第1話 突きつけられた事実
人生ってなんだろう?
それまでボクは人生なんてありきたりだって思っていた。
「人は人として生まれて人として死んでいくもの」
ボクはそれを当たり前のように受け入れてきた。
そして男として生まれた自分は当たり前に男として死んでいくものだって思っていた。
そう、『あのとき』までは・・・。
【登場人物の紹介】
〈小谷凜〉
この物語のヒロイン
男のコとして生まれたはずなのに実は女のコだった。
わりと大人し目の性格だ、が男のコだった時代は補欠だけど一応サッカー部員。
ちょっと甘えん坊だけど、正しいと思ったことは最後まで貫く性格。
愛称は凜ちゃん。
〈藤本美子〉
女のコとして生活するようになった凛ちゃんの最初の女友達にして一番の親友。
自分にとても強い女のコで、普段は前に出さないが目標をしっかり持ってコツコツと努力するタイプ。
愛称はミコちゃん。
〈佐倉 美由紀〉
高校に入学して凜ちゃんやミコちゃんと親友になる。
日本人とイギリス人のクオーターで超絶美少女だが、実は性格はオープンでオチャラケ大好き。でも大切なものは守りたいという熱い気持ちを持っている女のコ。
愛称はみーちゃん。
〈安藤久美子〉
凜ちゃんの幼稚園時代からの幼馴染。
同い年だがしっかりしていて、凜ちゃんにとってはお姉さん的役割の親友。
愛称は久美ちゃん。
〈石川渉〉
凜ちゃんと久美ちゃんの小学校時代の幼馴染のはずだったが実は・・・。
普段は飄々とした性格で凜ちゃんをいなしているが、いざとなったら頼りになる。
愛称はワタル君。
〈井川楓〉
凛ちゃんやミコちゃんの中学時代のクラス委員長。
真面目で勉強家だがディズニー大好きという意外な一面も。
いつも頼りになる存在。
愛称は楓ちゃん。
〈安田〉
同じく凜ちゃんたちの中学時代のクラスメイト。
カメラが趣味のオタク的性格をもつがわりと頼りになる。
〈芦田高広〉
男のコのはずの凜ちゃんに初潮が訪れたとき入院した病院で同室だった大学生。
女のコとして生活するようになった凜ちゃんを温かく見守る。
通称芦田さん。
〈佐藤優実先生〉
凜ちゃんたちの高校時代の担任。
サザン大好きで友達っぽい先生だが生徒のことを誰よりも心配し応援する。
〈小谷悟〉
凜ちゃんの3歳年下の弟。
他人を気にせずとにかくマイペース。
でもちょっと嫉妬深いところもあるカワイイ男のコ。
〈凜ちゃんのお母さん〉
我が息子がじつは娘だったとわかってショックを受けるが、それからは凜ちゃんに女のコとしての教育を行い、いつも陰で応援してくれる優しいお母さん。
実はお父さんとは中学時代のクラスメイト。
女は永遠に女のコと主張し、いつも可愛らしさを失わない女性。
〈凛ちゃんのお父さん〉
中堅スーパーチェーン『ウエルマート』の社長さん。
次第に女らしく成長していく凜ちゃんに「いつか嫁にいっちゃうんだろうな」と寂しそうに心配している。
ボクの名前は小谷 哲。
大都会東京の中の割とのんびりとした地域にある、ごくありふれた区立中学に通うごく普通の中学2年生だ。
成績は中の上くらい(だと思う)。
性格はワンパクタイプというより、どちらかといえば昔からわりと大人しい方(と言われてきた気がする)。
それでも、中学生になるとサッカー部に入り週の半分は泥だらけになって家に帰ってくるような、そんな至極ありふれたタイプの少年だった。
ちなみに名前を見てわかるよに、性別は一応オトコとして生まれてきた
ただし『一応』と言ったのには理由がある。
ボクは幼い頃からずっと顔つきが女のコっぽいと言われていた。
実際女の子に間違われたことがしょっちゅうあった。
身体付きも他の同年代の男子に比べてかなり華奢だったし、身長も男子の中では一番低い方だった。
そして、じつはこの時期周りの男友達たちが次第に男らしい特徴を強くしていく中で、ボクだけが中2になってもまだ声変わりさえきていなかった。
そんなボクは、クラスの女の子たちに
「哲ちゃんってかわいいよネー」
と言われ、挙げ句の果てには「哲子ちゃん」なんて呼ばれたり・・・(泣)。
たとえば、こんなことがあった。
それは、みんなで野球をして帰る途中だった。
左の手にはグローブをはめ、そしてジーンズにTシャツという至極ありふれた姿でクラスのオトコ友達と道を歩いていたボクに
「あの~、ちょっと道を聞きたいんだがね」
お婆さんが道を尋ねてきた。
「ああ、それだったらこの道をまっすぐ行って、それで次の角を左に曲がればすぐ見えますよ」
ボクはそのお婆さんにこんなふうに説明してあげた。
別に甘えたような声を出したつもりもないし、変なシナを作っていたわけでもない。
すると
おばあちゃんはニコニコとした笑顔でこうお礼を言ったんだ。
「ありがとう、お嬢ちゃん。こんなに丁寧に教えてくれて、アンタは優しい娘だねェ。将来きっと良いお嫁さんになれるよ」
(おいっ!お嬢さんかよっ!)
心の中でそう思いながらもボクは曖昧な笑みを浮かべてそのおばあさんを見送る。
そしてボクは手に持った野球のグラブに目を落として
「ちぇっ・・・」
と舌打ちをした。
そのお婆ちゃんはきっと悪気がなく、ただボクを褒めてくれたんだろう。
だけど、こんなボクだってそれなりに男としてのプライドを持っているわけで、誤解だってわかっててもいい気はしない。
実際けっこうヘコんだ。
小学校の頃は男のコと女のコの境界線っていうのはわりと近いところにあって、そういうときは
「ボクは男です!」
って言い返せば相手も
「え、あ、ああ、そうなんだ。 ゴメン」
とでも言ってくれることが多かった。
しかし中学生になると身体も男らしさと女のコらしさというのがはっきりしてくる。
最近では
「ボクは男です!」
と言い返しても
「え? ええ!? うそっ!?」
とまで言われてしまうのだ。
顔をあげると、その場にいたオトコ友達は腹を抱えて笑っていた。
そしてボクは、そんな薄情な友達を少し泪交じりの目でキッと睨み付けるが、毎度のことなので彼らもそう気にしない。
そんなわけで
ボクはもうこんな自分に『男らしさ』とか『逞しさ』とか、そういうことは諦めている。
そして中2の夏休みに入って間もなくのこと
そんなボクにまるで追い打ちをかけるようにある日、大異変が起こったのだ。
それはこれから先のボクの人生を、大きく変えていった。
*******************************
それはあまりにも突然の出来事だった。
その日、ボクは昼間オトコ友達とプールで思い切り遊んで体はクタクタだった。
そして夕食とお風呂を済ませたボクはベッドに潜り込むとぐっすりと眠っていた。
そんなときそれは起こった。
下腹部の奥の方からシクシクと刺すような痛みが沸き起こってきたのを感じたのだ。
最初あまり気にならない程度だったけど、次第に何かがお腹の中を上から下に垂れ降りてくるような不快なものになっていった。
そのうち堪らなくなってボクはベッドから体を起こし、そして部屋の電気をつけたてみた。
いきなり明るくなった周囲にボクは両目を手で覆って目を細める。
そして次第に目が慣れてくると自分の横たわっていたベッドのシーツに目をやった。
すると
「エッ!?」
ちょうどお尻を置いていたあたりに血らしき赤い染みが付いているではないか。
まさかと思い、ボクは今自分の着ているパジャマのズボンの股のあたりを、近くにあった手鏡に映すと、そこには
ジワッ
と丸く真っ赤なシミができていた。
「ど、どうしようーーーー!」
まさかお腹のどこかが破れてしまったのでは…。
ボクはパニック状態になりオロオロとしてしまう。
そしてそのときだった
「イ、イタ…」
「イタタターーーーー!」
さっきから感じていた下腹部の痛みは次第に鈍くそして重いものに変わってくるように感じた。
(とにかく薬でも飲まないと)
そう考えたボクは隣にある両親の寝室へと向かうことにした。
キィーーー…
両親の部屋のドアをしずかに開けて中の様子を伺う。
10畳くらいの部屋の中には両はじに2つのベッドが置かれていて、それぞれに父親と母親が寝ている。
母親はたしか向かって右側のベッドに寝ているはずだ。
ボクは暗闇の中手探りで母親のベッドの裾まで進み、そして肩を小さく揺すった。
「お、お母さん・・・」
「ねぇ、お母さん、起きてよぉ…」
「ウ、ン・・・」
「どうしたの? 哲」
ぐっすりと寝入っていた母親は、重そうな眼を片手で擦りながらベッドの上で半身を起こした。
「あのさ、お腹、お腹が痛いんだ」
「お腹が痛い? どうしたのかしら、何か悪いものを食べさせたつもりはないけど」
すると
反対側のベッドに寝ていた父親も気づいた様子でうっすらと目を開ける。
「うーーーん、どうしたんだ?」
「あなた、哲がお腹が痛いって」
「お腹ぁ? それじゃ薬を飲ませてみたらどうだ?」
「そうね。腹痛の薬を持ってきましょうか」
そう言って立ち上がった母親が部屋の電気をつけた。
すると
「おいっ!哲、パジャマの尻のとこっ!」
父親が驚いたような声を出した。
「あらっ!ホント! 哲、あなたどうしたの?どっか怪我でもしたの?」
母親もそれを見て声をあげた。
「わかんないよ。さっき起きたらこうなってたんだ」
ボクのお尻のあたりの鮮血はさっきよりも広がっているように見えた。
「おい、母さん。これは薬とかで済むもんじゃなさそうだぞ。救急車だ、救急車を呼ぼう!」
父親はベッドから立ち上がって叫んだ。
「そ、そうね。ちょっと待ってて」
母親は部屋の隅にある電話の子機を手にとって急くように番号を押す。
救急車が来るまで
その間もボクの腹痛はシクシクと続いた。
それはズキズキと激しいものではなかったけど、身体が何か例えようがない不快感に支配されていくような、そんな嫌な感じだった。
しばらくすると
ファン、ファン、ファン!
救急車のサイレンの音が次第にウチの方へと近づいてくるのを感じる。
その音はボクの家の前で止まり、間もなくしてインターホン越しに救急隊員の人の声が聞こえてきた。
そしてボクは母親に勧められて薄手のジャンパーを羽織ると家の外に出た。
「じゃあ、アタシは哲と病院に行きますから。 お父さんは悟(弟)のことお願いしますね。向こうに着いたら電話しますから」
母親はそう言って一緒に救急車の中に乗り込んだ。
(ああ、救急車の中ってこうなってるんだ・・・)
そういえばボクは初めて救急車というものに乗った。
昔から目立った病気というものはしたことがなかった。
中は思っていたよりも狭く、小さな移動ベッドの周りには多分医療器具などを入れているのであろう作り付けの棚などのスペースがあり、ボクと救急隊員さんが1人、そして付き添いの母親が乗るともう余裕はなかった。
さっきからその隊員さんが、ボクの様子を横目で見ながら携帯電話で連絡を取っている様子が見える。
話の様子から搬送できる病院を探しているのだろう。
しかしどうも手間取っている感じだった。
2回目にかけ直し相手の病院と話したとき
「搬送先が決まりましたので出発します」
隊員さんがそう言うと、ようやくボクと母親を乗せた車は静かに動き出した。
車内ではカタカタと小さな振動が続く。
しばらくすると救急車はある病院の駐車場で止まった。
「さあ、着きましたよ」
移動ベッドごと救急車から下ろされたボクは、バタバタと出てきた看護婦さんに付き添われて病院の中に入っていく。
かなり大きな病院のようだ。
廊下の幅がけっこう広い。
そして建物の中でいくつかの角を曲がりある小部屋へと入れられた。
そこは診察室だった。
その中でボクは部屋の隅にある簡易ベッドに体を移される。
そして間もなくひとりの若い男性の医者が入ってきた。
「さあ、もう大丈夫だからね」
体の大きな感じのがっしりした男の先生だった。
髪の毛はスポーツマンのように短く刈り上げて精悍な感じ。
でも声はとても優しい。
先生はボクの傍らにいる母親からいままでの経緯など聞き少し考えたような表情をする。
そして今度はボクのパジャマのズボンを脱がせて下腹部にそっと手を置いた。
先生の大きくて温かい手のひらの体温でお腹の痛みは少しだけ和らぐような気がする。
「痛むのはこのあたり?」
先生は優しい声でボクに尋ねた。
「いえ、もう少し下の方」
「じゃあ、ここらへんかな?」
「もうちょっと横の」
「え?、じゃあ、こっち? でもここは・・・」
すると先生は小さく首をかしげ、そして少し不思議そうな顔をした。
「よし、それじゃもう少し詳しく調べてみようか。あ、MRIの準備をお願いします」
先生はボクのお腹から手を離すと部屋の中にいる看護婦さんにそう指示を出した。
ウィーーーン
ここはMRIの部屋の中
真ん中にぽつんと置かれたベッドの上に寝かされたボクは、次第に全身が筒のような機械の中に入っていく。
他には誰もいないこの小部屋の中には機械の小さく唸る音だけが聞こえていた。
(ああ、ボクどうなっちゃうんだろう・・・)
せっかくの夏休みだっていうのに。
来週から始まるサッカー部の合宿が心配だ。
そしてその後には安田と工藤、そして女のコも誘ってディズニーランドに行く約束もあった。
工藤というのはクラスメイトで、仲が良い男友達の一人だ。
彼はバスケ部に入っていて身長がボクよりずっと高い。
その上身体はがっちりしてて胸板は盛り上がっている。
さらに口が上手く、女の子にも気軽に話しかけられるタイプなので、クラスの女子の中でもわりと人気がある。
そして彼と、身長は中くらいで坊ちゃんカットでどこかオタクっぽい安田、身長も低く顔も女のコっぽいボクを合わせた3人は、周りから『大中小』と呼ばれなぜか気が合ってよくつるんできた。
今回はその工藤が何人かの仲のいい女のコに声をかけてくれたのだ。
そんなわけで、今回のディズニーランド行きは1VS1はもちろんグループデートでさえ初めてというボクは、とても楽しみにしていたのだ。
だから、もしこのまま入院なんてことになったらと思うととても残念で
(ああ、ついてないなぁ・・・)
自分の運のなさが情けなくて、泣けてくる。
いくつかの検査が終わってボクは元の診療室に戻り、ベッドに身体を横たえた。
傍らには母親がいて、ボクの額に手を乗せ優しく撫でてくれている。
部屋の片隅にある時計を横目で見ると、もう夜中の2時を過ぎようとしていた。
それから1時間ほど
ボクは渡された鎮痛剤を飲んでウトウトとしていた。
フッと小さく目を開くと、母親もさすがに疲れたらしくベッドの横の椅子に座りながらコクコクとして小さな寝息を立てている。
ボクはそんな母親を起こさず、何の気なしに部屋の壁に目をやった。
クリーム色のクロスの貼られた壁にはところどころに薄く小さなシミがある。
そしてその小さなシミのいくつかを繋げてを見つめてみると、その形が何とかなくウチで飼っている犬の表情に似ていることに気付いた。
こいつはの名前はメスなのになぜかジンベエという。
体重が2キロほどの体の小さなポメラニアンで、ボクが中学にあがったとき父親が親戚の家で生まれたうちの一匹をもらってきたのだ。
なぜジンベエっていうかというと、こいつの表情がジンベエザメそっくりだったから。
ポメラニアンなのにポツンとした小さな目、そして
「わんわん!」
と鳴いてるときの表情が
「くぱあー」
と口を開けたときのジンベイザメそっくりだった。
そんなわけでボクたち家族はこの犬にジンベエという名前を付けたわけだ
ところが、こいつがボクと母親の後ばかりいつも追い回す。
長いうす茶色の毛をフサフサと靡かせ、お尻をプリプリと振りながらトコトコとついてくるのだ。
父親と弟にも懐いてはいるがなぜか後を追い回そうとしない。
さっきもジンベエは、救急車に乗り込んでいくボクの姿を心配そうに見送ってくれていた。
壁のシミを見てそんなジンベエを思い出したボクは
「くすっ」
っと小さく笑ってしまった。
不思議なことに、さっきまでのあれだけ不快だった下半身の鈍い痛みは、鎮痛剤とそして温めたタオルを腰のあたりに乗せてもらったら嘘のように楽になった。
「お待たせして済みません。ようやく検査の結果がでました」
間もなくしてさっきの杉田先生が部屋の中に入ってきてボクと母親は目を覚ました。
先生は、MRIで撮影した何枚かのフィルムを机の前のボードに貼っていった。
「どうなのでしょう?哲の結果は。 相当悪いのでしょうか?」
母親が落ち着かない様子でさっそく先生に尋ねる。
しかしその母親の問いに
「それなんですが、悪いというか、悪くないというか…」
先生は何かを躊躇うような曖昧な表情をした。
「あの、それは悪いということですか?それとも大丈夫なんでしょうか?」
不安そうな顔で母親が再度尋ねる。
「来週からサッカー部の合宿があるんです」
ボクも先生を促すように言った。
「ウーン、気の毒だけどそれは無理だろうな」
先生は両手を組んで考えるように答えた。
「エエッ! そ、そんなに悪いんですか!? ああ、どうしよう…」
先生の言葉に母親はさらにオロオロとし始めた。
すると
「あ、いや、すみません。言い方が悪かったみたいです。勘違いさせてしまい申し訳ない」
先生は困ったように頭をポリポリと掻きながら言い、さらにこう続けた。
「哲君は『悪性』というわけではないという意味なのです」
「あの、よく意味がわからないのですが…。それでは哲は悪いところはないということなのでしょうか?」
母親は意味が掴みきれない表情で尋ねた。
「まあ、そうですね。『悪い』というものではない。むしろ『自然』ということでしょう」
「それでは、哲はなにか?」
「えっと、ですね・・・、お母さん、そして何より哲君、驚かないで私の話を聞いてください」
そう言って杉田先生は机の前のパソコンの画面にさっきの検査の結果を映し出し、そのうちのひとつの画像を拡大した。
「これは先ほどMRIで撮影した哲君の体内の腹部画像です。よろしいですか、この部分をご覧ください」
そう言われてボクと母親はジッとその画像を見つめた。
「はあ、これが何か?」
すると杉田先生は躊躇するような口ぶりでこう言った。
「じつは、これは、その…、申し上げずらいのですが…『子宮』・・・なんです」
「はあああ!!??」
先生のその言葉に母親がとぼけたように大声を出した。
子宮と言われても男であるはずのボクにはピンとこなかった。
ただ少しばかりの保健の授業の知識で、それは男性ではなく女性にしかないはずのもの、ということだけは知っていた。
「えっと、あの…これは哲の体内の撮影なんですよね?」
「ええ、そうです」
「あの、こんな顔してますけど、この子これでも一応は男のコなんですけど」
『こんな顔』はよけいだ!
ボクだって好きで『こんな顔』に生まれたわけじゃない!
ボクは横目でジィーッと母親を見た。
すると母親は
「あ、しまった!」
というような顔をすると小さく手を立てて「ゴメン!」とボクに謝るジェスチャーをする。
そして母親はまた先生の方を向き直り尋ねた。
「あの、他の女性の患者の方と間違っているのでは?」
「いえ、これは間違いなく哲君のものです。何度も確認しました」
先生はきっぱりと言い切った。
「でも、それじゃ子宮なんて映るわけが・・・」
明らかに戸惑いの表情でそういう母親に先生は
「じつは、先ほど哲君の出血している部分の確認をしました」
そう言ってパソコンの画面に2枚目の写真を映し変えた。
そうだった。
さっきMRIの前に杉田先生は傷口の消毒と縫合をするからと言われ、ボクは自分のパンツを脱ぎ、足を開かされ股の間を先生に見せたのだ。
でも、いくら男同士とはいえこれはさすがに恥ずかしかった。
そのとき
先生は血を拭き取った脱脂綿を持ちながらボクの出血部分を覗き込むと
「アレッ!?」
と思わず大きな声を出したのだ。
「そ、そんなにひどいんですか?」
心配そうな表情をするボクを見て先生は
「い、いや。大丈夫。そういうわけじゃないから」
何か誤魔化すように言ったので、ボクは違和感を感じていたのだ。
そして、杉田先生は心を決めたような顔でをまっすぐボクと母親の方を見て言った。
「申し上げます。じつは、哲君の出血部分には『膣口』がありました。それは、ふつうの女性のものよりも小さな開きでしたが、間違いありません。陰唇もちゃんとありました」
「あ、あの、つまり、その・・・」
その言葉に当の本人であるボクはもちろんだが、母親もどう表現していいか言葉が見つからない様子だった。
「そうです。つまり哲君は女性であるということです。じつは並行して性染色体の確認検査も行いまして、その結果彼は完全なXX染色体であることは判明しました」
「XX染色体?」
「お母さんも学校の授業で習われたことがあったでしょう? 人は母体で受精した時に性が決定されます。卵子はXでそこにXの精子が結びつけば女性、Yが結びつけば男性として体内で成長していくことになります」
「はあ・・・。あまり詳しくは覚えてないけど、そういうことを習った記憶はあるような」
「クラインフェルター症候群といったケースもありますが、哲君の場合は完全なXXでした」
「・・・」
「これは推測ですが、もしかしたら妊娠期の母体内での成長過程で何らかのホルモン異常がありオデキのような突起ができてしまいそこに尿道が通って、結果的に膣以外に外形が男性の生殖器に似たものになってしまったのではないかと。ただし、これは生殖器ではなく小水の排泄をする以外の機能はありません。哲君の場合あくまで生殖器としての膣が存在するわけですから」
先生はゆっくりと噛み砕くように説明をしてくれた。
「それじゃあ・・・」
「ええ。哲君は間違いなく女性です。したがってもし彼が女性として男性と性交をすれば妊娠し出産することができます」
がああぁぁぁ~~~~~~~ん!
話の流れで心のどこかで覚悟はしていた。
覚悟はしていたけど
それでも、とうとう突きつけられたこの言葉にボクの顔からサアーッ!と血の気が引いていった。
さらに先生は追い打ちをかけるように言葉をつづけた。
「男性器に似た突起部は手術によって本来の女性器の姿にすることが可能です。今回の出血は初潮ということでしょう。そして、生理が始まったので今後は胸や腰回りなど体型も急激に女性の傾向を強めてくることになると思います」
(ちょ、ちょっと待ってよ!)
(せ、生理って!?)
(に、妊娠!?)
(それだけじゃなく、出産って!!??)
(い、一体誰のことを話してるんだ?)
(もしかして、ボクのことなのか!?)
「もちろん、そうは言っても哲君は今まで男性として生活していたわけですから、いきなり「キミは本当は女性だ」なんて言われて「はい、わかりました」と素直に受け入れることはできないでしょう」
先生はボクの方をチラッと見て投げかけるように言った。
(当たり前だ!)
(そんなことになればボクはホントに哲子ちゃんじゃないか!!)
先生はボーゼンとした表情のボクを横目で見てこう言った。
「じつは、このまま男性としての生活を続けることも不可能というわけではありません」
するとそれまで両手で顔を覆って頭をもたげていた母親はパッと上げて先生に尋ねた。
「そ、それは哲が男のままでいられるということでしょうか?」
「いえ、正確にはそういうことにはなりません。彼は生物学的には完全な女性ですから。 男性ホルモンや整形手術などによって外見を現在のままに近い形で成長させるわけです。しかし先ほど説明したように男性器に似たものはおできのようなものであって生殖器としての機能は持ってませんから、当然男性として女性を妊娠させることはできません。あくまで外見だけです。それに今後生涯女性である彼の体に男性ホルモンを投入し続けるわけですから肉体だけでなく精神的な副作用も小さくはないでしょう」
「あああ、哲ぅぅ・・・」
その言葉を聞き母親はいよいよ目に泪を溜めだしてしまった。
先生はベッドに腰を降ろすボクの方を見ながら言った。
「哲君。こう言うと他人事のように聞こえてしまうが、これは君自身がよく考えて決めることだ。自分の人生で『外見だけの男性』を選ぶならそれも間違いとは思わない。ただ君は本来女性であるということは事実なんだ」
ボクは頭の中の整理がまるでつかなかった。
何が何だかわからない。
だって、突然男か女かどっちか選べなんて、
「そんなのって選ぶことじゃないだろーーー!!!」
と言いたいっ!
「あ、あの、いつまでですか?」
ボクは絞り出すような声で先生に尋ねた。
「うん?」
「いつまでに選ばなくちゃいけないのかってことです。これから先ボクが男として生きるか女として生きるかってこと」
「そうだな、こんなこと言われて君自身が一番戸惑っていると思う。ただ、性急ですまないけど、せいぜい一週間っていったとこだろう」
「たった一週間で!?」
「さっきも言ったけど、生理が始まったから、これから君の身体は急激に女性的になる。このままにしておけば夏休みの終わるまでには胸も膨らんでくるだろう。先伸ばしすればそれだけ肉体がアンバランスになってしまうからね」
「たった一週間で・・・、それでボクは自分の人生を決めなくちゃいけないの!?」
ボクはただ頭の中がまっ白くなっていく気がした。