惟周と天狗とその縁
腕の中の天狗の子が震えている。
生きている。
生かさなければ。
少しでも温めなければと直衣の懐をひらいた。
親の天狗はどこにいるのか。
手綱を握る手に汗がにじむ。
天狗の命を救うことで自分が救われるとは思えなかったが、これも何かの縁だと。
あの日おぼれていた自分を助けれくれた僧侶のように、手を差しのばすことは必然のように思えた。
ふと。
視界が陰った。
馬が嘶き、歩調が乱れる。
「どう!どう!――っ!!」
うまく手綱を操れずに、惟周は落馬してしまった。
幼い天狗をかばい、肩から地に落ちる。
「……ったぁ……」
咄嗟に懐を確かめる。
子天狗に怪我はなさそうだ。
上体を起こすと、体が軋んだ。
バサリ。
大きな羽ばたき。
顔を上げると、巨大な影がそこにあった。
息を飲む。
それは人の形をしてはいた。
だが、雉のような羽根があった。
「肩は大事ないか」
思いがけず身を心配され、惟周は目を丸くする。
天狗だ。
成体の。
天狗が腰を屈め、惟周の懐から天狗の子供を抱きだした。
「礼を言う、人の子よ」
静かな声だった。
高みの存在、そう、位の高い貴人にでも声をかけられているかのような、厳かさを感じた。
雉の羽根を持った天狗が、小さな天狗を指でなでる。
「……助かるの、ですか?」
思わず聞いていた。
「大丈夫。我々は人よりも丈夫にできている」
その言葉に安堵する。
「……救ってくれた礼に、少し教えてやろう」
天狗が立ち上がった。
「お主の魂に、水のにごりを感じる。古の恨みが絡みついているようだ。まるで蛇のようにな」
その話は、かつて聞いたものと同じ。
「お主の家に災いが降りかかるのはそのせいぞ」
「……私はいずれ、命を失うのでしょうか」
惟周の問いに、天狗が笑う。
「我ら、比良の一族は雑魚ではない。受けた恩は返そう」
意味がわからなかった。
「この子はまだ幼いが、いずれ我らが一族を背負う大事なお方。そも、我らを恐れずにそれを救ってくれた人間は初めてだ」
「……」
「目を離した我も、それなりに叱られよう。その責任を、お主への恩で返すと言えば頭領も頷こう」
「それは私の一族を守ってくださると……解してよろしいのですか」
「お主を」
断言する天狗を見上げる。
失礼なほどに、じっと。
「信じられぬか?」
は、と口を覆った。
寝耳に水、とはこのことだ。
なんの運命か。
ふわり、と。
天狗が羽ばたいた。
いつの間にか、天狗の子が目を開けていた。
金色の目をした、愛くるしい顔。
じっと、惟周を見ている。
惟周もその視線を受け止めた。
縁とは。
なんと奇異なものか。
「お主、名は」
「里見……惟周と」
「しかと安堵されよ」
従者が惟周に追いついた時、そこには馬と主がただいるだけだった。