何人かがその後にそういう打診を受けるんじゃないかって」


「そうそう。だからスターダストっていう芸能事務所が一緒に共催でやってるって、そういう話があるんです」

美果ちゃんの横にいる実際女子のもうひとりの娘もそう相槌を打って言った。


「じゃあ、ここにいる人たちの中にもそういう目的で来てる人もいるの?」

「っていうか、そっちのほうが多いかもしれませんね」


「美果ちゃんもそういう希望があるの?」

アタシはそう彼女に尋ねる。

「ウン。じつは今回の応募もアタシが2人を強引に誘っちゃったみたいな感じなんです。昔から芸能界に興味があったんだけど、できたら将来女優になれたらいいなって思って、それで演劇部にも入部したんです」

そう話す美果ちゃんの表情はとても真剣そうだった。


「すごいなぁー。アタシたちなんかほとんど遊びみたいな気持ちで応募しちゃったし。それにアタシたちなんかチアリーディング部2人とアタシなんか水泳部だもんね(笑)」

ミコが感心するようにそう言った。

すると

フッとアタシが横にいるみーちゃんのほうを見ると、彼女はなぜかとても真剣な表情で美果ちゃんの話を聞いている。

いつもはこういう話の輪では中心的存在になるみーちゃんはこのとき不思議と大人しかった。



アタシたちがこんな話で盛り上がっていると、係の人らしき男の人が2人部屋の中に入ってきて、大きな声でこう告げた。

「エー、それでは審査を始めます。受付のところで皆さんそれぞれにエントリーナンバーの記してあるプラカードをお渡ししましたが、それを着けてください。最初は面接審査ですので、1番~16番、17番~33番というように3つの部屋に分けてその番号順にお呼びします」


アタシたちはさっきもらったプラカードをバッグの中から取り出してそれぞれの胸のあたりに着けた。

アタシたちのエントリーナンバーは48番で番最後のほうの番号

美果ちゃんたちの実際女子グループは43番だ。




「それでは1番、17番、34番のグループの方はそれぞれ面接室にご案内しますので私に付いてきてください」

そう言われて3組のグループの女のコたちが立ち上がって歩き出す。

ピリピリとした空気があたりを張りつめていき、アタシたちみたいな興味半分の応募組に対しても緊張感は否応なく襲ってきた。



しばらくしてその娘たちが部屋に戻ってくると、いつもなら「どんな質問をされたの?」なんていうふうに女のコは初対面同士でもわりと気さくに聞き合ったりするもんだけど、このときはお互いがライバル同士。

だから情報をあげて相手を少しでも有利にさせるつもりはない、というふうに前のグループも寡黙になる。


そんな中で美果ちゃんたち実際女子のグループはアタシたちより一足先に面接が終わって戻ってくると、小声でこんなことを話してくれた。


「あのね、けっこう意外でしたヨ。もっといろいろ聞かれるのかなって思ってたんですけど、普段の生活とかそういうことばっかり」

「あ、そうなんだ? じゃあ、アタシたちでも面接くらいはなんとかなるかも?」


そして面接開始から1時間ほどして、いよいよアタシたちの順番が来た。


「エントリーナンバー48番のグループはお願いします」

そう告げられてアタシたちが案内されたのは控室を出た廊下を30mほど歩いたところにある割と小さな会議室だった。


面接なんて青葉の受験の時以来だ。


(緊張するぅぅぅ~~~~~~~~!!)


リーダーのみーちゃんがコンコンとその部屋のドアをノックすると

「どうぞ」

と中から女性の声がかかる。


ガチャっ


ドアを開けるとアタシたちの視線に飛び込んできたのは会議用の長いテーブルに並んで座っている2人の男性人と1人の若い女性だった。

2人の男性はひとりが30代くらいの若い感じの人、もう一人は50代くらいの感じのそれでもとても清潔そうな雰囲気の人だった。


「エントリーナンバー48番、青葉学院高等部の佐倉 美由紀です」

「藤本 美子です」

「小谷 凜です」


アタシたちは事前に教えられたとおりみーちゃんを中心に自己紹介をする。


「それでは、どうぞお掛けください」

3人のうちの一番年長の男性から声をかけられて、アタシたちは長テーブルの前に並べられている椅子にそれぞれ腰を下ろした。


「今回のコンテストに応募したきっかけは?」

「将来どういうことを目指していますか?」

みーちゃんが事前に作ってくれた想定問答集を思い出して、頭の中でそのための答えの準備をする。


しかし実際に聞かれた質問はこうしたものとはかなり違っていた。


「それでは3人に質問させていただきます。貴女がたがそれぞれ今までの人生の中で一番大切にしたいと思うことを話してください」


意外な質問にアタシたちは一瞬答えに窮してしまう。

「エット、あの…」

かなり戸惑っているみーちゃん

それでも彼女は少し考えた後こう答えた。

「友達です。私にとって今横にいる2人は高校に入って初めてできた友達なんです。そしてこの2人がいるおかげで私の高校生活はとても楽しいんです。だから2人は私にとってとても大切なものなんです」


するとその答えを聞いた一番年輩の男の人はニコッとした笑顔でこう答えた。

「ウン。それはとても素晴らしいことですね。貴女はとても良い出会いができたのです。良い出会いというのはすべての人にできることではない。その意味で貴女はとても運が良かったといえるでしょう。この気持ちはずっと大切にして、これからも友達を大切にしてください」


ミコは小学校時代素晴らしい先生と出会って自分も将来教師を目指そうと思ったことへの気持ちを説明した。

その年配の男性はミコの答えにやはり同じようにやさしく微笑み、そして

「ぜひその夢を実現するよう頑張ってください。私も応援しています」

と言ってくれた。


「さて、それでは最後に小谷さん、貴女はどうですか?」

「私は…」

アタシは少し答えに躊躇った。

アタシにはミコみたいな具体的な夢はない。

そのときフッとアタシの中に湧きあがったのは、中学を卒業するとき担任の山岸先生がアタシたちに贈ってくれた『最後の宿題』だった。

「私は…、中学の卒業の時担任の先生がクラスのみんなに最後の宿題を出してくださいました」

すると

「ほう、どういう宿題ですか?」

その年配の男性は興味深そうに少し身を乗り出した。

「はい。それは、「人を愛せる人間になってください。人を愛せる人間は、人からも愛されます。そして人を愛するということの意味、これをこれから先の長い人生の中でゆっくり考えていってください。」というものです。私はまだ色んなことを勉強していかなければならないと思っています。その中で先生の出してくださったこの宿題をいつも心の中で大切にして、いつか自分なりの答えを出したいって、そう思ってます」


その男性はアタシの話を目を閉じてじっと聞いていた。

そしてこう答えた。

「なるほど。それは一生をかけて考えるべき宿題ですね。貴女も藤本さんと同じようにとても大切な先生と出会った。このことは佐倉さんの答えもそうですが、『出会い』というものに通じると思います。先生があなたたちに出してくれた宿題の答えはあなたたちがこれから先もきっと経験する多くの出会いの中にある気が私にはします。どうか、その先生の宿題をいつか必ず達成できるよう、一つ一つの出会いを大切にしていってください」


そして最後にその男性は

「3人の答えはそれぞれでしたが、どこかでひとつの大切な気持ちにつながっているように感じました。私は貴女方3人がなぜ友達になったのか、その理由が偶然ではなく必然であったように思います。これから先も3人ずっと仲良く、良い友人であり続けていってほしいと思います。」

と総括した。




面接室を出たアタシたちはどこか不思議な気持ちだった。


これは面接だったんだろうか?

あの年配の男性の言葉は、面接というよりはアタシたちをどこか温かい気持ちにしてくれる優しい諭みたいな気がした。


「なんかさ、あの人に話すときってすごく自分が素直な気持ちになれる気がしたよね」

ミコやみーちゃんもどこかでアタシと同じような印象を持ったみたいだった。



朝9時に始まったコンテストは、面接審査とデュエット曲で一次審査を行う。

すべてのグループの面接が終わったのは10時半を過ぎようとしたころだった。

そして11時から行われるデュエット曲の審査と合わせて一次の選抜結果が発表される。


1グループあたり事前に届けた選曲の一番だけを振り付で歌うことになっていて、建物のなかには観客が200人くらい入れるホールが3つあり、50グループがさっきの面接審査のようにこの3つの会場に分かるのだ。


アタシたち第3組の17グループは案内されたホールに入っていきなり驚いた。

小規模なホールだけど、舞台側から見るとかなりの数の観客が入っているように見えた。


そしてその中にはトオル君や芦田さん、久美ちゃん、井川さんたちといったアタシたちの応援団もいて、ワタルAなんかはきっと朝持ってた大きなバッグに仕込んでいたのだろう太鼓とメガホンまで準備してるし…。


それから間もなくして

「それではデュエット曲の審査を始めます。」

という係の人の言葉があり、出場する全17グループは舞台の上に上がって並んだ。


順番に紹介されると客席からパチパチと拍手が上がる。

それぞれのグループの応援らしい。


そして最後のほうになってアタシたちの名前が呼ばれる。

するとそのときだった。


「ウオォォォーーー!凜ちゃん、ミコちゃん、みーちゃん!ゴーゴー!凜ちゃん、リン!リン!リーーーン!」

ワタルがマイ太鼓をドンドンと叩きながらメガホンで叫ぶ。

会場の中にはどっと大きな笑いが上がった。


(ワ、ワタルめぇぇ~~~~~~~!!)

(あ、あとでシバく!絶対シバく!)

(ああ、あまりに恥ずかしすぎるーーーーー)


アタシは真っ赤になって下を向いてしまった。

ミコは苦笑してるし

一方でみーちゃんは会場に投げキッスなんかしてる。


そして審査員が最前列に着席する。

今度は5人の審査員でその中にはさっきの面接のときにいたあの優しそうな微笑みをしていた年配の男の人もいた。


そしていよいよデュエット曲審査が始まった。


やはり選曲はAKBとかモーニング娘なんかが多い。

安室奈美恵や3人グループということでperfumeを歌うグループもあった。


最後から3組目のアタシたちが歌ったキャンディーズはかなり客席には予想外のものだったらしく、知らない人もけっこういるみたいで

「キャンディーズって?」

「さあ、知らない」

選曲紹介ではこんな声が聞こえてくる。


「真っ赤なリンゴを頬張る ネイビーブルーのTシャツ♪

あいつは、あいつはカワイイ年下の男の子♪」


しかし曲が始まると客席の反応は意外にも良かったみたいで

「へぇ、なんかカワイイ感じ」

「けっこうノっちゃう感じしない?」

なんて声が聞こえてきた。


それでも、カラオケルームで付け焼刃で練習しただけのアタシたちに比べて他の出演者たちの歌やダンスは完成度が高い。

実際女子の美果ちゃんたちなんかはさすが演劇部だけあって声の張りとかダンスの切れとかプロ並みと言ってもいいくらいだ。


それに対してアタシとみーちゃんはチア部ってことでダンスが全然関係ないわけじゃないけど、まさか制服のスカートでいつもみたいに足を挙げて踊るわけもいかない。ミコなんかは水泳部だから練習していた時も振付にはかなり苦労していたみたいだった。


それでもなんとか歌い切ったアタシたちだった。


「はぁー、やっと終わったねー。」

「まあ何とか歌い切れたし悔いなしだヨ。」

アタシとミコはこんな話を囁きながらホッとしている。

それに対してミーちゃんの目はギラギラと輝き、

「何言ってんのヨッ!絶対合格するわヨッ!」

といつもの雄叫びをあげている。



出場者はふたたびまた最初の控室に戻って集合する。

しばらくするとそこに2人の係の男の人がやってきた。


「それではこれから一次審査の結果を発表します。合格者は10組です。番号を呼ばれたグループはそのままこの会場に残ってください。」

そう言って封筒を開けると若い順に番号を読み上げていく。


「18番都立北高校チーム、43番実際女子高校チーム……」

やはり美果ちゃんたちの実際女子チームは合格だ。


そしてその後も番号は続けて読み上げられていく。


「45番ハリス女学院チーム」

これで8組目だ。

あとは2チームだけ。


「47番櫻園女子高チーム」

アタシたちの前のグループが合格だ。


「ああ、あと1組。やっぱり厳しかったみたい」

「まあ、これもいい経験じゃん」

「そうだねー。ミコ、帰りにクレープ行こうね」

「うん、行こう、行こう」


アタシとミコはそんなことを言い合い、そしていつも学校の礼拝の時間には居眠りばっかりのみーちゃんはこんなときだけは目をつぶって手を合わせてお祈り状態だ。


そんなとき


「そして最後の10組目は48番青葉学院高等部チームです」


「ほら、最後は青葉学院高等部だって。」

「青葉学院かあ。あれ?」

「エッ!!青葉学院!?アタシたちじゃん?」


その声にみーちゃんはいきなりパッと目を開けて、

「やったぁぁーーーー!」

思わずガッツポーズをとった。

アタシとミコは意外な結果にしばらくキョトンとしているのだった。




さて、思いもがけず一次選考を突破してしまったアタシたち

ここまで来ると「もしかして」という期待も少しだけ湧いてくる。


そして最終選考まで1時間の休憩タイム

アタシたち3人とその応援団たちはお昼ご飯を兼ねて再び集まり作戦を練ることになった。


「まさかとは思ったけど、本当に最終選考まで来ちゃうとは我ながらびっくりしたヨ」

ミコはそう言いながら目の前に置かれているラザニアにパクつく。


「我ながらびっくりじゃないわヨ。ミコ、アンタってホント自覚ないなー!アタシたちは選ばれるべくして選ばれたのヨ!」

そう言いながらたらこスパゲティーをほおばるトコトン強気なみーちゃん


そしてアタシといえば

「わぁー、CM出演料が1グループで50万円だって!! まず、みんなでパーティやるでしょ。それでもまだたくさん残るよね。そしたらアタシ、トオル君に何かプレゼント買っちゃおうかなー」

もう気分はほとんどアッチの世界に行っちゃってる。


それを聞いたトオル君

「おおっ、そんなこと言ったらホントに期待しちゃうぜー(笑)」

と大喜び。


もしかしたらトオル君は新しいカメラの機材でも考えているんだろう。

じつはアタシはひとつ考えているものがあって、それは2人のお揃いの腕時計がほしいなって思ってる。


トオル君がアタシにきちんと気持ちを伝えてくれたあの喫茶店で

カレはアタシに「2人で同じ時間を歩いていきたい」って言ってくれた。

その言葉がずっとアタシの心の中に残っていて、それを何かの形にしたいなってずっと思っていた。


同じ腕時計を2人でつけて、そして2人で手をつないで歩くとか

最近そんなことを想像してる。


「ミコ、最終選考ってどんな感じなの?」

久美ちゃんがミコに尋ねた。

「それがさあ……」

ミコは久美ちゃんの言葉に躊躇う表情をした。

すると

「水着審査ヨッ!」

そんなミコの躊躇いをバッサリ切り捨てるかのようにみーちゃんはスパッと言い放った。


「エー、水着!!ホントに?」

普段は冷静沈着な井川さんが大きな声を出して言った。

「ホントヨ。まさか最終選考まで進めるって思ってなかったから、今まではあんまり気にしなかったけど」

ミコは「ハァ~」と小さくため息をついてそう言う。

「3人で水着?」

トオル君がアタシの方を向いてそう尋ねる。


トオル君は何やらちょっと複雑な表情だ。

そういえばアタシってトオル君に水着姿を見せたことってなかったな。

っていうか、カレと付き合い始めたのが2年生の終わり

そして今年の初めて2人での夏を迎えるわけで


アタシが女としての人生を始めてから男の人に水着姿を見せたのは唯一ワタルだけだった。

中3のときの夏休み

アタシはワタルと2人だけでプールに行った

それがアタシとワタルとの初めてのデートだった


中2の夏休み、それまで自分を男だと思って男としての人生を送っていたこの身体に突然訪れた初潮という現実

そしてそれから1年後、その頃にはアタシの身体は胸はしっかりとした膨らみを示し、お尻は丸みを帯びて腰との境目がはっきりとしてきた。

洋服を着ているときは胸の膨らみも腰つきもそれほど目立たない感じだったけど、水着になると自分の身体がはっきりと女性であることを自覚してしまう。

思えばあのときに『ボク』は『アタシ』に変わったのだろう。


「ーーー凜?」

そんな過ぎ去ってしまった懐かしい記憶に浸ってチョットボーっとしているアタシにみーちゃんが声をかけた。

「エ、あ、ゴメン。なに?」

「なにボーっとしちゃってんのヨ? アノネ、ここで気を緩めちゃダメって言ってるの。最後の最後まで全力で立ち向かわなきゃ」

「あ、ウン。そうだよね。ウン、がんばろー!」

そう言ってアタシは少し焦ったように小さくVサインを出したが、みーちゃんは呆れた顔をしてアタシを見ている。


記憶を消されていない久美ちゃんはきっとアタシのそんな気持ちを察したのだろう。

みーちゃんがアタシの方から目を離すとアタシに小さくニコッと微笑んでくれた。

その一方でミコは黙ってオレンジジュースをストローで啜っている。


そんなことを話していると、そろそろ時間は最終選考開始の1時半まであと30分となっていた。


そしてみーちゃんは立ち上がり

「さあ、最後までがんばろー!」

と雄叫びをあげた。





「それでは続きまして青葉学院高等部チームです。」


ここは最終選考会場、今度は正面客席にお客さんが数百人いる大きなホールでの水着審査。

目立ちたがりのみーちゃんはともかくアタシやミコはさすがに恥ずかしい気持ちの方が先だってしまう。

アタシたち3人はミコみーちゃん、白(凛)のワンピース水着を身につけ軽快な音楽に合わせて小刻みなダンスステップでなんとか檀上に歩き出した。


壇上の中央まで来るとそこでストップ

そして3人並んで改めて客席を見ると


(うわぁ! ものすごい数じゃんっ!)

小ホール程度だった二次審査の会場よりもさらに一回り大きな最終審査会場にはまるでTVで見るコンサート会場のような大勢の人がいて、一点に自分たちを見ている。


(あ、わわわ…! アタシたちって、もしかしてとんでもないとこに来ちゃったんじゃ…)


そんなときでも慢心の笑みを浮かべる心臓の図太いみーちゃんだったが、アタシは小刻みに自分の足が震え始めるのを感じていた。


審査委員の中には一次予選のときに面接相手だったあのおじさんまでいる。


(あれ、頭がボーっとしてきちゃった)

顔が上気して真っ赤になっていくのを感じる。



「えー、それでは3人にひとつ質問をさせていただきます。今日こうして応募してきた3人の応募理由をお聞きします」


(へ?お、応募理由? えと、なんだったっけ?)

急な質問にアタシの思考回路は完全にショートしてしまった。


そしてそんな中、赤の水着のミコは少し躊躇いのしぐさを見せると

「高校生活のいい思い出になればと思って」

とさすがに無難な答えをする。


(あ、えと、そうだったっけ?)


青の水着のみーちゃんは

「えへへ~、じつは友達がアタシたちのこと勝手に応募しちゃいましてぇ~」

と打ち合わせのときの自分で勝手に作ってきた想定回答を図々しく…。


(あれ?そうだったっけ?)


アタシの顔はもう真っ赤、とても正面なんて見れやしない。


そして

「それでは最後に小谷さん、どうですか?」

質問者がアタシを促す。


「え、えと、その、あの…」

「はい?どうですか?」


(えと、なんだっけ?応募理由…)


そして頭の回路が完全に切断されたアタシが口走ったのは

「そ、それは、み、み、み…」


「み?みんなで相談して?」


「いえ、あの、その、み、みーちゃんが出たい出たいってしっつっこく言うからしょーがなく、あっ!しまった!」


思いもかけない回答に審査員も会場のお客さんたちも大爆笑

アタシの隣ではみーちゃんが鬼のような顔で睨んでいる。


「り~~~ん~~~~~っっ!!あんたはぁぁーーーーーーっっ!!!」

「ごっ、ごめんっ!みーちゃん、言っちゃった!」

「言っちゃったじゃないわよぉぉぉーーーーーーっっ!!まったくこの娘はっ!!」


ミコは頭をポリポリかいてお手上げ状態のポーズをしてる。


そんな大失態を演じてしまったからもうアタシたちは完全に諦めムードになってしまったわけだ。


水着審査が終わって出場者が待機場の会議室ではみーちゃんがさっきからずっとブツブツと文句を言っている。

「ごめんね、みーちゃん。ホントゴメン!」

アタシはもうとにかくさっきから平謝りでみーちゃんに謝っているわけだ。


「みーももういい加減凜のこと許してあげなヨ。」

そんなときミコが救いの手を差し伸べてくれるけど

「わかってるわヨ、でもさ、アタシだって一次突破できたから、もしかしたらって思うじゃない?期待しちゃうじゃない?」

そう言いながらまたブツブツモードに逆戻りしてしまう。


「凜も言っちゃったものはもうしょーがないんだから。あんま気にするんじゃないヨ」

ああ、こういうときミコのありがたさがホントよくわかる。

やっぱりミコはアタシよりずっと大人なんだって思う。




そんなとき背広を着た男の人2人が会議室の中に入ってきた。

その姿を見た会場のみんなはピタッとおしゃべりをやめ、部屋の中は一気にシンとした。


その男の人2人は会場の一番前に並ぶと

「エー、それではこれから最終合格者の発表を行います」

と告げた。


完全諦めモードのみーちゃんは

「へーへー、そーですか、発表しやすか」

と拗ねたような顔で捨て台詞を吐いている。


「みー、まだダメだって決まったわけじゃないんだヨ。最後まで希望は捨てないでおかないと。ね、最後までちゃんと聞いてようよ?」

ミコは冷静にそう言ってみーちゃんを励ます。


みーちゃんは

「わかってるわヨッ!アタシだってホントはもう凛のこと許してるもんっ!」

そう言ってぷいっと口を膨らませて拗ねたように横を向いた。


「まったくこの娘は素直じゃないんだから(笑)」

そう言ってミコは

「いい子、いい子」

と言ってみーちゃんの頭をなでている。



「それでは発表いたします。合格者合計で3組です」

ゆっくりした口調でその男の人は手に持っている封筒を開けようと自分の背広のポケットからはさみを取り出そうと手を入れた。


そこにいるすべての女のコたちが自分の番号を聞き漏らすまいと静まり返っている。


コチコチ、コチコチ…


あまりに静かな部屋の中で時計の秒針を打つ音まで聞こえてきた。


白い封筒のはさみが入れられ、そしてサクッと音を立てて封が切られた。


その男の人は中に入っている一枚の紙を取り出しそれを開く。


「それでは発表します」



「エントリーナンバー28番、横浜親栄女子学園チーム」


「きゃぁぁーーーっ!!やったぁーーーっっ!!!」

会場の前の方で女のコたちの喜びの叫び声が聞こえた。


「2組目です。エントリーナンバー43番。実際女子学園チーム」


(あ、美果ちゃんたちだっ!)

アタシたちのそばに座るさっきの実際の女のコたちはびっくりしたような顔で、そしてその後

「きゃぁぁーーーーっっ!!」

と声をあげて手を取り合って喜びだした。


「よかったね、オメデトー」

アタシが実際の女のコたちにそう言うと、3人ともホントに嬉しそうな顔で

「うんっ、ありがとぉー!」

と涙を流し始めた。


さて、ここまで来ると

「ああ、やっぱり番号の若い順に発表してるんだね」

と女のコたちは察知してここにいる全10組のうち43番より若い番号のほとんどのグループはドーンと一気にトーンが下がってしまい

「さ、帰ろっかあ?」

と身支度を始めてしまう。


「それでは最後の3組目です。あ、ちょっと待っててください」

そのとき合格者を読み上げている男の人に関係者らしき女性が寄ってきて小さな声で何かを囁いている。

そして2人は会場の隅に寄って相談を始めた。


するとそのとき

「フフッ…フハハハハッ!」

アタシの横で小さな笑い声が聞こえた!


それはまるで悪魔が地底深くから復活するような、不気味な笑い声。

そう、その悪魔の声の主はやはりあのみーちゃんだったのだ。


「フハハハハッ!なーんと、これで43番より前はぜんぶ落ちたわっ!そしてこれより後ろの番号はあとたった3組、確率は33%ヨ! これはもしかするともしかするわヨォォーーーー!!」

みーちゃんはここまでの流れから自分たちに望みが出てきたことを敏感に察知して復活を始めたのだった。


「あ、大変失礼をしました。」

ほどなくして男の人は再び中央に戻ってくる。

そのときアタシは彼がその女性から何か別の封筒らしきものを受け取ったのを見た気がした。


「それでは最後の3組目です。」

43番より前の女のコたちは完全な諦めムード、そして43番より後ろの3組はものすごい期待感ムードで会場の中は異様な雰囲気だ。


「エントリーナンバー11番、都立城東高校チーム。」


(えっ!!あれ??)


会場全体が天地をひっくり返したような感じになった。

言われた11番の女のコたち自身呆気にとられている。

そして

「きゃぁぁぁーーーーーーーっっ!!!」

さっきの2組よりもさらに大きな奇声があがった後飛び上がって喜び始めた。


(ああ、アタシまでちょっと期待しちゃった(笑))


あまりの意外さにみんなはもうボー然自失状態。

そしてフッと横を見ると


ドーーーーンッ!!!


と落ち込んでしまっているみーちゃんがいた。


「ううっ・・・期待させるんじゃないわよぉぉ」

彼女は半分鳴き声みたいな小さな声を絞り出している。


「ああ、そっちに戻るかあ(笑)」

ミコはそう言ってケラケラと笑い始めた。


「びっくりしたねぇ。アタシもチョット期待しちゃった(笑)」

アタシまで釣られて笑い始めてしまう。


「うう、アタシなんて完全復活モードに入ってたのよぉぉーーー!」

みーちゃんは引き寄せた一本の細い糸をサクッと断ち切られたように一気に落ち込みモードに戻ってしまった。


「みーもここまで夢見れたんだからいいじゃん(笑)帰りになんか美味しい物でも食べてこうよ?アタシ、奢っちゃうからさぁ」

ミコはそう言って笑いながらみーちゃんを慰めている。


「うう、奢ってくれるんならクレープ…クレープがいい」

みーちゃんは泣きながら絞り出すようにそう言った。


「クレープ、いいわヨ。アンタの大好きなチョコバナナに生クリーム山盛りのクレープね?」

「山盛りじゃないわヨッ!てんこ盛り!てんこ盛りじゃなきゃ許さないからねっ!!」


「わかった、わかった(笑)生クリームてんこ盛りのクレープね」

「トッピングも付けていいかなぁ?(泣)」

「アハハ、いいわヨ。トッピングもてんこ盛りね(笑)」


「さあ、じゃあ発表も終わったし。そろそろ帰ろうか」

ミコがそう言ってアタシたちがバッグを持って立ち上がろうとしたとき


「あ、ちょっと待ってください」

そう言って合格発表を読み上げた男の人が帰ろうとする女のコたちを止めた。


「じつはさきほど追加の知らせがありまして、合格者は先ほどの3組なんですが、今回は審査員特別賞ということでもう1組合格者をあげてくれということでした」


その言葉に会場の雰囲気は一気に様相を変えた。

しかしみーちゃんはもう完全にどん底モードに入っているのでそんな言葉には動じない。


「ハハハ、どうせアタシたちじゃないわヨ」

彼女はもうやけになっている。


そのとき

「審査員特別賞はエントリーナンバー48番、青葉学院高等部チームです」

男の人はサラッとその内容を読み上げた。


「ほーらね、青葉学院高等部だって!いったいどこのチームなの?顔だけでも拝見してやるわっ!」

みーちゃんはそう言って両手をあげてお手上げのポーズを取った。


「え、あ、あの、みーちゃん?」

「なにヨッ!」

「青葉学院って、アタシたちなんですけど…」

「え?あれ?」


みーちゃんはしばらく頭を抱え込んで悩む。


そして

「やったぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」

その手をそのまま高々と上にあげてさっきの3組よりもさらに大きな奇声を発したのだった。

まさにそれは戦いに勝利したマウンテンゴリラのような雄々しいものだった。




こうしてアタシたちは正規の合格者ではなかったが、思いもかけず繰り上がった補欠合格という形でCM出場という切符を手にしたのであった。


「アタシは絶対アナタたちは受かるって思ってました」

発表が終わったあと実際女学園の美果ちゃんにそう言われたのは不思議だった。


「そうかなあ?アタシはまだ信じられないけど(笑)」

ミコはそう言って笑ってるけどみーちゃんはさっきからマウンテンゴリラの雄叫びをあげたままだ。


「これでこの4組の中から最終的に誰が選ばれるかですよね」

美果ちゃんは真剣な表情に変わってそう言った。


「あ、さっき言ってたことだよね? でも、アタシたちは補欠合格みたいなものだから。やっぱりふつうに考えて正規の3組の合格者の中から選ばれるんじゃないのかなあ?」

アタシはそう言ったが実際の奈々ちゃんは

「エー、それはわかりませんよぉ。もしかしてある日突然デビューしないかなんて言われたり」

と言う。


「もしそうなったら小谷さんはどうします?」

美果ちゃんはアタシにそんなことを尋ねてきた。


「うーん、そう言われても今はわからないけど…、でも、アタシはCMに出れるだけでもう夢みたいだなぁ」

「そうかなあ。小谷さん、それってもったいないって思うけど」

「アハハ、アタシなんかじゃアイドルなんてとても無理(笑)さっきみたいな失敗やっちゃいそうだし」


しかしその美果ちゃんたちの言葉はその後本当のものとなったのである。



そんなこんなでディズニーランドのCMに出ることになったアタシたち3人、7月末から始まった夏休みの始めにさっそくCM撮りが行われ、撮られたCMは合格者4組が毎週1組ずつ8月から9月にかけて全国放映の番組の中で流されることになっている。


そして出演料としてもらった50万円のうち20万円を使って応援に来てくれた人たちと大パーティをして残ったお金を3等分して分けた。

アタシはもしかして合格したらと淡い期待で予定していたお揃いの時計2つを買ってトオル君にプレゼントしたのであった。





そして季節は8月も半ばになろうとする頃

突然の思いもかけない電話でアタシたち3人はスターダストプロから呼び出されたのであった。


スターダストプロは青葉学院から歩いて15分ほどの距離の広尾に事務所がある。

想像したよりもずっと大きなビルで、入口のところの表示にはこの25階建ての大きなビルの5フロアも使って事務所があるのがわかった。

エレベーターを上がり受付のところに行くと、そこには2人の女の人が格好いい制服姿で座っている。


アタシたち一介の女子高生には、こういう場でどう言ったらいいのかさえわからない。

少し離れたところで3人でこそこそと相談をして、まずみーちゃんがその受付におずおずと近づく。

「あ、あの、私たち呼ばれて来たんですけど…」

みーちゃんがぶっきらぼうにそう言うと

「いらっしゃいませ。ご連絡させていただいたのは誰でしょうか?」

そのお姉さんは優雅にそして丁寧にそう尋ねてきた。


「えっと、前田さん…、いらっしゃいますか?」

「かしこまりました。少々お待ちください」


そしてお姉さんは内線電話で何やら話をして切ると

「ただいま参りますのでこちらにどうぞ」

ニコッと微笑んで言った。


そのお姉さんに案内されてアタシたちは10畳ほどもありそうな応接室に通される。

そこにはふかふかのじゅうたんに大きな立派なソファとテーブルが備え付けられ、そして壁にはなんだかわけのわからないけど高そうな絵もかけられている。

さらにその横を見るとよくTVとかで見る芸能人たちの写真が何枚もかけられていた。


「うわ、なんかすごい部屋だねー!」

みーちゃんが落ち着かないような顔であたりを見回して言った。


「あ、ほら、あれって紺野沙紀じゃない?」

「あ、ホントだ。あ、あれって清水雄介だよね?ここの事務所だったんだあ」

そんなことを女3人寄ればかしましいとばかりに、しゃべりだすともう止まらなくなる。


ペチャクチャーーーペチャクチャーーー


そんなとき

カチャッ

小さなドアノブの音がして入って来たのは2人の男の人だった。


そのうち一人は

「あ、あのもしかしてあのときの?」

そう、コンテストでアタシたちの面接をしたあの男の人だった。

その人はあの時と同じように夏の今でもキチンとスーツを着てネクタイを付けている。

年は50歳をちょっとすぎた感じだろうか。

それでもその年の男の人にしては若い熱気みたいなものを感じて、そしてとても清潔そうだ。


「やあ、お久しぶりですね」

その男の人はアタシたちにそう挨拶するとスッとソファに腰を下ろし、その横にもう一人の30代くらいの感じの男の人が座った。


「今日は事務所までお呼び立てしてしまい申し訳ありませんでした。私は前田と申します」

前田さんは、アタシたちみたいに自分の娘のような女子高生に対してもきちんとした敬語で話す。

それがとても好印象だった。


「あ、いえ。でも、すごいんですねー。あの人もこの人もみんなこの事務所だったなんてびっくりしました!」

みーちゃんが少し大げさにそう言うが


「ハハハ。ここにはいろいろな部門がありますからね。演劇を中心とした俳優女優のマネジメント部門、アイドル部門、フォークやロック歌手のマネジメントもしてるんですよ」

と丁寧に説明をしてくれる。


それを聞いたみーちゃんは

「へえー!すごーい!でも、あの、マネジメントって何をしてるんですか?」

唐突にこんな質問をしてしまった。


「みーちゃん、失礼だよぉ」

アタシはソファの横に座るみーちゃんのスカートのすそを小さく引っ張って小声でそう言うが


「いいじゃん。せっかくだからそういうのも勉強なんだし」

みーちゃんは全然気にしない様子でそう言い返す。


すると

「ハハハ、いや、構いませんよ。確かに高校生の皆さんには新鮮な世界ですよね」

と前田さんはさらに丁寧に説明を続けてくれる。


「貴女方がいつも映画やTV、コンサートなどで見る俳優や歌手たちはそれぞれがみんな素晴らしい才能を持っています。でも、彼らがそういう才能を発揮する場がなければいけませんよね?だからそれを私たちが用意する。そして彼らがそういう才能を発揮しやすい環境を作ってやる。それがマネジメントの全体像でしょう。だから私たちは誇りを持って仕事をしています。いつもTVの中に映っているのは彼らだけど、彼らが評価されることで私たちも評価を受ける。逆に彼らが評価されないときは、それは彼らだけの責任ではない、いうなれば私たちにも責任があるわけです。その意味で両者はお互いがパートナーの関係であるわけです」

そう話す前田さんの表情には本当に誇りをもって仕事をしている男の人の顔を感じる。

みーちゃんはその前田さんの話を真剣な顔でじっと聞いていた。


そしてしばらくの間こんな色々な話をした後に前田さんは

「ところで」

と話を切り出した。


「今日お出でいただいたのは、実は貴女方にお伺いしたいことがありまして」


「まず貴女方は、本来の合格者ではなく審査員特別賞の自分たちが呼ばれたことをなぜ呼ばれたのかと不思議に思いませんでしたか?」

ニコッと微笑んで前田さんは聞いてきた。


「思いました。アタシたちは補欠みたいなもんなのに。だからなんで呼ばれたんだろう?って」

ミコは素直にそう答える。


「ちょっと警戒心を持ったんじゃないですか?」

「え、ええ…ごめんなさい」


「ハハハ、いや、いいですよ。当然です。ちなみに貴女方は補欠なんかじゃない。それどころか、実は貴女方こそがあのコンテストの優勝なんですよ」


「アタシたちが優勝!?」

「そうです。本当は貴女方が優勝なんです」


「あの、でも、それじゃなんで合格者の中に入らなかったんですか?」

「それは最初からそのつもりだったからです。優勝者は別枠にする予定だったのです」


そして前田さんはこんな話をしてくれた。

「どうも噂に出てしまったようですが、このコンテストが実は単なるCM出演のためのものではなく、新人発掘のため行ったものであるということを貴女方はご存知でしたか?」

「あ、はい。たまたま会場で知り合った他の学校の女のコたちがそんなことを言っているのは聞きました」


「それは本当の話です」

「じゃあ、それで私たちを?」


前田さんは目の前にあるコーヒーをゆっくり一飲みして、そしてアタシたちに聞いてきた。

「どうです? 貴女方もこの写真に映っている人達の後を追ってみませんか?」


「後を?それはアタシたちにデビューをしてみないかっていうことですか?」

ミコはまっすぐ前田さんを見ながらそう尋ねた。


「ええ、そうです。3人グループでアイドルとして活動を始めるのもいいし、また一人ずつ活動をするのもいい。私はあの面接のときの貴女方に大きな夢を感じてしまったのです」

「夢、ですか?」

「そうです。貴女方の答えはあのとき私の気持ちを優しく温かくさせてくれました。その優しさと温かさを多くの人たちにも与えてほしいのです。どうでしょうか?」


前田さんのアタシたちを見つめる瞳は真剣だった。

一目見ただけですごく穏やかそうな前田さんが、少し腰を浮かせ、アタシたち3人の目を一人ずつまっすぐ見ながら訴えている。


そしてそんな前田さんの言葉に、アタシたち3人は適切な言葉も見つからず戸惑いを感じながらお互い目を合わせている。


静まり返った部屋の中

前田さんの突然の話にどう返事をしたらいいのか、アタシたち3人の誰もわからなかった。


そんな沈黙を破ったのはミコだった。

「あの、すみません。せっかくのお話なんですけど、アタシはご遠慮させてください」

そう言ってミコはペコンと前田さんに頭を下げた。


「やはりダメ、ですか?」

「はい、ごめんなさい。でもアタシ、ずっと描いてきた夢があるんです」


「あのときお話されていた学校の先生になりたいという夢、ですか?」

「はい。そのために今までずっと努力をしてきました。変な言い方しちゃってごめんなさい、アタシは人からもらった夢じゃなくて自分で作った夢を叶えたいんです。だから…」


「貴女は強い女性ですね。うん、正直びっくりしました」

ミコのはっきりした言葉に前田さんは微笑みを浮かべながらそう言った。


「アタシが? 強い、んですか?」

「ええ、でも他人に対してではないですよ、貴女は自分に対しての強さを持った素晴らしい女性だと思います」


「そ、そうかなあ…」

ミコは前田さんの言葉に照れながら顔を真っ赤にしている。


「わかりました。貴女のその夢、是非とも叶えられるよう私も応援しております。これから仕事を離れてでももし参考になるようなことがあればいつでも相談に来てください。私でできることであれば協力させていただきますから。」


そして前田さんは今度はアタシの方を見て言う。

「小谷さん、貴女はどうでしょう?貴女のお気持ちを聞かせてください」


アタシは少し考えた。

じつは気持ちは最初から決まっていた。

でも、それをどう表現したらいいのか…。


そしてアタシは心の中に浮かんだ言葉を紡ぎながらこう言った。

「アタシも…ミコ、いえ藤本さんと同じように辞退させてください。あ、お気持ちはとても嬉しかったです」


アタシの言葉に前田さんは咎めるような表情はしてない。

むしろ打ち明けたアタシの気持ちを受け止めるような優しい表情で尋ねる。

「貴女も藤本さんと同じように何か夢を持ってらっしゃるのでしょうか?」


「いえ、アタシは・・・彼女みたいにはっきりした夢とか持ってません。でも…」

「でも?」

「実はアタシ、春からお付き合いしている男の人がいます。同じ学校の先輩で今は大学生です。知り合ったのはずっと前で、アタシが高校に入学する少し前なんですけど、お付き合いを始めたのは今年の春になってからです」


「貴女方はたしか青葉学院でしたよね? それではその方は青葉学院大学へ?」

「はい。内部進学で進みました。アタシは、彼の存在を大切にしたいんです。いつかどうなるか、なんていうのは今はまだわかりません。でも、今は彼のそばにいられる自分をとても嬉しく思ってます。だから…すみません」


「そうですか。貴女は、あのとき中学の先生からいただいた宿題のことをお話しされましたよね?」

「え、覚えてたんですか?」

「ええ。人を愛せる人間になりなさい、人に愛される人間は人からも愛されます。その意味を一生をかけて考えていってください。たしかそういう言葉でしたよね?」


「え、ええ、そうです。びっくりしました。何十組も面接している中でアタシの言ったことを覚えているなんて」

「ハハハ、覚えてますよ。しっかり、とね。そう、ですか。貴女もダメ…ですか?」

「…ごめんなさい」


「いや、しょうがないでしょう。まあ、貴女のことは特に記憶にあったものでちょっと残念な気持ちはありましたが(笑)」


前田さんの言葉はとても暖かかった。

そんな前田さんの期待に応えられないことで少し胸がチクチクと痛む気もする。

それでも

「ごめんなさい」

と言うしかない。


そのときだった。

「あの!アタシ…」

そう言って突然声をあげたのはみーちゃんだった。

「はい、君は佐倉さんでしたよね。君にも聞きたいですね。どうでしょう?」


「アタシ、やらせてください」


「み、みーちゃん!」

「みー、アンタ!」


「前田さん、アタシ、ずっと夢を見つけてきました。でも、今まで見つけられなかった。だからずっと2人が羨ましいなぁなんて、思ったりもしました。これは、藤本さんの言うように人から与えられた夢かもしれないけど、でも、自分が一生懸命になれるものがほしいんです。」

そう言うみーちゃんの瞳からは本当に真剣な気持ちを感じられる。

でも、正直いってアタシにはすごく意外だった。

人から与えられる夢っていうものを一番嫌いなのはみーちゃんだって思ったから。


「お呼びした私がこんなことを言うのも変かもしれませんが、貴女の覚悟を知りたいのです。今までの私の話の中で誤解させてしまっている部分もあるかもしれませんが、貴女方高校生にとって芸能界というとまるでバラ色の世界のようなイメージもあると思います。しかし実際のこの世界はきっと貴女が思っているよりもずっと厳しいものであることは間違いないでしょう。それでもこの世界でやる覚悟はありますか?」

そう言って今まで優しい印象だった前田さんは急に厳しい表情へと変わった。


みーちゃんはいきなり厳しくなった前田さんの表情に少し戸惑いの瞳を浮かべながら、それでも

「はい、あります。アタシ、やりたいんです」

はっきりとそう答えた。


「わかりました。それでは1週間もう一度よく考えてください。ご両親にもお話してください。そのうえで貴女の気持ちが自分自身ではっきとしたらご連絡ください。もしご両親が難色を示されるのならそれもちゃんと仰ってください。私がお宅にお伺いしてよくお話をさせていただきましょう。」



事務所を出たアタシたち3人は来た道を再び歩き出す。

アタシたちはしばらく誰も何も話そうとしなかった。


そしてその途中ミコが話したのはようやく駅に着こうとするときだった。

「ねぇ、みー。アンタ、本気なの?」


「ダメ…かなぁ?」

みーちゃんは、なぜかアタシたちの許しを求めるような、頼りなげな言葉を返す。


「ダメっていうわけじゃないけど、それはみーが決める問題だから、アタシたちがどうこういう権利はないしね。でも実際芸能界って前田さんが言ってたようにけっこう、ううん、かなり大変だと思うヨ」

「うん、アタシもそう持った。前田さん、すごく正直な人みたいだから、みーちゃんの気持ちをかなり確かめてたしね」

「わかってる。でもアタシやってみたいんだ。頑張ってみたい。自分の夢を持ちたいの」


「そっかぁ」

「うん」

「わかった。じゃあ、アタシと凜で応援する。みーがやりたいなら」

「だよね。みーちゃん、アタシも応援するから」


そして、それから1週間ほどして、みーちゃんは正式にスターダストプロと契約をすることになったと話してくれた。


みーちゃんは、あれから家に帰ってこのことをまず両親に話したそうだ。

これは前田さんとの約束でもあった。

ところが、ある程度の予想はしていたらしいが、みーちゃんの両親はこの話を聞いてびっくりして猛反対、普段は冗談の多いお父さんがスターダストプロに電話をして断ると言ったらしい。


それでその日は彼女は両親と大喧嘩になり、彼女はその日お風呂も入らずそのままふて寝となった。

翌日、みーちゃんは再度両親の説得に。

たまたま日曜日でもあり、お父さんもその日は家にいたので10時間にも及ぶ説得の上やっと前田さんの話を聞いてもらえることになったらしい。

しかし、それでもみーちゃんの両親は前田さんに来てもらってその場できちんと断ろうと思ってたそうだが、前田さんの誠実な人柄に感心し条件付きということで彼女の芸能界入りを認めたのだそうだ。


その条件とは、高校在学中は大学進学を前提としてできる範囲での芸能活動に限定すること。



こうして、みーちゃんは思いもかけず芸能界に入ることなった。

しかしこれがその後の彼女の生活をあまりに大きく変えることになるとはこのときアタシたちの誰もが気づかなかった。


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