若紫②
秋の夜は、沈黙があまりにも深く、その静けさゆえに、かえって残忍でございました。
遠い野を渡る虫の声は、細く、細く、絶え入りそうに震え、
几帳の向こうの燭台の火は、風もないのに頼りなく揺れております。まるで、この世にしがみつく最後の命の灯のように。
光る君は、その弱々しい灯を見つめるたび、胸の内側で乾いた音が亀裂のように走るのを覚えました。
——この火がふっと消えるように、紫の上の命も、風ひとつでたおやかに散ってしまうのではないか。
それこそが、彼のもっとも深い恐れでございました。
横たわる紫の上は、透き通るような静寂のなかに身を沈め、
ただ目を閉じております。
その呼吸のかすかな震えでさえ、光る君の鋭い耳が辛うじて拾えるほど。
彼はおそるおそる指先を延ばし、忍びやかに触れました。
——その温もりは、露のようにゆっくりと失われ、握った指先からこぼれ落ちてゆく。
「紫……また、苦しい胸の内を、ひとりで抱えておりましたのですか……」
それは問いではなく、自らの不甲斐なさに向けた叫びでした。
彼は冷たくなりつつある彼女の手を取り、自らの額に押し当てます。
祈るように、赦しを乞うように、その細い手を必死に握りしめました。
紫の上は、微かに睫毛の縁を震わせ、宵闇へ溶けゆくような、消え入りそうな声で囁きます。
「……わたくし……強かったでしょうか……?」
光る君は息をすることさえ忘れました。
最後に彼女が求めたものは何だったのか。
耐え抜いた強さを褒めて欲しかったのか。
それとも、その裏に隠した弱さを、赦して欲しかったのか。
どちらも、彼は生あるあいだに与えられなかった——
その事実が胸を抉ります。
「強かったとも……。誰よりも気高く、美しく。
けれど……強さだけを支えに生きるのは、どれほど侘びしく、
孤独であっただろうか……」
悔恨に喉が詰まり、声は低く震えました。胸の奥が、何かに軋まされるように痛む。
紫の上は、途切れ途切れの、糸のように細い声で続けました。
「……孤独……でした……これ以上なく。
ずっと……ただ、ひとり……」
その声が紡がれるたび、光る君の心臓は無残に握り潰されるようでした。
——この、たおやかな人は、長い年月のあいだ、一度も自らの弱さを明かし、助けを求めることをしなかったのだ。
その哀しみに、どうして自分は気づけなかったのか。
闇は深まり、燭の火は泣くように揺れ続けておりました。
几帳の灯りの影が、無情にも揺れ動いておりました。
その淡い光のなかで、紫の上の艶やかな頬を、一筋の雫が静かに伝い落ちます。
それが、長く耐え忍んできた彼女自身の涙なのか、あるいは、
遅すぎる悔恨に打ちひしがれた光る君の涙の映りなのか、
もはや判然といたしません。
「……あなたの……真の御心の一番には……
ついに、なれませんでした。
それが、千々に乱れるほどに……苦しくて……苦しくて」
その言葉は、まるで鋭利な刃のように光る君の胸を深々と裂きました。
「紫……!そのような哀しいことを、言わないでくれ!」
声は震え、息は乱れ、抱き寄せた腕は壊れ物を扱うように細やかです。
しかし、その腕の中で紫の上の体は、真綿のように軽く、
そして夜の気配のように冷えてゆきます。
「もう……よろしいのでございます。
あなたの御心が……たとえどなたを向いていようとも……」
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