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第16話 そしてそのとき・・・

高1の夏休みもあと1週間を残そうとするある日のことだった。

ワタルからボクの携帯電話に突然連絡があった。


「ひさしぶりやなぁー。元気しとったか?」

相変わらず飄々とした感じのカレの声がボクの耳に心地よく響く。


「元気しとったかじゃないヨォ! 夏休み入ってから今まで何の連絡もしないで、どーしたの?心配してたんだからねー」

久しぶりに聞けたカレの声に自然と顔がほころんでしまう。

それでもボクはわざと少し拗ねたように言い返してやった。


「ワハハ、まあそう怒るなや(笑) ところでな、凛ちゃん。あさって暇かい?」

「あさって? ウン。特になにも予定はないけど。なんかあるの?」


「いや、もしよかったらデートしてくれへんかなって思ってな」

「デート?」

「そうや、デートや」


今までワタルと2人きりで会ったは何度もあった。

学校が終わったあと2人で帰ったこともたくさんある。

それでもデートという表現は今までカレは使ったことがない。


ボクはこのとき心のどこかで、それが何だかわからないけど、コロンとした小さな違和感を感じていたのかもしれない。


「あのさ、いいけどさ・・・」

「いいけど、なんや?」


「あ、ウウン。なんかあったのかなって思って」

「いや、別になにもあらへんヨ。せっかくの夏休みに自分の彼女をどこにも連れて行ってやれない彼氏じゃしょーもないやん(笑)」


「フフ。じゃあ、ワタル君がそう言うなら甘えちゃお。喜んでデートをのお誘いをお受けしますワ!」

「ヤッタ!じゃ、決まりやな」


「それでどこ行くの?」

「別にどこっていうんやなく、ボク、凛ちゃんといっぱい話したいんや。夏休みにあったこととか色んなことを2人で会って話せたらって思ったんやけど、こんなんじゃダメ…かな?」


「ウウン。いいヨ。アタシもワタル君にたーくさん話したいことあるんだぁ。覚悟しててヨ?(笑)」

「エエで(笑) そんならあさっての朝10時に赤いブランコの公園でええか?」


「ウン。じゃあ楽しみにしちゃうからネ!」

そう言ってボクは電話を切った。


カレが誘ってくれたことは純粋に嬉しい。

ただ、その反対にボクは心の奥の方でよくわからない不安感みたいなものを感じていた。




そして2日後


ボクはその日朝早く起きた。

どれくらいかっていうと、なんと朝の6時!


ワタルとの約束の時間は10時なのに、そんな早く起きてどうするの?

っていうと、じつはボクはお弁当を作ろうと思ったからだ。


最近少しずつ料理というものに目覚めてきたボクは、母親に教えてもらったり、自分でネットで調べたレシピを試してみたりしていた。


ちょうど1年前

中3の夏休みの終わり頃、ワタルとプールに2人で行ったとき、ボクは簡単なお弁当を作ってカレに食べさせてあげたことがあった。


凝った手料理ではなくオカズは冷凍食品を解凍したものがほとんどだったのに、カレはそんなボクの作ったお弁当を本当に美味しそうに食べてくれた。

そのときの感覚はボクにとってすごく新鮮だった。


自分が作ってあげたものをその人が美味しそうに食べてくれる。

その嬉しさは女のコとして生活するようになったボクにとって、それ以前には絶対になかった感覚のような気がしたんだ。


そしてそれからボクはちょくちょくと簡単な料理を覚えるようにしていった。

中学生のうちは受験勉強も忙しくてなかなか時間は取れなかったけど、高校に入学して、いつかワタルにまた食べさせてあげたいと思っていたから・・・。


だから今日ボクは頑張って6時に起きたというわけだ。


まだ母親も起きていない時間

お米を研いで炊飯器のスイッチをON

昨日のうちにスーパーで買った食材を冷蔵庫から出して、フライパンを温めて順番にオカズを作っていく。


ワタルの好物はいくつか知っていた。

甘い甘い卵焼き

野菜と鶏肉の筑前煮

ほうれん草の胡麻和え

きんぴらごぼう

ブリの照り焼き。


カレはこの年齢にしては珍しく和食党だった。

だからボクは今日はカレの好きなものをフルコースで用意してあげようって思ったんだ。


3時間の格闘の末、ボクはお弁当をやっと仕上げる。

「できたぁーーー!」

そしてお皿に並べたオカズをタッパーに綺麗に並べて詰めていった。


フフフーーー、

ワタル、喜んでくれるかなぁー。


そんなことを想像すると、顔がにやけてくる。

きっと今のボクの顔を鏡に映すと気持ち悪いんだろうなあ(笑)


8時になると父親も起きてくる。

朝早くお弁当を作ることは昨日のうちに母親にも言ってあった。

だから家族の朝食になればとご飯もオカズも多めに作っておいたんだ。


しかしそれを知らない父親はキッチンにボクが立って朝ごはんを用意しているのにビックリ!


目をこすって

「お、おい。凛、オマエ、何してるんだ?」

エプロン姿のボクに恐る恐るそう聞いた。


すると

「今日の朝ご飯は凛に任せたのヨ。まあ、朝ご飯が本当の目的じゃないみたいだけどね(笑)」

横から母親がニヤニヤした顔で言う。


テーブルに並べられた(お弁当のために作ったお余りの)料理を眺めて父親は少し固まっている様子だ。

「なんかけっこう綺麗にはできてはいるが…食べても大丈夫なのか?」

父親はおずおずと母親にそう尋ねる。


「あ、失礼だなぁー!せっかく娘が父親に作ってあげたっていうのに」

ボクが少し膨れたように言うと


「あ、いや、スマン。じゃあ…いただきます」

父親はお箸を取り上げて神妙な顔でボクが作ったオカズに手をつけた。


そしてきんぴらごぼうを口の中に入れると

「う、うまい…信じられん」

驚いたようにそう呟いた。


「あら、凛は最近いろいろとお料理できるようになったのヨ。お夕食を作る時だってけっこう手伝ってくれてくれてるんだから」

母親はそう言ってテーブルの上のお皿に乗っているおかずを一口箸でつまむとそれを口に入れ

「ウン、美味しく出来たじゃない」

パチンと一回ウインクをしてそう言った。


よかったぁー!

美味しく出来たって。

これでワタルも喜んでくれるかなぁ。

ボクは何だかムズムズするような照れくささを感じる。


すると父親ははお味噌汁を啜りながら

「それにしても、こんな美味い料理もできるようになったんじゃ、こりゃそう遠くない将来本当に嫁に行っちまうことも覚悟しなきゃならんのかなぁ」

少し寂しそうな顔でそう呟いた。




朝ご飯が終わるとボクは自分の部屋に行く。

今日は念入りに久しぶりに丹念なオシャレをするのだ!


そして待ち合わせの場所へ向かう。

少し早目に着いたつもりだったが、ワタルは既に来ていて赤いブランコに座って待っていてくれている。


公園の入口のところから

「ワタルくーーーん!」

ボクは大きな声でカレの名を呼んだ。


するとボクの声に気付いたカレは

小さく揺らしたブランコを止めて

少し大げさに大きく手を振ってくれた。


「おお!なんかやけにオシャレやなぁー!」

「エヘヘ、どう…かな?」


カレは、パールピンクのキャミワンピースにホワイトのストローハット姿のボクをまじまじと見つめ

「メチャクチャ…可愛ええヨ。」

優しそうな笑顔でそう言ってくれた。


「今日はボクが案内してええかな?」

「ウン。任せます」


「そんなら、まずお茶でも飲みに行こか?」

「どっか知ってるお店あるの?」


「ウン。ボクがときどき行く店やけどな。ええ店やから教えたるわ」

そう言ってワタルはゆっくり歩き出し、ボクはカレの腕に自分の手を軽く絡ませる。


しばらく歩いてカレが案内してくれたのはほとんど隣町に近いところのある小さな喫茶店だった。


そのお店は一般の家を改造した感じで大きな庭に囲まれて、そしてお店の外壁の木の板は綺麗なスカイブルーのペンキで塗られている。


「ヘェー、ワタル君、こんな素敵なお店知ってたんだネ!」

ボクは意外そうにそう言った。


「まあな。1週間に1回くらいやけど、一人でお茶を飲みに来てマスターと話をしたりするんや。さあ、入ろうか?」


中はこじんまりしてて、しかしとても居心地がよさそうだ。

カンター席が10席ほどとテーブルが5つほど並んでいて、壁には何枚かの海をモチーフにした写真がかけられている。


「やあ、キミか。いらっしゃい。おや、今日は一人じゃなく彼女連れってことは、もう宿題は終わったのかな?」

ボクたちが窓際に面した席に腰を下ろすと、お水を持ってきてくれたこのお店のマスターらしき人が笑顔でワタルに話しかけてきた。


「ハイ。何とかかんとか終わりましたわー(笑)」

「ワタル君、ここで宿題やってたの?」

「ときどきな(笑) ここって居心地ええやろ?」


そしてワタルはアイスコーヒーを、ボクはアイスココアを注文する。


しばらくすると、マスターはボクたちが注文したものと一緒に、まだ少し温かいアップルパイを2つテーブルの上に置いた。


「アレ? アップルパイって注文しましたっけ?」

ワタルがそう言うとマスターは

「これはサービス。じつはボクの奥さんの手作りなんだ。アップルパイ嫌いかな?」

と優しそうな顔で言った。


「あ、いいえ。大好きです。」

ボクがそう答えると、マスターは

「そう、良かった。じゃあ、ぜひ」

とニコッと笑って勧めてくれた。


「ハイ、じゃあ、いただきます。」

そう言ってボクはその美味しそうなアップルパイを一口口に入れた。

すると

「わぁ!すっごい美味しいー!」


お世辞なんかじゃない。

本当に美味しい。


ほんのりとしたシナモンの香り。

市販のアップルパイなんかとは比較にならない美味しさだった。


そしてマスターは

「口に合ったみたいで良かった。じゃあ、ごゆっくり」

そう言うとカウンターの奥へと行った。



そしてボクとワタルは美味しいお茶とケーキそして楽しいおしゃべりに花を咲かせる。

ボクは夏休みの合宿のことをワタルに聞かせてあげた。


笹村先輩とみんなで買出しに行った話も。

でも、みーちゃんが言っていた笹村先輩がもしかするとボクに好意を持ってるんじゃないかっていう話まではしなかった。


ただ、ボクはワタルが笹村先輩のことを聞いて少し気を悪くするんじゃないかって思ったけど、不思議とカレはそういう様子はなかった。


「ホォー、じゃあ、その笹村先輩って人は中々ええ感じの人やないか」

「ワタル君は2年で空手部の笹村先輩のことは知ってるの?」

「いや、ぜんぜん知らん人や。ほら、ボクって部活やってへんからな。そういう付き合いはぜんぜんないねん」


「あ、でもその人にはアタシには彼氏がいるってことちゃんと言ってあるヨ」

ボクはワタルの心の中を探るようにそう言ってみた。


するとカレは

「ワハハ、そっか、そっか」

とまったく気にならないような様子だ。

ボクはそんなワタルに少しだけカチンとしたりもするけど、でもせっかく久しぶりのデートだからそれを表には出さない。




「ねぇ、夏休み中は何してたの?」

「そやなぁー、例のハッチとグッチの3人でパチンコの新装開店に行ったり…」

「またパチンコォーーー!? 好きだねぇー(笑)」


「ワハハ。それでタバコをとってきてな。」

「あ、まさかキミってタバコ吸ってるんじゃないでしょーね!?」

「いやいや(笑)ジェームズさんにあげたんヨ。あの人、日本のタバコが好きらしいんでな」


「ヘェー、ジェームズさんって入学式のときにワタル君のご両親の代わりに来たっていうお父さんのお友達でしょ?」

「まあな。ウチのオヤジは忙しいさかいにな、ジャームズさんはオヤジみたいに色々ボクの事心配してくれて、勉強も教えてくれるねん」

「そうなんだぁー。そういう人がいてくれるっていいよね。あとは?」


「そやなぁー、あとは図書館に行って歴史の本を片っ端から読んでみたり」

「ワタル君、歴史が好きだもんね。ミコもびっくりしてたヨ」


「ワハハ。まあ、好きなもんは一生懸命になれるんやて。でも歴史は本当に奥が深いで。教科書に載ってるのはごく一部だけで綺麗事ばっかりやな。本当の歴史は人と人の争いの繰り返しや。例えばな…」


そう言いかけるとワタルは

「あっと、せっかくのデートにこんな話したらつまらんな」

と少し口ごもった。


しかしボクはそんなカレに

「ウウン、いいヨ。もっと聞かせて? アタシ、キミが何を考えているのか、歴史から何を素人しているのか、いっぱい知りたいの」

そう言って促す。


「ほんなら…」

そしてカレは真剣な、そして熱い表情で話し出す。


「ボクはいろいろな本を読んでみたんや。じつは本を読んだだけやなく、この夏休みのあいだに色々な人に話を聴きに行ったりもした」

「色々な人って?」

「あの戦争に実際参加した人にや」


「あの戦争っていうのは…第二次世界大戦のこと?」

「そうや。世界中が真っ二つに分かれて憎しみあったあの戦争。当時の人はもう90歳前後になってるんやけどな、ボクは色々な話を聞きに行った。日本人だけやのうて、東京に住んどるアメリカ人やドイツ人のおじいちゃんなんかもおったわ」

「ウンウン」


「ひとつは戦争ってものはな、突然お互いが仲違いして起こるもんやないってこと。例えば第二次大戦は大きく分けるとヨーロッパでのドイツと英米仏露の戦い。そしてアジアでの日本と英米中の戦いがあったわけや。この2つの戦いが絡み合って世界大戦に発展していったんやが、なぜドイツや日本は戦争を仕掛けたのか?凛ちゃんはどう思う?」


「ウーン、難しいね…」

そして少し考えた後ボクはこう答えた。

「えっと、たしか、第一次大戦の敗戦国のドイツがベルサイユ条約で過酷な賠償金を課されたり領土を削られて、それでドイツ経済が超インフレになっちゃったんだよね? その中でアドルフ・ヒトラーが台頭してきて国内経済を立て直して、大衆の人気を得て首相に就任したんだよね? それで対立していた共産党を弾圧して議会を掌握すると、大統領と首相を兼任した総統という地位を自称して、賠償金支払い責任の放棄と失った領土の奪還を目指した。そんな感じ?」


「ええ答えやな。史実としてはその通りや。そうするとヨーロッパでの第二次大戦の原因はその前の第一次大戦ということになる。それは正解や。しかし、その第一次大戦にも原因というものがある。それをずっと遡っていくと、19世紀後期の仏普戦争、そしてこれは周辺国の王位継承権を原因としているからさらに複雑化して遡れることになる。つまりひとつの戦争は次の戦争を生む原因になってしまうというわけや。これはとても悲しいことや。せっかく戦いが終わったのに、残った感情は次の戦争の準備みたいになってしまう。これやと戦争は永遠に終わらない」


「そうだねぇ…。じゃあ、日本も同じようなパターンだったの?」

「まあ、近いところはある。ただし日本の場合ヨーロッパとはちょっと違った面があった。大きな原因としては2つ、そしてその2つはそれぞれ別個の原因ではなく、密接につながっていたんや」


「どんな原因なの?」

「ひとつは江戸幕府の崩壊と明治の成立の経緯やな。当時は欧米列強によるアジアの植民地支配が進んでいて中国も実質的に欧米の植民地化してしまっていたんや。それまで日本は鎖国政策をとってたから欧米の脅威をそれほど身近に感じなかったが、黒船の来襲でいよいよ我が身にも迫ってきたことを知った。それでもその当時の日本の技術は欧米よりずっと遅れたもんやったし、それに何よりも幕藩体制やったから国の統一した軍事力というもんを持ってなかったんや。もしその状態で欧米が日本に攻めてきたらひとたまりもなかったやろう。そこで日本をひとつの国として統一する、それが明治維新やったんや。さらに欧米の技術を積極的に導入して軍事力を整え国内の産業を発展させる。この時の日本が目指した方向性は必ずしも間違ったものではなかったはずや。いや、むしろそれはアジアの他の国にとってひとつの手本ともなったんや」


「でも、それが2つめの原因につながったのはどうしてなの?」

「日本はそれから3つの戦争を経験した。日清、日露、そして第一次大戦や。特に日露戦争での勝利は当時世界有数の大国だったロシアを相手に勝ったという自負心が日本人の心の中に残ったんや。実際は正面で戦って勝ったというよりも、ロシア革命による帝政ロシアの崩壊やアメリカの支援が大きかったんやけどな。まあ、そういったことがあって長期戦にならなかったから日本の国力がなんとかもったんやろう。しかし、日本人はこの3連続の勝利で完全に勘違いをするようになったんや」


「勘違い?」

「そうや。自分たちは選ばれた民族で、自分たちこそがアジアの統一をすべき使命を負っているっていう勘違いや。つまり最初は自国の防衛のための性格がアジア統一へと変化していってしまったわけや。そして中国での戦いはとうとうアメリカとの衝突を生み太平洋戦争へと発展していく。まあ人情っていったらそうかもしれんが、一度掴んだ人は権益は絶対に離そうとしない、金持ちほどより金を欲しがるもんや。しかしそのときには戦争というものの性格も変わっていたんや」


「戦争の性格って変わるものなの?戦うってことの他に性格があると思えないけど?」

「うん、凜ちゃんの言う通りやな。だから戦いの性格が変わったってことやろな。つまり、第二次大戦が始まる以前の戦争てのは軍隊同士が正面から戦い勝敗を決するもんやった。しかし第二次大戦では戦争というものが国民の生活まで侵入してきたんや。それまでは兵隊になって戦場に行かなければ戦争が原因で死ぬということは滅多になかった。しかし飛行機や空母というものの存在で空襲というものが起こった。ヨーロッパでは空襲の他にドイツのロケットがロンドンを襲ったりもした。それで非戦闘員つまり一般国民がたくさん死ぬという性格が出てきたんや」


「そう言われてみると、たしかにそうだよね。そういえば…」

「そう。凛ちゃんも今はっと気づいたやろ? その最終形が広島や長崎への原爆投下や。ボクは歴史というものを勉強しててそれが実は戦争の歴史とほとんどイコールであるということがわかった。だからひとつの戦争が次の戦争を生み出すような負の連鎖はもういい加減断ち切らねばならんって思うんや」


「凛ちゃん。キミやミコちゃんやみーちゃんは女のコや。女性は命を生み出す性や。だから逆にその命を奪おうとする戦争というものに安易に賛成するようにはどうかならんでくれ」


「ね、聞いていい? ワタル君はいま勉強している歴史を将来生かせる職業に就きたいって思ってるの?」

「そうやなぁ…。もしボクに未来があるとしたら、そういう国と国をつなげる手助けができる仕事をしたいなぁって思っとるがな」


カレのこの言葉にボクの心の中にまた小さなコロンとしたものが転がる気がした。


「あ、あのさ、ワタル君?」

「今アナタが言った「未来があるとしたら」って…?」


そう、ときどきカレが口にする何気ない一言。

しかしボクはその言葉になぜかいつも小さな違和感を感じてしまうんだ。


そしてカレは

「ああ、スマン(笑)変な意味やないヨ。ほら、人間なんていつ死ぬかわからんしな。そういう一般論でや」

そう言って少し大げさに笑う。


ワタルはそう言って誤魔化したつもりなんだろう。

でもボクはその違和感の形が少しずつ見えてきた。

そう、カレには未来という感覚を自分についてどこか否定してしまっている気がする。

そしてその証拠なのかもしれないけど、カレはいつも時に焦っている感じがしていた。

なぜカレがそんなに時に焦るのかはわからない。

でも逆にボクはそれを知ってしまうのが怖い気もした。


そしてボクはいつも、そして今も

「ウン。わかってる」

そう言ってニコっと微笑む。




喫茶店を出るともう時間はお昼を回ろうとしていた。

「そろそろお昼やな。どっかでご飯食べんか?」

そう言うワタルに

「あ、あのさ、今日アタシお弁当作ってきたんだけど」

手に持ったバッグの中をチラッとワタルに見せた。


するとワタルは

「わぉー!また凛ちゃんの弁当食べれるんか!?ヤッター!」

両手を上にあげ、オーバーなポーズでに喜んでくれる。


「エット、どうしようか?どこで食べる?」

「そやなぁー、面倒やけどまた赤いブランコの公園まで戻ってええか?そこでベンチに広げて食べへん?」

「あ、いいねー。じゃあ、行こうヨ」


ベンチに持ってきたお弁当を広げ、そしておにぎりを取り出してひとつをワタルに渡す。

そして水筒から冷たい麦茶を注いでカレの座る横に置いた。


「ハイ、どうぞ」

「いただきまーーーす! おお、うまーーい!このオカズってみんなボクの好物ばかりやんか。凛ちゃん、アリガトな。」


満身の笑みを浮かべて美味しそうにボクの作ったお弁当を食べるワタル。

そんなカレの姿を見ているとさっきの小さな不安感は自分の思い過ごしのようにも思えてくる。

そしてボクはそんなカレの笑顔を見ているのがとても好きだった。


少しい多めに作ってきたお弁当をカレは全て平らげてしまった。

「あー、もうお腹一杯やぁー。メチャクチャうまかったでぇ!」

お腹をさする大げさなポーズをするワタル。


「フフフ。いっぱい食べてくれて嬉しいな」

ボクはそう言って麦茶のおかわりをワタルに注いだ。


こうやって、いつかワタルと毎日を過ごせたらいいのにな

ボクが毎日カレのためにご飯を作ってあげて

そして一緒に子供を育てて

そういう未来があってもいいなぁ…。


そんなことを一人で勝手に考えて妄想に浸っていると

ワタルはフッとこんなことを聞いてきた。

「なあ、凛ちゃん。さっき言ってた笹村って人な?」

その言葉にボクは再び現実世界に戻ってくる。


「あ、ウン。笹村先輩がどうしたの?」

「きっと、ええヤツやって思うわ」


「ワタル君、さっきもそう言ってたよね? でもアタシその人のこと何とも思ってないよ。アタシにはアナタがいるんだもん」


そのときボクはワタルがどういうつもりでそう言ったのかよくわからなかった。

ただ誤解されたくはないという気だったのでボクは少し強調したようにカレに言った。


するとワタルは

「ハハ、わかっとるって(笑)いや、変な意味やのうてな、ボクもその笹村先輩に会ってみたいなって…ちょっと思っただけや」

とまた誤魔化すように言う。


ゴロン…。

ボクの心の中でさっきの不安な気持ちが一回り大きくなるような気がした。



そして夕闇の迫る頃


「じゃあ、そろそろ帰らんと凛ちゃんのお母さんも心配するからな。今日はホンマに楽しかった」

「アタシも、アタシもアナタとたくさん話しできて楽しかった」


「そっか。それと凛ちゃんの料理美味かったー。びっくりしたわ!」

「最近ね、お母さんに習ってるの。もっといろいろ勉強して今度はもっと美味しいの食べさせてあげるね」

「ウン、楽しみにしとるわ」


そう言いながらフッと目が合うとボクとワタルは小さなキスをする。


「凛…」

カレは初めてボクのことを凛ちゃんと呼ばず下の名前を呼び捨てにして呼んだ。


「ハイ」

ボクはカレの胸に頭を埋めながら囁くように小さな声で答えた。


するとカレは

「本当に素敵な女性になったな」

そう言って優しい目で微笑み、そしてボクの頭を数回小さく撫でた。


大きくてあったかいワタルの手がとても心地いい。

なんか気持ちが溶けていくよう…。


しばらくして

「じゃあ、そろそろ帰らんと?」

そう言ってカレはボクの身体を離し促した。


「ウン、わかった。じゃあ。またね」

そう言ってボクは公園の出口で見送るワタルと分かれた。


そして

公園の前の横断歩道を渡りきったとき

ボクは彼の立っていた場所の方に振り返って

「また来週学校で会えるんだよね?」

大声でそう叫んだ。


しかし

不思議なことにそこにはもうカレの姿はなかった。



ミーン、ミーンーーーー

蝉の声と公園の木立のざわめきが夏の生温かい風に解けていった。





それから数日後

夏休みも開けていよいよ学校が始まった。


「オハヨーーー!」

教室に入っていくと懐かしいクラスメートたちの顔が目に入ってくる。

夏休み中に真っ黒に日焼けしている男子たち

おしゃべりに花を咲かせる女のコたち


ボクも自分の席にカバンを置くとすでに隣の席にはミコが来ていて

「オハヨ、凛。けっこーひさびさだよねー」

そう話しかけてきた。


「だって、ミコ、ずっとプール通いだったじゃん。ミコったら遊んでくれなくってアタシすっごく寂しかったわぁ!」

「そういえばそうだね!アタシも凛と会えなくって寂しかったヨォ」


そんな風に戯れあっているボクとミコにみーちゃんが寄ってきて

「アンタらなにレズってんのヨ(笑)」

と茶々を入れてくる。

そしてボクとミコ、みーちゃんの3人は夏休みの思い出話に夢中になる。


そんなときだ。


「ところでさぁ、今日、ワタル君見かけなかった?」

ボクは何気なくミコにそう尋ねた。


すると彼女はなぜか不思議そうな顔をする。

そしてこう言ったのだ。


「え、誰?ワタル君って」



「何言ってるの?ワタル君、石川 渉じゃん」

「だからその石川 渉って誰ヨ?」


ボクは驚いてミコの顔をみつめた。

しかし彼女の表情は真面目にしか見えない。


「アタシたちと同じ若松中学出身で青葉に入った石川 渉だヨ?ミコ、アタシのことからかってるんじゃないの?」

ボクは今度は少しムキになったように言う。


しかしミコは

「からかってなんかないわヨ。だって、若松中から青葉に合格したのでアタシとアンタの2人だけじゃん」

そう言ってまた不思議そうな顔をボクに向ける。


エエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!

ボクは青ざめる


そして今度はみーちゃんの方を振り返り

「ねぇ、みーちゃん。石川 渉知ってるでしょ?107HRの石川 渉だヨ!」

彼女の肩を揺するようにそう言うと


みーちゃんも

「石川・・・君?でも、アタシ107HRに知ってる男のコ自体いないんだヨ」

真面目そうな顔をしてそう答えるだけだ。


「ウソ!? みんなどうしてそんなウソをつくの!?なんで、なんでアタシのことからかうの?」

ボクは目に涙を浮かべて訴えた。


しかしミコもみーちゃんも

「凛、アンタ、ホントにどうしちゃったのヨ?」

不思議そうな顔でそう答えるだけだった。



そんな…

そんな馬鹿なことが…


それじゃ、中3のときからボクはずっと夢を見てたっていうのだろうか

って思いたくなる。


「アタシ、帰る…」

そう呟くと

ミコとみーちゃん

「え、凛!ちょっとアンタ、これから授業がーーー!」

そう言うのを無視してボクは自分のカバンをひったくるように掴むと教室から駆け出していった。


渋谷駅まで息を切らせながら駆け足で下り、ちょうどホームに来た電車に身体を滑り込ませる。

そして、電車の中でようやく落ち着きを取り戻したボクは今までのことを順番に頭の中に浮かべていった。


1週間前にボクはワタルと会ったんだ

カレにお弁当を作ってあげて


カレは喜んでそれを食べてくれて

そして公園で分かれた


クリスマスだってみんなで一緒にパーティをやって過ごしたじゃないかっ!

合格発表の時だってミコも一緒にいたじゃないっ!


2人とも何を言ってるのっ!

ワタルはいるに決まってるじゃないっ!




ようやく地元の駅に着いたボクは飛び降りるようにして電車から降りると、改札までまた駆け足で降りていく。

そして改札を通り過ぎたときだった。


「あっ!」


ボクは隣の改札から出てきた女のコと身体がぶつかりそうになった。


「ゴ、ゴメンなさい…」

ボクはとっさにその娘に向かって頭を下げて謝った。


すると

「アレ、凛じゃない?」

懐かしい声がする。


「く、久美ちゃん!」

頭をあげると、それはボクの幼稚園から幼馴染の久美ちゃんだった。


彼女とは3ヶ月ぶりだろうか。

お互い高校に入ってからあまり会う機会もなかった。


「ひさしぶりだよねー。元気だった?」

「ウ、ウン。久美ちゃんも」


「そういえばさ、夏休み中に図書館でアンタの彼氏とばったり会ったヨ」

彼女は驚いたことにそう話し始めた。


「エッ!」

「アタシはちょうど帰るとこだったからちょっとしか話しなかったけど、相変わらず飄々としてたねー(笑)」

そう言って久美ちゃんはケラケラと笑う。


彼氏って!!


「アレ?もしかしてワタル君と喧嘩でもしちゃった?」

久美ちゃんはちょっと心配そうな目をしてボクにそう尋ねた。


「あの…久美ちゃん。ワタル君って…。知ってるの?」

ボクはおずおずとした口調でそう尋ねた。


すると久美ちゃんは不思議そうな顔で答える。

「ハァ?凛、何言ってるの?石川 渉でしょ?アンタの彼氏の。っていうか、アタシにとっても幼馴染であるわけだし」


そのときボクは電車の中でずっと我慢してきた涙が再びこみ上げてきた。


そして久美ちゃんの胸にすがって

「わぁぁーーーーーーん!」

「久美ちゃぁぁーーん!わぁぁーーーーん!」

大きな声で泣き出してしまった。


周りにいる人たちが驚いた様子でボクたちの方を振り返る。

びっくりした久美ちゃんは

「ど、どうしたのヨ?ネェ、凛。どーしちゃったの!?」

そう言ってボクの顔をあげようとした。



それから駅の近くの喫茶店に入ったボクと久美ちゃん

ボクはようやく涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげて久美ちゃんに事情を話し始めた。


「エー、ミコがそんなことを?」

「ウン…石川 渉なんて人は知らないって」


「ウーン、あのミコがそんなことでアンタをからかうなんて思えないけど…」

「アタシもそう思ったけど、でもホントなんだよっ!」


久美ちゃんはしばらく目をつむって考え始めた。

そして

「よしっ、凛。これから若松中学に行ってみようヨ」

そう言って席を立ちあがる。


「中学に?どうして?」

「今の時間ならアンタたちの担任だった山岸先生もいるでしょ。先生から直接聞けばワタル君が存在することははっきりするじゃん」

「そっか、そうだね。ウン、行こう」


そしてボクたちは4月に卒業した若松中学へと向かった。


「あら、まぁー!ひさしぶりぃ!」

山岸先生は職員室を訪れたボクと久美ちゃんの姿を見ると喜んで迎え入れてくれた。


「まあ、まあ。それにしても卒業してたった半年くらいなのに女のコはガラッと雰囲気が変わっちゃうわね。小谷さんも安藤さんもすっかり女性らしくなっちゃって」

「先生もお元気そうですね」

「フフフ、相変わらずヨ。それにしても今日は突然どうしたの?びっくりしちゃったわ」


「あの、じつは先生にお聞きしたいことがあって…」

久美ちゃんはそう言って話を切り出してくれた。


「何かしら?アタシでわかることなら。」

「あの、今年アタシたちと一緒に卒業した石川君のことなんですけど…」


すると先生は怪訝そうな顔で

「石川君?どこのクラスの人?」

やはりそう聞いてきた。


やっぱりーーー!


山岸先生の言葉を直に耳にした久美ちゃんも唖然としている。


「アタシと、アタシと同じクラスだった、山岸先生が担任だった石川 渉君ですっ!」

ボクがそう言うと

「エ?小谷さんと同じクラス? そんな石川君なんて人はいなかったわヨ。ちょっと待ってて」

山岸先生は机の上に何冊か立ててある卒業アルバムのうち1冊を手にとって広げた。


「ほら、見てごらんなさい。」

そう言って先生が指でさしたのはボクたちのクラスの集合写真。


しかし

4月にアルバムをもらった時には安田の隣に写っていたはずのワタルの姿はどこにもない。


そんな…そんな…。

じゃあ、ワタルは最初から存在していなかったってことになってるわけ!?

何でそんなことに…。


ボクも久美ちゃんも頭の中が混乱していた。


中学の正門を出たボクたち

「信じられないわ…」

久美ちゃんが呟いた。


不思議なのは、もしワタルが本当に存在しないなら、ボクの夢だけの存在なら、なんで久美ちゃんもワタルのことを覚えているのかってことだ。


ボクと久美ちゃんの2人が同じ記憶を持っている。

それはカレが確かに存在していたってことのわけで


「そうだ、今度は凛の家に行ってみよう!」

久美ちゃんは突然そう叫んだ。


「アタシの家?でも、山岸先生の記憶もないんじゃウチのお母さんたちだってもう覚えていないかもしれないヨ?」

「違うヨ。凛の部屋に自分の卒業アルバムもあるし、彼とプライベートで撮った写真だってあるでしょ?それを確認するのヨ!」

「そっか!それがあった!」

そしてボクの部屋に行きさっそく数冊のアルバムを取り出した。


しかし

「やっぱりない…」

卒業アルバムで安田の隣にいるのはワタルではなかった。

その上ワタルとボクのプライベートな写真も消えてしまっている。


「ふぅ…もう頭の中がわけわかんないヨ」

ボクはため息をついてアルバムを手から離した。


そのとき

「ねぇ、凛。こっちのアルバムは?」

久美ちゃんがそう言ってボクの本棚の端にある1冊を指差す。


「ああ、それは小学校のときの。ワタルが転校してきたのは中3のときだから…」

そこまで言ってボクはハッとした。


「ちょ、ちょっと待って!」

ボクはそのアルバムを取り出してパラパラとページをめくる。


すると

「あったっ!!」


それは小5のとき

ボクと久美ちゃんそしてワタルの3人で赤いブランコの公園で遊んでいるときにボクの母親が撮ってくれたものだった。


ボクはその写真をアルバムから丁寧にはがす。

そして階段を駆け下りるようにしてリビングにいる母親のところに行った。


「お母さんっ!」

「おばさんっ!」


息を切らしていきなり現れたボクたちにキョトンとした表情の母親


「ど、どうしたの?凛も久美ちゃんもそんな慌てて」

「あのさ、この写真!」


ボクの手にしたその写真を見た母親は

「あらー、懐かしい! アナタたちが小学生のときに公園で撮ったのでしょ?」

とたしかに言った。


「そうだけど、ここにいる男のコは?」

「ああ、ワタル君でしょ? この頃はアンタたち3人でいっつも一緒だったわよねぇ。」


「お母さん、カレのこと知ってるの?」

「知ってるの?って当たり前じゃない(笑)たしか小5のときどっかに転校しちゃって、今はどうしてるのかしら?元気でやってるかしらねぇ」


再び部屋に戻ったボクたちは考えた。


「いい?凛。 これではっきりしたことが2つあるわ。ひとつは小5までの彼はたしかにアタシたち以外の人の中にも存在している。しかし2つめに、中3になって戻ってきた彼はアタシたち以外の人の中に存在しないってこと」

「ウン。そうみたいだね。なんでだろう…」


「ねぇ、凛は彼がどこに転校したか知ってる?」

「たしか大阪だってワタル君は言ってたけど、大阪のどこの学校かまでは…」

「じゃあさ、そこから調べてみようヨ。明日アタシたちの卒業した五小に行って」




次の日

学校が終わるとボクはチア部の練習を休んで久美ちゃんと駅で待ち合わせた。


「やっほぅー、凛」

「あ、久美ちゃん。おまたせー」


「ミコ、どうだった?」

「ウン。アタシも今日はもう何も聞かなかったけど、ミコがアタシのことずっと心配してくれてたみたい。「何かあったの?」って聞かれちゃった」


「そっか。そういう娘だよね、ミコってさ。1年生のときからすごく友達思いでさ」

「久美ちゃんは1年のときからミコと仲良かったの?」

「あ…、ウ、ウウン。アタシは別のグループだったから。今のは他の人から聞いた話ヨ」


そんな話をしながらボクたちは2人が卒業した五小に着く。

以前山岸先生から、ボクがじつは女性であることがわかって手術をしたあと、ボクの卒業した小学校の担任の先生にもそのことを連絡して説明してくれたそうだ。

山岸先生はボクが将来小学校のクラス会などに出たときにも肩身が狭くならないようにと考えてそうしてくれたらしい。


小学校の受付で説明をして当時のボクたちの担任だった工藤先生を呼んでもらう。

工藤先生は女のコ姿のボクにちょっと驚きながらも、

「話は聞いてたけど、ああ、やっぱり…って思ったわ」

そう言った。


そしてボクと久美ちゃんは先生にワタルのことを尋ねた。


すると先生は

「ああ、5年生のとき転校した石川君ね」

意外にもはっきりとそう答えてくれた。


「あの、彼はどこに転校したかわかりますか?ちょっと連絡を取りたい事情があって」

「エット、ちょっと待って」

そう言うと工藤先生は部屋を出て戻ってきた時には1冊のファイルを持っていた。


「石川 渉君、石川君…ああ、あったわ。彼は大阪市住吉区の南台小学校に転校してるわね。その後中学でどこに行ったのかまではわからないけど、私立中学に行かなければほとんど学区で決まった中学に進学してるんじゃないかしら」



小学校からの帰り道

ボクと久美ちゃんは赤いブランコの公園で今までの情報をまとめる。


「いい?凛。 これで石川 渉という人間が存在することがはっきりしたわ。ただしこれがあの中3のときアタシたちと再会したワタル君とつながるのか、それが問題ってことヨ」

「ウン。アタシもそう思う。でも、それを確かめるにはどうすればいいんだろう…」


「そりゃ、行ってみることヨ。それしかないじゃん」

「行ってみるってどこに?」

「大阪の彼が卒業した小学校にヨ。スタートはそこしかないんだから」


「でも、行くっていっても新宿とか渋谷に行くわけじゃないんだから…」

「そうね。女のコ2人で大阪行くなんて言ってどっちの親も許すはずないよね。凛はさ、大阪に親戚なんていない?」


「親戚かぁー。ウーン…」

ボクは腕を組んで考え、そしてフッと思いついた。


「あ、そうだ!ひとりいる。ウチのおばあちゃんの妹の人なんだけどね、昔からアタシのことを可愛がってくれて、それで女のコってわかったときももし転校したいなら自分の養女にならないかって言われたことがあったの」

「いいじゃん!じゃあさ、2人でそのおばあちゃんの家に遊びに行くってことにして3日間くらい大阪に行くってことにすれば」

「ウン!じゃあ、今晩ウチの親に聞いてみる」




そんなわけでボクと久美ちゃんはそれから約2週間後の祭日を含めた3連休を利用して大阪旅行に行くことになった。


最初、ボクが両親にその話をしたとき当たり前のように

「女のコ2人だけで旅行!?とーんでもないっ!」

と猛反対だった。


それでもボクは必死に抵抗

「おばあちゃんだってもう年なんだからさぁ、生きてるうちにちゃんと会っておきたいの。危ないことは絶対にしないからー!」

そう言って渋々父親に大阪のおばあちゃんの家に電話してもらったのだ。


電話の向こうのおばあちゃんは大喜びだったそうだ。

それでもウチの父親はかなり心配をしたらしいが、おばあちゃんから

「夕方6時以降は外出させない」

という約束で了解をしたらしい。



そして今日

新幹線に乗ったボクたちは一路にしの中心大阪へ


車内でボクと久美ちゃんは早速打ち合わせを始める。

「いい?たった3日間しかないんだから無駄にしないで効率的に探さないといけないヨ。」

久美ちゃんは用意した大阪市の地図を広げた。


「五小の工藤先生の話だと、ワタル君が転校した住吉区の南台小学校は柴崎中学校の学区域だからここに進学した可能性が高いってことね。私立中学は当時の彼の頭から考えてありえないと思うの。だからまずここを当たってみようヨ」


安藤探偵事務所の久美子所長の推理は冴えに冴えているようだった。

ボクたちはいよいよワタルの本陣大阪へと乗り込んでいく。


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