第18話 銀杏並木のセレナーデ
いろいろあったボクと久美ちゃんの大阪旅行
わかったことはたったひとつだけ。
それは、あのワタルはボクたちの知っていた幼馴染のワタルじゃなかったってことだ。
しかし、そのたったひとつのはっきりした事実は、ボクがワタルに対してずっと抱いてきた不思議な違和感の多くを説明してくれた。
帰りの新幹線の中
「凛にとってはもっと悲しい事実になっちゃったのかな。 知らないままの方がよかった?」
久美ちゃんはボクにそう尋ねた。
ボクは少し考えて、そしてこう答える。
「ウウン。知らないままカレがいなくなったほうがずっと悲しかった。久美ちゃん、ホントにアリガトね」
するとそのとき
「ね、アタシの初恋の相手・・・」
久美ちゃんが呟くように一言言った。
それはもしかしたら聞き逃していたくらいの小さな声だった。
「エ、なに?」
「アタシの初恋の相手ってさ、知ってる?」
「ウウン、知らない。誰が好きだったの?」
「フフフーーーーー」
「なに?その意味深な笑い 教えて?ねぇ、久美ちゃん?」
「何を隠そうア・ン・タ」
「エエエッ!そ、そうだったの?」
「まあ、ーーといっても、それは小学生まで。男のコと女のコってそれくらいから少しずつ分かれてくじゃない。身体もそうだけど、雰囲気っていうか」
「でもアンタはなぜかあっち側の男のコたちの方に向かっていく感じがなかった。アンタの周りにはいつもアタシたちと同じ柔らかい空気が流れていて、一緒にいても異性といる気がぜんぜんしなくてさぁ。 いつのまにかアタシにとってアンタは、初恋の相手から同性の幼馴染って感じに変わっちゃったのヨ」
「だからさ、中2のとき、アンタがホントは女のコだったってわかったときも、アタシはぜんぜんびっくりしなかったな。ああ、やっぱり…って、そう思ったんだ」
「そうだったんだ? なんか…悲惨な初恋にさせちゃってゴメンっていうか、なんていうか…」
「アハハ、まあフツーの人じゃ経験できない初恋だから、今思えばそれも貴重ヨ(笑) でもさ、今まで自分のそばに居たハズの人は突然いなくなった。今の凛にとってそれはショックで悲しいことだろうけど、彼のすべてがなくなってしまったわけじゃないから。彼はアンタにたくさんのものを残してくれたんじゃないかな」
「ウン。そうだね。アタシは…あの人のことをきっと忘れないヨ」
そして、
東京に戻ったボクたちはまた日常の生活の中に身を置く。
季節はもう秋
あの大阪旅行から3ヶ月近くが経とうとしている。
青葉学院のキャンパスでは正門から続く銀杏並木が黄金色に葉を染めていた。
明日は日曜日で学校は休み
そんな日の夜、ミコから電話がかかってきた。
「ねぇ、凛。アンタ、明日って何か用事ある?」
「明日?ウウン、特に何もないけど。どっか遊びに行く?」
「ウン。あのさ、青葉大の学園祭今やってるのヨ。行ってみない?」
そういえばそうだった。
高等部の校舎の中にもそんなポスターが貼ってあったっけ。
青葉大の学園祭は毎年すごい規模で行われる。
3日間に15万人もの来場者が青葉キャンパスを訪れ、キャンパスの中にはたくさんの出店や催し物が行われるらしい。
「いいヨ。アタシも行きたい!」
そんなわけで、翌日の日曜日
ボクとミコは駅で待ち合わせをして青葉キャンパスへと向かったのである。
さすがに大学の学園祭らしく正門に着く前から人の波が始まっている。
「わぁー!スゴイ!!」
初めて目の当たりにする大学祭。
それはもう言葉にならないほどのすごい熱気だった。
銀杏並木のメインストリートにはこれでもかというくらいの数の人がいて、たくさんの屋台が並んでいる。
だからいつものように歩こうとしても中々前に進めないのだ。
「イラッシャイ!イラッシャイ!」
「見ていってーーーー!」
並べられた屋台からは大学生たちのお誘いの声が張り上げられている。
「スゴイ数の人だねぇー。まずどこから見に行こうか?」
ボクは横を歩くミコにそう尋ねた。
「エットね…ちょっと待ってて」
そう言ってミコはさっき入口のところで1部300円で買ったパンフレットをパラパラと開き何かを調べている。
「あ、こっちみたい!」
そう言ってミコは『ある方向』に向かって進みだした。
「こっち? ってミコー、ちょっと待ってヨー」
ボクはミコの進む方向に付いていくのはがやっとだ。
そしてたどり着いたのは奥の方にある大きな校舎の前
そこにもいくつかのサークルが屋台を出してはいるけど、かなり陰気くさい場所で歩いている人も少ない感じだ。
ミコはそのうちのひとつで『旅の会』と看板に書かれたクレープの屋台の前で立ち止まると、クレープを焼いてる女の人に
「あの、芦田さんっていらっしゃいますか?」
と話しかけた。
あ、なーんだ(笑)
ナルホド! それでネ!
「エ、ター坊?」
そう言ってその女の人は、後ろの方背中を向けてでクレープの粉を水に溶いている男の人に声をかける。
「ター坊ーーー!なんかアンタにお客さんみたいヨーーー!」
クルッと振り向いた男の人は久しぶりに会う芦田さんの優しい笑顔だった。
「やぁー、来たな。凛ちゃんもひさしぶりだね」
「ミコぉ、アンタ、最初からその予定だったんでしょ?」
ボクはニヤっと笑ってミコのホッペを指でつついた。
「エヘヘーー。ごめぇーん」
ミコはニヤケた顔でボクに両手を合わせるポーズをする。
「フフフ、いーよ(笑) あ、芦田さん。お久しぶりです」
ボクはそう言ってペコンと頭を下げて久しぶりに会う芦田さんに挨拶した。
すると
そこに男の人が2人近寄ってくる。
「ああ、疲れたー。だめだぁ~、バケモノを見るような目で見られちゃってぜんぜん売れんわぁ」
その声にボクとミコが後ろをクルッと振り向くと
「!!!」
なんと大学生の男の人2人がワンピースのメイド服姿でかごを首から下げていた。
頭はヴィッグらしき長い髪なんだけど、それは女のコのヘアスタイルというよりもむしろ秋葉原あたりにいるオタクの女装のような。
「あの…あれは?」
ボクが芦田さんに恐る恐る尋ねると
「ああ、あの格好でクレープ売れば受けて買ってくれるんじゃないかって思ってやってみたんだけどね、ハァ、やっぱりダメだったかぁ~。こりゃ、赤字決定だなぁー」
芦田さんはため息を付くように言った。
「だから奈々がやったほうが絶対売上伸びるって」
その女装姿のうちひとりがそう言ってカゴを下ろした。
「でもクレープをちゃんと作れるのって奈々しかいないんだし、奈々が売り子に回っちゃったら作るヤツがいなくなっちゃうじゃん。木場、オマエ練習のとき何枚失敗したと思ってるんだヨ?」
「…10枚」
すると女装姿の男の人たちがボクとミコの方を見て
「アレ、お客さん?」
とクレープを焼く女の人に尋ねた。
「違うヨ。ター坊の知り合いの女のコたち」
「へぇ、2人ともすごい可愛いじゃない。芦田、知り合いってどういう知り合いだよ?」
「2人ともオレの妹だよ」
「嘘つけー。オマエんちってあの憎ったらしい弟しかいねーじゃんか」
「ハハハ。じつは2年前にオレ入院したことあったろ?そのときこっちの小谷 凛ちゃんと病院で知り合ってね。 それでこっちはその友達の藤本 美子ちゃん。2人とも今年高等部に入学したんだ」
「こんちにわ。小谷です」
「藤本です」
芦田さんに紹介されてボクとミコはその2人にも挨拶をする。
「ヘェー、2人とも高等部生かぁー。じゃあ、広い意味での青葉生ってわけだ!」
すると2人の女装姿のお兄さん達はコソコソと内緒話をはじめた。
「おお、いいじゃん!」
そして彼らはボクとミコの方を向いて
「どう、キミたち。アルバイトしない?」
と言ってきた。
「アルバイト?」
そう言われて不思議そうに顔を見合わせるボクとミコ
すると
「オイオイ、オマエらまさかーーー」
芦田さんが何かを感づいたように言った。
「そうさ!やっぱりメイドは女のコじゃなくっちゃ!」
「芦田ぁ、クレープ屋は競争が激しいんだから、このままじゃ真っ赤っかで冬合宿のためにみんなでバイトで貯めた貯金を持ち出すことになるんだぞ」
2人はそう言って嘆くように芦田さんを説得しようとする。
「ウーーン、しかしなぁ・・・」
腕を抱えて悩む芦田さん
そこにミコが
「いいじゃない。凛、やろうヨ!芦田さん、アタシたち頑張ります!」
と手を挙げて答えたのだった。
そしてなぜこういうことになったのかよくわからないうちに
ボクとミコ2人のメイド娘が誕生した。
「オオーーーッ!スッゲー可愛い!!」
「ね。ねぇ、これで「ご主人様、クレープいかがですか?」って言ってみてヨ?」
エーーーイッ!
もうこうなったら乗りかかった船だぁーーー!
お世話になった芦田さんのため
何でもやってやろうじゃないのっ!
「ご主人様ぁ、クレープいかがですかぁ♪」
ボクは、少しシナをつけながらニコっと笑顔で言う。
「オォォォーーーーッッ!!ゾクゾクするくらい可愛ィィーーーッッ!!」
そして今まで女装姿だった芦田さんのお友達の木場さんと久田さんの2人は元の服に着替えて、何やら大きな紙に字を書き始めた。
『今なら3枚お買い上げで握手券
5枚お買い上げならなんとペアで写真を撮影!』
それを見た芦田さんはびっくり
「お、おい!これじゃAKB商法だろっ!」
「そうさ。ただし青葉生だからAOBって言ってほしいね!」
「芦田ぁー、オレたちの冬合宿がかかってるんだぞ? ちょっとくらい販促かけんとまたバイト生活始めにゃならんのだぞぉー」
ミコはもうクスクスと笑っていた。
さて
AKBならぬAOB、凛&ミコのステージが始まった。
「いらっしゃいませぇ~。ご主人様ぁ~」
ボクとミコはお店の前で甘い声で歩く人を誘う。
「おっ!」
「アレ何だ?」
しばらくするとお店の周りにはたくさんの人たちが集まってきた。
「あ、あの娘たち可愛いー!」
中には女のコもいる。
「ハイハイ!いらっしゃいませー。こちら3枚お買い上げー!ミコちゃん、握手ヨロシクー!」
「ハイ、こちらは5枚ですね。凛ちゃん、ペア撮影ヨロシクー!」
AOB商法はまさに大当たり状態
「オォォォーーー!大儲けじゃーー!!」
「ワハハハーーー!笑いが止まらーーーん!!」
木場さんも久田さんもウハウハ状態だ。
そして奈々さんは必死にクレープを焼き
芦田さんはこれまた必死に粉を溶いて生地の元と生クリームを作る。
午後3時を過ぎた頃にはとうとう完売となった。
「ワハハハハ! これぞ商才!!」
「やったぞぉー! これで冬合宿はスキー三昧じゃぁー!!」
あと片付けを終わり、ボクたちも服を着替えてくる。
芦田さんは済まなそうな顔で
「いやー、ゴメン!! せっかく2人を学祭に招待しておいて、逆に働かせてしまうなんて」
そう言ってボクたちに両手を合わせて謝った。
「アハハ、いいんです」
「アタシたちだって楽しかったし。ね、ミコ」
そこにクレープを焼いていた奈々さんが近づいてきた。
「2人ともホントにありがとうね。 それで、これ少ないけどアルバイト代」
そう言って5千円ずつをボクたちに渡そうとした。
「あ、イエ。そんないいです」
ボクもミコも遠慮しようとする。
「でもそれじゃ申し訳ないわ。ね、受け取って?」
芦田さんも横から
「いいじゃない。受け取ってくれたらボクたちもありがたいし」
と言う。
「じゃあ、すみません。いただきます」
そう言ってボクとミコはそれぞれ5千円ずつをいただいた。
「それにしても学祭もあと2時間で終わりか。2人ともどこにも連れて行ってやれなかったなぁ」
芦田さんが残念そうにそう言った。
きっとミコも芦田さんと回るのを楽しみにしてたんだろうな…
そういえば横にいるミコをちらっと見るとちょっとさみしそうな表情だ。
そのとき
プルルルル!!
とボクの携帯電話が鳴った。
「ハイ、アタシです」
電話に出てみると、それは笹村先輩からだった。
「いや、じつは今部活の練習で学校にいるんだけど、さっき菊池が大学の学食にメシを食いにいったとき途中で小谷さんがメイド服姿で何か売ってたって言ったからさ」
そのときボクは
ピン!!!
ときた。
「あの、笹村先輩。練習はもう終わりなんですか?」
「ああ、もう着替えて高等部の裏から出ようとしているとこ」
「だったらこちらに来ませんか?」
ボクがそう言うと
笹村先輩は嬉しそうな声で
「エ、オレがいっちゃっていいのかい?」
と言う。
「ハイ。お待ちしてます」
それから5分ほどして笹村先輩は現れた。
ボクは笹村先輩を芦田さんに紹介する。
「はじめまして。高等部2年の笹村です」
「やぁ、はじめまして。経済学部3年の芦田です」
そしてボクは芦田さんに提案した。
「ねぇ、芦田さん。あと2時間もありますヨ。せっかくだからここでペアに分かれてゆっくり過ごしませんか?」
横にいるミコは
「エ?」
と不思議そうな顔をした。
「ペアって?どうするの?」
芦田さんがボクに尋ねる。
「芦田さんとミコ、それでアタシと笹村先輩。2つのペアになりましょう!お互い別々に分かれて最後の2時間を楽しみましょう。ね、ミコもいいでしょ?」
近くでそれを聞いていた奈々さんも気がついたらしく
「あら、いいじゃない。ター坊、せっかくだからいってらっしゃいヨ。あとはアタシたちがやっとくから」
すると
ミコはパッと晴れた表情になって
「ウ、ウン!」
と大きな返事をした。
「エ、アレ?オレ、いいのかな?」
笹村先輩は状況がよく理解できていないみたい(笑)
「さあ!笹村先輩、行きましょう!」
ボクは何が何だかよくわからない様子の笹村先輩の腕に自分の手を回してを引っ張っていくのであった。




