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源氏物語溺愛逆行絵巻―紫の上を失った光る君は、もう一度春へ戻る―  作者: 木風
第一帖 若紫

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若紫①

挿絵(By みてみん)

光る君が夜の闇に迷い込んだ回数は、空に散らばる星の数を指折るよりも多かった。

それほど多くの夜を重ねてなお、その記憶を辿ろうとすれば、

触れた肌の湿度も、滑らかに沈む曲線の温度も、誰のものだったのかさえ、指先から零れ落ちる砂のように曖昧になる。


ただ——

濃密な夜の気配、幾本もの指先が織りなした絹擦れの音、喉奥で震えた吐息の湿り。


「んっ、ぁ……」


途切れながら、涙が胸元に落ちて焼きつけた仄かな熱だけが、

胸の奥でとろりと溶け合い、ゆっくりと粘度を増しながら混ざり合う。


拒絶の影を帯びながらも震えていた細い首筋。

その鎖骨に触れたとき、香油の香がかすかにフワリと揺らぎ、

わずかに肩がビクッと身じろぎした夜。

怯えた瞳の主が袖を掴んで額を寄せ、逃れながら縋るように震えていた、あの蒸れるような体温。

嫉妬に灼けた手が衣を乱暴に引き寄せ、あふれた鼓動の強さが、ドクン、ドクンと自らの胸にも重く響き返った夜。


桜散る縁側で袖を引かれたとき、薄衣越しに伝わった、期待の湿り気を含んだわずかな温度。

海風に揺れた黒髪に、磯の匂いと甘い香が入り混じり、寄り添った腰のあたりにそっと流れ込んできた温もり。

月光が川霧を照らす夜更け、水気を帯びた儚い肩に触れた瞬間に走った、崩れ落ちそうな頼りなさ。

雪の降る夜、泣きながら縋られた細い腕が抱えていた冬の冷たさと震え——


どれもこれも、夜の闇が吸い込む直前のぬくもりと、夜明けに晒されたひややかさだけが、甘い毒のように身体の芯へ刻まれていった。


夜の帳のなか、薄衣が幾度も肌にペタリと張りつき、

指先は迷路を彷徨うように滑らかな起伏を辿り、女たちの息が喉で絡まり、

掠れた声が袖を震わせる。


「はぁ……んぅ……」


抱き寄せた腰は火傷のように熱を帯び、触れれば触れるほど、

その場限りの甘露は舌の上で濃く甘く溶けてゆく。

だが夜が明ければ、すべては泡のように空虚へと消えるだけだった。


どの夜も、白い指が彼の衣の結び目を乱し、

熱い吐息と濃く重たい熱が、彼の肌をびっしょりと濡らした。

沈香の淫靡な香とともに、女たちの肉体だけが彼の記憶に焼印のように残る。

抱かれ、求められ、狂おしくその身を委ねられるたびに、女たちの肉体だけが鮮烈に焼きつき、

名前も声も、やがてはひとつの濁った影へ溶けていった。


互いの熱に深く飲み込まれていくたび、


「んんっ! ああ……もっと」


と掠れた声でせがまれるたび、際限なくその奥底へと溺れていこうとするたび——

彼は温かい生命の源を手にしたはずなのに、魂の底には満たされない空洞だけが深く広がっていった。


思い出そうとすればするほど、女たちの面影は肉体の残響となり互いに溶け合い、

汗にまみれた肌のぬめりや、重く鈍い鼓動にも似た、どこか湿った音だけが、耳の奥に淡い残り香となって漂う。


積み重ねた記憶は、もはや誰が誰であったか識別できぬほどに混ざり合い、

暗い官能の重さだけがひとつの海となって、光る君の胸の奥深くに沈んでいた。


ただ——

その濁りきった海の底で。

数多の残像が溶け合った暗闇のなかで。

ひとつだけ、決して曖昧にならない光がある。


——その人だけには、欲望の熱を、指先ひとつ思いどおりに伸ばすことができなかった。


触れようとすれば指先が痺れるような緊張が走り、抱き寄せれば胸の奥が張り裂けそうな痛みに疼き、

触れてもよい領域などどこにもないと本能が告げるほどの存在。

どれほどの夜を貪り、どれほど多くの肌の起伏を知り、どれほど甘い吐息を浴びたとしても——

ただひとりだけは、その情欲の海のなかで、決して濁らぬ光となった。


夜の影へ堕としてはならぬと、彼の本能のすべてが恐れた少女。

清らかすぎる肌に触れれば、愛そのものが砕け散りそうで、

力で奪おうとすれば、奪う前に己の心が千々に割れてしまう。

抱き寄せれば抱くほど、罪悪ではなく祈りに似た敬虔な震えが走り、

胸の奥で震える光だけが、どうしようもなく彼を立ち止まらせた。


光る君がいくつの季節を熱狂の女たちと過ごし、どれほど深い褥に迷い込み溺れようとも——

そのたったひとりだけは、彼の魂のもっとも清らかな場所で、

永遠に触れられぬ灯のように、静かに、確かに光り続けていた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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