なぞられた結末
深雪の二周目の学校生活は、一周目の世界をなぞる形で何事もなく一年が過ぎようとしていた。深雪と優斗の関係も言わずもがな進展はなかった。
多少、一周目よりも積極的に会話をしたり、登下校を一緒にしたりなどしてみたものの、付き合うまでには至らなかった。
七月の学校祭、八月のほとんどを占めた夏休み、九月の期末テストと体育祭、後期の進路活動……。年末年始の冬休み期間が明けて現在に至る。
最初の頃は、絶対にこの世界を良いものにしてやる、と息巻いていた深雪だったが、徐々に面倒な事に手を抜き始め、気が付けば一周目と同じ怠惰な深雪が出来上がっていた。例えるなら、新品のノートを綺麗に使おうと最初の方のページは丁寧に書いていたのに、気が付けばいつも通りの殴り書きになっていたような感じである。
そんな深雪の怠惰を助長させた原因の一つが、成績である。深雪にとって復習同然の授業のおかげで、一周目は平均以下だった成績が、テストで平均よりも上の点数を余裕でとれるようになっていた。勉強せずとも授業を受けるだけで点をとれてしまう現状は、深雪から「頑張る」という行動を次第に奪っていった。
(もうすぐ一年が終わる……。)
深雪の肩が少し震える。
二年生からは優斗とは別のクラスになる。今までの経験から容易に想像できる、これは確定事項だ。まさか、二年のクラス替えでも深雪と優斗が同じクラスになるなんて都合良く変わっているはずもない。
今まで深雪の有利に働いていたタイムスリップの予定調和が、今度は深雪の敵としてはだかっている。目先のクラス替えに限らず、二年の体育祭の日には優斗に恋人ができてしまう。一周目の世界、深雪が不登校になる少し前のこと、優斗から恋人ができたという話を聞いた時、その話もしてくれていた。
『体育祭の日の放課後に呼び出されてさ、告白されたんだ__』
それまでには、どうにかしないといけない。それなのに、何も行動のできない自分に嫌気がさしていた。
一周目の世界で、クラスが離れたことで疎遠になった。この先に同じ未来があると考えるだけで頭が痛い。
そんな深雪に追い打ちをかけるように、二年からのクラスに一周目で優斗の恋人であった、望月朝日が優斗と同じになる。
朝日は高校からの同級生で、深雪にとっては恋敵や泥棒猫といった相手である。互いに面識はないものの、成績優秀でスポーツ万能の文武両道のマドンナ的存在として、深雪の耳にも入っていた。
深雪の認識では、常に周りに人が居て、ザ・青春を謳歌している陽キャって感じの女の子。自分とは真逆の人間で、認めたくはないが真面目な優斗とお似合いの存在である。
改めて思い返すと、二年生に上がってからは本当に勝ち目のない勝負になってしまう。だからこそ深雪は、このままずっと一年生で居ることを望んでいた。
そんな深雪の願いなんて聞いてくれる筈もなく、ただ残酷に月日は流れていった。
◇
春休み明けの始業式。一緒に登校する優斗の話が耳に入らなかった。
クラス名簿を確認すると、深雪のクラスは二年五組であった。か行の名前を確認しても「霧江優斗」の文字が見当たらない。
(やっぱりか……)
自分の記憶と同じクラスで、少しだけ落胆する。優斗のクラスは一組で、朝日も同じクラスである。
「大丈夫だよ、クラスが別だからって友達じゃなくなる訳じゃないし。話す機会だっていつでもあるよ」
深雪の様子を察してか、優斗が励ましの言葉をかける。
この先、優斗と疎遠になることを深雪は知っている。
「そうだね」
だからこそ、精一杯取り繕った笑顔でそう答えることしかできなかった。
◇
優斗は、新しいクラスで新しい友達を作った。そのせいで、登下校も別々になり、話す機会も減った。
深雪と優斗は、すれ違えば手を振るだけの関係が続いている。体育祭の日までにどうにかしなければならないのに、何もできないでいる。
優斗の隣には男友達が居て、廊下で会っても取り付く島もない。ましてや、優斗のクラスに直接話しに行く勇気も無い。
何かしたいのに、何もできない。そんなジレンマに苛まれながら時間だけは否応なく過ぎ去っていく。
◇
夏休み前の学校行事である学校祭。その準備期間、深雪は勇気を出して二年一組の教室に赴いた。教室の扉が開いており、深雪は教室の様子を覗き込んだ。
そこには、楽しそうに作業をする優斗の姿があった。その隣には朝日がおり、こちらも楽しそうに作業をしている。
恥ずかしがり屋の優斗が、クラスメイトに囲まれて笑顔で接している。一周目では見ることのなかった知らない優斗の姿。
その姿を見て、深雪は自分だけ蚊帳の外に居るような気分になった。それもその筈、優斗は新しいクラスで交友関係を広げていく一方で、深雪は優斗に執着し過去に取り残されているのだ。
(あの空間には、私の居場所はないんだ…。)
無意識に爪が食い込むほど強くこぶしを握っていた。
深雪は逃げるように、自分の教室へと戻った。
◇
夏休みも終わり、とうとう体育祭の日がやってきた。
深雪は、うるさい鼓動の音を落ち着けながら優斗の様子を伺っていた。今現在、朝日は競技に出場しているようで、その応援をしているみたいである。
優斗が楽しそうに微笑む__、その笑顔が自分に向けられたものだったらと、深雪は何度思っただろうか。
優斗が朝日に向けて手を振る__。
(あぁ、もうこれ以上は……)
見たくない。嫉妬でどうにかなりそうだ。
深雪にとってただでさえ苦手な体育祭に、こんな精神状態で集中なんてできなかった。ずっと心ここに在らずで、クラスの人にはすごく迷惑をかけた。
それに引き換え朝日は、持ち前の身体能力によってリレーで優勝しておりクラスの勝利に大きく貢献していた。
(そういえば、一周目でも霧江のクラスが優勝してたっけ…)
ふと、思い出した。体育祭の勝敗なんて興味もなかったが、優斗が所属していたクラスだからか印象に残っていた。
そんなこんなで、体育祭は終わりを迎え放課の時間となった。
校内の人が空いてきた頃、優斗は朝日に連れられ空き教室へと入っていった。
『ごめんね、いきなり呼び出して___、誰にも聞かれたくなかったから__。』
深雪は閉ざされた扉越しに会話を盗み聞きしていた。邪魔をしようだとかは考えていなかった。ただ、どういった風に告白を了承したのか、事の顛末を知っておきたかったのだ。傷付くのが分かっているはずなのにこの会話を聞かないという選択はできなかった。
最初は雑談をしていた。会話は体育祭関連の話ばかりで、このまま雑談だけで終わってくれと最後の抵抗として願っていた。
『それでね、本題なんだけど___』
深雪の心臓が跳ねる。ついに朝日が切り出した。
『出会って半年くらいになるかな、あなたと過ごす時間は私にとってすごく心地よかった。それでね、霧江くんのこと好きだって気づいたの。だから、私と付き合ってください__。』
恋敵ながら強いなと感心する。深雪は告白する勇気が持てなかった。関係が壊れてしまうのが怖かった。振られるくらいなら友達のままでも良いと思っていた。
けれども朝日は、正面から自分の想いを伝えた。この行動力の差が敗因なんだなと思い知らされる。
真っ直ぐで、明るくて、人気者の朝日。それに比べて、受け身で、努力もろくにしない、臆病者の深雪。とっくに勝敗はついていたのだ。
朝日の告白に、優斗は照れながらもその場で了承した。こうして晴れて、二人は交際関係になった。
陽に照らされぬ廊下の床は、嫌に冷たく感じた。
深雪は泣き出しそうなのを堪えて、二人にバレないように音を立てずこの場から立ち去った。
◇
深雪は一人寂しく帰路についた。足取りは重く、顔は俯いている。
天気は曇天で、そのうち雨が降ってきた。
鞄の中に折りたたみ傘を常備していたが、出す気にもならない。雨にあたりながらも、ペースを変えず歩みを進めていく。
次第に雨水が体温を奪っていった。濡れたジャージや髪がぺったりと張り付き、不快感を覚える。いつの間にか雨水は靴の中にも浸水して、歩く度にぐちょぐちょと不快感が増し、足取りがさらに重くなる。
(もう何もかもどうでも良い)
この世界を良いものに変えると誓った筈が、結局は一周目と同じ道を辿っている。この先に待つのは最悪の未来。
これから上手くやっていけるだろうか。きっと無理だろう。一周目よりも早々に不登校になる未来が容易に想像できる。
ならば、どうすれば良いだろう。きっぱりと優斗を諦めるのか。難しいだろう、一周目よりも、この一年半は優斗について意識することが多かった。それにより執着心がもっと高まった。
だけども、ここから優斗を奪い返すプランも思いつかない。朝日に勝つビジョンが思い浮かばない。
いっその事、やり直せたら__。
(もう一度死ねば、戻れるだろうか)
そんな考えが頭を過った。
その時、ちょうど橋に差し掛かった。深雪は橋の上から、川を覗いた。雨によって川の流れが速く、茶色く濁っている。
(ここから飛び降りれば……)
無意識のうちに深雪は欄干に上っていた。視線が高くなり、深雪と川を遮る物がなくなった。それを意識した瞬間、恐怖が増した。高鳴る鼓動を抑えるように深呼吸をする。
いざ、飛び込むことを覚悟したその時、身体が硬直した。嫌だ、怖い、死にたくない、そんな感情が一気に深雪の頭の中を埋め尽くした。
気持ちを落ち着かせ、もう一度深呼吸をする。体勢を変えるため、足を少しずらした。
その瞬間、足を滑らせた。そのまま、川に向かって落下していった。
(恰好つかないなぁ)
滑り落ちて真っ先に出た感想は、自分への落胆だった。しかし、そんな考えはすぐに恐怖に押しつぶされた。
浮遊感に包まれながら落ちていき、水面に近づくにつれ加速していく。水面に触れる直前で、思わず目を瞑る。
「__うっ」
叩きつけたような衝撃を感じて直ぐに、水飛沫を上げ川の中に落ちる。
川の中は冷たく、流水音が轟々と鳴っている。咄嗟に口を開けると、川の水が入ってきた。土の味がして、舌には砂のようなザラザラとした感触がする。
呼吸をしたくてもできない窒息感がすごく苦しい。手足や体を動かしもがくも、状況は改善されない。
そのうち、息が続かなくなる。気道にまで浸水し苦しい。そんな状態が何分か続き、とうとう深雪の意識が途切れた。
◇
勢いよくベッドから体を起こす。上がった息を落ち着かせる。自分の思い通りに呼吸できることがこんなにもありがたく感じたのは初めてであった。
呼吸が落ち着くと、深雪は辺りを見渡した。自分の部屋でベッドの上。スマホで日付を確認すると、四月十日。
(戻って、これた…)
深雪の心臓はバクバクと高鳴っていた。この胸の高鳴りは、死への恐怖からくるものか、目的を達成した興奮か。
ただ深雪は、口角が吊り上がった不適な笑みを浮かべていた。




