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女神と宗次とサトミの失踪

 草木も眠る丑三つ時。

 ぼうっと闇夜に浮かび上がるのは、瞬く星と白銀の月。

 月があるのに見えるか見えないかという暗さなのは、三日月もいい具合で、雲に隠れているせいか。


「おのれ!サトミめ!どこへ消えおった!?」

「どうしたのですか?女神様?」

「サトミの奴、私の収集品を持ってどこぞへ消えたのだ!」


 眠っていないモノが…。


「収集品?そんなものありましたか?」

「隠しておいたからな!宗次が知らぬのもいたしかたあるまいが…」

「どこへ行かれたのか、わからないのですか?あなたでも」


 人の入り込むことを許さず、頑なに道を閉ざしていた緑の深海は、ある日生ける少年を迎えた。

 麓の村の少年。

 龍神の被害から村を守るためと、差し出された生贄だった。

 しかし。

 その災害は、少年を村から追い出すために仕組まれたことであった。

 美童(男児限定)を好むとうわさの山のヌシの伝承が、野心家の後妻には好都合。

 先妻の子である少年にではなく、自分が胎を痛めて生んだ息子に家を継がせるために。

 実際、美童を好んでいるのは山にある沼を住処にしている女性体の龍神で、その女神の力もあって一応事件は終着。

 いろんな葛藤があって。

 そして少年は龍神の元にいた。


 自分で、龍神の元にいると決めた。


「これが、どうしたことかまったく消息が感じられんのだ!」

「…何を持っていかれたのです?」

「少年の姿絵だ!」

「………」


 こよなく少年を愛する、女神の元に。


::::


 女神が密かに集めていたと言う少年たちの姿絵は、程なくして見つかった。

 麓の大井村からヌシの山へと登る、正式な登山道の入り口付近に、投げ捨てられたように散らばっていた。

 もちろん、きちんと置いていたものが風で飛ばされたとも考えられる。

 散乱した和紙を見つけた宗次自身、サトミという女神の重臣が捨てて行ったとは考えられなかった。

 サトミが貴族の生まれであるらしい事は、本人が語った昔話で承知している。いくら、女神の生活態度(主に妄想に耽るという悪い癖)に堪忍袋の緒が切れたのか…と思いを巡らしても、女神の大事な収集品を、それと知りながら打ち捨てるなどという子供じみたことはしないだろう。

 というか。

 サトミなら、面と向かって女神の頬を張り倒すくらいのことをやってのける。

 というか。

 前に一度その場面に遭遇しているし。

 こそこそ隠れたりするはずも無い。

「…まさか、山の外に出た…?」

 女神は山にいる者の気配くらい、難なく探し当てることが出来る。

 山の外に居る場合でも、沼の水を満たした甕を覗けば居場所くらい探索するのは朝飯前だ。

 なぜ、サトミの行方を追えないのだろう?

 分からないまま、宗次は散らばった絵を拾った。

 その一つに、サトミに良く似た少年のものがあった。

 黒髪を後頭部の高い位置で結い、卯の花重ねの色味の水干を身に着けている。青い緑の染料が美しい。

 しかし、女神がこんなものを集めていたというのは、サトミでなくともため息をつきたくなる。

 サトミは殊に女神が夢想する事を快く思っていない。

 立派に神格のある龍神が、浮世の煩悩に塗れてどうするのかと、毎刻のように諫言していた。

 今思うと、自分が仕える主になんと無礼なことをしているのだろう。

 女神の方も、小言を言われる事になれてしまっている。

 …むしろ、怒るサトミを見て

「釣りあがった眼も美しいよね…」

 と悦に入る始末が多々ある。

 たった4日ほどしか一緒に過ごしては居ないが、多々ある。

 そんな風だから、二人の関係は続いている。

 そう言っても過言ではない。

 だが、少年たちの絵ばかり集めてないで、真面目に仕事をして欲しい。

「あれ?」

 以前女神は、好みの少年くらい自分で攫ってくる、などと危ない発言をしたことがなかったか?

「まさか、絵に綴じこめたり…なんて…」

「そのように器用なことができるものか。鬼でもあるまいに」

「うわっわわ、わ!」

 耳元で囁かれた声に驚いて、宗次は手の中の絵を取りこぼしてしまいそうになる。

 囁いたのは、霊験あらたかなる村の守り神。

 なぜか登場は逆さ浮遊。

 その実、背ひれなのだという灰色の髪が振り子のように揺れている。

「す、すみません…」

 恐縮して謝る宗次に、にっと白い歯を見せて笑う女神は彼の手の中の姿絵を大事そうに受け取った。正位置に態勢を整えて。

「ありがとうよ、宗次」

「いえ。…あの、もしかしてその中の一枚はサトミさんですか?」

「あ?あぁ、いや、これは私が《生きていた時》に描かせた理想のおのこさ」

「え?」

 今、なんて?

「もう、あの日サトミが私の元に現れた時は本当に胸が打ち緒震えたよ!」

 宗次の疑念には気付かず、女神は大仰に天に拳を突き上げてとろんとした表情になる。

 サトミが、作物の根付きの悪かったと言う開墾当初の大井村の為に捧げられた夜の事を思い出しているのだろう。

「ずっと理想に思い描いていたままの少年が目の前に立っていたんだからね!死んでいるのは分かった。しかし、それでも美しかった!我々の持つ神々しさに似た透き通る霊質がの波動がなんとも言えぬ興奮を呼び起こし…!」

――こういう時は、遠慮無く叩いて差し上げなさい!って、サトミさんは言うんだよな…

 物思いに自分の世界に入りこんだ女神を、正気に戻すには刺激を与えるのが一番らしい。

「あの、女神様」

 だからと言って、新参者の宗次は遠慮しないわけにはいかない。

 こんなんでも、一応神様。

「サトミさんの行方は?」

「――!そうだった!」

 忘れっぽくても、一応崇敬に値する存在。

「俺が申し上げるのもなんですが、ヌシ様に相談してはいかがです?」

 空気が凍りついた。

 ヌシという言葉に反応して、女神の顔が引きつる。

 そう言えば、村を守護しているのは女神だ。

 村人はヌシの山を崇めているというのに。

 ヌシは…?

「あの?」

「…ふふ、みなまで言わずともよい!私には美童の心など手に取るように解るのだからね」

 そう言う女神は、宗次の鼻の前に右手をかざし、左手は地面に平行に伸ばしている。

 明らかに――逆さ浮遊の登場には劣るが――おかしい。

 平行に手を伸ばす行為に意味を見出せない。

 動揺しているのが丸わかりだ。

「子供のお前は知らぬかも知れぬが、この山のヌシの性は蛇でね…」

「はぁ、水の属性ですね…。雨の神様ですか?」

「そう。上古よりこの地に住むヌシ様さ。私等神と呼ばれる存在とはすこし隔たった生物なんだが…」

「そうなのですか?」

 民にとっては、ヌシと龍神なんて些細な違いでしかない。

 崇拝する目的と見返りは同じだからだ。

「そうなのだよ。とにかく、ヌシ様は、はっきり言わせてもらえば不在だ!」

 いや、そんな堂々と宣言されましても。

「不在?どういうことですか?」

 村の民は、いもしないヌシを崇めていたということになる。

 その分女神が代役を引き受けていたとはいえ、一体なぜなのだろうか?

 いつから?

 宗次の質問に、女神はなかなか答えを返さない。

 ぐぐ、と唸り声を出しながら相変わらず顔色が悪い。

 何か、隠している。

 宗次はそう直感した。

「女神様?」

 女神は、手に握った美童達の姿絵に視線を落とす。

 一番上には、サトミによく似た風貌の少年。

「……逃げられた…」

「はい?」

 つぶやかれた言葉は細く。

「逃げられたんだよ!」

「誰に?」

「ヌシ様に!」

「誰から逃げたのです?」

「…私だよ!」

「はいぃ!?」

――ヌシ様が女神様から逃げた!?

 思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。

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