天狗とヌシとヌシの提案
「どれ、天狗と話をつけてくるかの」
ヌシは再び空を仰いだ。
二人の天狗の影は近い。
「ヌシ様……」
「案ずるなサトミ」
ふわりと、ヌシの足が地を離れた。
「聞いておるか、天狗ども」
「我が主の怨敵を差し出す気になったか」
ヌシの呼びかけに雉子が答える。
「それは承服しかねる」
「ではいかに?お主が我らと戦うのか」
「戦って、それで解決するとは到底思えぬ。ここは話をしようではないか」
「話?それで何が解決するというのだ」
「お前たちの主は、サトミの怨念におかされておるわけではない」
「否。その者の存在が血に悪影響を及ぼしているのは明らかである」
「しかし、その原因を作ったのはサトミではない。お前たちの主が先祖ではないか。サトミは贄として我が眷属に差し出されたまでの事」
「若宮は祟る」
「祟るによって祀るのであろう」
「であるから、その神体の縁は立ち消えると申されるか」
「しばし、時は要するであろうが」
「それでは遅い。我が主の命、消えゆく」
「……そこまでの恩か。ならば、ひとつ提案をしよう」
宗次とサトミはわずかに届く会話を聞く。
「里見とサトミの縁を切る」
天狗たちが息をのむ気配がうかがえた。
宗次も、まさかそんなことができるのかとサトミと視線を交わした。
「縁を切るだと?いかにして」
「いささか荒行事となろうが、いったんサトミを大物主に預ける」
「大物主だと?」
古い神の名に雉子の言葉の抑揚が変化する。
「……確か大物主命は、蛇体であらせられたな」
雉子はなぜその名が出たのか、すぐに思い至った。
それは、ヌシ達水系の神格の始祖といっても過言ではない神である。
大和の国を作った国津神のひとりとして名高く、今も大和の大神神社にその祭神が祀られている。
さらにヌシは続ける。
「先の応仁の大戦にて荒廃した光明院、そこな主祭神となった崇徳の利益は存じておろう」
「縁切り……。して大物主はなんとする」
京近縁に住む妖異にとって、崇徳の高名はある種恐れの種でもあった。
政変に敗れた崇徳の怨みはかつて、京を地獄にしたとまで伝わる。
「かの大神に、光明院への勧進の動きがある。先の話となろうが、勧進の下準備にこの縁を仲裁していただく」
そのヌシの提案に、その場の一同が緊張したのは言うまでもない。
崇徳上皇の力は、ヒトから祭神になった者の中でも比類ない。
崇徳上皇とは直接的縁がないので、ヌシたちに縁のある大物主に頼り、かつ恩を売ろうという算段であった。
しかし大物主ともなれば、常世におわす神ではない。
出雲にも入れぬサトミを預けるとは、難儀に思えた。
「大物主との話はつける」
ヌシはそう言って、天狗の答えを聞かなかった。
天狗たちが口を挟めるのは、ヌシの手筈がうまく整わなかった時だとわかっていたからである。