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宗次と女神と童の本音

 逆らったら、どうなるのかな。

 逆らう、なんて大それたこと、できてもやらないのが宗次の甘いところだ。

「女神様…ヌシ様にまた怒られますよ?」

 ささやかな反抗も、女神に効かないことは分かっている。

「いない方は怒りようもない」

「…女神様、みんなの前にでてきちゃだめですよ?」

「わかってるって」

 やはり女神の要望を聞き入れるはめになる。

「皆が集まるのは、昼過ぎですよ?おとなしくお待ちください」

「えー!まだまだじゃないか!」

「というかですね、本当に何しにいらしたんですか。サトミさんいないんだから、帰ればいいではないですか」

「直球だなー」

 うーんと唸りながら、女神は灰色に近い銀の髪を掻く。

「実は美童がいないと生きていけない性質でね」

 実は、と告白されるべくもない、周知の事実ではないか。

「そういう意味でなくさー、なんというの?本当に贄が必要だったってことが今更わかったというか」

「え?」

「今までサトミが側にいたし、ひと時とはいえ宗次もいたし、気にしていなかったんだけど。いなくなるとこう力がでないというか」

「つまるところ…」

「かわいい男の子、求む」

 つまるもなにも、結局何も変わらない。




 午後になり、村の子供たちが神社に集まってきた。

 いつからだろう。

 子供たちが自分のもとへ集まりだしたのは。

「先生、今日もお話聞かせて~」

 いつもなら、何の気概もなく子供たちと接しているのだが…。

―――女神様のお気に召す子って、いたかな。

 そんなことを考えてしまう。

―――なんか、人攫いの悪人みたい。

「先生?どうかしたの?」

 女の子が見上げてくる。

「ごめんね、なんでもないよ」

 宗次は、子供たちをいつもの大楠の根元へ誘う。

 どこかで、女神が見ているはずだ。

 今日は、女神様がいるからご本人の話は控えよう。

 そうして、宗次の昔語りとも物語ともとれる話が始まった。

 話をしている最中も、子供たちの中に女神好みの子がいないか、吟味に余念がない。

 宗次が吟味する必要もないのだが。



「さ、今日の話はこれでお終い」

「はーい」

 聞き分けのよい子供たちが、元気に返事をする。

 なんて純粋。

 宗次の心が少し痛む。

―――おいおい、少しですか。

 自分で自分の感想に指摘をいれてしまう。

「ねぇ、先生」

 と、一人の男児が宗次の着物の裾を引いた。

「どうしたの?幸次郎」

 幸次郎と呼ばれた子供は、裾を引いておきながら口ごもる。

「ん?」

 今年5つになる幸次郎の目の高さにあわせ、宗次は膝を折った。

「どうした?」

 やわらかな宗次の問いかけに、幸次郎はやっと二の句を継ぐ。

「兄ちゃんが、病気になっちゃったんだ」

「林太郎が?」

 そういえば、幸次郎の兄林太郎の姿が今日は見えなかった。

 病気とは聞き捨てならない。

「どうした?薬師には?」

「むずかしいことはわかんないけど、父ちゃんがお薬の先生よりお寺のキトウが必要だって」

―――祈祷?

「林太郎の様子は悪いのかい?」

「わかんないんだ。うつるからお前は近付いちゃいけないって、言われた」

 うつむき、今にも泣き出しそうな幸次郎の頭に手を乗せ、宗次は考える。

 近くにある、祈祷を行えるような宗派の寺院勢力。

 南都か、黄檗か。

 新興の派閥か。

「そんな大事に、よく来てくれたね」

 この子が自分に話を打ち明けるのには、何か意味があるのだと。

「でも、兄ちゃん、その前の日は元気だったんだよ」

 怖いんだ。

 幸次郎は、本音を口にした。

 漠然とした不安でも、それは恐怖だと言葉になる。

「キトウのお坊さんも、父ちゃんも、母ちゃんも、みんな怖い」

「大丈夫だよ。先生も、明日幸次郎のおうちに行っていいかな?」

 この幼子の、不安の理由を確かめなくてはと。




「先ほどの話、どう思われますか?」

 子供たちを見送り、大楠の幹の上へ話しかける。

「お前の昔話か?」

 不敵な笑みをたたえた女神が、例によって例のごとく逆さまにぶら下がっている。

「それとも、祈祷を要する病の話か?」

 女神は、大人二人分ほどの高さからひらりと音もなく舞い降り、宗次の傍らに立つ。

 夕焼けに乗って届く暖かな風が、大楠の枝葉を揺らす。

 ざわめき。

「神仏の力にすがろうとする思想は珍しくあるまい。宗次、お主の村もそうであったように」

「それはそうですが」

「何か気になるのか?」

「祈祷が施しでなされているのなら、俺もどうこう言う気はありません」

 金銭や、見返りのない、純粋な施しなど、近年稀にみる善行だ。

 宗次が子供相手に昔語りするのとはわけが違う。

「幸次郎の家に、そんな余裕があるようには見えない」

「子のためだ。必死にもなろう?」

「薬師に頼るほうが、現実的ではないでしょうか」

「それは、その親の価値観ではないかね」

「しかし…」

「気になるというなら、己が目で確かめるがよかろう」

 女神の、宗次より少し低い視線がまっすぐに子供たちの家路を見守っている。

 その中には、もちろん幸次郎の後ろ姿もある。

「あの童の兄か…よい年頃だろうねぇ」

 そのつぶやきに混ざる邪な考えには、気付かなかったことにした。

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