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【完結】源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第三帖 賢木

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賢木②

光る君は、決意の重さを確かめるように、胸の奥深くまで息を吸い込みました。

冷たい夜気が、肺の内側を鋭く刺し、覚悟の輪郭をさらに濃くします。


「……支度をしろ。今すぐ、北山へ向かう」


低い声でそう告げると、静寂に慣れていた従者たちは、

驚愕の色を浮かべました。


「……まさか、今宵のこの刻限からでございますか?」

「今でなければ、もう間に合わない」


その声音は胸の奥に荒れ狂う情愛と焦燥を秘めているはずなのに、不思議なほど静かで澄み切っていました。

心は乱れているのに、言葉だけが水底の光のように、穏やかに落ちていく。


装束を整え、烏帽子を戴くわずかな間も、光る君の胸には、

ただ一人の少女の姿だけが浮かび続けています。


あの子が、再び泣く前に。

孤独という名の病を知ってしまう前に。

二度目の『死』へと続く道を歩ませる前に——。


どうか、間に合ってほしい。


その一心で、光る君は馬に跨りました。

薄雲の合間からこぼれる月の光が地を淡く照らし、

遠い山影には早春の霞が幽かにかかっています。


紫……待っていてほしい。

今度こそ、絶対に——

二度と、あなたをひとりにはしない。


そう深々と魂へ刻みつけて、馬の腹を強く蹴りました。


夜気を裂く風が衣をひるがえし、音もなく暗い坂道を駆け上がっていきます。


今夜、この道を越えれば——

光る君と紫の上の未来は、ようやく、定めの歯車から外れ、

変わり始めるのです。


深山の寂しい杣道を登るほどに、

木々の葉擦れが夜気に溶け、ひどく静かな囁きとなって耳を撫でました。


まだ春浅き山は、風冷たく、闇の底のような厳しさがあるというのに、光る君の胸の内では、懺悔と渇望が絡み合い、

抑えようのない熱が血潮を巡るように広がり続けています。


馬を静かに下りさせ、従者を遠ざけ、庭の端から尼君の庵をそっと垣間見たそのときでした。


闇と静寂の中に——

あまりにも小さく、可憐なひとつの背中が見えました。


薄い藤色の小迚をまとい、月光に淡く浮かぶ幼い影。

庭に散った梅の花片を、拾い集めているのでしょう。

細く白い指が露のような花弁をそっと掬い、胸元へ大切に抱き寄せていました。


無垢で、たおやかな仕草が胸を締めつけるほど愛おしく——

光る君は息が詰まり、その場に崩れ落ちそうになるのでした。


……紫……


呼んでしまえば、この世に積み重なったすべての業が、

その名に触れてしまうようで。

光る君は、遠くから息すら殺し、胸の奥に燃えさかる痛ましいほどの熱を押し隠したまま、ただ静かに、幼い背中を見つめるしかありませんでした。


時を遡る前の、あの凄惨な最期の光景が、唐突に胸の底で血のように疼きます。

病に痩せ細った手。光を失いながら、縋るように自分の手を握った冷たい指先。


『……孤独でした……』

——魂の奥から絞り出された、あの震える声。


あの子が『孤独』など、二度と味わうべきではない。

たとえ同じ生を二度繰り返すことになろうとも、あの痛みだけは繰り返させてはならない。


そう強く願うのに、今目の前にいる紫の上は、あまりにも無垢で、穢れを知らず、庇護されるべき幼さのままそこにいる。

その姿が、逆に光る君の胸を、鋭く痛めつけるのです。


手を伸ばすべきか。

それとも、このまま全ての罪を負って立ち去るべきなのか。


守るつもりで伸ばした手こそが、この子の行く末を破滅へ導くのではないか——。

過去の自分の愚かさが、鋭い矢のように胸へ何度も突き刺さり、光る君の足は地に縫い付けられたように動かなくなりました。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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