サトミと惟周と天狗の縁
京は里見の屋敷。
その日の朝、大内裏の開門を知らせる鐘が鳴るころ。
惟周は珍しく朝帰りをした。
朝といっても、まだ寅の刻、4時である。
家の者たちがこそこそと噂する。
何が起こったのか。
今まで通う女性もいなかった惟周が、朝帰り。
体調不良を訴え屋敷からあまり出歩くことがなくなっていた惟周が、である。
そんな家人たちの噂話には耳も傾けず、惟周は一人すたすたと自身の寝所へと歩く。
その顔色は心なしか良く見え、表情さえも柔らかに見えた。
寝所の御簾をかき分けるように部屋に入ると、着ていた狩衣を脱いだ。
単衣一枚になり、ふう、と息をつく。
「御屋形様」
雉子が声をかけた。
「大事ない」
心配されているのだと分かり、返答する。
「なかなかのものであったぞ」
「……御意」
今日は、約束の”縁切り”の日であった。
惟周の元へ使いが来たのは、雉子が神殺しに失し帰着した夜からふた月が過ぎたころだった。
惟周宛にというよりは天狗たちに向けた使者であったが、使いから渡された文を一読しそれを雉子たちに見せることはなかった。
ただ、文に認められていた日時になるとさすがに天狗たちもその事実を知ることとなる。
「御屋形様!なぜ使者が来たことを隠されたのです」
いつも濡れ縁に来る時間に現れない主人が、裏口から外へ出て行こうとするのを見つけ雉子はあわてた。
「お前たちに知らせずとも、一人でできようかと思うてな」
くすりと笑う惟周には、隠し事をしていた後ろめたさなどなにもなかった。
真にそう思っているのだ。
「ですが、我々は御身を案じているのです」
「わかっておる」
惟周は、「来るか?」と短く問うた。
もちろん、雉子の答えは決まっている。
あれから、女神の様子がおかしい。
一度たりともサトミの社に来ることがなかった。
大物主に会いに行くといったヌシからは、サトミ宛に知らせが来ているという。
おかしなことに、宗次だけ仲間外れにされているような気分だった。
待つこと幾日。
そしてついに、大物主との話がついたと知らせが届いたのである。
「宗次、お前は女神様のところへ行っておれ。私一人で来いとのことだ」
「サトミさん!」
「案ずることはない。次第は言い残しておく」
サトミが言うには、まず大物主が高千穂に来るという。
高千穂の宮はかつて天津神たちが降り立った場所。
高千穂にて大物主を迎え、出雲を経由して京へ入る。
京にて光明院の神前に供えをし、崇徳院の御霊と相まみえるというのだ。
ヌシがサトミと大物主を繋ぎ、大物主が崇徳院とヌシを繋ぐ。
そして崇徳院とサトミが繋がる。
縁切りの祈願を行う為、場が整うころに里見を呼ぶのだという。
知らせが届いてから3日後、ヌシがサトミを迎えにきた。
二人を見送り、宗次は一人社を戸締りして女神の元へ向かった。