運命の書き換え
三周目の入学式の日。深雪は何事もなかったかのように、優斗の横を歩いていた。
色々と整理したいことがあったが、この日の朝は時間がない。ひとまずは、周りに心配させないために学校へと歩みを進めていた。
「初登校、緊張するね。友達出来るかな?」
一周目でも二周目でも聞いた優斗のセリフ。今の深雪にはない初々しさが、リセットを意識させる。
(私が意識的に世界をリセットさせた。誰でもない、私がやった事)
自分勝手な行動への罪悪感を覚える。その反面、達成感もある。
「聞いてる?蒼?」
「もちろん!ちょっと考え事してただけ。霧江は真面目で良い人だから、心配しなくても友達できるよ」
「そっか、ありがと」
深雪の返答に、優斗は照れつつも短く返した。
その後も二周目のように、一周目の世界をなぞるように一日を進めていった。
◇
入学式が始まると、ようやく深雪に暇な時間が訪れた。
式が始まってからは、ほとんど話を聞くだけになる。深雪にとっては三回目となるため、聞く必要はない。
(さぁ、状況整理を始めるか……)
進行役の主任の先生が話し始めると同時に、深雪は聴覚の意識を遮断した。
(まず、現状について…)
深雪は今、三周目となる世界に居る。二周目で橋から身を投げたことで、過去へと戻った。
一周目の例と合わせて考えると、なぜだか深雪は死ぬことで過去へと戻れるという能力が宿っていると考えられる。この能力の取得について思い当たることはない。制限も代償も分からない不思議な能力だ。
分からない事を考えても意味がない。今分かっているのは、深雪が死ぬことでタイムリープが発生していること。死んだ日付に関わらず、高校一年生の入学式の日に戻るということ。この二つである。
もし仮に、制限なくタイムリープができるのであれば、この世界で失敗したとしてもやり直すことが可能である。有益な情報を控えておけば、今後の世界で有利に立ち向かえる。例えば、宝くじ。当選番号と開催時期を覚えていれば資金面では困るどころか、それ前提のプランを構築することだってできる。過去の当選番号くらいなら、この情報世界の現代ではスマホで検索すれば出てくるだろう__。
(…………)
財力によって優斗をものにするプランはあまり好ましくない。深雪は、できることなら自分の力で優斗を振り向かせたいと考えている。それに、真面目な優斗がお金に目が眩むとも思えない。
例え、制限が無くとも出来ることなら次の世界なんて考えたくはない。この世界で優斗を振り向かせてみせる、このくらいのモチベーションで行きたい。
(次は、前回の反省…)
二周目の世界、一年生の頃は概ね上手くいっていただろう。積極的に優斗との交流機会を作り、一周目よりも親密な関係になれていた気がする。この優斗とのコミュニケーションは三周目でも変わらず実行した方が良いだろう。
大きく歯車がずれたのは、二年生になってからだ。深雪にとって、不利な要素が重なり過ぎた。一つは、クラスが別であること。クラスを跨いでの接触は難しい。無理にでも優斗のクラスへと入ることができたとしても、次の壁がある。優斗の友人だ。彼らが居ることによって、深雪が優斗に取り付く島もない。
そして最大にして最強の壁が、朝日の存在である。二人がいつ出会い、親睦を深めたかは分からないが、同じクラスに居る以上、接触を避けるのは難しい。
(さぁ、どうしたものか__)
答えを導き出せないまま、入学式が終わってしまった。
◇
一年二組のHR教室。担任の自己紹介をよそに、深雪は配布されたプリントを眺めていた。今後一か月の日程や、保健便りの身体測定の案内など、今の深雪にとっては無価値な紙屑同然のものばかりである。
その中の一つ、年間行事予定表が目に留まった。
(そうだ!これがあった!)
深雪の視線は、後期にある進路活動の文字に張り付いていた。
深雪たちの通う高校は総合学科であり、一年生は共通で二年生から選択した系列に割り振られる。進路系列と情報系列、福祉系列の三つである。
一、二周目の世界で深雪は、福祉系列を選択していた。理由は消去法だ。勉強は苦手だから、進路系列はなし。パソコンも苦手だから情報系列もなし。他の二つよりもマシという理由で福祉系列を選んでいた。
特に、系列によってクラスが分かれるといった仕組みは存在しない。実際に、一周目の世界では三年生の時に系列が別であった優斗と深雪は同じクラスであった。
選択した系列や授業によって、クラス替えが行われている確証はない。けれども、優斗と同じ系列の朝日は二連続で同じクラスであった。
つまり、優斗と同じ系列を選択することで同じクラスになる確率を上げることができるという仮説が立てられる。
優斗と同じクラスであれば、疎遠になることもない上に、朝日との関係を邪魔することも可能である。
深雪のこの世界での目的は決まった。一年生後期の系列選択で、優斗と同じ系列を選択する。
仮にクラス替えで優斗と同じクラスになるという思惑が失敗に終わったとしても、前回と行動を変えないことには、進展もないだろう。
◇
一年生の間、深雪の行動はほとんど変わらない。二周目と変わらず、優斗と積極的に会話をして、登下校して__。授業はほとんど聞き流して、テストを軽くこなして__。
そんなこんなで過ごしていった。
ある雨の日の授業中、外の景色を眺めているとふと二周目の最後を思い出した。痛みはないものの、苦しくて辛い感覚をよく覚えている。もっと楽で、苦しくない死に方は無いのだろうか。
数学の授業中、先生の死角でスマホを取り出す。ノートや教科書で隠しつつ、タイピングをおこなう。
『自殺 苦しくない 方法』
検索すると、画面にはカウンセリング関連の電話番号が表示された。
「はぁ…」
深く溜め息を吐いて、スマホを机の中に戻す。窓に反射した自分の顔が妙に冷めて見えた。
◇
後期になって、系列選択の日が訪れた。希望調査に回答し、用紙を提出するだけで系列分けられる。
深雪は用紙の、進学系列の欄にチェックを付けた。緊張に震える指先で、何度も確認してから提出した。
◇
その後も、二周目と変わらない生活していき、春休みが明け始業式となった。
深雪の隣には優斗が歩いている。入学式の日とは逆で、今度は深雪が緊張している。
生徒玄関に張り出されたクラス名簿を確認する。
二年五組。その出席番号一番に、深雪の名前はなかった。
高鳴る鼓動をよそに、順番に他のクラスの名簿を確認していく。
四組、三組、二組……、名前はまだ見当たらない。
「……あった」
二年一組、出席番号一番に深雪の名前が書かれていた。目線を少し落とすとそこには、優斗の名前もある。
手を強く握り、喜びを噛み締める。二周目では変えることのできなかった、運命ともいえるクラス替えを変えることに成功したのだ。こんな達成感、今まで感じたことがなかった。
運命を自らの手で操作した。この成功体験は、未来を作り変えたい深雪に大きな勇気を与えた。
「霧江、同じクラスだよ!」
「やったね!」
罪悪感を抱えることなく、純粋に優斗と喜びを共有できている。この感覚に心地よさを覚え、自然に頬が緩んだ。
ただ、同じクラスにあった「望月朝日」の名前は見て見ぬふりをした。




