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行き倒れていた美青年を助けたら、記憶喪失の王子様でした。……いや、顔が良すぎて生活に支障が出るんですけど!  作者: マサッチ


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第8章:永遠の誓い

前回までのあらすじ:


王都を飲み込む戦火の裏で、誰も気づかぬうちに「死神」の鎌が動き出していた。

内務卿ギデオンの卑劣な策が向かうのは、ハルトが唯一「ハル」に戻れる安らぎの場所。


絶体絶命の危機に立ち上がったのは、

かつて「無力」と蔑まれた第2皇子レオポルドだった。


彼がその身を賭して守り抜いたものと、最後に残した魂の言葉とは――。


一方、混迷を極める本陣では、ついに内通者の仮面が剥がされる。

親友セドリックの執念が戦場に劇的な逆転の風を呼び込み、

囚われていた絆が解放されたとき、反逆の軍勢は崩壊へと向かい始める。


しかし、勝利の足音と共にハルトが受け取ったのは、

あまりに重すぎる代償の報せだった。


重なる悲劇の果てに、王子の心に宿ったのは、

燃える怒りではなく、すべてを凍てつかせる「絶対零度の静寂」。


亡き家族たちの想いをその背に背負い、かつての戦神は、

すべての因縁を断ち切るために宿敵の前へと降り立つ。


流された血と涙、そして多くの犠牲の先に、

ハルトが手にした「夜明け」の景色とは。


傷ついた聖域を照らす朝日の光の中で、エルディアの長い夜が、ついに完結する。


1. 新しい時代の始まり


瓦礫の山となった王宮前広場にも、

やがて等しく朝陽は降り注ぐ。


凄惨な戦いの傷跡が色濃く残る王都であったが、

焦げた匂いが漂う風の中には、

復興へ向けた人々の力強い槌音が確かに響き始めていた。


ハルトは新国王として即位の宣誓を行った。

だが、そこに豪奢な祝宴やパレードはない。

戴冠を終えた彼が執り行った最初の、そして最も重い大仕事は、


己の命に代えて未来を繋いでくれた者たちへの「国葬」であった。


王国の盾として散った父アルリック、慈愛に満ちた母、

兄を庇った妹リアナ、

そして――誰よりも不器用で、

誰よりも雄々しく下町(あの場所)を守り抜いた

誇り高き弟、レオポルド。


静寂に包まれた弔いの場で、

冷たい四つの棺を前にしたハルトは、

血塗られた戦袍ではなく、

平和の象徴である純白の王衣を纏っていた。


「……皆が守ってくれたこの光を、

 私は二度と絶やさない。

 血と恐怖で縛る時代は、ここで終わらせる」


悲しみを乗り越えた新王の静かな誓いは、

瓦礫から立ち上がろうとする民衆の心に、

暖かな希望の灯をともした。


ハルトはその誓いを、即座に行動で示していく。


手始めに、共に死線を潜り抜け、

真の忠義を示した無二の戦友セドリック・リードを、

かつて彼の父も務めた誉れ高き『王宮近衛師団長』に任命した。


さらに、内務卿ギデオンの謀略と疑心暗鬼によって分断されていた

北方・東方・南方・西方の各軍を一度解体し、大規模な再編を断行する。


それは、圧倒的な「武力」や「恐怖」で

他者を支配するかつての歪な統治を完全に否定するものだった。


各領地の将と兵が、互いの背中を預け合う「信頼」という強固な絆によって結ばれる


――それこそが、ハルトが目指す全く新しい王国の礎であった。





2. ミナと「下町の英雄」


あの日、下町を襲った『黒蝕の鴉』の凶刃は、

容赦なく住民たちにも向けられていた。


レオポルドが満身創痍で敵の主力を引き付けている間、

その包囲網から漏れた一人の暗殺者が、

逃げ遅れたミナの背中へと音もなく刃を振り下ろした。


その絶体絶命の瞬間、間一髪でミナを突き飛ばし、

自らの身を挺して彼女を救い出したのは、

リナの幼馴染であるテオだった。


テオは騎士でもなければ、剣の訓練を受けた兵士でもない。

だが、彼は震える手で瓦礫から拾った鉄の棒を握りしめ、

ミナや街の老人、子供たちを背に庇って

必死に暗殺者を牽制し続けた。


血の滲むようなレオポルドの死闘の陰で、

テオもまた、愛する者たちを守り抜いた

名もなき「下町の英雄」であったのだ。


戦後、王都に平和が訪れても、

ミナの心には深い傷が残っていた。


夜な夜な襲撃の恐怖がフラッシュバックし、

些細な物音にも怯えて震える彼女のもとへ、

テオは毎日泥だらけの服で通い詰めた。


気の利いた言葉をかけるわけでもなく、

ただ温かいスープを運び、彼女が泣き疲れて眠るまで、

その冷たくなった手を不器用な大きな手で握り続ける。


そんな彼の変わらぬ誠実な優しさが、

時間をかけてミナの凍りついた心を溶かしていった。


瓦礫の撤去が終わり、

街に新しい建物の骨組みが立ち始めたある日の夕暮れ。


テオは照れ隠しのように頭を掻きながら、

まっすぐにミナを見つめて口を開いた。


「俺には王様みたいな力はないし、

 立派な剣も振れない。

 だけど……俺が一生、君の盾になる。

 だから、ずっとそばにいてくれないか」


飾り気のない、ひどく不器用なプロポーズ。


だが、ミナにとってはどんな宝石よりも美しい言葉だった。

彼女は大粒の涙を溢れさせながら、

彼の胸に飛び込み、何度も深く頷いた。


数ヶ月後、再建の活気に満ちた下町の広場で、

二人のささやかだが温かな結婚式が開かれた。


廃材を組み合わせて作った手作りの祭壇と、

街の女たちが端切れを集めて縫い上げた質素なドレス。


豪華なものは何一つないが、

そこには過酷な夜を共に乗り越えた人々の、

心からの笑顔と祝福の拍手が溢れていた。


瓦礫の中から立ち上がり、新たな家族を持った二人の姿は、

下町の人々にとって何より力強い「復興の象徴」となったのだった。





3. 身分を超えた愛


王都奪還の歓喜が冷めやらぬ中、

豪華絢爛な謁見の間は、戦場とはまた異なる緊張感に包まれていた。


新国王ハルトの結婚相手を巡り、

伝統と血統を重んじる保守派の貴族たちが一斉に異を唱えたからである。


「陛下、一時の情に流されてはなりませぬ。

 スラムの娘を王妃に迎えるなど、

 建国以来の汚点となりますぞ!」


「隣国との政略結婚こそが、

 疲弊した王国を立て直す唯一の道。

 王妃の座は、国家を繋ぐ楔であるべきです」


扇動的な言葉が飛び交う中、

ハルトは王座に深く腰掛け、

冷徹なまでに静かな瞳で彼らを見据えていた。


その手には、かつて下町でリナが綻びを繕ってくれた、

古びた上着の切れ端が握りしめられていた。


「私が絶望の淵にいた時、王家の名も、剣の腕も、

 地位も名誉も、何一つ持たぬ『ハル』という一人の男として

 救ってくれたのは、下町の少女リナだけだ」


ハルトの声は低く、

しかし謁見の間の隅々にまで響き渡る絶対的な拒絶を含んでいた。


「私は彼女によって人間としての心を取り戻した。

 彼女を否定することは、今の私自身を否定することと同じだ。

 王妃に相応しいかどうかを決めるのは家柄ではない。

 その魂の気高さだ」


静まり返る広間に、重厚な金属音が響いた。


新たな王宮近衛師団長に就任したセドリック・リードが、

一歩前に出て剣を捧げたのだ。


「騎士団は陛下の決断を、我が命に代えて支持いたします。

 救国の英雄に相応しい伴侶は、彼女以外にあり得ません」


さらに、家族を救われた北方防衛隊長グリムも、

熊のような巨躯を震わせながら同調する。


「北方の民もまた、陛下の意志に従う。

 恩義あるリナ様を侮辱する者は、我ら北方軍が許しはせぬ!」


最強の武力と忠義を誇る二人の支持を前に、

貴族たちは沈黙せざるを得なかった。





4.純白の戴冠


数ヶ月後、王国全土が祝福の鐘の音に包まれた。


婚礼の日の朝、明るい茶色の髪を丹念に結い上げたリナは、

かつての質素な服を脱ぎ捨て、

王国の職人たちが総力を挙げて仕立てた純白のドレスに身を包んでいた。


慣れない重厚な宝飾品に戸惑いながらも、

彼女の瞳には、愛する「ハル」と共に歩む決意の光が宿っていた。


「リナ。君がいてくれたから、私は今日ここに立っている」


大聖堂の壇上、ハルトが優しく差し伸べた手。


リナがその手を取った瞬間、

ステンドグラスから差し込む七色の光が二人を祝福するように降り注いだ。


それは、幾千もの言葉よりも雄弁に「身分を超えた真実の愛」を証明する、

エルディア王国始まって以来の、そして最大にして最高の「奇跡」であった。


王宮のバルコニーから二人が姿を見せたとき、

広場を埋め尽くした下町の人々と貴族たちの境界は消え去り、

地を揺るがすような祝福の喚声がどこまでも続いていった。





5. 窓辺の幸福


数年後の王都。


かつての戦火の傷跡は、

芽吹いた緑と人々の活気ある笑い声に覆われ、

エルディア王国はかつてない静謐な時代を享受していた。


王宮の奥深く、

私室には午後の柔らかな陽光が金色の筋となって差し込んでいた。

重い公務を終え、

王としての仮面を外したハルトが部屋に戻ると、

そこには見慣れた、しかし何よりも愛おしい光景があった。


窓辺の椅子に座り、

一心に針を動かしているのは王妃となったリナだ。

彼女の明るい茶色の髪が陽光に透け、穏やかな横顔を縁取っている。


その手にあるのは、式典用の豪華な礼装ではなく、

ハルトが普段好んで着る柔らかな部屋着だった。


王妃という高貴な身分になってもなお、

彼女は「ハル」と下町で過ごしたあの頃のように、

綻びを見つけては心を込めて繕い直しているのだ。


リナは扉の音に気づくと、

顔を上げて花が綻ぶような微笑みを向けた。


「ハル、おかえりなさい。ちょうど今、終わったところよ」


その声と、一切の打算のない純粋な微笑み。

それは、かつて復讐と絶望の淵で死に体だったハルトを救い上げた、

あの日の光そのものだった。


ハルトの胸の奥に澱んでいた公務の疲れが、

その一言で魔法のように消えていく。


ハルトはリナの隣に腰を下ろし、

吸い寄せられるように彼女の柔らかな肩へと頭を預けた。


窓からは、復興を遂げた城下町の賑わいと、

季節を運ぶ穏やかな風が流れ込んでくる。


「ああ。……本当に、いい風だ」


目を閉じれば、その風の中に、

不器用ながらも命を懸けて愛する人を守り抜いた弟レオポルドや、

自分を愛してくれた父、母、妹たちの笑い声が混じっているような気がした。


もう、誰かを憎む必要はない。


冷たい殺意を研ぎ澄ませ、孤独な闇を彷徨う夜も二度と来ない。


ハルトはリナの温かい手をそっと握りしめた。

彼女もまた、包み込むような優しさでその手を握り返す。


二人は手を取り合いながら、

亡き家族たちがその命を捧げてまで守り抜いたこの平和な世界を、

そしてこの国の未来を、いつまでも見守り続けるのであった。


- 完 -


復讐の果てに何が残るのか。


この物語を書き始めたとき、私の頭の中にあったのは、

凍りついた心を持つ一人の男の姿だった。


主人公ハルトは、すべてを奪われた絶獄から立ち上がる過程で、

多くの「熱」を失った。

しかし、彼に再び人間としての体温を与えたのは、

特別な力を持たないリナや下町の人々の温かさだった。


かつて孤独を背負っていた彼が、亡き家族の想いを受け止め、

静かなる断罪者へと至る変化は、

執筆を通じてもっとも熱を帯びた部分である。


特に、第7章で物語を動かしたレオポルドの存在は大きい。


不器用で、常に偉大な兄の影に隠れていた彼が、

最後に見せた「強さ」こそが、この物語の真の転換点となった。

彼が命を懸けて守ったのは、単なる場所ではなく、

ハルトの「心」そのものだったのだ。


最後にハルトが玉座に固執せず、窓辺の小さな幸せを選んだこと。

それは彼が長い夜を越え、ようやく手にした真の自由の象徴である。

復讐は完遂された。

だが、彼らが守るべき日常はここから始まる。


ここまでハルトとリナの旅を共に歩み、

見守ってくださった読者の皆様に、心からの感謝を。


窓辺を通り抜ける穏やかな風のような余韻が、

皆様の心にも届くことを願っている。


物語はここで幕を閉じるが、

彼らの「永遠の誓い」が、どこまでも続く夜明けを照らし続けることを信じて。


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