満員電車で寄って来る男
「あんたはそー言うけどね、女の魅力っていうのは外見だけじゃないのよ」
藪見は妙に自信あり気な口調で僕に向かってそう言った。藪見咲和は女子高生だ。でも、外見は中学生くらいに見える。ちんちくりんで、胸も尻も小さくて、顔だってちょっと意地悪そうで地味だ。つまりは、女性的魅力があるとは言えない。
だから、まぁ、それで僕は彼女をからかったのだ。するとそれに彼女はそんな余裕のありそうな反応を見せたのだった。
「でも、お前、中身も魅力ないじゃないか」
僕がいつもとは違う反応に思わずそう言ってしまうと、「失礼ね!」なんて、いつも通りの反応が返って来た。ただそれから直ぐに取り繕ってこんな事を言って来たが。
「神谷には分からないのよ、このあたしの魅力が」
「ほー」と、それに僕。
「その言い方だと、まるで分かる奴がいるみたいじゃないか」
「それがいるから言っているのよ」
勝ち誇った少々ムカつく顔で、藪見は続けた。
「あたし、通学電車で、九条君とよく一緒になるのよ。途中の駅で乗って来るのだけどね。でね……」
九条というのは隣のクラスの有名なイケメンだ。そのまま、藪見は喋り続けた。
藪見咲和の乗る通学電車はいつも混む。満員電車だ。九条が乗って来るタイミングでは、既にそれなりに人が多くて、つまりはスペースが限られている。藪見はいつも同じ車両に乗るのだが、それは降車駅の階段が目の前にあるからで、恐らくは九条も同じ理由だろう。だからその車両には同じ高校の朝の常連の生徒がまだ他にもたくさんいる。そして、そんな内の一人には篠崎紗美という美人で有名な女生徒もいるのだった。
「……それなのによ、九条君はいつも大体、電車に乗るとあたしの傍に寄って来るのよ」
そう藪見が喋り終える。
やはり勝ち誇った表情。
「いい? あの篠崎さんじゃなくて、このあたしを九条君は選んでいるのよ?」
「へー」とそれに僕。
「いや、でも、それ単に満員電車で近くに来るってだけの話だろう? 偶然じゃないのか?」
「負け惜しみね。一度や二度じゃないのよ? 偶然なんてあり得ないわ。今朝だって近寄って来たのよ?」
僕はそれに頭を掻いた。
なんとなく……、なんとなくだけど、九条が彼女の傍を選ぶ理由に思い当たる節が僕にはあったのだった。
――隣のクラス。
九条がいるのを見かけて僕は話しかける。
「ちょっと聞きたいのだけどさ」
彼は不思議そうな顔をしたが、それに「何?」と返して来た。
「満員電車で乗り込んだ車両にもし美人がいたらどうする? もちろん、傍に寄りたいだろうけど、痴漢だって勘違いされそうとか色々と葛藤したりしないか? それとも九条くらいのイケメンなら気にしないか?」
その質問を聞くと「いやいやいや」と彼は笑った。
「そりゃ迷うよ。警戒されるのも嫌だし、それに魔が差すかもって不安になって敢えて離れたりもするね」
それに僕は「あー、なるほど……ね」と返す。
つまりはこういう事だろう。きっと満員電車で九条は藪見をほとんど意識していなくて、篠崎さんがいない場所を選んでいるだけ。で、満員電車だからスペースはそんなにない。結果的に藪見の近く行く事が多くなる。
自分の教室に戻ると、藪見は自分の席で機嫌良さそうにしていた。今朝も九条が近寄って来たと言っていたから、多分余韻に浸っているのだろう。
僕は少し迷ったけれど、結局は本当の事は伝えなかった。
あれだけ嬉しそうなんだ。真実なんて別に知らなくても良いだろう。それに、まぁ、どうせ九条との間には何にも起こらないだろうし。