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第10話 ああ、受験ラプソディ

年を越し、そしていよいよ2月に入った。


最近教室の中は毎日チラホラと欠席が目立つようになっている。

私立高校の受験がスタートしているのだ。


ボクとミコもすでに実際女学園高校の受験を終え、2人で合格を手にしていた。

しかし本番の青葉学院の入試はこれから。

合格確実圏のミコはともかくボクは最終回の模試でなんとか合格率75%と希望の持てる可能性まで上げたけどけっして油断できない位置にいる。

一方でワタルは驚いたことに青葉学院一校でほかには都立高校さえ受けないと言っていた。

そんなときにボクとワタルは些細なことで小さな喧嘩をしてしまった。


ある日の放課後

クラスのみんなはそうそうと帰ってしまい教室にはボクとワタルとミコ、そして井川さんの4人になっていた。


そんなときボクはワタルに少ししつこく繰り返し言ってしまった。

「ねえ、万が一ってことだってあるんだし、他の高校をもうひとつくらい受けておいたら?」


するとワタルはいつも冗談ばかりで飄々としているカレに珍しく、ボクの言葉に少し拗ねたような顔をした。

「凛ちゃんは、ボクと同じ高校行きたくないんか?」

その言葉にボクはついカッとなってしまった。

「そんなわけないでしょ! アタシはキミのことが心配だからっ!」


ガタン

音を立てていきなり椅子から立ち上がるワタル

その音に参考書を読んでいたミコがチラッとボクとワタルの方を見る。

「ねえ、ワタル君! ちょっとっ!」

ワタルはそんなボクの言葉を無視するかのようにカバンを手にして教室を出て行ってしまった。


なんで?

ボクはワタルのことが心配で言ってるのに

そんなふうに言うの?

わけわかんないヨ・・・。

ボクは下を向いてうつむくと目に溜まった涙がポタっと机の上にこぼれ落ちた。


そんなボクにミコが近寄ってきて声をかける。

「凛、そろそろ塾に行く時間だよ。 帰ろう?」

「ウ、ウン…」


学校からの塾へと向かう帰り道

落ち込んでいるボクにミコはこう言った。

「凛さぁ、石川君のことホントに好きになっちゃった?」


「好きかって言われても・・・彼は幼馴染だし。」

「幼馴染だと好きになれないの?」

「そういうわけじゃないけど…。でも、ワタルはアタシが男だったときのことを知ってるんだヨ?」


「凛、それは違うヨ!」

ミコはきっぱりとそう言い切った。


「アンタには男だったときなんかないんだヨ。 たしかにアンタが生まれたとき男と間違われて、ずっと男のコとして生活してたのはわかるけど、もういい加減気持ちを切り替えないとネ」


そう言うとミコはボクにもう一度聞いた。

「凛は石川君のことが好き?」


ミコはまっすぐボクの目を見ている。

ボクはそんなミコの視線を逸らすように目を下に落としながら

ああ、もうミコにはなんでも気持ちを隠せないって思った。


「好き…かも」

ボクは呟くような小さな声で答えた。


「そっか。素直になったネ」

ミコはそう言ってニコッと微笑む。


「じゃあさ、今は彼のことを信じてあげようヨ?」

「信じてあげるって?」

「ウーン、アタシにもよくわからないんだけどさ、彼はどうしても凛と同じ高校に入りたい、っていうより入らなくちゃいけない理由があるような気がするの。だからさっきみたいな些細なことにも敏感に反応しちゃう気がするんだよね」


ミコの言うことはわかる気がする。

ワタルと再会してからずっと感じていたことがあったんだ。


それは、ボクがワタルにそういう気持ちを感じるようになる前から。

気がつけばボクの近くにはいつもアイツがいた。

そしてボクのことをどこかで守ってくれているような、そんな気がしてたんだ。


「だからさ、凛は今は自分がまず絶対に受かるんだって気持ちを持たないとダメだヨ。石川君が受かってアンタが落ちちゃう可能性だってあるんだから」

「そうだね、むしろそっちのほうが大きいんだしね。」


「それにさ、アンタとアタシって、青葉がダメでもし都立も落ちちゃったら女子校に行くことになるんだヨ。 そうなったらあの図々しい石川君でもまさかそこまでついてこれないでしょ?(笑)」

そう言ってミコはクスクスと笑う。


「たしかに(笑)」

ボクもミコに誘われて笑い出す。


そしていつの間にかボクとミコはゲラゲラと笑い合っていた。




それから1週間後

いよいよボクたちは本命の青葉学院高等部の受験を迎える。


試験が始まるのは朝9時30分。

そして受験生は9時15分までに教室に入らねばならない。

ボクとミコ、そしてワタルの3人は朝の8時に最寄り駅で待ち合わせをした。


「わぁ、寒いー。」

家を出るとボクは寒さに体を震わせた。

学校の制服にコートを着てもスカートから出ている素足には容赦なく冷たい風が当たってくる。


「今日は寒さが厳しいっていうからタイツをはいていったら?」

母親は朝御飯を食べているときそう言ったが、ボクはなんとなくタイツのモコモコととする感じが好きではなかった。


そう思って強がって

「いいヨォ。」

と拒絶はしてみたものの、それでも寒さを身に感じると少し後悔したりもする。

それでも

「ヨシッ!」

と気合を入れてボクは元気に歩き出した。


「オハヨー。」

早めに家を出て8時すこし前に駅に着くともうミコが待っていてくれている。

「オハヨ。いよいよだねぇー。」

「ワタル君は?」

「まだだヨ。凛は一緒じゃなかったんだ?」

「ウン。大丈夫かな?」


「大丈夫だと思うけど…、でもアタシ、石川君の家の電話番号知らないんだよね」


ミコにそう言われて、そういえば自分もワタルの連絡先を知らないことに気づく。

不思議なのことだけど、じつはボクはカレの家がどこかも正確には知らない。


(まさか、今日は遅刻はなしだよ…)



少し心配になってきたそんなとき


「ヤァ、ヤァ、オハヨーさん!」

いつもの元気な姿でワタルがやって来てボクはホッと胸を撫で下ろした。


「良かったー。遅れたら置いていっちゃおうって話してたんだヨー。」

そう言ってボクは少し背伸びして彼の頭を小突くようなポーズをした。


「さぁ、じゃあいよいよ出発だネ。みんな、頑張ろうネッ!」

ミコがそう言ってスっと手を出す。

そしてボクとワタルはその手に自分の手を重ねて


「ガンバるぞ!オーーーッ!」

と勝どきを上げた。




青葉学院高等部に着いたとき、正門の前はすでに黒山の人だかりだった。

ボクたち3人はその後ろに並んで門が開くのを待つ。


「ねぇ、この感じってなんかアレに似てない?」

ボクはワタルの耳元にそっと囁いた。

するとワタルはニヤッとした顔をして

「覚えとるで(笑) ディズニーランドやろ? 今度は転ぶなや。」

と囁き返してきた。


そう

あのときはワタルに支えてもらっていた。

だけど今日は自分だけの力で頑張らなくっちゃいけないんだ。


そんなことを考えていると

「それでは開門します。列を崩さずに順番に校舎内に入ってください。」

案内の先生の指示が出た。


校舎内に入ると、入口のところに受験会場の案内の張り紙がある。


女子は北校舎で男子は南校舎

中央の大きな校舎の中に男女別に左右に分かれて矢印が貼ってある。


「じゃあ、アタシたちはあっちだから。ワタル君、頑張って!」

ボクが最後にそう声をかけると

「おうっ!いいか?凛ちゃん。絶対に一緒の学校に行くんや。だからみんなでこの学校に受かろうな!」

ワタルは今までになかった真剣な顔をして言った。


校舎内に入りしばらく歩くとボクとミコもいよいよ分かれる。


「じゃあ、アタシは2つ向こうの教室だね。凛も頑張って!」

そしてボクはいよいよ自分の受験会場の教室に入っていく。



中には女子ばかり40人くらいの受験生がいるだろうか。

すでにそのほとんどが席について参考書などを広げて読んでいる。


ボクも自分の受験番号のついた席をみつけてそこに腰を下ろした。

周りを見回すとミコや井川さんみたいな頭のよさそうな人がたくさんいる。


まずは落ち着くこと

ボクはスゥーっと大きく息を吸いそして吐いた。


ガラッ!


しばらくすると試験監督の女性の先生1人が入ってくる。

そしてその先生は教壇の上に立ち、大きな声でボクたち受験生に告げた。

「エー、それではこれより本年度の青葉学院高等部入学試験を開始します」


こうしてボクたちの受験ラプソディはいよいよ本番を迎えた。


チッ、チッ、チッ……

教室の壁にかかっている時計の秒針の進む音がいつもよりはっきり聞こえる。

その中で受験生たちがカリカリとペンを走らせる音が交錯していた。


「はい、そこまでにして!ペンを置いてください」


1時間目の英語が終わる30分間の休憩時間となる。

その間に試験監督の生徒数人が答案を回収して先生に渡し、先生はそれを丁寧にチェックしていった。

それは機械的に正確なペースで行われ、そして先生は回収した答案用紙を手にもって無言で教室を出ていく。


しかしお昼の休憩のときにはそれがちょっと違っていた。

2時間目の数学も終わりいよいよ3時間目は最後の国語の試験だが、開始時間まで1時間昼食休憩の時間がある。

ボクもカバンの中から母親が作ってくれたお弁当の箱と水筒を取り出して机の上に広げた。


フッと見るとお弁当箱のフタに小さな付箋が張り付いている。

そこには『凛、ガンバレー!』と書かれた母親のメッセージとイラストが描かれていた。


お母さんもお父さんと同じ学校に行けるように頑張ったんだ。

ボクだって!

ボクはその便箋を剥がして胸のポケットに仕舞った。


そして

受験生が各自それぞれに持ってきたお弁当を食べていると、そこに試験監督の先生は少し早目に教室にやってきた。


ボクたちはみんな試験開始時間が早くなったのかと思い、慌ててお弁当を仕舞おうとする。


するとその先生は教壇の上に立ってこう言い始めた。

「あ、そのままゆっくり食べていてください。まだ時間は十分にありますから。」


アレ、それじゃどうして教室に来たんだろう?

ボクも他の女のコたちも不思議そうな顔で先生を見た。


すると先生はいきなりこんなことを話し出す。

「エー、これも何かの縁ですので自己紹介します。先生の名前は佐藤 優実といいます。優しく実ると書いて『ゆうみ』と読みます。」


ポカンとした顔で先生の話を聞いているボクたち受験生


さらに先生は話を続ける。

「ただしヨ、実際はいつも名前通りっていうわけではないのヨー。厳しいときには厳しく、でももちろん優しいときには名前通り優しく。一緒に思い出に残るような楽しい時間を過ごしたいって思ってます。それと好きな音楽はなんといってもサザンオールスターズです。知ってます?彼らってこの学校の大学の卒業生なんですヨ。なんでいきなりこんなことを話し始めたんだろう?って思ったでしょ?

 だって、アナタたちが受かってこの学校に入ったときに、もしかしたらアタシがアナタたちの担任になるかもしれないじゃない?だから今のうち面倒な挨拶は済ましておかないとって思ったのです!(笑)」


おどけたようにそう話す佐藤先生に所々からクスクスという笑い声が漏れ始める。


そして佐藤先生は最後にこう言って締めくくった。

「アタシとアナタたちはたった1日だけ、同じ教室で同じ時間を過ごしただけの縁だけど、結果的にどの学校に行くにしても、私はアナタたちが今まで努力してきた力をすべて発揮できるよう心から祈ってます。最後の一教科、みんな後悔しないように頑張ってくださいネ!」


するとどこからともなくパチパチと拍手の音が聞こえ、そしてそれは教室全体へと広がっていった。

佐藤先生はその拍手に少し照れたような顔をしていた。



そしてとうとうすべての試験が終了

教室を出ると、階段の前でミコが待ってくれていた。


「凛、どうだった?」

「ウン、けっこうできたんじゃないかって思う。」


「わぁー、良かったじゃん。そういえば教室の雰囲気すっごいピリピリしてたでしょー?」

「それがさぁ、なんかウチの教室の試験監督の先生がすごく楽しい感じの人だったの!あのねーーーーー。」


そんなことを話しながらボクとミコは肩を並べて歩き始め、そしてワタルと待ち合わせた正門へと向かう。





「おかえりー、凛ちゃん」

その日の夕方、受験が終わり家に帰るとすでに家庭教師の弓美香先生が家で待ってくれていた。


さっそく2人で部屋に入り、問題用紙とボクの書いた解答をもとに自己採点をする。


「フン、フン。なるほど…。あら、あらあら…。」

先生は英数国と一通りの採点を終わってペンを下ろし、今後は電卓をパチパチと打ち始める。


「どうですか?」

ドキドキを抑えられないボクに

「あらー、びっくり!」

と弓美香先生は驚いたように電卓を下ろした。


「びっくりって…やっぱりダメっぽいんですか?」

「逆ヨ。予想したよりかなりできてる感じなの」


「エ、ホントに!?」

「ウン。まあ配点はあくまで予想だけど、英語は80%は固いわね。国語は70%~75%くらい。この2教科は予想通りだったんだけど、数学が予想以上にできてるわ」


「わぁー、やったぁー!」

思わず両手をあげて喜んでしまうボクに弓美香先生は笑いながら話す。


「でしょ?(笑) 凛ちゃんの場合、合否を分けるとしたら数学だって思ってたんだけど、70%以上は確実に取れてるみたい。ホントびっくりだわー」

「じゃあ、合格できるかもしれない?」


「そうだわネ。例年の青葉の女子の合格最低点は70%前後で、凛ちゃんは75%くらいは取れた感じだから、配点に偏りがなくて急に最低点があがらなければ多分・・・OKかな。もちろん、これはあくまで予想だけどね」


「ああ、受かるといいなぁーーー」

そう呟きながらボクの頭の中はすでに青葉生になってる自分の姿を妄想中(笑)


「そうねー。これでもし青葉がダメだったら、凛ちゃんが恐れてた女子校行きってことになるかもしれないもんね(笑)」

「先生、ミコと同じこと言ってるー」


「アハハ、でも女子校だって悪くないわヨ。先生だって女子校で楽しくやってたしね。女のコばっかりで気を使わないし」

「そうかもしれないけどさ…でも…」


「でも?」

「約束したの。みんなで受かって一緒に同じ高校に行こうって」


「へぇー。みんなって?」

そう言って弓美香先生はニヤっとちょっと意地悪そうな目をした。


「ミコ…とか」

ボクがモゴモゴと口ごもったように答えると


「ミコちゃんとか? ウーン、どっちかっていうと『とか』の方にアクセントがありそうね?(笑)」

そう言うと弓美香先生はクスクスと笑い始めた。





そして数日後

とうとう青葉学院高等部の合格発表の日がやってきた。


受験の時同じように駅で待ち合わせをしたボクとミコ。


しかしワタルはなぜか

「あ、ボクはちょっと用事を済ませてから行くさかい。先に行っといて」

ということで別々に行くことになった。


渋谷駅に着き、そこから青葉まで10分程の道のりはボクもミコもほとんど無言だった。



正門前に着いたとき

「ああ、受かるといいなぁー。」

ボクがそう呟くと


ミコはすごく厳しい顔でこう言った。

「そうだネ。アタシ、このために3年間ずっと頑張ってきたんだ。中等部落ちたときのあの悔しさは絶対忘れてない!」


そのときのミコの表情はいつも余裕の雰囲気でクラスのトップを守ってきたミコからは想像できなかった。



そこから合格番号の掲示場所までボクたちは駆けるように足を早めていく。

「ああ、神様。お願い!受からせて! 受かったら嫌いなパセリもちゃんと食べるようにします。だからお願いですぅ~~~~~~~!!」


次第にボクの目に掲示板が小さく見えてきた。


あと40m、30m、20m……


そして10mほどに近づく前に

ボクは、掲示板に並んだ番号を上から順番に追う必要もなく

どーーん!

という感じで

ひとつの受験番号が目の中に飛び込んできた。


「あ……」

ボクの体は一瞬固まってしまう。


そして次の瞬間


「きゃぁぁーーーーーっっ!!あったぁぁーーーーーーーっっ!!」

声の限りにボクは叫んだ。


もしこんなところを誰かに見られて笑われたっていい。

この喜びを邪魔する者は誰だって許さない!

そう思うくらい叫びまくった。


するとボクの隣にいるミコが

「凛、あったの!?あったんでしょ!?」

ボクの肩を掴みながらそう叫ぶ。

そのときのミコの顔は笑顔で真っ赤に上気していた。


「ウン!あった!ミコも、ミコもあったんだよネ!?」

「ウン!あった!アタシもあった! やったぁぁーーーーーっっ!!」

涙でくちゃくちゃになった顔でお互いの身体を強く抱き合って喜ぶボクとミコだった。


ひとしきり喜びを噛み締め合ったボクとミコ。

ボクは思いついたように

「あ、ミコ。ちょっと待ってて?」


そう言って隣に貼られたもうひとつの掲示板の近くに行ってそこにある番号を確認した。

そしてボクとミコは再び自分たちの番号が載っている掲示板に戻りもう一度確認。


「良かったー!やっぱりある~~~~~!」

ボクがそう言うと

「アハハ、あるね~~~~~~~~。アタシのも凛のもちゃんとある~~~~!」

ミコはゲラゲラと笑いながら答えた。


こんな当たり前のことでボクたちは笑い合ってしまう。

それくらい今ボクたちは幸せの絶頂なのだ。




すると

そこにいつもよく聞く飄々とした声の主が現れた。


ワタルはボクたちの顔を見て

「やぁ、やぁ! お、その感じやと2人とも合格やな?」

と声をかけてきた。


「エヘヘーーーーー」

ボクとミコは2人揃って小さなVサインを出す。


そしてワタルは今までボクたちが見ていた掲示板に目をやり

「どれどれ・・・ボクの番号はっと」

そう言って番号を上から順番に見ていった。


ところが

「お、おおっ、おおおおーーーーーーーっっ!!」

そう叫ぶとカレはいきなりガクッと膝を地面に落としてしまった。


「あの、ワタル君?」

ボクは心配そうにワタルに近寄る。


「ボクの、ボクの番号がない…ボクだけ落ちてしもたぁー!凛ちゃんもミコちゃんも受かったんにボクだけ落ちてしもたぁぁーーーーー!!」


「あ、あの、ワタル君?」

ボクはワタルの足元にしゃがんでカレの顔を見る。


彼は茫然自失の表情だった。


「あのさぁ…」

「なんやぁ?」


「キミは相変わらずオッチョコチョイがぜんっぜん直ってないんだネ?」

ボクは落ち着いた表情でそう言うと


「そう…やな。きっとどっかで解答の記入欄間違えたりしてしもーたんやろな。ハハ、ハハハ…、まったくボクって相変わらずやな」

ワタルは自虐的な顔で小さな声で呟いた。


「これからはもっと落ち着かないと?」

「わかっとるって。でも凛ちゃんって思ってたよりキッツイねんな。今のボクにはその言葉に耐えられんわ」


「ああ、どっか他の高校を探さにゃならんなぁ。まあ違う学校になっても友達でいてくれな?」

ワタルは次第に鳴き声になってきた。


すると

「でも、これから毎日会えるじゃん?」

隣でその様子を見ていたミコが呆れるようにワタルにそう言う。


「ははは…、そうやな。駅とかで一緒になるしな」

ワタルはさらに落ち込んだ顔になっていった。


それを見て

「ハァーーーー」

とため息をついて顔を見合わせるボクとミコ


そしてさすがにたまらなくなりボクはワタルにこう言った。

「あのさぁ、ワタル君。 もう一度今キミが見た掲示板の一番上を見てくれない?」


ワタルは小さく顔を上げて

「なんや?そんなん何回見たって…」

そう呟いて申し訳のように掲示板の上に書かれている字に目をやる。


「青葉学院高等部 女子合格者番号…ん?…女子合格者?」

「そうヨッ!これは女子の合格者の掲示板っっ!キミは女子なのかっ!?」


するとワタルは急にすくっと立ち上がった。

「ア、アハハハ!! なーんや、そうやったんかー!ならボクの番号があるはずないやん。なーんや!2人とも人が悪いなぁ(笑) そうならそうと最初から言ってくれればええのにぃー!」

そう言いながらワタルはその隣にある男子合格者の掲示板の方に飛びつくように寄って自分の番号を探していた。


そして

「あったぁぁーーーーーっ!ボクも合格やぁぁーーーーっっ!!」

と大きな声で叫び全身でガッツポーズをとったのだった。


ボクたちはそれぞれ合格書類を手にして青葉学院高等部の正門を出た。

3人は青葉通りをわいわいと話しながらゆっくりと歩いていく。


「ああー、凛ー。これって夢じゃないんだよね?アタシたちって今ちゃんと青葉の合格書類を持ってるんだよね?」

ミコが少し赤くなっているぽーっとした顔で言う。


そこにワタルが

「ミコちゃん、夢かどうかボクが顔をひっぱたいたろうか?」

と冗談を言ってくる。


「じょーだんっ!これ以上真っ赤な顔になってたまるもんですかっ!」

ミコはそう言いながらケタケタらと笑い出した。


ボクは中3になってすぐの頃ミコから聞いたことがあった。

彼女は小学校のとき青葉学院の中等部を受験したらしい。


ミコはその頃にもやっぱりかなり優等生で、自分でもけっこう自信はあった。

しかし結果は不合格。

そのときミコは小学校の担任の先生の胸で思い切り泣きじゃくったそうだ。


そして今回、高等部で合格を手にした彼女は青葉の正門を出る前にボクとワタルに

「あ、ゴメン。ちょっと待ってて?」

そう言うとカバンから携帯電話を取り出してある番号を押しはじめた。


ミコがかけた相手は彼女の卒業した小学校だった。

受付の人に担任の先生を呼び出してもらい、そしてその先生に青葉の合格を告げる。


電話の先ではその先生が大喜びで彼女にお祝いを言っている様子だった。

「ハイ、ハイ…。ええ。先生、本当にありがとうございます。」

ミコは少し涙混じりに話している。


電話を切った後ミコはとてもスッキリとした表情だった。

「はぁー、これでやっと小学校から続いてたアタシの受験ラプソディが終わったわぁー。」

ミコは本当に晴れ晴れした顔でそう言ったのだった。



途中のバーガーショップでハンバーガーとコーラで3人だけの合格祝い。

そしてこれから毎日通うことになるこの道に並んでいるお店のウインドウを覗いてみたり、青葉生になった自分たちを想像する。


「わぁ、素敵な喫茶店だねー。ねえ、凛。入学したらこのお店で帰りにお茶して行こうヨ」

「いいねー。アタシ、チョコケーキも食べちゃおう!」


ふっとワタルを見るとカレはプラモデルの専門店を見つけて熱心に観察中。

「おおっ、これええなぁー!入学したらこうたろー」


こうしてそれぞれが思い思いに夢を描いていた。




さて

渋谷からようやく自分たちの駅に着いたボクたちは担任の山岸先生に合格の報告に行く。


職員室の入口で

「あのぉー…」

ミコが小さくドアを開き、その場にある先生に声をかけると

「おおー、山岸先生ー!藤本たちが帰ってきましたヨー!」

と大声で山岸先生を呼ぶ。

すると奥の方にいた山岸先生が姿を現した。


「あらぁー、3人ともおめでとうー!」

すでに青葉にいるときに携帯電話で合格を連絡していたので先生は満身の笑顔でボクたちを迎えてくれた。


「3人とも合格したんだって?」

「いやー、すごいな。ひとつのクラスで青葉に3人合格は初めてでしょう?」

そう言いながら周りにいた先生たちも寄ってくる。


「でも、本当に良かったわぁー。実を言うとね、アタシは小谷さんはわりと安心してたのヨ。アナタはしっかりしてるからネ。心配はなんといっても石川君ヨ!(笑) ときどきとんでもないポカミスをするからねー」

山岸先生は笑いながらそう話す。


するとワタルはこう言って高らかに笑った。

「ワハハハ。先生ー、ボクみたいな冷静な男をつかまえて何をおっしゃりますのー。 もう、とーぜん合格してるって思うて落ち着いて番号見てましたわ!ワハハハハーーーー」


ボクはワタルにすかさず突っ込んだ。

「呆れたーーーーー!よく言うよねーーー。ねー、ミコ」


「そうだよネー。まったく開いた口がふさがらないわ(笑)」

ミコも大笑いして同調する。


「ね、先生。聞いてー?」

ボクは山岸先生の方を振り返って言う。


「あら、何かしら?」


「ワタル君ったらね、女子の合格者掲示板を見て、ガクって膝ついてしゃがみこんじゃってね、それで「ボクの、ボクの番号がない…、ボクだけ落ちてしもたぁー!凛ちゃんもミコちゃんも受かったんにボクだけ落ちてしもたぁぁーーーーー!!」って泣き叫んじゃったんだヨー」


それを聞いた山岸先生はゲラゲラと大笑い

そして周りでそれを聞いていた他の先生たちも大爆笑し始める。


「ワハハハハーーーー!さすが石川ーーーー!(笑)」

「ひぃぃぃーーーーー!腹がよじれて苦しいーーーー!(笑)」

「石川ーー、オマエ青葉より吉本目指したほうが正解じゃなかったかーーー!?(笑)」


「凛ちゃん、そればらしたらアカンって言うたやないかー。」

ワタルは真っ赤な顔になって叫んだのだった。




それからしばらく先生たちと話したあとボクたちは学校を後にして家路についた。


「じゃあ、アタシ、こっちだから。明日学校でね」

途中で家の方向が違うミコと分かれてボクとワタルは2人で歩き出した。


すると

途中にある『赤いブランコの公園』の前でワタルは突然

「なあ、凛ちゃん。少し話していかんか?」

とボクを誘った。

「うん、いいヨ」



いつもの赤いブランコに腰掛けて今までの思い出話を始めるボクとワタル。


「でもさぁ、10ヶ月前にワタル君と再開したときホントびっくりしちゃったヨ」

「ほぅ、何をびっくりしたん?」


「だって、キミはあの頃アタシより背が低かったのに、今はこーんなに高くなっちゃってるし、勉強だってできるようになって、それに…」

「それに?」


「ちょっと雰囲気が変わったっていうか、なんか、…逞しい感じになってた」


「そうか? まあ、人は成長するもんやしな(笑)」

「でも、ボクかて驚いたで。凛ちゃんと再会したとき」


「アハハ。そりゃびっくりするよネー。今までずっと男だって思ってた幼馴染がいきなり女のコに変わちゃってたわけだし(笑)」


「いや、キミがあまりに素敵な女のコに成長してたから」

「エ…」


「その女のコは、あるとき下駄箱から出た釘で指を怪我してしまった男のコの血をティッシュで優しく拭いてくれて、そして自分のバンドエイドを貼ってくれたんや」

「そしてその男のコはその素敵な女のコに恋をしてしまった…」


「あ、あの…」

「なんや?」


「それって…?」


「そうやヨ。その娘は小谷 凛って名前の素敵な女のコなんや」

「だって、アタシは…」


「ボクは目の前にいる凛ちゃんというひとりの女のコを好きになってしまった。それはいかんことか?」


ワタルはボクの目をじっと見つめてそう言った。

それはいつもの冗談っぽい彼とは明らかに違っていた。


ワタルは本気なんだろうか…

信じていいんだろうか…

でも、信じたい


「あの…」


「どうや? いかんことか?」

彼はボクから目を逸らさない。


「いけなく…な・い」

そんな彼にボクはやっと絞り出すような声でそう答えた。


「アタシも…アナタが…すき」

ボクがそう言った瞬間だった。


ワタルはボクの顔にゆっくりと自分の顔を近づけてきた。


「ぁ…」


ボクはゆっくり目を閉じ

そして初めてのキスをする。


生まれて14年間

ボクは男として生活をしてきた。

自分が男であることに何の疑いも持たなかった。

そして女として生活をするようになってたった1年ちょっと。

15年間の人生の中で初めてのファーストキス


その相手が男のコであるなんて

思いもしなかった。

でもボクはなぜか彼の唇を自然に受け入れたのだ。


ワタルの唇はとても熱かった。

そしてボク自身の身体もとても熱くなっているのを自覚していた。


唇を離した後、ボクはワタルの胸に自分の顔を埋めた。


トクン、トクン…


ワタルの鼓動がボクの耳に優しく響いていた。

それはまるで甘いラブソングを聞いているかのようだった。


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