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森を征く者  作者: 架音
一章
9/18

1-6 光翅族

無双にもならないって場合ありますよね


2012/04/15:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 空でやつらに出会ったら、怒りを買わないうちに逃げ出すのが最良だ。背中を丸めてとっとと逃げろ。


           ――サンクト=エヤレ遺跡より発掘された碑文の中の一節より


 彼らの翅は美しいがそれだけではない。三対、あるいは四対の翅をもつ特に優れた者達が空を舞うその速さは黒の飛竜を凌ぎ、その魔力の強大さは赤の飛竜に比肩する。


                 ――人類学者セリオル=マスグリス著

                    『この世界に住まうもの―光翅族篇』より


「見た目はやたらときれいなんですがね、その戦い方はえらく乱暴でしたねぇ。そりゃ、破壊力が最も高い魔法は武器強化ですからねぇ。ええまあ確かに、遠距離攻撃魔法なんて魔力減衰公式でしたっけ?まああたしは学がねえんで理屈は知りませんけどね。ええ、あたしらの遠距離攻撃はもっぱら魔力で加速した槍や礫を打ち出すってやつでして……へぇ、今でも基本的には変わってないんですかい。ああ、あたしらが出くわした光翅族の話でしたね。えぇえぇ、歳の頃は一〇歳くらいの銀色の髪をしたえらくきれいなお嬢ちゃんでしたよ。そんなお嬢ちゃんがあんた、一〇人いた仲間の半分をあっという間に大空から叩き落としたんですからね。しかも武器は手にした鞭一本ていうんですから……いやもうあの時ほど死んだ親父の言う事を聞かなかったことを後悔した時はなかったですがね……ええ、空の上では奴らに関わるなってねぇ……結局あの後すぐに足を洗おうと思いましてね……えぇまぁ頭もすぐ母船と一緒に落ちちまいやしたしね。えぇ、あんなのといつ遭遇するのか判らない空賊なんて、おっかなくて続けてらんねぇですからねぇ……」


               ――犯罪研究家シンゲリス=ドゥト=バーッセン著

                    『空賊構成員だった者たちの独白』より 




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 空船に装備される武装は、基本的に物理的打撃兵器である。刻印機関の余剰出力の幅にもよるが、専用の射出装置に投擲物を搭載し、簡単な加速術式を用いて高速で射出する。

 威力を重視するならば射出可能重量ギリギリの重さのものを。牽制と命中率を重視するならば最低限の被害を与える程度の軽量物を選択することになる。


 ガルバードの指揮下にある十名が駆る騎乗型空船に備えられた武装は、二種類。


 中型以上の空船の進路を妨害、あるいは刻印機関そのものを破壊し姿勢制御に支障を与えるための長さ三ロード(約四.五m)の大槍二〇本を備え、それを一本ずつ射出できる投槍加速機。

 小型空船の進路妨害、あるいは大気吸入口に異物を放り込むことによって推進力を削り取るための装備である、投石射出機。


 それを五隻ずつに振り分け連携させることによって、効率的に獲物を駆り立て、船団から離れた空船を後続の母船と護衛船で仕留めるというのが、フェリノス一家の家業のやり方だった。


 他の空賊がやるように、接弦から切り込み、船内を制圧し船の制御を奪った後に船ごと頂戴するというやり方よりも多少手間はかかるが、こちらの被害も極端に少なくなる。

 抵抗が激しくなりそうだと思ったら、催眠毒か痙攣毒を流し込んでやればいいし、後始末が面倒な場合は空気毒を使えばいい。


 それで綺麗な船体と荷物が手に入るなら万々歳である。


 さすがに船そのものをそのまま流すわけにはいかないが、ばらして部材ごとに流せば足もつきにくい。性能のいい刻印機関が手に入れば整備用の予備にも回せる。


 実に無駄のないやり方であり、こんな方策を思いつく頭の指示に従っていれば喰いっぱぐれることは当分ないだろう。


 少なくともガルバードは、その時まではそう思っていた。


 銀色の光が視界の隅を横切り、直後身体ごと空船を両断された部下が落下を始めるのをその目で見るまでは。







「……ふん」


 空賊の一人を両断する際についたのだろう。あえて兜を脱いだままだった整ったその容貌、その白い頬についた血糊に少女は僅かばかり眉を顰めた。


 その表情には微塵の揺るぎもない。そこにあるのは目の前にいる敵の手から船団を守り抜くという静かな決意だけである。


 ――自分でもこれほど割り切りがいいとは思わなかったわよね……


 少女の中にある日本人としての記憶は確かに殺人を“是”とはしない。多少なりとも忌避感はある。しかし、少女の選択肢の中に空賊を排除しないという選択肢は存在しない。


 彼らに対する場合の対処法は一つだけ、“速やかなる断罪”である。


 武装犯罪者集団である空賊は殲滅できるときに徹底的に叩かないと、次々と被害者が発生する。下手につかまえて裁判なぞにかけようものなら、空賊の規模によっては留置する街ごと焼き払ってでも身柄を取り返しに来ることすらある。


 実際にそういった理由で焼け野原になった町や村が存在するのだ。この世界では。


 つまり空賊に対する最善の対処方法は『発見次第、あるいは犯罪現場に遭遇した場合、戦力が十分なら速やかなる死』を与える事となる。


 そしてそれは、彼女自身先程森の中で漏らした『貴族の義務』に他ならない。

 

 元来の少女は、その前世の記憶のこともあり基本的に暴力行為を好まない。そんな少女がこと武装犯罪者集団である空賊に関してだけは、強硬な姿勢を保っているのには相応の理由がある。


 この島に住まいを移した後の、旧エンドランツ男爵領……皇国の辺境と言ってよいその地域に存在した村が、空賊の襲撃により消滅する事件があったのだ。

 その事件を起こした空賊は、このコーレリア本島の町で喧嘩沙汰を起こした男が盃を受けていた空賊であった。


 その時点では男と空賊の関係は掴めておらず、それなりの処罰を下した後に島の外へと追い出したのだが……何をどう逆恨みしたのか、その空賊は報復としてコーレリア本島へ移住しなかったかつての領民を惨殺したのだ。


 報告を受け取った時の衝撃を、少女は忘れられない。


 僅かに胸の奥に生じた鈍い痛み……少女は頭話軽く振ってその痛みを誤魔化しながら飛翔速度を兜なしで出せる最大速度まで引き上げ、急上昇を開始する。


 狙うのは今しも巨大な槍を放とうとしている一隻。


 その槍が放たれる直前で少女が振るう、青の飛竜の鱗で作られた刃が埋め込まれた『刃綱』が両断……直後爆散する。


 ――こいつらは追い込み部隊、ね……本隊は……どうするつもりかしら?


 そのまま逃げるのなら追うのは難しい。特に三対以上の翅を持つ光翅族をよく知る空賊ならば、そのまま反転して逃げ出したとしてもおかしくない。所詮空賊は暴力を生業にしているとはいえ、覚悟を持って戦場に臨む戦士ではないのだから。


 が、もし万に一つ彼らがこのままこの獲物を惜しんで距離を寄せてくるのならば……


 ほとんど無意識のうちに続けざま、更に三隻の騎乗型空船をその乗り手ごと葬った少女は、何かを期待するかのように僅かにその口元を綻ばせる。


 少女の鋭敏な知覚は稼働する十一の刻印機関がこちらへ向かってくるのを掴んでいた。







 視界の隅……左下方から牽制のための大型射出槍を打ち込んでいた部下の傍らを、上空から下方へと一条の銀光が走りぬけ……直後、乗っていた騎乗型空船操船していた部下ごと両断され、墜ちていく。


 何が起きたのか、ガルバードには咄嗟に理解できなかった。そしてその理解できないでいた僅かな時間の間に立て続けに銀光は、更に三人の部下を両断する。


「な……っ!?」


 ようやく事態が認識できた時点でようやく驚愕の声が漏れる。それを聞いたのかどうか、更に銀光はもう一人の部下を葬ると優雅な曲線を描き……ガルバード達が次の獲物と狙い、刻印機関を一つ潰したせいで速度が落ちていた、恐らく四〇座級であろう純白の中型空船の上部甲板上で速度を緩めると、ふわりとそこに降り立った。


「……おんな?」


 そこに降り立ったのは一人の女性……いや、未だ子どもと言ってよい年齢の小さな少女だった。

 先ほどの銀光は、その反射光だったのかと思える艶やかな銀色の長い髪を風になびかせ、見たこともない革鎧でそのほっそりとした肢体を包んでいる、左手に長い鞭を携えた美しい少女。


 その背中に輝くのは、三対の黄金の翅。


『光翅族……』


 部下の一人が呟く声に応えるように、ガルバードの背中を冷たい汗が流れ落ちる。


 光翅族……生まれ故郷を失った民族ながら、未だこの世界の大空の支配者であると目される存在。その背中の翅は、内在する創魔腑の能力により数を増やすと言われる。三対の翅を持つ光翅族は、たった一人で赤の飛竜を打ち滅ぼす力を有すると言われている、化物だ。


 光翅族に関する逸話は、ガルバード自身も仲間の空賊から聞かされている。その恐ろしさもだ。しかしその恐ろしい話と、今目の前にいる少女の姿とどうしても一致しない。


 だから、ガルバードは、兜の外部拡声術式を用いて声を張り上げた。


 自身が感じた恐怖を振り払うかのように。


『テメエ……一体なにもんだっ!?』


『悪党に名乗る名なんて持っていないわ……!』


 同様の拡声術式を用いたのだろう。その姿に相応しく涼やかで軽やかな、しかし静かな怒りと殺気が込められた冷徹で酷薄な美しい声が、大空へと静かに響き渡った。


『ひっ……』


 その声に怯えるかのように……大の大人が、それも暴力をその商売道具にしているはずの空賊の男ともあろう者が一人、その声に含まれた殺気に抗しきれずに明後日の方向へと乗機の向きを変えると即座に全力での逃走にかかる。


 その、あまりにも鮮やかな逃げっぷりに少女も驚いたのか、その瞳を一瞬大きく見開き、苦笑と取れる笑いをその幼い顔に浮かべてみせる。


 隊長であるガルバードがその間どうしていたのかといえば、ただひたすら硬直していた。


 彼の本能は、逃げることを欲していた。そのことは間違いない。湧き上がる恐怖を無理矢理押さえ込もうとするかのように、空船の操縦桿を握る両手が硬直したかのように強く握りしめられ、ブルブルと震えているのだから隠しようもない。


 しかし彼は逃げ出さなかった。


 いや、この場合逃げられなかったというべきだろうか?


 彼らのような暴力を生業とする集団において、特に重んじられるものに面子と言うものが存在する。それは時に理不尽な暴力を周囲にまき散らす原因であるのだが……それは同時に、彼らの存在を縛る鎖でもあるのだ。


 暴力を生業とする屈強な男たちが、その正体がよく判らないとはいえ一人の年端のいかない少女に恐怖で屈するなどあり得るだろうか?


 今現在屈しつつある男たちにとって、それはありうることであるのだが……今現在この場にいない連中がそれとは違った意見を持つであろうこともまた、明白だ。

 正体不明とはいえ、たかが小娘に恐怖して逃げ出した臆病者……そう考え口に出し嘲ってくることは間違いない。

 相手があの光翅族とはいえ、その暴力が振るわれるところを経験したことがある空賊など数えるほどしか存在しないのだから、仕方がない事ともいえるのだろうが……


 それでも逃げるべき時に逃げられなくなるというのは、はたから見るならば滑稽極まりない。守るべきものがたかが面子などというものであることを考えるならば、馬鹿げていると言いきってもいいかもしれない。


 それを考えるとなるほど、空賊と言うものはしょせん素人の集団なのだという事がわかる。彼らに比べて人々の口の端に上る『品行方正』な、皇国騎乗空船師団などが命のやり取りをする場で行う戦術は格段にえげつない。彼らが一番に求めるものは『勝利』であり、そのために不必要なものはすべて切り捨てる……そのあたりの意識が職業軍人と単なるごろつきの差なのであろう。


 話を戻す。


 隊長であるガルバードは今まさに、『面子のため』身動きが取れなくなっていた。

僅か一〇歳ほどの小娘……それが光翅族だろうが何だろうが、たかが一〇歳程度の小娘なのだ。そんな小娘に手玉に取られたまま引きさがりでもしたら、もう二度と彼の指示に従う者はいなくなるだろう。


 あるいはそんな憂いも抱けないように頭に嬲り殺されるかもしれない。


 ならば恐怖をねじ伏せ、あの少女をねじ伏せるしかない。


 光翅族とはいえ、たった一人の少女に臆するなど……あってはならないのだから。







 真っ先に逃げ出した一人を除いたガルバード以下三名の空賊が、乗機ごと爆散して果てるまでの時間は、一分もかからなかった。








やったよロム兄さん!


ちょっとだけマシンなロボっぽいセリフを入れてみました。


ていうか無双どころじゃないですが……しかしこれだけの戦闘力を持つ光翅族すら叶わない敵がいるわけです。地上には。


光翅族の強さの理由はこの世界における魔法の在り方が大きく関わってきますので、今後魔法の解説が入る時に説明できるかと。



解説:刻印機関



 人工的に安定した魔力を生み出す為の装置であり、主に空船の浮遊魔法を支える魔力源として利用される。

 価格は高価である上、メンテナンスにも相応の金銭がかかるため、空船以外の目的に使用されることは稀である。


 なお、市民生活に使えない理由に関しては魔力減衰公式により説明が可能である(またあとで解説します)



・構造は軸に通された刻印円盤複数と、魔力を安定的に発生させるための調整液を封入された樽型容器と、いたって単純な構成である。あるいは発生した魔力を浮遊術式に転換するための呪印、あるいは刻印を刻まれた枢室までも含めて刻印機関と呼ぶ場合もある。


・調整液は海水と酷似した成分であるが、同一ではない。調整液が刻印円盤を収める枢櫃から失われた場合、魔力の生成が極端に不安定になるばかりでなく、軸受け部分が摩擦により発火する可能性があるので十分な注意が必要である。

 また、特に小型刻印機関に関しては更に特別調整された粘度が高く、揮発性の低い調整液が用いられる。

 これは小型刻印機関の構造上軸の一部が枢櫃の外に頭を覗かせているためである。

 そのため小型刻印機関の稼働時間は中型以上の物に比べて短いものになっている。

 

・刻印機関の稼働限界とは即ち調整液の劣化により引き起こされる。理論的には永久機関として稼働することが可能なはずなのであるが、調整液が存在しなければ実用的な安定性を確保することができず、調整液はある程度の稼働時間を超えると急速に劣化する。調整液の入れ替えには刻印機関の停止が必要であるため、永久機関とはなっていない。


・初期起動には刻印機関起動機あるいは手動のスターターを用いる必要がある。枢櫃に収められた刻印円盤のうちの二~五枚は等速回転を行う術式が刻まれている。この等速回転を行う刻印円盤により、刻印機関は安定した魔力供給ができるようになる。

 初期起動以降の回転の際に消費される魔力は、刻印機関内で発生した魔力が割り当てられる。

 

・出力の調整は、等速回転術式が刻まれた刻印円盤を切り替える、あるいは術式の速度項目を上書きすることで回転速度を変更、出力の調整を行う。

 前者は中型以上、後者は小型刻印機関で採用されている。

 安定性は無論前者の方が格段に高い。


 なお初期起動時において、起動者の魔力を機械的な魔力に変換する刻印機関起動機を使用したり、小型刻印機関に見られるスターターを使用する理由は、調整液が個人の魔力に染められ、刻印円盤から発生する魔力との齟齬=劣化の促進を防ぐためである。一旦起動してしまえば、外部からの魔力干渉は最低限に抑えられるため、魔法式による円盤の切り替え、あるいは術式の上書き程度でははなはだしい劣化は抑えられることになる。




 という事で刻印機関の解説でした。多分矛盾はない……はず。






 











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