宗次と女神とサトミの留守
夏の日差しも、そろそろ苛烈さを潜めつつ。
ここ十数年の間、都では、大きく二派に分裂した天皇家が家督を争い、鎌倉はその介入に余念がない。
いくつかの大きな有事を乗り越え、磐石たりえた鎌倉の政治もすさんでいるという。
「はあああああ」
そんな世相を反映した…わけではない大仰なため息が耳に付く。
「あぁぁぁぁ」
ため息が嘆きに変わる。
境内を掃き清めていた宗次の手が止まる。
「…サトミさんなら、出雲ですよ」
「昨日聞いたわ……。早ようないか」
見るからに消沈しているのは、大井村の龍神、夜叉である。
「新参だから、早く行ってお出迎えをするらしいですよ」
「まだ9の月ですよ」
言って、女神はさらに撃沈する。
「ということは、ふた月も会えないじゃないか!」
神々は、一年に一度出雲に集まる慣わしがある。
そこで何をしているかは詳しく聞いたことは無いが、ひと月帰らない。サトミはまだ新参であるため、さらにひと月先に出雲に入る。
また、すべての神が集まると守護にも弊害がでるため、必ず留守番の神がいるそうだ。
女神も留守番組だ。
「陰謀だあぁぁああ!」
宗次は苦笑するしかない。
宗次は、すでに立派な青年になっていた。
サトミが神格を得るという一件以来、思うところがあり女神の元を離れる決心が付いた。
否。
迷いが無くなったというべきか。
神職への道を歩み始めたのだ。
家を継ぐ責の無い男児には、珍しくない進路だ。
宗次の村でも、それの意味は様々だが、寺社仏閣へ奉公に出た子供は少なくない。
サトミを祭る神社も必要だし、神社があれば神職が必要である。
そも、小さな宮だけに専属の宮司がいる必要もなかったため、ほどなくして正階を得た宗次がサトミの神社の手入れをしている。
宗次の思いを知ってか、一連の大井村での事件もあり、父頼里は各方面へ根回しをしてくれていた。
サトミの神社は、大井村よりひとつ山を隔てた東の村に建てたれている。
「もう俺では女神様の意趣にそぐわなですからね…」
女神を見下ろすほどに成長した宗次は、もちろん声変わりも終わり、まったくもって女神の好意の的ではない。
神格を得たサトミはといえば、女神の元にいたときと変わらず、理知的な一重が美しい童のままだ。
わざわざ足を運んだにもかかわらず、いるはずの美童もおらず、宗次も成長して見事な大人、となればその落胆も激しい。
しかし、女神は二日にわたって当地を離れる気配が無い。
「なあ、宗次」
落ちた声音のまま、女神が名を呼ぶ。
「はい、なんでしょう」
「お前最近、村の子供に昔話をしてやってるそうじゃないか」
―――気に障ったのかな?
話の流れにはまったく関係の無い唐突な問い。
一瞬、自身の勝手な振る舞いを申し訳なく思い、宗次は謝罪を口にしようとして女神へ向き直り…、止める。
女神の顔に才気が蘇っている。
―――いかん、よからぬことを考えておいでだ。
「かわいい子、いる?」
言外に「私好みの男の子を連れて来い」と命じられているのが判った。