女神とヌシと二人の天狗
女神の腕が水の輪の中からすぃ、と中空に出た。
ぴくりと二人の天狗の表情に真剣みが差す。
雉羽の天狗が細く呟いた。
ぐい、と雉羽の天狗が黒羽の天狗の着物の襟を引いた。
「そなたはやはり邪魔だ」
態勢をくずしかけ、黒羽の天狗が間抜けな声を漏らす。
「うぉう」
空に壁でもあるかのように急角度で元いた場所を離れる。
二人が離れたその空間に、高圧の水場が形成されていた。
空から雲が吸い寄せられる。
「比央、気を抜きなさるな」
雉羽の天狗が低い声音で諭す。
かすかなその声を女神はぬかりなく拾う。
「その若鳥はヒオウというのか。なかなか良い響きの名だな」
女神のその台詞は、明らかに比央の気分を害したようだった。
「で?そちらの御仁の名は?」
「武将でもあるまいに、戦の前に名乗りが必要か?」
比央と違い、雉羽は揺るがない。
「いいじゃないか。せっかくだ。私の名はとうに忘れられているからなんとでも好きに呼んでくれてかまわぬよ?」
言って女神は付け加える。
「蛇、以外でな」
「蛇を蛇と呼んで何がおかしいか。そなたも好きに呼べ」
風が強くなる。
「……面白い。考えるのも面倒だから、キジシでよいか」
女神のつけた「雉子」という呼称にも何の反応も示さず、雉羽の天狗は無表情だ。
「なんで俺の名前は明かしておいて自分は名乗らない!」
比央が非難の声を上げる。
「静かにされよ。どうでもよいではないか」
キジシは比央の相手もほどほどに女神に向き直った。
「我が御屋形様の為、まずはそなたに消えてもらおう」
天狗の十八番、刃のような風が飛ぶ。
扇を閃かせた形跡もないのに。
女神が入っていた水たまりが上下半分に割れる。
咄嗟に身を屈めた女神の髪が、ちり、と高い音を立てて乱れる。
切れてしまった髪を掬い、女神は困ったように言った。
「伸びるかな?」
「気にするな、どうせ消えるのだから」
「おい!蛇神!さっさと本性を現すのだな!水たまりに立つのも疲れよう?」
三者三様に。
対峙する。
振りあげられた比央の腕。
巻き上がる風の柱。
雉子の投げる羽根矢。
「本性を現さない方が、お前たちも怪我せずに済んだのにねぇ?」
女神がほほ笑んだ。
それは美しく。
ヌシは沼から見上げていた。
――夜叉……。
お前は自分の信じるように生きられるのか……。
ぴちゃん。
沼の水面が揺れた。
神気の流れが起こる。
最悪の時機だった。
「サトミか?」
女神が龍に姿を変えた瞬間だった。
それは、女神の気が満ちたのとまさに同時。
サトミの神気と交わる。
反応。
呼び寄せられるかのように。
「いかん!」
大きく水柱が立った。