ヌシとサトミと宗次の会話
「ヌシ様……」
女神の体を受け止め、サトミは懇願するようにヌシを見上げた。
ヌシは黙して何も語らない。
瞳だけが沈黙の中に怒りの色を映している。
宗次もどう動けばいいかわからず立ち尽くすのみである。
「ヌシ様、どうするのです?」
宗次は聞いた。
「ここを動くでない。天狗の小童ごときに我が結界は破れはせぬ」
天狗たちの目的はわかっている。
サトミの排除だ。
神格となったサトミを排除するには、一にその神体を抹殺するが易い。
ましてや彼らが今いるこの山は、サトミの座所ではない。
サトミ自体を消すために次の行動が起こされるだろうことはヌシも承知していた。
今、ヌシは自分を落ちつけようとしている最中だった。
天狗たちの影が山頂まで落ちる。
先ほどまで低い雲に覆われていた空は、女神が倒れたと同時に晴れ渡っていた。
冷たい月明かりがうっすらと沼にも届いている。
ヌシはひとつ息を吐いた。
そして女神の顔を見る。
「いっそ、話を聞いてくれればまだ良いのだがな」
独り言のようなそれは、天狗に向けられているのだとわかるまでに時間がかかった。
「ヌシ様。私は一族を怨んではおりません」
「サトミ、お主の怨みがないことをどう証明できる?」
「ですが、このままでは何も解決できません。私が彼らと戦います」
「どうやって?」
「……」
サトミは息をのんだ。
今のサトミには、雷を呼ぶことも空気を遮断することもできない。
「神には神力があるのではないのですか」
宗次の問いにヌシが答える。
「神力とは、蓄えられるものだ。大神ともなればそれは大きいが……」
サトミは神格を得て間もない。
では、この場で天狗に太刀打ちできるのはヌシ以外にいないということになろう。
ヌシがどれほどの歳月を経て、どれほどの神力を持っているかはサトミも宗次も知りえない。
「それこそ、話し合いは難しいのでしょうか」
「妖異というものは存外、縁と恩を重視するものなのだ。何の縁あって里見家を守護するかは知らぬが、妖異がまた人を守護するという事は稀で、それだけに意志は強かろう」
重い空気が漂う。
それでは戦って退ける以外に道がないように聞こえた。
「それに、天狗たちはこやつの正体にも気づいただろう」
「……女神様の正体?」
宗次は未だ昏睡する女神へ視線を向ける。
生贄として初めて宗次がここへ来たとき、女神はこの山の、沼のヌシだと思っていた。
しかし。
女神がヌシ様と呼ぶこの童が本物の土地神だというのはすでに知っている。
だからといって女神の正体がなんなのかとは、今まで思いもしなかった。
「どういう意味ですか。ヌシ様の眷属なのでしょう?」
「サトミ、お主は薄々感じておろう」
「……はい」
「どういう事です?女神様の正体がなんだろうと、女神様は女神様ですよね?」
宗次の言葉に、ヌシは少し目を見開いた。
「そうだな。宗次、お主の言は真理だ」
そしてヌシはその愁眉を和らげた。