表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森を征く者  作者: 架音
一章
4/18

1-1 コーレリア連島(1)

2012/04/11:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 エンドランツ侯爵家がおよそ三年前に皇から賜り、領有することになったコーレリア連島。長らく皇家の直轄領であったこの二つの島の特色を一つ上げるとするならば、山が存在しない事であろうか。まるでテーブルの様と、表現すれば分りやすいだろうか。


 シェルラ大島に最も近い、コーレリア本島の穀倉地帯であるエルミア平原。その平原と周囲の森林地帯を潤す、数ある浮遊島の湖の中で五番目に大きく、コーレリア本島の四分の一を占めるマレナ湖。

 特に人に慣れやすい性質を持つ黒の飛竜の営巣地があるコーレリア副島の方も、その全体が森林に覆われているだけで、山影など欠片もない。


 そんな平坦なコーレリア連島で最も見晴らしの良い建物の一つが、エンドランツ侯爵邸と呼ばれる四階建ての建造物だった。

 その建物の侯爵邸として利用される以前の役割は、皇家飛竜兵団の訓練用宿泊施設であった。三年前に侯爵領となった時、他に貴族の邸として使用できそうな建物が存在しなかったためである。そのため当然、貴族の住まいに施されるような華美な装飾などは一切存在しない。


 もともと貧乏男爵一家であるエンドランツ家のサーディスとその妻子が、そう言った華美な装飾に対してあまり興味がなかった……有体に言えば無頓着だったからではあるが、実のところ侯爵邸をどうこうよりも、巨人機械の研究施設及び技術者の宿泊施設の建設が優先されたことも、侯爵邸が後回しになった理由になるだろうか。


 幸い皇家及び皇国魔道機研究塔からの援助もあり、巨人機械の研究施設と技術者の宿泊施設は一年ほどで建築が完了している。 


 残すは侯爵邸……なのだが当主サーディスをはじめ、妻と娘も現状の邸で満足しているらしく、改築や新築の話は立ち消えに近い形になっていた。


 当主は多くを語らないが、移住のための援助金が出ているとはいえ、旧エンドランツ男爵領からの移住者がかなりの数存在したため、彼らの住まいの建築の為に資材や資金を回したことも、侯爵邸が放置されたままになっている理由の一つになっているだろう。


 また、現在は秘匿されているが将来的には……少なくとも二〇年以内には大陸にその足場を固めなくてはならないことが確定しているため、侯爵邸の新築など必要ないと当主サーディスは判断しているのかもしれない。

 無論屋敷の建て替えなぞに回すくらいなら、圧縮装甲板の改良研究費にでも回した方がいいという考えが、巨人機械の開発に妻子以外の全てをつぎ込んでいるこの酔狂な貴族に染み込んでいるという点も、大いに関係しているのであろうが。




   ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 窓から身を躍らせた少女……シェリーマイアは自由落下の加速度にその身を一瞬だけ任せると下腹部の奥底、丁度子宮の位置に重なるように存在していると定義されている星霊体の臓器“創魔腑”に意識を集中させる。


 直後、唯一むき出しだった新雪のように白い肌の背中から、泉の水が湧き上がるように細かな光の粒子が溢れ出し、瞬く間に三対の薄い翅を形作る。


 途端少女の身体は、自由落下の軛から解き放たれた。


 三対の光翅が僅かにはばたきを見せると、少女の身体は弾かれるように上昇に転じ、未だ太陽の光に染め上げられていない、深い藍色の夜が残る大空へとその身体を躍らせていく。

 その可憐な姿はまさしく妖精……光翅族に付けられたもう一つの呼び名の通りだった。


「ん、本日も快調なりっと」


 時間にしてわずか一〇秒ほどで、地面から一エルド(約一五〇〇m)程度の距離を翔け昇った少女はそこで上昇を中止し、雲海の向こうに姿を現し始めた太陽に視線を向け、満足そうに小さな呟きを漏らす。


 時速三六〇ロード(時速約五四〇km)などという、中型種である青の飛竜並みという速度はさすが光翅族の中でも有する者は数少ない三対の翅と、その翅を形作る膨大な魔力の力だろうか。


 普通、他民族と光翅族との混血者がその背に得られる光翅は一対である。訓練等で後天的に“創魔腑”を恒久的に活性化し、魔力供給量を増やすこともできるが、それでももう一対得られるかどうか。

 

 が、実際少女の背中にある翅の数は三対。


 少女の父と母はよほど相性が良かったのだろう。もしくは父方の先祖のどこかで光翅族の血が混じっていたのか。


 純血の光翅族でも背中に二対の翅を得るのは、肉体的な成人年齢である一五歳前後である。だが、少女が初めてその身に二対の翅を宿したのは僅か五歳の時であった。混血者であることを含めて考えれば、それがどれほど珍しいことがわかるだろうか?


 その上通常の成長に伴う“創魔腑”の機能拡大による魔力生成量の増加が更なる光翅の追加をもたらしたのが八歳の時。

 優秀な魔道飛兵だった過去を持つ少女の母がうれしそうに語った予想では、成人までにもう一対の翅を得ることも可能かもしれないとのことであったが……


「正直そこまで突き抜けちゃうのも問題がある気がするわね」


 僅かに表情を曇らせながら、少女は嬉しそうな母の表情を思い出し、小さくため息をついた。

 母の喜びは光翅族ならば当然の事なのだろうが、混血の上生前の記憶などという余計なものを抱えている少女にとって、その身に宿る強大な力というものは些か厄介なものに感じられたからである。


 特に現状はその強すぎる力に振り回されている部分がないわけではないので、その思いは特に強いのかもしれない。


 本来ならば光翅族が空を舞う時に、わざわざ少女の様な重装備は必要としない。


 風圧の軽減、体温保持、気圧調整等の飛翔時の環境調整は本来意識的に行わなくても光翅族ならば無意識的にできるはずなのであるが、混血であるせいか、それとも年齢にそぐわない大きすぎる魔力生成量のためか、そのあたりの調整が今一つ少女には上手くできなかったのだ。


 実際のところこの早朝の空中散歩にはそのための訓練としての側面もあったりするわけなのだが、現在の所あまり効果は上がっていない……かもしれない。


 身に纏うこの飛竜の革で作られた装備に施された刻印魔術を削り取れば、自分の制御能力がどれだけ向上したのかわかるのだろうが、正直まだそれをする踏ん切りがつかないまま……


「ま、ともかく風圧軽減はある程度常時展開できるようにはなったみたいだし、成人するまでにできるようになればいいか」


 未来の自分に丸投げすることを決めた少女は気を取り直し、今度はコーレリア本島の中央で細波を立てている湖に向かって急降下……湖面に触れる寸前で湖面に対して水平方向に飛翔角度を移し、侯爵邸方向へとその進路を変更する。


「ん、上出来……かな?」


 急降下から続く一連の飛行で湖面に与えた影響は、僅かな飛沫のみ。普通あれだけの速度で湖面に急降下したならば、たとえ接触しなくても衝撃波で湖面は大きく揺らされたはずである。

 それがないという事は、たとえ装備に施された刻印魔術の助けを借りていたとしてもそれなりの風圧軽減を含めた状態制御能力が発揮されたと解釈してもいいはずだ。


 事実二週間ほど前まではこの急降下訓練を行う度に、湖面に巨大な水柱を立て、湖を周遊する少なくない数の魚達に白い腹を晒させていたのだから間違いない。


 と、その時視界に見慣れた小舟と人影が映った。


「おはようございます。ゴライアス御爺様」


 速度を落とした少女は僅かな微風を身に纏い、ふわりと小舟の舳先に爪先で降り立った。

 そして髪を抑える兜を取ると、魚を捕らえる網を設置している老人に対して声をかけ、屈託のない笑顔を向ける。


「おお、今日も早いですな姫様」


 このようなことは過去に何度もあったのだろう。

 突然現れた領主の娘に対して驚いた素振りも見せず、老人もにこやかに笑顔を返した。


「今日も空を飛ぶ訓練ですかな?」

「ええ、ようやく最近津波を起こさずに湖面に下りることができるようになったのよ?」

「そのようでございますな。いやまあ、あれはあれで助かっていた面もあったのですが」

「……まあ、お魚がお腹見せて浮かんでいたら漁も楽でしょうけど」

「然り、この歳になるとなかなか網の設置も重労働でしてな」


 そう言ってにこやかに笑う老人の姿を頭から爪先まで一度視線を巡らせてから、少女は嘆息と共に呟いた。


「それだけ鍛えられた身体をしていて重労働とおっしゃられましても」


 老人に以前聞いた話では、特に兵役に就いたりなどはないという事だが……その全身がおよそ六〇年近い年月の間、漁師として過ごしたことで鍛え上げられた筋肉で覆われていることを、短くない付き合いのある少女はよく知っている。


 身長は一二〇サイド(約一八〇cm)はあるし、体重も恐らく少女の三倍近くはあるだろう。


 少女の父がこの地を所領として賜った三年前。それから始まった旧エンドランツ男爵領からの住人を中心にした移住者の増加に伴い、住居や店舗、研究施設等の建築が相次いでいた時期があった。

 無論それは今も緩やかながら続いているのだが、一年半ほど前は建設現場がそこかしこにあったせいであちこちから日雇い人足がこの島に大量に出稼ぎに来ていた。

 よく言うならば熱気にあふれ、悪く言うならば些か治安が悪くなっていたその時期、少女は旧男爵領時代と同じように街中をぶらぶらと出歩き、男爵領時代から馴染にしていた飯屋がようやく開店するという事で顔を出そうとしたことがあった。


 正直な所、侯爵令嬢としては本来あるまじき行為だと言えるが、なにしろもともと田舎貴族の男爵家の娘。かつ、治安のいい日本で生活していた頃の記憶まであったりしたものだから、些かそのあたりの危機感が足りなかったのだろう。


 案の定、少女の事を領主の娘であることを知らない与太者が現れ、当時七歳とはいえその類稀な美貌が花開き始めていた頃でもあり、まるで寸劇の様に少女にちょっかいを出してきたことがあった。


 あわや拐されそうになったその時、少女を助けたのがこの老人だったのだ。七人いた体格のいい与太者七人を残らず叩き伏せた光景を見た時は、恐怖と男に対する嫌悪感で身を竦ませていた少女も驚きで目を見張ったものだ。


 これで年齢は今年で六五歳。その上曾孫までいるというのだから、この老人のとんでもない頑健さは正直なんとも形容しがたい。

 孫や曾孫の話を老人の口から聞かされた時の少女の感想が「詐欺じゃないのかしら」という、ある意味規格外の自身を棚に上げた言葉だったのだからさもありなん。


「まあ、曾孫どもの相手をするよりは楽な仕事かもしれませんがの」

「そう言えば三番目のお孫さんに娘さんが生まれたのでしたね。おめでとうございます……五人目の曾孫さんですよね?」

「ありがとうございます姫様。そのうち一度顔を見せてやってもらえますかな?」


 一応自分達の住む島の領主、その娘を相手にしているというのに、老人の言葉に屈託はない。


「それはかまわないんですけど……御爺様のご家族の方々、私が姿を見せると妙に緊張なさるので……よろしいんでしょうか?」

「なに、あいつらは思い切りが足りないだけですからな。別に侯爵様になったって、サーディス様はサーディス様。御嬢様は……まあ、呼び方は姫様に変わりましたがね?」

「その呼ばれ方、私もまだ慣れないのですけどね?」


 老人の言葉に少女は苦笑気味に答える。


「ま、そこはお互い様という事で。今はまあ、住人に嫌われているわけではないという事で手を打って下され」

「仕方ありませんね……それではそろそろ失礼しますね?お仕事の邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした」

「なに、姫様のお相手ならいつでも歓迎しますでな」


 老人はそう言うと快活に笑い、少女はその笑いに微笑みを返すと小舟を揺らすことなく空中へとその身を躍らせる。


「ほう……これは確かに上達なさったようですな。以前は飛び上がる時船を沈められそうになりましたが、今日は大丈夫なようでございますな」

「女子でも三日会わなければ括目して見るべきです」


 本気で驚きの表情を見せる老人に、怪しげな言い回しで答えた少女は小さな胸を張る。


「あ、尾赤魚のよさそうなのが獲れたら届けていただけますか?」

「尾赤魚?今の時期なら黄縞魚が旬なのですがな?」

「この時期の黄縞魚は、妹が食べるにはちょっと味がくどすぎますから……あと三年くらいしたらお願いすると思いますのでその時はよろしくお願いしますね」


 そう告げると少女はくるりと船の回りを一回りすると、コーレリア副島の方に向かって光翅をはばたかせる。


 その姿を見送った老人は少女の姿が見えなくなるころ、小さくため息をつく。


「姫様も大変ですな」


 エンドランツ家が単なる田舎貴族だったころ、その時期の少女の事を知っている老人は今の少女の立ち居振る舞いに若干の憐れみを感じていた。


 それこそ昔はあの姫様ももう少し砕けた口調で話していたし、貴族といえどもたかが男爵。身分など気にせずに村の者も接していたのだが、侯爵令嬢となった現在以前のように気軽に声をかける者も大分少なくなってしまった。


「まあ、この爺が死ぬまでの間くらいは昔のようにお相手をして差し上げればよいだけの話か」


 老人はそう呟くと、作業の途中であった網の設置作業を再開した。











1週間ぶりの更新でした……


そしてロボですが……あと二話くらいは出てこないかも……


すいません先週は仕事が忙しくてというか、モニター新調したりとかPC色々増設したりとかしてたら時間が無くなってしまいました……



そして新キャラがまた老人ですね。しかも漁師。

どこを目指しているのか相変わらずな気もしますが、今後もおっさんが沢山出てくると思いますのでよろしくお願いします。




星霊体


魂とは別に、肉体と重なるように存在している不可視の肉体。

この世界の知的生命体(ヒト種、一部の竜種等々)は肉体、星霊体、魂の三つの要素で構成されている。

星霊体が司っているのは精神力と魔力であり、女性なら子宮と重なる位置、男性なら前頭部と重なる位置に魔力を造り出す器官”創魔腑”があると定義されている。

これは魔力が知的生命体の体内の子宮近辺、もしくは前頭葉付近で生成されてくるという現象から推定された仮想的な器官であり、実際に星霊体にそう言った器官が存在するのかどうかは未だ議論の余地が残る所である。

なお、どうして生成される器官が現実の肉体に依らないという結論になったかと言えば、ごく稀に生まれる魔力生成能力を持たない人々が存在するという事実から、肉体の器官は魔力の生成に関与していないという結論がすでに得られているためである。



刻印魔術


物品に一定の魔法効果を与えるための紋様一般、あるいはその効果を指す。

独特の紋様を扱う事から紋章魔術と似ていると思われているが、その効果はかなり違うため区別されている。

常時発動型と、一定の魔力を付与した場合に限り術式が展開する非常時発動型の二種に大別される。






という設定です。


魔法理論はなるべくオリジナリティを出していきたいんですが、そうすると説明が増えるという……






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ