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源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第一帖 若紫

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3/6

若紫③

光る君の喉は痛むほどにつまります。

自らの胸に押し当てた紫の上の手は、ゆるやかに温度を失い、

その静けさが彼の罪をさらに照らし出しました。


「わたくしは……あなたが……好きで……好きでした……」


その『好き』という、あまりにも素朴で、あまりに深く、

そして美しい響きが、光る君の胸に鋭く突き刺さります。

どうしてこの深い愛に、生きているあいだ応えてやれなかったのか。

どうしてこの一途な心を、孤独から救い出せなかったのか。


「紫……!俺は……紛れもなく、君を——」


その言葉を言い切る前に、紫の上の呼吸が、幽かな震えをひとつ残して止まりました。

風がひと吹きすれば消え失せる灯のように、何の音もなく。


「……紫……?」


呼びかけても、もう返事は永遠に来ません。

腕の中の体は、二度と温もりを戻さず、光る君の熱い涙だけが、彼女の黒髪に朝露のように落ちていきました。


「……俺は……あなたを深く愛しているつもりで……

ただ孤独という檻に閉じ込め、死なせてしまったのか……」


悔恨の声は秋の夜気に溶け、冷たい風がすだれを揺らします。

静寂だけが部屋を満たし、その静けさこそが、最も残酷な罰のように響いておりました。


光る君はその場に崩れ落ち、もう温もりを失った紫の上の身体を何度も抱きしめ、嗚咽を漏らして泣き続けました。

魂を引き剝がされたように、しばらく動くことすらできませんでした。


腕の中の彼女の体は、淡く香を焚きしめた煙のように、この世との縁を静かに絶ち切ってしまった。

胸に残されたのは、永久に間に合わなかったという悔恨と、

『わたくしは……あなたが……好きでございました』

——あの切実すぎる最期の囁きだけ。


光る君は、冷え切った頬にそっと触れ、露のように冷たい指を両手で包み込み、誰にも届かぬ誓いのように、ようやく言えるようになった言葉を亡骸へ囁きました。


「紫。俺も、紛れもなく愛していた……愛していたのだ!」


しかしその熱い悔いも、もはや彼女の静謐な耳には届きませんでした。


その瞬間でした。


空間の理そのものが、ふと音もなく微かに軋んだように思われました。

さきほどまで満ちていたはずの、冷たく重い秋の夜気が忽然とかき消え、彼の肌を撫でる大気の粒子ひとつひとつが、まるで別の世界のものへと入れ替わったかのようです。


幾重にも折り重なっていた時間の綾が、乾いた音を立てて千切れ、その刹那——

眼前に広がるすべてが、闇の底へ沈み込むように深い暗転を迎えました。


——肌を撫でる風の匂いが、違う。

——陽光の角度が、違う。

——身に纏う衣の重みさえ、明らかに違っておりました。


目を開いたとき、そこはかつて見慣れた藤色の几帳が下がる廂の間でした。

鼻をくすぐるのは、先ほどの秋の冷気とは正反対の、甘やかで豊かな春の薫り。


山の端には、沈みかけた春の日が柔らかく光を投げています。

淡い霞が庭を桃色に染め、若い桜の枝がたおやかに揺れ、

そのたびに花弁の雪がひとひら、またひとひら、恋しい人の面影のように宙へ舞い上がる。

その幽玄な軌跡が、懐かしい気配となって光る君の胸に触れ、

胸の奥を痛いほど掻きむしりました。


光る君は金縛りにあったように、一歩も動けませんでした。

過去への回帰——

美しくも取り戻せぬはずの光景。彼が一度、永久に喪った景色。

守れなかった愛しい人の面影が、風の温度も匂いも連れて鋭利な刃となり、彼の記憶を深く切り裂いていきます。


庭の奥から、女童たちの無邪気な笑い声が聞こえました。


つい先ほどまで、紫の上の死が支配していた冷たい秋の夜とは比べものにならぬほど——

生命が満ち、希望が息づく、まったく別の季節の息吹が流れています。


光る君は現実の重みに膝をつき、しばらく呼吸の仕方すら思い出せず、ただ茫然と周囲に視線を彷徨わせるしかありませんでした。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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