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森を征く者  作者: 架音
一章
13/18

1-10 二つの巨人

2012/04/20:章名変更

2012/04/26:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

 紅に染められた裏地を打たれた漆黒のマントを翻し、天を掴むかのように右腕を高く掲げる。


 ここから既に施錠刻印の認証が始まっているとは、まともな人間なら気が付くこともできないだろう。そう考えるならばなるほど、一連の動作にも意味がありそうな気がするのだが……その実父が行っている動作、そのすべては単なる父の趣味に過ぎない事をシェリーマイアは知っている。


 とはいえ客観的に見れば、実に無駄な動作ではあっても……血液による個人魔力波形認証を用いない第一世代機の施錠刻印にとって、“鍵たる言葉”と共に特徴的な動作が“鍵たる動作”として設定されているのでまあ、仕方がないともいえるのだが。


「我が掴むは天の理!」


 エンドランツ侯爵サーディスは、嬉々としてそう叫ぶと掲げた右手を勢いよく振り落す。


「我が従えるは地の理!」


 右足を勢いよく踏み出し、同時に左の腰から三つ目の鍵である施錠刻印に干渉する開錠刻印が刻まれた木刀を抜き放つと大きく上段に構える。


 ――案の定とはいえ、皆さんやはり呆気にとられてますか……


 今回行われる父が操る第一世代機と、自分が操る第二世代機による模擬戦闘の初見学者達……レグニスラウムから脱出してきた祭司長、祭司長の御座船船長、祭司長の秘書官ともいうべき枢機官の三名は、当初立ち上がった第二世代機に恐怖を滲ませた強張った表情を浮かべていたのだが……


 ――まあ、適度に緊張がほぐれたと考えるならばよしと言えるかもしれませんが……


 現在その三名が浮かべる表情は何とも言えないものに変わっており……とりあえずは先程まで見えていた僅かな恐怖と緊張の色は欠片も残っていない。


 そんな周りの状況を知ってか知らずか――シェリーマイアはあの父がそんな細かいことを気にするわけがないと思っていたが――エンドランツ侯爵は“鍵たる言葉”の続きを朗々と高らかに唱え上げる。


「理を従えし我が開こう!理を掴む我が開こう!未知へと至る扉よその鍵よ!我が前に道を開き指し示せ!」


 そう叫ぶと少女の父は上段に構えた木刀を一息に振り下ろす。直後、剣筋を辿るかのようにそれまで一枚のものであるかのように感じられた胸部装甲に光の筋が走り、ゆっくりとその隙間を大きく開いていく。


 それと同時に父の表情に浮かぶのは、やり遂げた感に溢れた実にいい笑顔。


 ――正直、あの顔を見て少し可愛いと思ってしまうのが悔しいです……


 母の血を引いているせいか、奇矯な所はあれども尊敬する父が浮かべるモノであるせいか。はたまた少女として生まれ変わってしまった事による感性の変化によってもたらされた結果か。


 最後の“鍵たる動作”である木刀での一振り。


 その振りの動作を極める為だけに、父はあの異色の技術者、“武の神に愛された男”ガードラント=バスの手解きを受けた上で、毎日欠かさず二千回の素振りを繰り返している。


 それこそ雨の日も雪の日も、である。


 ――なんというか……努力の方向性が間違っています……お父様……


 正直そんな父の感性について行けない思いもあるが、どうにもあの子供っぽい父の表情を見ると、呆れるよりも“仕方ないなぁ”と、微笑ましく思ってしまうのは自分自身どうにかした方がいい気がする。


 ともあれそんなことをぼんやり考えているうちに、満足そうな笑みを浮かべた父は木刀を腰に戻すと開かれた搭乗口から操機士室へと入り込み、開かれていた装甲板を閉じる。

 

 近くによらなければ一本の樹木から削り出されたものと見分けがつかないほど、見事なその装甲板同士の繋ぎ目の加工技術に感心しつつ、少女は未だ呆気にとられている見学者達に声をかけた。


「それではこれより試験場へと移動します。ガンドウ小父様、笑ってらっしゃらないでご案内の方よろしくお願いしますね?」


 予想通りの反応を見学者三人が示したことの何が楽しいのか、声を立てずに笑っている金剛族の男性に少女はやや呆れた調子で声をかけると、第二世代機――少女自身が“薄紅”と名を付けた人型機械を移動させるために足を踏み出させる。


 その巨体に見合う重々しい足音が、室内に鳴り響いた。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 皇国魔道機研究塔。


 おおよその始まりは一二〇年程の昔の事になる。建国とほぼ時を同じくする頃に設立された、詠唱系統術式、刻印系統術式、付与系統術式その他を総合的に研究するための皇国魔法研究機関“魔道士の塔”と、当時は呼ばれていた。


 名称に“塔”の字が残っているのはその頃の名残であり、刻印機関を代表とする魔道機械の研究開発がその主な業務へと変化した現在も、魔法を扱う事を専門としていることへの控えめな主張とも取れるだろう。


 その皇国魔道研究塔で最も新しい独立部門である第三塔は、エンドランツ侯爵サーディスを頂点とする巨人機械開発を専門とする開発部隊である。その開発対象である巨人機械という存在の性格上、あるいは開発完了後の使用目的からも常に実際的な試験運用が要求されている。


 それらの開発目的、あるいは運用試験のため、皇国魔道機研究第三塔特別開発部――要するにエンドランツ侯爵邸なのだが――には、高さ二〇ロード(約三〇m)の塀で囲まれた直径二三〇ロード(約三五〇m)ほどの円形試験場が併設されている。


 いささか手狭ではあるが、ある程度の試験運用は可能であり――将来的には大々的に巨人機械のお披露目は必要とされているので――現状第三塔特別開発部で生み出された巨人機械を頂点とする魔道機械群の基礎運用試験はすべてここで行われている。


 実際に試験が行われる際には更に上空部分には外部からの侵入を防ぎ、内部から発生する音や、何らかの理由で生じた破片が飛散しないように、複数の刻印機関を用いた防御結界が張られることになる。


 その基礎運用試験を通過した魔道機械の一部は領内の有志に貸与され、あるいは『飛び亀』の様に実働試験運用に回され、耐久性や利便性の試験を受け、場合によっては回収されたのちに改修を受けて更なる性能の底上げを追及されたりもする。


 その円形試験場に二体の巨人機械が今、正面を向きあいながら対峙していた。


 一体は純白。


 四年前に完成したのちも、様々な機器の試験的搭載機として数々の改修を受けた第一世代機は、特徴的だった上下を逆にした円錐形の頭部が一体化した、かつての胴体ではなくなっていた。その形状は不格好ながらも、鎧をまとった飛竜騎兵に辛うじて見える程度には人の姿に近いものへと変わっていた。


 第二世代機へと搭載されている物の試作機として作成された受影機は、認識できる範囲が狭いため円筒形の頭部に三つ備え付けられ、中央部のそれは上下に、左右のモノは前後に稼働することで認識範囲の狭さを補っている。


 腕には関節が設けられておらず、複数の球体関節で構成されたそれは蛇腹状の装甲を纏い、一種の禍々しさを醸し出している。

 かつては備えられていた三本の指は三本の鋭い刃へと姿を変え、武器を持たずして戦う術を与えられていた。


 脚部は当初より完成度が高かったせいか、古関節部分以外は特に改修された形跡は見受けられない――もっともその内部の稼働機構までは窺い知ることは出来ないが。


 そして最も特徴的だった尻尾もそのままである。







 かたやもう一体は、全体的にうっすらとした紅に彩られた重厚な姿。


 主祭司クオレリアが声に出さずに漏らしたように、その姿は御伽噺かあるいは英雄伝説に出てくる飛竜を駆る騎士の姿そのもの。


 人の姿を大きく逸脱することはなく、その頭部は装飾が施された兜に酷似している。正面は面頬に当たる装甲材で隠され、庇と面頬の隙間の奥から受影機が単眼であることを示す光が一つ、灯っている。


 後方や側面の風景を写し取る受影機はより小型化されているのか、一見したところではどこに備え付けられているのかはわからない。あるいは頭部以外の場所に備えられているのかもしれないが。



 操機士室を守るために大きく張り出した胸部装甲と、可動装甲を重ねることで可動範囲を確保した胸部よりもやや細身の腹部。


 腕部は胴体装甲部に比較するとやや細身ではあるが、それが目指したものであろう人間の腕部と酷似した関節部を有している。その分限界可動域は狭くなっているのだろうが、何分実験機の性格もあるのでその点は目を瞑ったのであろう。

 もしくは、操機士であるシェリーマイアの動きをなぞることを主眼に製作されたのかもしれない。


 手甲に覆われているが掌も指も五本ついており、その手にはシェリーマイアが空賊を葬ったものと同じ、『刃綱』で作られた鞭が握られている。


 脚部はエンドランツ侯爵が駆る第一世代機よりもなお一回り大きかった。太腿部分よりも厚めに作られている印象がある膝下、足首から先の部分も膝下の太さに見合う大きさになっており、頭頂部から足底部まで全体的に見るならば脚部が最も大きい円錐形――それが第二世代機が人に与える印象かもしれない。


 そして第一世代機と酷似した点をほぼ持たない第二世代機における、唯一の相似点である尾部。

 

 第一世代機よりも太く、長いそれはその姿が人間に……騎士を思い起こさせる姿に付属しているが故に、より一層禍々しいものに見えた。







「これが……この二体が闘うというのですか?」


 主祭司クオレリアは傍らに立っていた自分よりも身長の低い男……金剛族のガンドウに向かって聞くともなしに尋ねた。


「模擬戦ていうやつだ。飛竜騎士団の連中がよくやっている奴と大差ねぇ」


 ただ図体だけは全然違うがな、と普段の口調そのままに付け足してガンドウはくぐもった笑い声を漏らす。


「危なくはないのですか?」


 これだけ巨大な者同士が相打つという、それ自体が内包する危険性を主祭司の護衛も兼ねているのだろう、御座船の船長が口にする。


「以前一度二〇ロード(約三〇m)前後の若い青の飛竜が闘う所、というよりもじゃれ合っている所を見たことがあるのですが……魔法の行使がなくともあれはかなり広範囲に、損害を与えていましたから」


 皇国魔道機導師という、およそ技術者としては最高の地位を与えられている金剛族の男に対し、船長は丁寧な口調でそう尋ねる。


「まあ、別に新しい装備付け足したわけじゃねぇし、駆動部と可動部をいじったわけでもねぇ。あの親子のやる事ならまあ、安全だろうよ」

「けれどもあれほど巨大な者同士が闘うなんて……」

「……二〇年だ」


 なおも言いつのろうとする船長の言葉を遮り、ガンドウがポツリと言葉を漏らす。


「あそこまでの物を仕上げるのにやっこさん……今じゃエンドランツ侯爵なんざ名乗らされているあのクソガキが、二〇年かけて造り出したんだ」


 だから大丈夫、とはガンドウは言わない。しかしそれだけの年月、エンドランツ男爵家の嫡男として生まれ、辺境故に受けた空賊の襲撃で父母を亡くしたのちもたゆまず労力をつぎ込んでここまで来たのだ。


 今後完成するだろう第三世代機の起動実験や、新型兵装の機能試験ならともかく、今回のような半ば見世物のような機能試験であの親子が万が一にでも失敗をすることなどない。たとえ機体に突発的な不調が出たとしても、あの二人はそれくらい簡単に自分の操縦の制御化においてしまうだろう。


 エンドランツ侯爵サーディスは、その培った魔道機械に対する深い見識と高い技術力によって。


 その娘であるシェリーマイアは母譲りの、暴力的な魔力と繊細な魔力の制御能力によって。


「ま、あんたたちは気楽に見ていてくれればいいさ」


 ガンドウはそう言うと、対峙する二体の巨人機械に視線を向け直す。


「こいつらが遠くない未来、俺達に不動の大地ってやつを手に入れるための『力』を、与えてくれることになるんだからな」


 第一世代機がその腕を高く掲げ、三本の爪に陽光を煌めかせるのと同時に、第二世代機は手にした鞭を一度大きく振るい、地面に穴を穿った。











勇者シリーズも好きですよ?

そんなわけでおとんが出てきましたが……まあ、あんな方です。


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