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森を征く者  作者: 架音
一章
11/18

1-8 遠話

2012/04/20:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

2012/04/20:本文微修正

「魔力は減衰する。知的生命がその身体に備えている“創魔腑”あるいは“刻印機関”に代表される魔力生成機械まで含めて、その発生源から一定の距離を離れることで事象に介入、あるいは改変を行うに足る魔力を保持することが不可能なほど減衰する。奇妙なことにこの現象が発生する距離は魔力発生源が造り出す魔力と連動していない。平均して半径一〇ロード(約一五m)の球形の範囲がそれであり、これを指して“魔力形成圏”と呼ぶ。過去の観測史上最大の“魔力形成圏”は、とある光翅族が造り出したとされる半径一五ロード(約二二.五m)の球形範囲がそれにあたる」


                     『魔法基礎概論――魔力減衰法則』より


「実用的な魔力形成圏とは言っても、魔力がその外側に届かないわけじゃありませんから。むしろその最大到達距離は恐ろしく遠いことはよく知られています。光翅族や赤の飛竜などの、特に強大な魔力を有する人たちはかなり敏感に魔力の発生源を認識しますからね。しかも発生源の個性まで識別します。観測で確認できる魔力の平均到達距離は発生源からおよそ五八〇エルド(約八七〇km)……この微力な魔力を何かに利用できないかなと、そう思ったのが出発点でしたね」


                       『遠話装置開発歴程――序文』より




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇






 クルオムと呼ばれる樹木がある。樹高は平均で三~四ロード(約四.五m~六m)針葉常緑樹で比較的乾燥した地域に生育する、岩肌のような樹皮を持つこの樹木から採取される樹液には面白い特性がある。


 採取した樹液をおおよそ手鍋一杯分ほど集め、天日と風によりゆっくりと乾燥させると徐々に球形へと形を変えていく。五日間ほど注意深く丁寧に乾燥させるとやがて握り拳大の琥珀のような飴色に輝く真球へと姿を変える。


 ここまではまあ、民芸品あるいは装飾品の材料としては然程珍しいものではない。事実とある研究家がたわむれにクルオムの樹液球に魔力を込めてみるまでは、そのように扱われてもいたのだ。


 結論から言えば、このクルオムの樹液球が現在重要施設や空船に設置されている遠話装置の核となり、空船同士の相互連携に多大な役割を果たすことになったのだ。


 一定の魔力を加えると、半径二〇〇エルド(約三〇〇km)の範囲にある樹液球と共振状態に入り、魔力的な連絡経路が形成されるというその特徴は無論、そのままでは使えるものではなかったが、それは研究するに値する極めて特殊な特性だった。


 樹液球自体の研究と、その特性に合わせた魔道機械の開発が一つの成果として形になったのがおよそ一五年前。

 当時皇国シュラウドネの皇国魔道機研究塔の二級技師であった金剛族の技師、ガンドウ=ガルズバンの手により完成した最初の遠話装置は、半径一二〇エルド(約一八〇km)の範囲内での交信を可能としたと記録に残されている。


 それまでは比較的短距離……それこそ船隊同士が接触するような距離まで並走航行しなければ“魔力形成圏”の限界により念話を交わすこともできなかったのだ。それがある程度とはいえ距離を気にせずに交信が可能になったのだから、その恩恵はいかほどのものか。


 従来ならばわずか二~三隻程度でしか組めなかった空船の船隊が、このクルオムの樹液球を組み込んだ遠話装置のお蔭で、場合によっては五〇隻以上の空船で船隊行動がとれるようになったのだ……まさしく空船の運用方法に画期的な革新を与えた発見、発明と呼んでいいだろう。


 現在の遠話装置は当時の物よりもさらに改良を進められ、指先大の小型のものは兜等に魔法刻印と共に封じて短距離会話を可能にし、空船や施設に設置できるある程度大型の物は、交信者の映像と音声を交わす事すら可能になっている。







 映し出されたその少女の姿を目にしたレグニス信徒の頂点に立つ指導者、主祭司クオレリアは思わず息を飲んだ。


 希少金属である銀よりもさらに美しいと思える光輝く長い髪、ほっそりとした肢体と人形の様に整った、幼ささえ魅力に加える美貌。


 ――まるでフリッツノールの童話に出てくる妖精みたい……


 柄にもなくそんなことを思い浮かべてしまったクオレリアは、軽く頭を振って目の前に投影されている少女に――この船隊を空賊の手から救ってくれた、エンドランツ侯爵家の姫君に改めて視線を向け、軽く頭を下げる。本当ならば思い切り頭を下げて言葉に出せるだけの感謝の言葉を口にしたいところであるのだが、さすがにそのような感謝の表現は与えられた立場が許してくれない。


「この度は危ない所を加勢していただき、ありがとうございました」


 実際の所は加勢どころの話ではないのだが、こういう風にしか感謝の言葉を伝えられない政治的な立場が嫌になる。


 そんなクオレリアの表情を読んだのか、心を察したのか、エンドランツ侯爵令嬢は一拍の間を開けるとその美しい顔に花が綻ぶ様な屈託のない笑顔を浮かべて見せた。


『いえ、空域外とはいえ空賊の撃退は私たち貴族の義務ですから。結果お助けになれたのでしたら幸いでした』


 言外に、こちらが勝手にやったことなので政治的な借りを作ったことにはならないという事を臭わせると、少女は表情を改めた。


『避難民の方々に対する物資の提供は順次行わせていただきます』

「ありがとうございます」

『住む所に関してですが、女性と子供に関しては領内の宿を手配しました。足りない場合には一部商家の蔵などを借り上げる予定でいます。男性の方は申し訳ないのですが、暫くの間は空船の中で寝起きして頂くことになります……本当ならば侯爵邸の一部を解放できればいいのですが、現在侯爵邸は皇国魔道機研究塔の一部になっておりまして……心苦しいのですが、領民ですら立ち入りを制限させていますので……ご了解ください』

「いいえ、御厚情感謝いたします」


 船長から聞かされていたエンドランツ侯爵令嬢の年齢……一〇歳とはとても思えない対応に、主祭司は些か戸惑いを覚えつつも言葉を返す。


『出来る限りの便宜は図らせていただきますが、一度に陳情されても対応しきれませんので、陳情陳述の類があれば各空船の船長が取りまとめた上で、要望書を提出して頂くようにお願いします……今後の身の振り方に関しては、五日程後にまた伺う事にしましょう。今は落ち着く時間も必要でしょうし』

「ええ、その通りですね」

『それでは主祭司様、後程使いの者を送らせていただきますので、御足労ですが侯爵邸の方までお越しください。陛下へ報告書も上げなければなりませんので……ご協力いただければ幸いです』

「ええ、それでは詳しいお話は後程」


 主祭司クオレリアが鷹揚にそう言って柔らかく微笑むと、遠話装置の向こうの少女もにこやかな笑顔を浮かべて目礼をする。それを受けて遠話を切ると、クオレリアは椅子に掛け直して深々と溜息をついた。どれだけ緊張していたのか、ガチガチに固く凝った肩に眉を顰めると、傍らでやり取りを聞いていた船長が小さく上げる感嘆の声が聞こえてきた。


「聞きしに勝るお方ですな……」


 あの少女に関して船長はどういった噂を聞き及んでいたのか。気になった主祭司が船長に言葉をかける。


「船長は、あの方の事を御存じだったのですか?」


 主祭司の義務として、ある程度は各国の貴族の名を覚えている。皇国における最も新しい侯爵として、エンドランツ侯爵の名前は聞き及んでいたが、彼がどういった功績で侯爵位に叙せられたのかまでは報告が届いておらず、それは家族についても同様だった。


 仮に家族構成を知らされてはいても、侯爵令嬢があのような方とは完全に想像の埒外であっただろうが。


「エンドランツ侯爵家令嬢シェリーマイア嬢……田舎男爵であった頃のエンドランツ侯爵と『蒼穹の魔女』リリアスフィーア様の間に生まれた第一子です。確か双子の弟妹もいらっしゃたかと思いましたが」

「『蒼穹の魔女』の娘さんなんですか!?」


 思わず大きな声を出してしまい、主祭司ははっとして艦橋を見回す……どうやら今の失言は聞かなかったことにしてくれるらしい。


「さすがに『蒼穹の魔女』はご存知でしたか」

「……当然です」


 『蒼穹の魔女』は、ある意味現代における伝説の英雄の一人である。その活躍時期は現在から一〇~一五年前で、幾多の空賊を各国の飛竜騎兵や騎乗型空船部隊と共に、あるいは単騎で壊滅させたという。


 一〇年ほど前から人前に姿を現すことが無くなり、現在ではその活躍は書物の中で語られるだけになっているが当時の子供にとって……無論クオレリアにとってもあこがれの英雄であったのだ。


「……娘さんがいらしたのですね」


 少女の年齢から考えれば、妊娠と出産を機に荒事から身を引いたという事なのだろう。かつての英雄の消息を知ることが出来た事は単純に嬉しかったが、結婚し子供もいるという話はそれなりに衝撃を伴う話でもあり、結果クオレリアは何とも言えない表情を浮かべて溜息をついてしまう。


「まあ、実に『蒼穹の魔女』の娘らしいと言えば娘らしいといいますか……ある意味母親を超えているかもしれませんな」

「船長は『蒼穹の魔女』と面識がおありなのですか?」

「私も空船で飯を食うようになってから長いですからな」


 船長はそう言ってぎこちない仕種ながら、おどけたように肩を竦めてみせる。


「少なくとも当時の『蒼穹の魔女』は、書類仕事や今のようなやり取りなどは徹底的に苦手でしたからな」




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 主祭司との遠話の更新を終えたシェリーマイアは、続けて皇宮への直接交信を始める。


 正直父が侯爵位にあり、かつ皇国の機密ともいえる研究を任されているとはいえ、本来たかがその娘でしかない自分が皇と直接遠話を交わす資格を持っているわけがない。


「まったく……あの方は一体私のどこを気に入って下さったのやら……」


 さすがに回線がつながっても直ちに皇が遠話に出ることはない。取次の執務官が皇へ奏上に上がっている間にシェリーマイアは小さく呟くと、そっと溜息をついた。


 恐らく気に入られた原因は……一年半ほど前に第二世代機のお披露目を皇その人を含む皇国の重臣の方々に対して秘密裏に行った際、自分が操機士として第二世代機を操ったことなのだろう。


 父とは別の、母とも違う――母がそれを持っていたことがずっと不思議だったがガードラントが漏らした言葉により、このほどその理由が判明した――皇直通の遠話経路の鍵を賜ったのだが、正直使う日が来るとは思いもしなかった。


 いくら父の代理を務めることが、何故か多々あるとはいえ、普段は書簡でのやり取りで事足りるし、よほどの緊急事態でも精々宰相配下の官吏に言伝が出来れば問題がなかったのだから。


『久しいな、シェリーマイア嬢。せっかくこの遠話経路の鍵を教えてやったのに、今まで一度も使ってくれなかったので、嫌われてしまったのかと思っていたぞ?』


 遠話装置の投影に姿を映した皇は、その男性的魅力にあふれた容貌に満面の笑みをたたえたまま開口一番にそう告げ、少女はなんと返答してよいやら曖昧な微笑みを浮かべることで返答の代わりとする。


『まあいい。慎み深い女性というのは貴重だからな。それで、急に遠話を入れてくるには何か理由があると思うのだが』

「レグニス教徒の主祭司クオレリア様をエンドランツ侯爵領にて保護いたしました」


 放っておくと色々脱線しそうになりそうな気配を察知したシェリーマイアは、些か不敬かと考えつつも端的に用件を皇に対して告げると、皇は表情はそのままに、その言葉を鋭いものへと変えて少女に対して手短に、聞くべきことを訪ねはじめる。


『何時ごろだ?』

「接触したのはおよそ一時間ほど前。領内に保護完了しましたのがほんの先程」

『保護……空賊にでも襲われていたか?』

「はい。故障した刻印機関の気配を感じ、該当空域に向かった所空賊の追撃を受けている所に遭遇、保護いたしました」

『空賊は?』

「母船と思しき五〇座級を一隻、護衛艦らしき二〇座級を二隻討伐しましたので、当面の脅威は排除出来たかと」


 その、シェリーマイアのそつのない言葉を受けた皇は満足そうに頷き、それから小さな溜息をついた。


『本当に……あのサーディスとリリア殿からそなたの様な娘が生まれるとはな。正直そなたが一〇歳という事が見た目以外は信じられぬ』


 一応褒め言葉らしいのだが、何とも返答のし辛い言葉に少女は再び曖昧な微笑みを浮かべて聞き流すことにする。白状するなら見た目はともかく精神年齢は三〇歳を超えているはずなのだから、皇の言葉はあながち間違ってはいない。


 無論話したところで笑い飛ばされるのがオチであろうが。


「主祭司様にはとりあえず領内の宿に移って頂く予定でいます。邸に来て頂くにもここは少々……」


 少女がそう言って言葉を濁すと、皇も察したのか苦笑を浮かべて小さく頷いた。


『大方邸のそこらに機密になりそうなものが転がっているのだろう?構わん。主祭司殿には近日中に皇都へ来て頂かなくてはならんしな……ふむ』

「……どうなさいました?」

『いや、いい機会だと思ってな……まあサーディスにも話は通すがシェリーマイア、その際にはそちらも共に皇都へ来てもらえぬか?あの第二世代機と共に』


 皇のその言葉に、シェリーマイアは大きくその瞳を見開いた。







本日のびっくりドッキリメカ~


というよりもびっくりドッキリアイテムですね。


本格的なSFだと機械的なギミックをもっと考えないといけない所ですが、ある程度までは魔法でゴリ押しができるって素晴らしいです……ぶっちゃけすぎですが。


そんなわけで次か、次の次辺りで話に出てきた第二世代機がようやく登場です。



今回少しだけ魔法の解説が入りましたが、まああんな感じです。

魔力形成圏の外側では十分な攻撃力を持った魔法が使えません。魔力形成圏の内側では今度は距離が近すぎて下手な攻撃魔法は使えません。

相手が最低限の訓練をした兵士ならほとんど一息の間合いでもありますので、遠距離攻撃魔法というものは存在自体がほとんど無意味といった世界です。


そんなわけで、最強の魔法使いが行う攻撃はガチの殴り合いになります。武器強化、あるいは肉体強化魔法最強の世界ですので、この世界の魔法使い=ほとんど格闘家です。


なにしろ強化には一定の限界がありますし。限界まで行ったらあとは技能が勝敗を分けますので。


そんな世界なので、単体での飛行能力を有する光翅族がどれだけ有利なのかはお分かりいただけるかと思います。同様の理由で名前だけしか出てきてませんが飛竜の強さもまた、ほとんど卑怯な強さになります。


打撃世界へようこそといった感じですか。





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