1-9 第二世代機
やや湾曲した二枚の装甲板の間に納まった、人の頭程度の大きさの濃緑色に輝く菱形の石版。
『我を開くは血を捧げし唯一人のみ』
王宮の宝物庫の扉等に施される最上級の施錠刻印が刻まれたその石板に、搭乗用の昇降機に乗った少女はそっと手を伸ばし、板面に触れた。
「汝が主たる我に、鍵よ従え」
施錠を解除するための“鍵たる言葉”をシェリーマイアは唱え、同時に中指の先に走った痛みに僅かに顔をしかめる。
いくらその管理が皇国魔道機研究第三塔特別開発部――実質エンドランツ侯爵の身内で構成された組織が行っているとはいえ、巨人機械は一応国家機密であり、特に制御系統が集中する操機士室は最重要機密である。
そのこと自体はシェリーマイア自身も、あるいは研究馬鹿と言ってよい父や生真面目なのにどこか抜けた所がある母、常識人ではあるが作業に熱中すると寝食を忘れてしまうガンドウ小父様よりもよく理解している。最上級の施錠刻印が施されているその理由にも納得済みだ。
しかし、操機士席への扉を開けるために毎回毎回指先に針を刺される痛みに慣れることができるかどうかというのは、それはまた別の問題である。
――もっとも下手に付け替えろなんて言ったら……今度はどんな仕様を施されるか判ったものではないですし
あの酔狂な皇なら、使い捨ての破砕鍵――特定の魔力量で破壊できるように設定された施錠刻印板を用意してくる等が予想できるし、父の場合は自身が専任操機士になっている第一世代機に施されている者と同じ、やたら恥ずかしくて長い“鍵たる言葉”と怪しい動作を組み合わせた恥ずかしいことこの上ない施錠刻印板を設置しかねない。
父が第一世代機の前で嬉々として行う動作と“鍵たる言葉”の詠唱を思い出したシェリーマイアは思わず背筋を震わせた。あのようなことをしろと言われたら……自分は恥ずかしさで死んでしまうに違いない。あるいはその前に自ら命を絶つべきか。
――本当……お父様のあれだけは理解できません……
小さく溜息をつく少女。
その未来が簡単に予想できるため、シェリーマイアは指先の痛みを受け入れる。下手をしたら何年も影響を受けそうな精神的な苦痛よりも、一時で済む肉体的な苦痛の方がはるかにましと、要するにそういうことである。
少女の“鍵たる言葉”と、その指先から滲む血の中に含まれる魔力波形を読み取った石版が僅かに振動すると、眼前の湾曲した装甲板……シェリーマイアの父サーディスが開発した巨人機械、その第二世代機の胸部装甲がゆっくりと左右に開いていく。それと同時に胸部装甲の奥に鎮座していた、第二世代機のみに組み込まれ、第三世代機では廃案になった操機士室がせり出してくる。
そこにあったのは、直径2ロード(約3m)少々の深い青色に輝く透明な球体だった。
天井と床……と呼んでいいのか、球体の上部と下部には制御機構の一部だろう機械が取り付けられており、その天井と床の間を交差するように2本の帯が繋いでいる。帯の中央、交差する部分には恐らく腰を固定するための物だろうか、軽く腰を掛けられる程度の出っ張りが設えてある。
しかし、装置と呼べそうなものは僅かにそれだけだった。
第一世代機……実質父以外の人間は腕を一本動かすのも苦労するほどの、多量の切替機や釦、円形切替機で埋め尽くされたあの第一世代機の操機士室を知っている者ならば、あまりにも何もないその躁機士室の様子に首をひねることだろう。
シェリーマイアは後ろを向いて操機士室に背中を向けると、慣れた様子で軽く昇降機の床を蹴り背中側から球体に向かって飛び込み……球体はその表面に僅かな波紋を浮かべてするりと少女の体をその中に迎え入れる。
飛び込んだ勢いのまま交差する二本の帯に背中が触れると、帯の一部がするりと伸び、腰と肩を固定する。同時に足首と手首にも同様に帯が伸びてくる。
足首に伸びた分離した帯はそのまま足首を固定し、手首に伸びたそれは自由度を保ったまま適度な負荷をかけた状態になる。
「操機士室格納、胸部装甲復元」
帯の固定状態を確認しながら少女が球体の中で囁くと、球体は少女を取り込んだまま元の位置へと後退し、それに合わせて胸部装甲が閉じていき、やがて全ての光を遮断してしまう。が、直後球体を構成する液体全体が淡く蒼く発光する。
「身体固定確認、初期起動開始」
少女は表情を変えないまま、既に手慣れたものとなっている起動手順――各部に施された施錠刻印を“鍵たる言葉”で解除していく。
「……初期起動状態確認、刻印機関始動」
その言葉と同時に一瞬足元から全体へと球体に振動が走る。その振動が走った瞬間、少女は一瞬だけ身体を硬くする。
「この、刻印機関を起動する時の感覚だけは慣れないわね……」
人一倍魔力に敏感な少女の感覚は、刻印機関が起動する際の不安定な魔力を悪寒として認識する。無論実際肉体的にどうこうといった影響はないのだが、一瞬とはいえ湧き上がってくる不快感と嘔吐感に慣れるという事はなかなか難しい。
軽く頭を振り、気分を切り替えると少女は起動手順を再開する。
刻印機関が造り出す魔力に自身の魔力を馴染ませるという、感覚的としか言いようのない作業を――この作業を行えるのがシェリーマイア、ある程度できるのが母親のリリアスフィーアのみであることが、第二世代機が第一世代機以上の実験機扱いをされる理由になっている――淡々とこなしながら徐々に刻印機関の回転数を上げていく。
「投影開始」
球体の壁面……そう断言していいのかどうかは難しい所だが、ともかくシェリーマイアを内部に収めた操機士室の壁面に、巨人機械の各部に設置された外部観察用の受影機から転送された映像が転送され、壁面に展開されていく。
『本当なら分割投影じゃなくて、映像全てを繋ぎ合わせて三六〇度に映像を展開させたいところなんだけれどね』
いつだったか、キラキラとした瞳でそんなことを言っていた父の姿を思い出しながら、少女は苦笑を浮かべる。
確かにそういう風に外部の映像を投影できるならば便利だろうが、現状ではこれだけでも十分だろう。
投影されている映像の枚数は七枚。
正面に最も大きい主投影映像。その主投影映像を補助する形で上下に投影される副投影映像。左右に展開する主投影映像よりも一回り小さい側面投影映像と、斜め後方に展開される後方投影映像が二枚。
それぞれの映像の隙間が死角となるが、密閉された空間の中でこれだけの視界が得られるのならば十分だろう。
ふっと小さく息を吐いた少女は一度瞳を閉じてから、外部拡声術式を起動させると第二世代機の起動完了を外部に対して宣言した。
「皇国魔道機研究第三塔特別開発部開発巨人機体第二世代機……“薄紅”起動します」
エンドランツ侯爵邸とほとんど一体化しつつある、皇国魔道機研究第三塔特別開発部の開発塔。その内部でそれをみせられた主神レグニスの主祭司クオレリアは、息をするのも忘れたかのようにその光景を見詰めていた。
全体的に薄紅色の彩色を施された巨大な人型の機械は、まるで童話に出てくる英雄の様に武骨な装甲板で全身を包み、言いようのない威圧感を伴い睥睨するかのように固定器――エンドランツ侯爵がそう呼んでいた、巨大な椅子の様な物に深く腰を下ろすような形で佇んでいた。
立ち上がったのなら恐らくその高さは一五ロード(約二二m)近いだろう、巨大な機械仕掛けの騎士。
その巨大騎士の胸部装甲を開き、その中へと乗り込んだのはあの少女……自分達の事を救ってくれたエンドランツ侯爵令嬢シェリーマイアが乗り込む。
「こいつを、あのお嬢さんが操るっていうのか……」
事前の説明では『人が乗り込んで操作する』という事程度しか教えられていない、三人だけ選ばれたレグニスラウム脱出者の一人である主祭司の御座船船長が小さく言葉を漏らした。
その表情はちらりと視線を送った主祭司から見ても、固く強張っている。その原因は船長自身が発した言葉ではなく『あんな巨大な物が動くのか』という驚きに尽きるだろう。
――私も同じような表情なのでしょうけれど……
そんな表情になってしまうのも致し方ないだろう。このような巨大な……空船よりは小さいとはいえ、人の形を模した巨大な機械が動こうというのだ。半ば以上信じられない気持ちで一杯である。
『皇国魔道機研究第三塔特別開発部開発巨人機体第二世代機……“薄紅”起動します』
拡声術式を通してもその涼やかさを失わない、あの少女の外見通りの凛とした声が響く。それと同時に目の前の人型機械がゆっくりと、装甲板同士が擦りあわされる軋み音を立てながら、腰かけていた固定器と呼ばれる巨大な椅子から立ち上がっていく。
「大……きい……」
枢機官の動揺に震える呟きと唾を飲み込む音がクオレリアの耳に届く。その声を聞きながら、僅か半日前に行われた遠話装置越しの皇国の皇との会談の最後を思い出す。
エンドランツ侯爵邸に備えられた、皇国シュラウドネの長である皇スヴェルランツ=ゲルト=フィルドネス=シュラウドネへの直通遠話回線での会談の最後に、
『未来を切り開くための剣を見る、その許可を出しましょう』
と、そう告げられた。無論それだけではその言葉が何を示しているのかはわからない。質問を返そうとしたが皇はまるでいたずら小僧の様な光をその瞳に湛え、詳細はエンドランツ侯爵にとだけ告げると遠話を切ってしまった。仕方なくエンドランツ侯爵に、皇が告げた言葉を尋ねてみた所
『僕は説明が苦手なので』
そう言ってその年齢よりもよほど子供っぽい表情を曇らせると、いいことを思いついたと言わんばかりに自分の娘に説明を丸投げしてしまう。この島で保護されてからこっち、クオレリアの傍で何くれとなく世話を焼いてくれていた、年齢よりも遥かにしっかりした少女は一つ溜息をつくと、おおよその所の説明をしてくれたのだが……
結局のところ現物を見た方が話が早いという事になり、こうしてこの場にいるが……正直予想の遥か斜め上の物を見せられた気分だった。
「……『未来を切り開くための剣』ですか」
その禍々しくもあり、それでいてどこか品の良さを感じさせる無骨な機械仕掛けの騎士を見上げ、クオレリアは小さく皇の告げた言葉を呟いた。
起動の描写だけでえらい文字数取られた感じですが、あれです、新メカ登場時には変形シーンをフルで流すというやつです。
操縦方法はアイアンマッスルのグラップルマシン、獣神ライガー、モビルファイターなんかと一緒です。
あの、謎の水球が強化魔法のかかった操機士の動きを読み取ってトレースさせるというやつです。
フルメタのASの操縦法よりも精密な動きを再現できますが、操機士の動きと完全に同期するので体力を消耗します。あとはまあ、個人の技量が完全い再現されすぎる所が利点でもあり問題点でもあったりしますが。
ちなみにこの操縦法は魔力ダダ漏れ状態になるという点からも、汎用性が著しく低くなっているので、第三世代機への採用は見送り、機械的な方向での制御に舵を切っています。
第三世代機搭乗まではまだしばらく時間がかかるので、搭乗は新章に移ってからになるかと。




