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女神と宗次とヌシの雷

 宗次は、自分の容姿は女神の好みではないと思い込んでいた。

 そもそも、サトミのように若干切れ長の理知溢れる瞳を持っているわけでも、ほんのりと色づく柔らかな頬でもなく、艶やかな直毛の髪でもないわけで…。

 ほっそりとした中に丸みを秘めた、子供らしい体つきと言えばよい意味にとれないこともないが、単に非力なだけで…。

 集められていた姿絵の美童たちには程遠い、くりっとした二重の目と、ふっくらとした唇、細い猫っ毛が特徴なだけの、普通の少年だ。


 自分の興奮加減を押さえ込もうと、板間でもんどりうっている女神を冷ややかな視線で眺めながら、宗次は考えを改める。

 つまり、女神はどんな少年でも愛らしければ万事許容するという感が強い。

――もし、俺が女神様の親だったら、こんな娘鱗があろうとなかろうといやかもしれない…

 半分女神の元にいると決意したことでさえ、後悔しようとしている。

――あ…?

 宗次の思考回路に火花が飛んだ。

――もしかして、サトミさん…まだサトミさんが取ったとは限らないけど、女神様の悪癖を直そうと…?

「宗次!」

「は、はい?」

 いきなり女神に呼びかけられて、宗次の思考が途切れる。

「この山で、私の神力の及ばぬ場所があるのを思い出した!」

「…え?何処ですか?」

「ヌシ様の池だ!サトミはもしかして、そこにいるのかもしれない」

「山の中は隈なくお探しになったのではなかったのですか?」

「面倒だから、よく近づいていないのだ。そこが盲点だった!あそこにいられては、結界が強くて出向いても中の様子なんて判りはせん!サトミが行くなどと、考えもしなかったしな…」

「どうしてです?」

「ヌシ様の池には、サトミを連れて行った事がない」

 今まで一度も踏み入ったことのない場所へ、果たしてサトミが何の目的で行くというのだろうか。

 姿絵は、麓付近で発見されたというのに。

 どうも腑に落ちない。

 だが、探しに行くくらいの手間はとっても良さそうだ。



 ゆらゆらゆらと。

 魂が。

 もはや、形を留める術を忘れてしまったかのような。


 サトミは、考える事を止めた。

 ここがどこなのか。

 先ほどの声の主が誰なのか。

 考えようとする度に、鈍器で殴られるような痛みに襲われる。

――痛みを感じるなど、私が抗っている証でしょうか…

 ズキン。

 ズキン。

 広がる痛みに、かろうじて意識が繋ぎ止められていた。



::::


 その池は、ヌシの山の南の斜面の谷間にあった。

 ヌシの山は小さな山だが、その全てを見て回ろうとするならば1日では事足りないくらいの面積はある。見て回ったところでなんの利益も無いので、そんな事をする者は一人としていない。良い狩場は猟師が知っているし、美味い山菜の採れる場所も採りに行く者だけが知っている。

 そういった場所は代々の村人が知り尽くしている。

 誰も、他人の領分には立ち入らない。

 同じく、女神もヌシの領域には原則として立ち入らない。

 ヌシは女神を避けているので、当たり前だが沼には近づかない…。

「ここに足を運ぶのも、数百年ぶりか」

 女神の独り言を、宗次が拾い上げる。

「そんなに?」

「ああ。この前来たのはヌシ様が山を出られた時だから…。500年位経っておるのではないかな?」

 500年。

 宗次はざっと考えを巡らせる。

 都が長岡にあったあたりか。

 記憶があいまいで、本当に自分に学の無い事を思い知らされる。

 女神は懐かしむように眼を細めて、波紋一つ立っていない池を見つめた。

 宗次には見えないが、結界が張ってあるらしい。

 結界とはこれまた仏教的なと思わずにはいられないが、よほど女神に近づいて欲しくなかったのか、元から自分の領域を侵されたくないからか、かなり強力なものらしい。

 あの尊大な態度の女神が、冷や汗を流している。

――神様でも、汗って流れるのか…

 どうでも良い事を思いながら、宗次も池を見つめる。

 見つめていても、特にこれといった畏怖も感じる事は無い。

 やはり、ヌシはここに戻ってきているわけではないのか。

 いや。

「宗次!下がれ!」

「うわぁっ」

 そう命令しながら、女神は宗次の着物の襟をむんずと掴んで後方へと投げていた。

 命令するまでも無い。

 良ければ「投げるぞ」か「引っ張るぞ」くらいの注意をして欲しいくらいだ。

 投げられた宗次がすぐさま顔を上げると、先ほどまで二人が立っていた位置の土が、ぶすぶすと煙を吐きながら黒く変色していた。

「女神様!?」

「ここだ!」

 女神は、宗次の場所よりも池に近い位置に居た。

 なぜか逆さ浮遊状態。

 状況や声は緊迫しているのに、宗次の心はまったく緊張できない。

 おかげで冷静になれた、と感謝するべきか。

「これは、落雷?」

 音も衝撃も感じられなかったが、間違い無い。

「ヌシ様の…!」

 女神が頭を天に向け、そう叫んで宗次に情報を与えた。

 やはり、ヌシは女神に気取られないよう山に戻ってきていたのだ。

「いらっしゃるのですか!?ヌシ様!?」

 女神は、池の方向に向かって叫んでいた。

 動かずに居る所から見て、女神のすぐ内側からがヌシの領域なのだろう。

 ようやく、宗次の心臓が早めの鼓動を打ち始める。

 具現した力。

 雷は水の神族の証。

「サトミ!!そこにおるのか!?」

 女神の顔が、切なげに変化した。

 愛しい者を、求める表情…。


 途端。


「そちの節操の無さにはほとほと呆れて物が言えぬわ!」


 どん。

 ごろごろ、ぴっしゃーん!


「ひぃぃ!?」

 怒声と共に、女神の足元に落雷。

 女神は情けない悲鳴を上げた。

「姿絵は隠し持つは、稚児の霊を側に留めるは、それだけでは飽き足らず、守護地の童まで留め置いておるとは!恥を知れ!」


 どん!


 幼い童子の声と同時に、雷が落ちてくる。


「そちのその腐った根性、ワシが叩き直してくれる!居直れ!」


 半ば置いてけぼりの状態に、心なしか感謝しつつ、宗次は

「ヌシ…様?」

 試しに呼びかけてみる。

 初めて女神と出会った時同様に、想像していたヌシの印象とは違う。

 宗次の呼びかけに答えたのか、激しい落雷は止んだ。

 宗次ぃ、助かったぁ~

 と女神が情けない声で感謝の意を述べている。

「……いかにも。そち名はなんぞ?」

 柔らかな声音が、一帯に満ちる。

 火花が散って、光が集まった。

 視界が白くなるほどの光が晴れると、宗次の目の前に腰に布を巻きつけただけの簡素な出で立ちの少年が…。

「ヌシ、様ですか?」

「いかにも、と言うておる」

 逆さまになって浮いていた。


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