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女神と宗次と天狗の飛来

:::


 宗次は、もう一度林太郎の家を訪れた。

 この日。京より帰った翌日のこと。

 俄かに降り出した雨によって市は見世を閉めていた。

 そのせいか、通りはいっそう暗く見えた。

 相変わらず、読経の声と護摩焚のにおいがしている。

「また来なさったのか」

 林太郎の父が、軒先で雨を凌いでいる。

 宗次は目礼を返す。

「…中に入られないのですか?」

「あぁ、林太郎の毒気にやられてはならぬと心配されてな。中には入らぬほうが良いといわれた」

「あのご住持にですか?」

「ああ」

 家族を締め出し、何をしているのかますます怪しい。

「失礼ですが、当宮の祀る神の性をご存知か?」

「…憤死した若い子供の霊とだけ」

 それは、本庁に届け出た内容そのまま。

 子供たちにも、多くは語っていない。

「実は、蛇神の流れをくむお方なのです」

 父親の表情がこわばる。

「依代が人なので、蛇そのものではないのですが…」

「まさか。あんたんとこに行って何か悪さをしたのか、うちの子は」

「いえ、悪さなど。しかし、原因は我が神にあるのは間違いないようです」

「若宮が悪いと申されるか!」

 父親の声に怒気が混ざる。

「ですので、一因をなす我々にも林太郎の払いをさせていただきたい」

「あの住持様では不足か?」

「元は我が社の問題。原因自らが払うと申しておりますので、お力になれると信じております」

 一時でもサトミを悪者にしてしまったことに気は引けたが、致し方ない。

 中に入るか、林太郎をこちらに引き渡してもらうか。

 腰のひょうたんには、女神の沼の水、懐には女神の髪がある。 

 踏み込めば、道は開ける。

 むしろに手をかけた。

 ぱち、と。

 洛中の里見屋敷で感じた結界の反発と同じ刺激が走った。

 しかし、耐えられないものではない。

 むしろをめくる。

 むわ、と煙が通りに溢れ、雨に流されていく。

「愚かな」

 中で、黒い影が立ち上がった。

 むくりと起き上がるその影は、黒い袈裟を身にまとった坊主。

 宗次に向き直ると、その足元に小さな火鉢と、横たわる林太郎の姿があった。

「林太郎!」

 声をかけても動く気配が無い。

「愚か、愚か。龍神のにおいがするわ」

 あの時と同じ。

 冷たい語気。

「お前何者だ」

「嘯くな、小僧。お主に何ができようぞ」

 皮膚も黒く、ギラリと丸い目と赤い口だけが目立つ。

 父親の目にも、それが異形の物だと知れる。

「我らが屋形様は、比良が次郎坊様の流れぞ」

 名のある天狗を引き合いに出され、一瞬だがひるむ。

 しかし、だからといって何なのだ。

 目の前の天狗は下っ端だろう。

 力の無いものほど、虎の威をかるものだ。

「林太郎から離れろ!」

 宗次は、女神に言われたとおりに腰の水をまいた。

 そして、女神の髪一房を投げ入れる。

 次の瞬間。

「はーっはっはっはっはっは!」

 悪人然とした哄笑が響き渡った。

「私の目が黒いうちには、美童に指一本触れさせん!」

 満を持して、女神登場である。

 もう指の一本どころでなく触れられているような気がしないでもないが、女神がご機嫌そうなので何も言わない。

「さぁ、天狗よ!我が逆鱗に触れぬうちに去るがよいぞ?」

 女神の口上を聞き、天狗があざ笑う。

「この子供を苗床に、すでに道は開いた。お前一人で何ができる?」

「何?」

「今まさに、この地の土地神が入れ替わる時と知れ!」

 言い終わると同時に、天狗が両の手を広げた。

 途端、林太郎の周囲に黒いひずみができる。

「林太郎!」

 宗次は、思わず駆け寄り小さな子の体を抱いた。

 女神は、口の端を持ち上げた。

 小ばかにした態度である。

「なめてもらっては困る。私とて、龍のはしくれ」

 ぞわりと、女神の半身が揺れる。

「小鳥が群れなしたところで、何ができる?」

 きら、と女神の瞳が光った。

 美童を見つめる時は別人の、神々しい光。

 あまりの神気に息ができなくなる。

 ひずみから、天狗の群れが飛び出した。

 瞬時に部屋に溢れ、天井を突き破る。

 羽が巻き起こす風に飛ばされぬよう、宗次はしっかりと林太郎の体を抱きとめる。

 バリバリと木の屋根を打ち破り、ついには京で見たのと変わらぬほどの天狗が村の上空に舞った。

「女神様!」

「案ずるな、宗次」

 女神はのどの奥で、笑う。

「この雨天に愚かなるは天狗よ」

 すると、女神も空に昇る。

 昇る最中、鱗が生え、足は尾になり、体は大きく、手足は小さく、銀の髪は背びれになっていく。

 初めて目の当たりにする、女神の本性。

 ごくり、とつばを飲み込んだ。

 雷雲を背に、銀色の龍が大空を泳ぐ。

 長さは三十間ほどだろうか。

 贔屓目にみても、美しかった。

 龍が咆哮した。

 すると、いくつもの光の筋が天から落ちてくる。

 雷だ。

 神の怒りとも称されるその雷光が、天狗たちに襲い掛かる。

 圧倒的。

 打たれた天狗が地に落ちる。

「笑止!この程度で我に挑むか!」

 その様子を見ていた坊主姿の天狗が、悔しそうに顔をゆがめている。

 宗次は、その天狗に

「あなたたちの寄り親に伝えなさい!」

 言い放つ。

「サトミさんは、あなたたちの一族を恨んだりなどしない!この地であたたかく子供たちの成長を見守っているんです!」

「…愚かな」

「愚かなのはどちらですか!」

 林太郎を苦しめ、サトミを追い詰めようとしている。

「比良の天狗の名折れではないのですか!?」

 愚かなのは、祟りを恐れるばかりで供養しようとしない子孫だ。

「女神様に殺されないうちに、退散なされよ!」

 我ながら悪人のようなせりふだな、とどこか冷静な頭で考える。

「宿命ぞ」

 天狗が僧衣のまま応えた。

「天狗と龍蛇は天敵の宿命ぞ」

 その言葉が何を意味するのか、宗次にはわからない。

 しかし。

「宿命だろうと何だろうと、この地から出て行ってもらうこととなんら関係ありません!」

 強く、心から強く。

 念じるように言葉をぶつけた。

「ふん」

 宗次を鼻で笑い、僧衣の天狗はいったん空を見上げ、死屍累々の同族を見やり「ピュイ」と指笛を鳴らした。

 女神の雷より逃れた天狗たちが、四散する。

「覚えておれ、小僧」

 坊主も、ばさりと僧衣を翻すと天狗のなりとなった。

 軽く床を蹴り、雨雲の空へ飛び立つ。

 そして一斉にやって来た天狗たちは、あっけなく山の向こうへ消えたのである。


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