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宗次とサトミとサトミの告白


 東の空に照る月は、この夜は宗次の姿を闇の中に浮びあがらせていた。

 南に傾いだ、仲秋の月。

 僅かばかりの風で梢が囁き合い、地面の枯葉がもの悲しそうにつぶやく。

 宗次は、どこを見るとも無く沼の辺に座りこんでいた。

 膝を立て、そこに顎を乗せ、顔の周りを囲うように腕を回して。

 沼は暗く澱んで何も映し出してはいなかった。

――俺は、このままここにいてもいけない…

 それは確信。

 求められた贄ではないのだから。

「どうしたのです?」

 いつの間にか、宗次の傍らにサトミが立っていた。

「冷えますよ?」

 そう心配してくれているのだろうが、いかんせん彼の表情は作られた人形のようで感情が見出せない。

 外見は宗次と同じくらいに見えるが、そもそも神に仕えている時点で人間ではないのだろうから、年齢は外見に比例などしていないだろう。

 ただその尊大な態度と、見受けられるあらゆる所作からよほど高貴な人柄がうかがえた。

「あの、俺はここにいたらいけないんですよね?」

「なぜ、そのように思う?」

「女神様が、帰れとおっしゃる」

「あなたのことをお考えになっておられるからこそ、そのように申されるのだ」

「わかっています…。でも、俺はあの村にも居たくないのです」

 言ってしまって、宗次は強く自分を抱きしめた。

 サトミは、何も言わずに宗次の横に座った。

「この様な事態になってしまったのは、私にも責がある」

 サトミの告白に、宗次は関心を引かれた。

 涙に潤んだ瞳にサトミの美しい横顔がうつる。

 宗次の頬は寒さのせいか、ほんのりと赤くなっていた。

 睫が涙でぬれて、月のか細い光を反射している。

 もし、隣にいるのが女神だったら、胸の一つも高鳴らせていたかもしれない。

「あの方が少年好きだという噂が広まってしまったのは…まぁ、外れているというわけでもないのですが、かつて、私が贄として捧げられてからのことなのです」

「……」

「そうですね、もう大分昔の話になるのですが……」

 サトミは、遠い時代を思い起こした。

 自分が、まだ「人間」として生きていた時代。




「これは山のヌシに供物を捧げるのがよろしいのではないかと」

 開墾したばかりの村は、作物の根付きが悪かった。

 山を切り開き、財を築けると期待していた大井某という一地方役人は、都の邸宅にてその進言を聞いていた。

 開墾を指揮した自分の名を取り、大井村と名づけたその土地からの収穫をあてに、都で名を馳せようと意気込んでいたのだが…

「しかし、一体何を捧げればヌシ殿は我に土地の財貨を分けてくださるか?」

 開墾の際、特にしきたりを犯したつもりはない。

 だが、作物が育たないのなら何かの手を講じなければ、一家の生活がかかってくる。

 宮中に参内できる身分でも、幕府に奉公できる伝手も兵力もない。

 今はただ、機会を待つばかり…。

 何としてでも自分の土地だけは守りたい。

 子々孫々受継がれていく土地なのだから。

「やはり、こちらもそれなりのモノを用意せねばならぬかと存じ上げます」

「して?」

「若き、人間を人柱に」

 そうして幾度かの寄り合いが設けられたが、一向にその「人柱」が決まらない。

 家人や郎党の中から選んでもよかったのだが、あまり身分が低いとヌシもお怒りになると、議論は硬直していった。

 生贄に若者を探している豪族がいると、都に噂が立ち始めたのはすぐのことだった。

 自分の、もしくは共通の財産を守るために人間を選定することは稀ではあるが、非道ではない。

 大井某に密かに連絡をとるものがあった。

 牛車に揺られ、右京の南、大井家に現れたのはおそらくよほど名のある貴族。

 もしかしたら皇族やもしれぬ。

 そう思わせるほどにピリピリとした嫌な雰囲気があった。

 わざわざ用意させた御簾の奥で、その顔も名も明かさぬ者は従者を介し、一つの申し入れをした。

「不要な者がおるんや。そちにやる…。煮るなり焼くなり好きにつこうたらよろし」

 そうして、麻の袋の中で眠らされている少年が庭に残されたのだ。



「…それが、サトミさん?」

「そう。運ばれている途中何度か意識が戻ったが、すぐにまた眠らされた。目がさめたら、こうなっていた」

 サトミはそう言って、自分の今の状態を示唆した。

 生身の人間とは異なる、在り様を。

「どうやら、寝ているうちに沼に落とされたらしい。最初、自分が死んでいるのもわからなかった」

 語るサトミの横顔が切なげに見えて、宗次はどうしようもなく胸が締め付けられた。

 不要と、宣言されてしまった彼を哀れだと思った。

 哀れだなどと、簡単に思われても不快だろうが、宗次はただただ悲しくなった。

「私はあの方に見つけられた…。女神は…私を見つけて何と申されたと思う?」

 サトミの顔には、苦笑が浮かんでいた。

 その表情はあまりにも年相応の少年らしく、語られた昔というものがどれほどのものなのか、推察できない。

 きっと、それはサトミの「時間」が女神の…沼の龍神の従僕となった日に止まってしまったから。

「あの方は、私を見るなりこういわれた」


『おお!なんと美しいおのこじゃ!』


「あはは」

 簡単に情景が想像できてしまって、笑うしかない。

 サトミが語った女神はこうだ。

 沼に現れたサトミを見ての第一声は先に述べたが、彼が山に現れた経緯を話すと、女神は泣いて慰めたのだという。

『こんなかわいい子供を、要らぬと切り捨てるとは!人はそれ程に追い詰められておるのか?』

 沼の辺で二人きり。

 女神はサトミのために泣いた。

 サトミは、乳母以外で初めて自分の為に泣いてくれている、このおかしな龍神にささやかながらの敬意を持った。

『二度とこの様な事が起こらぬよう、私がしかりと村を護ろうぞ?』

 それ以来、女神は村を護り、サトミを側に置いた。

 この事により、はからずも「少年を差し出せば厄災は除かれる」=「女神は少年を好む」という言い伝えが残る事になったのだ。



 話しを聴き終えて、宗次は気になっていたことを質問せずにはいられない。

「女神様は…、サトミさんにいてもいいと…、ここにいてもいいと許されたのですか?」

 その疑問を耳にして、サトミはうっすらと微笑んだ。

 永遠となった少年の美貌が、夜空の光を全て引き寄せて輝く。

 呼吸を忘れてしまいそうになった宗次は、その笑みを肯定ととった。

「俺は!何が足りないのですか?女神様の好みではないからですか?…一体…どうしたら良いのです!?沼に身を投じ、死ねばよいのですか!?」

 サトミは宗次の視線を受け止めたまま、しばらく無言だった。

 すがるようなその瞳を見下ろす態勢で、彼は一言だけ導を与える。

「自ら、考えるが宜しかろう」

 宗次を残して祠へと帰るサトミの背中は、すぐに形を失う。

 宗次は沼の辺に腰を落としたまま、月光を弾く眼で闇を見つめつづけていた。


 長年の住処に戻ってきたサトミを迎えたのは、沼の主である女神だ。

「いささか、しゃべりすぎていたようだね?」

 腕組みをして、からかうような口調で問いかけた。

 年中身に纏っている薄布から伸びた足は、だらしなく板間に放り出されていて、サトミのため息を誘発する。

「…あなたの第一声のあたりですか?」

 相変わらずの無表情になったサトミが、女神好みの目を細めて言い返した。

「ふふ。同じような境遇で、同情でもしたか?」

「同じではありません。少なくとも、彼は生きている」

 やわらかに表情を緩めて、サトミはそう言った。

 女神も、満足そうに目を輝かす。

 女神が、サトミの態度を好ましく思ったからなのは、考えるまでもない。


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