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サトミと惟周とそれぞれの夜



「わかった。今日のところは手を引こう」

雉子が答えた。

「いいのか?」

比央がそれに口を挟む。

「御屋形様に注進せねばなりますまい」

雉子の態度は、大物主という大神の名に明らかに気おされていた。

神代にあって今は常世を支配せぬ神といえど、その名の力が見て取れた。

「わかった……。だが、惟周の考えが我らと違うときは……」

「了解している」

そして雉子は眼下を一瞥した。

大物主と話をつけると言ったヌシの力を見極めようとして、止めたのだ。

容易に口にできる名ではない。

それだけに、雉子の防衛本能が何かを呟いていた。


「では、改めてこちらから遣いを出す。それまでお前たちは自身の主人の身を守るに専念するがよいぞ」


ヌシは口元に笑みを浮かべて言った。


音もなく。

天狗たちが天高く舞う。


当面の危機が去ったことで、サトミと宗次も肩の力を抜くことができた。

女神は相変わらず宗次の腕の中で眠っている。


ヌシも再び沼のほとりに足をつけた。

「サトミ、宗次、大事ないか」

「はい。ヌシ様も」

「今宵は休め。女神の社を貸そう」


大物主命の件について、その日ヌシは何も語らなかった。






:::::::::::::


夜目の聞く獣たちの息遣いを感じた。

下生えをうごめく音。獲物を負う羽音。かすかなさえずり。

宗次の意識は冴えわたっていた。


「眠れないのですか」

サトミが静かに声をかけた。

「サトミさん……。大物主って、すごい神様ではありませんか?大丈夫なのでしょうか」

「日本書紀にはそうあるが、実際あったこともなければ、これまでどうと意識したこともなかった」

それは宗次も同じである。

文字として語り継がれたもので見知っているだけの、それこそ雲の上の存在である。

サトミも思案していたが、

「ヌシ様にお任せするしかありません」

そう言ったっきり、社には沈黙が下りた。



::::::::::::::



京にも、大井と同じ夜が訪れていた。

惟周は寝所の濡れ縁に片膝を立て座している。

「冷えますぞ」

いつもの通り、頭上から声がかけられる。

「たまには降りて来ぬか」

するりと、雉子の影が庭に落ちる。

低頭するわけでもなく、雉子は立ったままだ。

惟周は、ふ、と息で笑った。

「その様子だと、うまくいかなんだか」

「……」

雉子は無言のままで答えた。

「そうか」

惟周の声に咎める気配はない。

「御屋形様、奴らは大物主命に助力を乞うと」

「ほう?」

「それにて、祟りの縁を切って見せるそうです」

「さようなことができるものなのか?」

「我々もいささか驚きました。まさか、かの大神は水神なれど、そのような仕業ができようものか判じかねるので」

惟周は顎に手をやり、再び笑みを作った。

「書記によれば、神々の所業は人の思いつく範疇を超える業ばかりぞ。さもできよう」

そうは口の端に乗せたが、惟周もその真偽について正確な判断はできない。

「若くともまごうなく神殺しをしようとした我らに、なんぞ天罰でもあろうか」

ぎくりと雉子の体がこわばった。

「御身は守りまする」

「よい、それも天命」

惟周はすべてを楽しんでいるようだった。

天狗を助けた過去。

天狗に守護される今。

神殺しを暗に認めたその未来。

「これで命がのうなるときは、我も咎人であったという証やないか」

くくく、と、今度は声に出して笑った。

「なかなかに面白い人生であるかな。どう転ぶか、しばし待とうではないか」


―――はははははははは!


夜陰に惟周の笑声が響き渡った。

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