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森を征く者  作者: 架音
一章
6/18

1-3 コーレリア連島(3)

久々の更新です


2012/04/08:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

「二号機の左足中関節部分ですが、油圧部分に歪が起きていると思います。部品があれば交換した方がよろしいかと……作業中に破断したら危険ですから」


 エンドランツ侯爵の愛娘であり、今よりも遥かに幼い男爵令嬢だったころからその工房に出入りしていた侯爵令嬢シェリーマイア。そんな少女の実にらしい言葉に、伐採部隊長ガードランドはニヤリと物騒な笑いをその顔に浮かべた。


「この距離からよく聞き取れましたな?」

「……気が付いていて口を出さないのは意地が悪いと思うのですが」


 自分が発した言葉をさも当然と受け止めるガードランドに少女はため息をついた。おそらくこの男は、わざわざ二号機の左足中関節部分の油圧の歪みを放置したのだろう。誰がいつ気付くのか、それを試す為に。


 だが現在『飛び亀』を操っている者達は、研究塔に席こそ置いているが技術者ではなく……


「彼らは、来年以降に先行量産が決定している第三世代機の躁機士候補なんですよ?」


 その常軌を逸した操縦方法により……千を超える入出力切替機、円形切替機、十本の操縦桿を適宜運用しなくてはいけない……実質父の専用機という扱いだった、祖形たるたった一機の第一世代機。操縦系統を簡略化した結果、躁機士に極端な魔力消費を強いるため実質シェリーマイアしか動かせなかった、やはり専用機と言ってよい第二世代機。

 その両極端な試作機の長所短所を擦りあわせた上で組み上げられることになっている第三世代機は、あくまで普通の素質の人間が扱えることを念頭に製作されることになっている。


 今回の伐採作業は『飛び亀』の試験という側面もあるが、巨人機械の操縦系統を一部流用している『飛び亀』を用いた躁機士候補の訓練という面もあるのだ。


 つまり、あくまで躁機士候補である彼らにあまり技術的な無茶振りを要求をするのもどうか、そういう話である。


「しかし、姫様は出来ているではないですか?」


 しれっと述べられるその言葉にシェリーマイアは言葉を詰まらせる。言っていることは確かにその通りだが、彼らと自分では前提条件が違うだろう。


 あの父とガンドウ小父様の手である種英才教育を施されてきた上、前世の記憶持ちなのだ。通っていた大学は工学とは無縁の福祉系大学だったが、それでも一般の成人男性並みには機械に対する理解力はあった……はずである。この世界の住人よりは、よほどその手の事に関する馴染はあったと言えよう。


「まあ無茶振りは百も承知ですが、それでも自分が操る機械の好不調くらいは自力で気が付ける、その程度の技量は持っておいてもらいたいのですよ」


 自分が振るう剣の具合が判らぬ剣士、自分が使う道具の塩梅が判らぬ技術者はおりませんでしょう?


 そう言われてしまっては、少女としても黙るしかない。


「……程々にしておいてあげて下さいね……」


 一つため息をついてから、少女はそう釘をさすだけで反論は留めることにした。


 脚部の中関節部分の油圧が破断した場合、どうかするとそのまま擱座することになる。力の入り具合や転倒した時の角度によっては、脚部を総取り替えするほどの破損に繋がるだろう。ある程度の故障は想定されているだろうが、全損に繋がるような事故は流石に許容範囲の外である。


 この男に限って、そのような破損を許すことはないだろうが念のための一言である。


「無論心得ておりますとも」


 その、肉食獣のような笑顔のどこに安心する要素があるのだろうかと、一人自問しそうになった少女は不意に表情を強張らせ、皇国外縁部……つまりこのコーレリア本島の中で最も皇国から遠い方向に視線を向けた。


「……どうなされました?」

「……フレンドーラ製の中型刻印機関、恐らく回天型の二〇番台ね、が……三つ?……じゃない二つ……一つは回転数が落ちて……後方にも音がおかしい船が続いてる」

「回天型を三つ積んでいるなら、三〇座級のそこそこ大きな空船ですな……しかしこの近辺の空域では、昨晩から今朝に掛けては辰雷も発生していなかったはずですが」


 辰雷とは、雨雲もなしに唐突的に発生する落雷の総称である。通常で五、六回、酷い時には狭い空域の中で何十回となく発生するそれは、時に十隻規模の中型商船団すら壊滅させる被害をもたらすことがある。


 ガードランドの言葉通り、シェルラ大島近辺……つまり皇国の領空内で辰雷が発生したとの観測報告は入っていない。


 ならばこのあちこちガタが来た様な刻印機関の音は何を示すのか。


 そのことに考察を進める前に、少女の鋭敏な感覚は更にその後方に複数の刻印機関の鼓動を感知した。


「アーキエルデの一七番?」


 少女のその呟きにガードランドは感心したような、どことなく呆れたような称賛の声を漏らした。


「相変わらずとんでもない耳ですな」

「別に、耳で聞いているわけではありませんから……七隻以上いるみたいですね」

「私にはさっぱりわかりませんが、姫様がおっしゃる通りならその通りなのでしょうな」


 ガードランドの言葉に、少女は光翅族とヒト族との混血であることを示すヒト族よりもやや大きな耳をそっと撫でてから、何とも言えない表情で肩を竦める。


 この世界で呼称される“魔力”は、空気中に漂っていたりするものではない。

 “創魔腑”を有する知能ある生物が生み出すか、刻印機関他の人工的に魔力を生み出す機械を稼働させない限り、それは存在しえないものである。


 故に、魔力は須らくそれぞれに“色”あるいは“波”と表現される特徴を持つ。


 個人なら個人に帰結する特徴的な色に。刻印機関等の機械なら型番ごとに特徴と呼べる傾向をもつ波に。


 しかしそれはある程度敏感な人間でも、発生源の近くにいればその特徴を感じ取れるといった程度のものでしかない。


 が、少女の魔力を感知する範囲、その精度は恐ろしく広大で繊細だった。


 桁違いの魔力を生成する能力を有する光翅族の血を引く少女は、その身から常に魔力を溢れさせているが故にか、自分以外の魔力の発生元に対して常人と比べて遥かに、そして格段に敏感だった。

 だがその能力は『極端に巨大な魔力生成能力』に由来するモノであり、努力して手に入れたものではない。要するに体質であって才能とは少し違う……少なくとも少女はそう思っている……なので、正直褒められても少女にとってあまり嬉しくはないのだった。


 例えは悪いが、それは一種のアレルギー反応を褒められていると例えるのが、理解を得やすいかもしれない。

 綺麗な三角形を描いた蕁麻疹ですねと言われても、それを喜べる人間はそうそういないと、そういう事だ。


 もっとも、型番や開発元によって異なるとはいえ、刻印機関が造り出す魔力の生成類型を知悉しているあたり、やはりあの変人エンドランツ侯爵の娘である。そう評価すべきなのであろうが。


「三〇座級の空船複数ならば、商船団としてはそれほど珍しい規模ではありませんが……エンドランツ侯爵領では直接的な国外との取引は行っておりませんでしたな?」


 ガードランドの言葉に、少女は首を縦に振った。


 国家機密……という程厳重な管理はされていないが、巨人機械の開発は皇自らが主導する計画である。いずれは各浮遊島国家に技術提供を行う計画はあるが、それでもある程度は秘匿されている現状、国外の商人の直接的なエンドランツ侯爵領への立ち入りは禁止されている。


「面倒ですけど物資は全てシェルラ大島から輸送されています」

「つまり商路からは外れていると」

「ええ……ところでアーキエルデ型は、騎乗型の空船によく積まれている刻印機関ですよね?」


 アーキエルデ型は、特にその整備性の良さと耐久性の高さから、騎乗型の空船にはほとんどすべてと言ってよいほど搭載されている優秀な刻印機関の系譜である。


 製造はタールメイヤ大公国の刻印機関研究会。及びその認可を受けた各種製造商会。


 刻印機関の市場をほぼ牛耳っていた皇国シュラウドネの牙城を崩すべく投入されたそれらは、小型刻印機関という限られた市場ではあったが、皇国の独占を防ぎ圧倒するという底力を見せつけた、大公国の技術力の象徴とも言ってよい。


 が、この小型刻印機関、小型で整備性が高く堅牢なせいで事にある職種の人間に偏重されることになる。


 犯罪者……いわゆる空賊である。


 騎乗型の空船は、大きなものでも全長二ロード(約三m)を越えるモノはほとんどない。しかしその大きさの割には刻印機関の出力はやや大きく、改造の余地が多分に存在する。その改造のしやすさが虚仮脅し……虚勢を張らねばやっていけない犯罪者に大いに受け入れられた。


 結果アーキエルデ型の刻印機関及びそれを搭載した空船の購入者の約半数は、様々な犯罪者であると言われている現状が存在する。


 それらの前提を踏まえて現状を俯瞰して見てみよう。


 刻印機関に損傷を負った複数の中~大型の空船と、それを追い立てるように後方から追随してくる騎乗型と見られる小型の空船複数。

 手に取るように、とまでは位置関係を正確に把握できるわけではないが、小型の空船が仕切りに中~大型の空船に纏わりつくように……時には進路妨害をするかのような動きを見せている。


 明かな厄介ごとの現出に少女は深くため息をついた。折角気持ちのいい朝を迎えたというのにこれでは台無しだが、仕方がない。


 十中八九間違いなく、空賊と哀れな獲物の追走劇が演じられているのだろうことを察知した上でとぼけるという事は、それ以上に気持ちのいい話ではない。


「おせっかいですな」

「貴族の義務ですから」


 自身でも欠片ほど信じていない言葉を少女は漏らす。ほんの数年前まではそんなものを気にしたこともない田舎男爵の娘だったという事もあるが、身分制度が存在していない前世の記憶の影響も大きいだろう。

 それでも行動を起こそうと思ったのは、不幸なことに自分にはそれを行うに足る力を有していることを知っていたから。あるいは単純に、放置した場合後々起こるであろう面倒事を、極力減らそうと思ったからか。もしくは単純に気分的な問題だったのか。


少女は小さく溜息をつくと辺りを見回し、伐採用に用いるには些か短い二ロード(約三m)程の長さの『刃綱』に目を止める。


「ああ、そいつは長さを計り間違った予備の『刃綱』ですな」


 少女の視線にあるそれに気が付いたガードランドは、先回りする形で少女に応えた。


「少し借りても?」

「持ち帰り加工し直すまで使えませんからな。どうぞご自由に」

「ありがとうございます。それと、革紐と厚手の布……みたいなものはありますか?」

「すぐお持ちしましょう」


 ガードランドが言われた物を取りに行くために傍を離れている間に、少女は『刃綱』を手に取る。細かい刃状に加工された青の飛竜の鱗を埋め込まれた『刃綱』は、時に剣以上の切れ味を発揮することがある。


 得物としてはこれで十分だろう。


「余計なお世話かと思いますが、気を付けてくださいますよう」

「わかっています」


 渡された厚手の布を『刃綱』の突端部に巻き付け、革紐で固定する。握りを確認してからおもむろに少女はそれを左手で振るい……目の前にあった直径半ロード(約七〇㎝)程の倒木を一閃で両断してのける。


「見事なモノですな」

「この程度貴方なら糸鋸でこなしてみせるでしょう?」


 感服するような言葉を漏らす王国最強の男に対し、少女は素っ気なくそう答えるとふわりと宙へとその身を躍らせる。


「一応、何かあると考えて行動をお願いします」

「心得ました」






もう少しのんびり展開させようかとも考えていたんですが、日常をだらだらやっててもつまんない気がしてきたので巻いていく感じで。


そしてメカが活躍してません。


その分お父様の非常識っぷりが少し判明。御嬢様も割と大概な気がしますが。

父、娘、ガンドウの3人の中ではガンドウが一番の常識人になります。再登場はしばらく先ですが。




設定:刻印機関


魔力生成装置。密封された樽のような入れ物の中に、魔力生成式と呼ばれる呪印を刻まれた円盤を封印したもので構成される。

円盤は中心部に穴が開けられ、軸を通されることによって樽の中で回転し、魔力を発生させる。

魔力生成式の書かれた円盤が呪文の役割を果たし、円盤の回転が呪文の詠唱の役割を果たすという、構造自体は簡単なものである。


*オカルト方面の知識から言えばマニ車がこれに近似している。あるいはマニ車と納経櫃の組み合わせとか。


作成自体はさほど難しいものではないが、出力の増加のためには魔力生成式を刻んだ円盤の数を増やさねばならず、円盤の数をただ増やしただけでは今度は生成される魔力同士の干渉による減衰といった厄介な事態を引き起こすため、出力の向上には相当な技術力が必要とされる。

(なお、干渉自体を防ぐための方策は意外と簡単で、『同時に』魔力を発生させなければよいだけである。このため円盤の初期設定位置と回転数と配置を組み合わせて出力を稼ぐ形になる)

干渉の発生は魔力式に書き込まれた魔力発生量と円盤の大きさに左右される。そのため通常一基の刻印機関の中には直径の異なった刻印円盤が一五~二〇枚仕込まれる形になる(中型刻印機関)


また、刻印機関はその大きさと構造上起動時に一定の速度で刻印円盤を回転させなければならないため、一般の人間が持つ魔力で起動できる専用の刻印機関起動機と呼ばれる起動機械を使用し、必要回転数を得なければいけないという構造上の問題点がある。

外部から直接中の刻印円盤を魔力で回転させるという方法も一時は考えられていたが、外部からの魔力干渉は刻印機関の寿命を著しく縮めるため、緊急時以外そのような方法を取ることは勧められていない。




〇アーキエルデ型刻印機関


小型刻印機関の代名詞とも言われる傑作。ちなみに小型刻印機関とは直径一二サイド(約一八cm)以下の刻印円盤を五~一二枚備えた刻印機関の総称である。


アーキエルデ型に代表される小型刻印機関の特徴は小型堅牢に尽きる。が、もう一点、刻印機関起動機を用いなくとも起動ができるという特徴が挙げられる。

中型以上の刻印機関に用いられる刻印円盤の大きさは直径四〇サイド(約六〇㎝)を越えるモノが普通であり、これを人力で必要な回転数を得ることはなかなか難しい。

小型刻印機関はその小ささゆえに、初期機動を人力で行うことを可能としたお蔭で更に省スペースに納まる形になったと言える。

なお、小型刻印機関の起動方式は巻き取り式のワイヤーを用いるタイプと、バイクの様なキックペダルで起動させるタイプの二種類に大別される。


作中に出てきた騎乗型と呼ばれるものは、キックペダル方式がほとんどである。











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