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森を征く者  作者: 架音
一章
10/18

1-7 着水

2012/04/15:誤字修正・ご指摘ありがとうございます

2012/04/15:本文一部修正

「流石にこれには参ったな」


 皇国シュラウドネの皇たるスヴェルランツ=ゲルト=フィルドネス=シュラウドネは、珍しくも憂慮を示す表情で、報告書を執務机の上に置いた。


「これならば我が国が落ちた方が、世界に対する影響は小さかったかもしれませんな」


 常時であるならば執務官の一人に持たせる報告書を、わざわざ自分の手で皇の許に運んできた皇国宰相メレ=シディルは、宰相というよりも童話に出てくる老魔法使いにこそふさわしい長い顎鬚を揺らしながら、皇以外が耳にしたならたちの悪い冗談にしか聞こえないような言葉を漏らす。


「この後の面倒事を考えるなら、確かにその方が後腐れはなかったかもしれないがな」


 宰相が口から漏らすいつも通りの本気で言っている言葉を鼻先で笑い飛ばすことで、皇は宰相の言葉を冗談として処理すると深くため息をついて両目を閉じる。


 本当に、これが性質の悪い冗談であればどれだけよかったことか。






 書類には暫定報告の一文が走り書きで書き加えられていたが、とりあえず詳細は今はどうでもいい。


 この世界において最大の信徒数を誇るレグニス信仰、その中心地であるレグニスラウムが墜ちたのだ。


 その事実は今までの墜ちた島々、消えた国家などよりも遥かに強烈にこの空に浮かぶ島々に暮らす民衆の恐怖をあおるだろう。今まで主神の蔭に甘んじてきていた他の四柱の神々の信徒まで動揺、あるいは浮き足立って何事か騒ぎを起こすかもしれない。


「まったく……“かの神は何処におわし、何を思うのか”だな」


 主神レグニスに纏わる神話劇の有名な一文を皇は呟いた。


 今回特に問題とされるのは、レグニスラウムの崩壊を示すであろう神託が一切示されなかったという点だろうか?


 現在報告に上がってきている中で、恐らく最も新しい神託は五日前にスレーヴェラード王国の片田舎で下された、


『この娘は二二歳で婚姻を結び、二男一女をもうけ八〇年以上生きるだろう』


 という、実に他愛のない祝福のような神託である。


「いかにも主神レグニスらしい神託ではございませんか」

「しかしこのような時くらいはまともな神託を示してほしいと思うのだがな」

「私個人としては、いかにも主神と奉られるだけのことはあると思いますが……太陽神以下四柱の神々が下す神託は……いささか政治的に利用されすぎますからな」

「“我は空にあり、ここに在り、この世界に在るが、人の治世は司ることなく”か。人の世の営みになぞ興味はないとも取れる言葉だが」


 主神レグニスが示した最も古い神託のうちの一文を読み上げ、皇はニヤリと笑いを浮かべる。


「恐らくこの言葉に関しては、かの神の御心のままの一節でしょうな。事実人と関わることは好むくせに、政治向きの話が絡むような場での神託はほとんどありませんし」

「だからこそ、この世界で最も信徒を集めている、か。まあ、神々同士で対立しておられるからな他の四神は……加護もそれなりに強いが、いかんせん戒律が厳しすぎるし場合によっては殺し合いまでおこる。それに比べれば加護らしい加護は貰えんが、よほど付き合いやすい神ではあるが」







 主神レグニスが、最も多くの神託を下す神として一般民衆に認識されている所以はこの、取るに足らない――当人たちにとっては一大事ではあるだろうが――事柄に対して、実に気まぐれに神託を下すからである。


 そんな適当に――実際神ならぬ身の人間からすれば適当にしか見えない――下される神託は数多く示すくせに、事が国家規模の問題になると滅多なことで神託を示すことはない。


 むしろ国事に関する神託を下す数は、宰相が漏らした言葉の通り主神の子供と伝えられている四柱の神の方が多いかもしれない。


 ただまあこちらはこちらでそれぞれの神を奉じる主神殿で、同じ事柄に関する全く違った内容の神託がそれぞれの神殿で示されたりするので、それはそれで扱いにくい神託であったりするのだが。


 ともかく今回のレグニスラウム崩壊に関する神託が、どこかで示されていなかったかどうかを出来る範囲で調査はさせていたが、恐らく結果は芳しくないであろうことを皇自身も弁えていた。


 そもそもそれを臭わすような神託が下されていれば、その時点で大騒ぎになっているはずである。そのような事実があったといった報告は聞いたこともないのだから、恐らく皇の想像するとおりであるのだろう。


「それで?主祭司殿はレグニスラウムから無事逃れる事が出来たのか?」


 神託の件はともかく、レグニスラウムが墜ちた――それは覆せない事実である。


 覆せない事実をいつまでも考え続ける意味はない。


 崩壊に関する調査は続けさせるが、国家を統べる者として出来ることはもう何もない。


 そうとなれば今後を考えなければならないのだが……とりあえずはレグニス信徒を取りまとめる主祭司が生存しているか否か、そこを確認しなければいけない。主祭司の安否によっては、選択できる方策ががらりと変わってきてしまう。


 このような混乱の中で最初から方針を示すことができる指導者がいるのと、指導者自体を選び出すことから始めないといけないのでは、選択できる方策が一〇〇と一ほど違ってきてしまうのだから当然だろう。


「とりあえず無事にレグニスラウムから脱出できたことは間違いなさそうです」

「無事に逃げ出せたとしても、行方が分からないのではな」


 報告書の中には、主祭司の御座船がレグニスラウムから離れるのを確認したという、複数の証言が得られたとの報告は記載されている。しかし実際皇国に到着した空船の中に御座船の姿はない。近隣各浮遊島から入ってくる報告の中にも、御座船の着船報告はない。


 途中空賊の襲撃を受けて航路を逸らされた様だとの話も併記されていたことが、皇の眉を顰めさせる。


 もし仮にその話が事実なら、主祭司が無事に皇国まで辿り着ける可能性は極端に低くなる。

 連中にとって、災厄から逃げる者だろうがなんだろうが、獲物であることには変わりはないのだから。


「とりあえずできる所から手を付けていくしかないか……避難民には衣食住の手配と、医者を何人か派遣させろ。皇都のレグニス神殿からも人員を出させた方がいいだろう。四神の信徒の動きには注意を払え。連中この機会に改宗を迫る可能性がある」

「弱った所を狙うというのは、些か下品ですな」

「連中はそう思ってはいないだろうよ。それから引き続き主祭司の捜索を……そうだな、第三と第五飛竜騎団を向かわせるか。ともかく生きているのか死んでいるのかもわからなければ動きが取れない」

「御意に」


 とりあえずの指示を出した皇は一つため息をついて、椅子に座り直す。


 コーレリア連島――エンドランツ侯爵領からの緊急通話が入った旨を伝える報告が執務室にもたらされたのはその時だった。




      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




 空賊の追手から逃れる事が出来た六隻と、空賊の母船に囚われていた六隻の合わせて一二隻がゆっくりと刻印機関の回転数を落としながら、コーレリア本島中央にあるマレナ湖へとゆっくりと降下していく。


 刻印機関から溢れる魔力、浮遊術式の余波、船体が空気を押しのけることにより発生する風圧のそれぞれが混ざり合い、湖面に細波を立て……やがて次々と着水していく。


「着水完了……」


 船長が告げたその言葉に、ようやく艦橋の中の空気が弛緩する。


 着陸よりも遥かに事故の発生率が低い着水だが、それでも事故が全く発生しないわけではない。本来空を飛ぶべきでないモノを強引に空に浮かびあげているのだから、その辺りは致し方ないとしか言いようがないのだが。


 ともあれあとは指示に従い順次岸辺に移動、各船ごとに停泊投錨したら上陸である。


 各船舶に向けてねぎらいの言葉と神への感謝の言葉を伝え終わると、またすることが無くなったしまった主祭司クオレリアは、自らの栗色の髪の毛先を指先で弄びながら、先程の光景を思い出していた。


 突然銀光と共に現れたのは、三対の光の翅を持つ……まだ一〇歳くらいの人形の様に整った容貌を持った少女だった。

 その少女はあっという間もなく船団を分断するべく動いていた、騎乗型空船を駆っていた空賊を薙ぎ払い、こちらが何か言う間もなく大空へと飛び立っていった。


 呆然と成り行きを見守っていた艦橋の人間の耳に、轟くような爆音が届いたのは、時間にして一〇分ほど後。船隊から剥がされ空賊に一時囚われていた空船から、光翅族の少女の手で逃れることが叶ったとの遠話が届いたのがその五分後。


 時間にしてわずか二〇分足らずで、半日近く悩まされていた空賊を壊滅させたのだという事実に頭が追い付かず、追いついた時には一堂何とも言えない溜息を漏らし、主祭司クオレリアは力なく椅子にその身を預けることになった。


「あれが……光翅族……」


 その時の驚きを思い返しながら、クオレリアは小さく呟いた。


 この世界で最初に……少なくとも記録にある限りでは最初に墜ちた島ヒューロニクスの住人だった光翅族。


 島が墜ちたのが七〇年近く昔という事もあり、各浮遊島に移住した結果混血がすすみ、現在では純血の光翅族は五千人もいないと言われる。混血も含めれば未だ十万人程度はおり、それなりに共同体を築いているようだが、それでも失われつつある民族であることは間違いないだろう。


 その光翅族の中で、特に魔力生成能力が高い個人は三対あるいは四対の翅を持ち、空の上では飛竜でさえも上回る戦闘力を誇ると伝えられている。


 その事実は文献でも数多く語られており、また時たま何処かの空賊が壊滅したという話が流れるたびに、光翅族の関与が噂されたりとその強さに関する逸話には事欠かないが……目の当たりにしたその強さは噂以上で、まさに圧倒的だった。


「……あれが、光翅族なんですね」


 もう一度、誰ともなしに呟いた祭司長の言葉を耳にした船長が苦笑を漏らす。


「主祭司様は光翅族の方をご覧になるのは初めてでしたか?」

「いえ、神学校にも混血の方はいらっしゃいましたし、純血の方も一人おりましたが……三対の翅を持つ方は確かにはじめてですね。それにあんな風な戦いを見るのも……」


 圧倒的という表現ですら馬鹿らしい速度、騎乗型とはいえ一振りで両断するほどの強度を与えられた鞭とそこに込められた魔力。距離が遠すぎて遠視の魔法でもよく判らなかったが、たった一人でどうやって三隻の空船を沈めたのか。

 仮にも空賊が所有する空船であり、それなりの攻撃力と防御力は備えているはずだろうに……


「まず一つは、光翅族はあまりその身体が大きくないという点ですな」


 主祭司の表情から心のうちの疑問を感じ取ったのか、船長は指を一本立ててそう言う。


「小さいという事は大いなる利点です。通常の砲撃では騎乗型、あるいは複座型の空船になかなか命中弾を与えられないという事と同じ理屈ですな」

「“騎乗型の空船に対抗する武器は騎乗型の空船のみである”でしたでしょうか?」

「主祭司様は博学ですな。まさか軍学書の言葉が出るとは思いませんでした……まあ、正確には“ある一定の大きさの空船に対抗する空船は同程度の大きさの空船あるいは飛竜を充てることが最も効率が良い”ですな。かつてミレイド帝国の大空将であったデイラ伯爵の残された言葉です」


 主祭司クオレリアの言葉を訂正し、船長は言葉を続ける。


「中型以上の空船が武装として備える砲は、あくまでも同型以上に対して効果を持つように……有体に言えば、一定以上の大きさの空船に命中させることを目的に運用されます。つまり騎乗型の空船等に対して使う事を想定していませんし、使用してもその命中率は撃つだけ無駄だと思うほどに低いのです」


 その船長の言葉にクオレリアは小さく頷いた。

 詳しくはないとはいえ、それなりに戦史などにも目を通している。陸上戦闘における大砲が、歩兵に対して威嚇以上の効果を持つには相当数を揃えなければならなかったことに通じる理屈だろう。


「何しろ双方が上下左右前後に移動しつつ、砲弾を当てようと図るわけですから同級船同士ですら命中率は三〇発撃って一~二発当たれば上出来といえる程度ですし。それよりも小さく小回りが利く相手に使用しても……ということです」

「最もよく訓練された乗り手で構成された空船によって行われる砲撃の命中率が、一割という逸話ですね……確かに空船同士でそれなら、ほとんど当てることは不可能という事ですね」

「その通りです。そして空船というのは、ある程度よりも小さいものに一度至近距離まで接近されると対抗手段をほとんど失ってしまうのですよ。まさか味方の船に砲を向けるわけにもいかないですからね」


 その小ささと速度、そしてほとんど反則と言っていいほどの膨大な魔力と、それがもたらす強大な攻撃力。


「恐らく接近した後、あの鞭で船体を切り刻んでいったんでしょう……とはいえ大型の空船をああも短時間で解体して見せるというのは、よほど空船の構造を熟知していなければ出来ないことでしょう。さすがにエンドランツ侯爵令嬢といった所ですな」


 そう言って話を締めくくった船長の、その言葉の中にあった単語に主祭司クオレリアは僅かに眉を顰める。


「侯爵令嬢……?」


 船外との通話を担当する遠話士官から、エンドランツ侯爵邸……エンドランツ侯爵領を収める行政府から遠話が入ったことが主祭司と船長に伝えられたのは、クオレリアが小さく呟きを漏らしたその時だった。








ええ、普通に神様がフラフラしてますけど何か?


お話にはほとんど絡んでこないですけどね。絡んでこないといいなー


そして今回も行方不明な主人公……とりあえず次回は出ますよ?


巨人兵器も多分、あと五話くらい後には出る……はずです。


時たま出てくるエセ書物やエセ格言はまあ、民明書房みたいなものだと思っておいてください。


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