星の声、ひとの光 〜リュミの手記より〜
あの青年が扉を開けた日のことを、私はきっと、長く忘れない。
「あなたの寿命は、残り一ヶ月です」
星霊盤が導き出した結果を告げたとき、私は、喉の奥がきゅっと締めつけられるような痛みを覚えた。
その人は、まるで“それが当然”だったかのように、うっすらと笑っていたからだ。
私の占いは当たる。
それが嬉しいと思ったことは、一度もない。
誰かの苦しみに触れるたび、私は何度も自分に問うてきた。
――これは、ほんとうに必要な真実だったのか。
――この人は、それを知るべきだったのか。
あの青年もまた、例外ではなかった。
彼の背中を見送ったあと、私はしばらく、何もできずにいた。
机に置いたままの星霊盤は、微かに熱を帯びていた。
余命一ヶ月。
それは確かな未来であると同時に、酷すぎる現実だった。
でも、彼は笑っていた。
「少し、生き直してきます」
その言葉が、ずっと胸の奥に残っていた。
⸻
日々の占い仕事に戻っても、彼のことがふと頭をよぎる。
手を盤にかざせば、誰かの未来が星の光で浮かび上がる。
恋、別れ、転機、病――
そのどれもが、切実で、かけがえのない人生のひとかけらだ。
けれど、誰かの“死”を知ってしまったときの感触は、他とまったく違う。
それは、一方的な終わり。選択の余地のない断絶。
それを人に伝えるというのは、ほんとうに、恐ろしいことだ。
「……それでも、私は占い師だ」
師匠が残してくれたこの小屋で、私が選んだ道。
人の運命を知ることは、人の心のそばに立つこと。
ときに傷つけてしまっても、そこから目を背けてはいけない。
それを忘れないように、私はあの日から、毎晩祈るように星霊盤に触れていた。
どうか、あの青年が、“残された日々”を悔いなく過ごせますように。
どうか、ほんの少しでも、穏やかな時間がありますように。
⸻
そして、彼がふたたび小屋を訪れたのは、あの日からちょうど三週間と少し経ったころだった。
扉が開いた瞬間、私は息をのんだ。
そこに立っていたのは、あの日と同じ青年だった。けれど、明らかに何かが違っていた。
姿勢が少しだけしゃんとしていて、目に曇りがない。
そして何より、顔つきがやわらかくなっていた。
「こんにちは」と彼が言ったとき、私はその声の奥に、たしかな“光”を感じた。
「占ってみますか?」
私はそう問いながらも、手がほんの少し震えていた。
もし、星霊盤が同じ未来を告げたら。
もし、やっぱり彼の寿命が一ヶ月のままだったら。
……私には、もう一度その事実を伝えることができるのか。
盤に手をかざす。
光が回転し、軌道を描く。
その瞬間――
小さな“揺らぎ”が生まれた。
ほんの僅か、星のひとつが、瞬いたのだ。
「……っ」
「どうかした?」と彼が訊いた。
私は慎重に、盤の気配を探った。
「あなたの運命に……小さな変化があります」
その言葉を発しながら、私の心もまた、大きく揺れていた。
「寿命は……まだ“一ヶ月”というままです。でも……盤が少し、光ったんです。まるで、運命が軌道を変え始めたみたいに」
青年は、しばらく黙っていた。
そして、やがて微笑んだ。
「もう少し、生きてみようかな。“もしかしたら”を信じてさ」
その言葉に、私は何度もうなずきそうになった。
運命は、変えられる。
いや、変わる“兆し”が、確かに存在する。
そしてその兆しを生むのは、誰かの“生きる意志”だ。
彼は、自分で自分を変えたのだ。
たった一ヶ月。けれど、意味のある一ヶ月。
その日々が、彼の“未来”をわずかでも揺らし、そして、星々にさざ波を起こした。
私はその証を見た。
星の声は、時に静かで、時に苦しく、けれど確かに“希望”を含んでいる。
あの日と同じように、青年の背中を見送った。
でも今度は、違っていた。胸の奥に、温かな灯がともっていた。
彼がこのまま消えてしまわないことを。
どうか、“次の未来”に手を伸ばせることを。
私は、心から祈っている。
――星霊盤に灯る光は、未来の可能性。
それがどれほど小さくても、誰かが信じる限り、消えることはない。
私の仕事は、未来を告げることではない。
その人が未来と“どう向き合うか”を、そっと支えること。
そう思えるようになったのは、きっと彼のおかげだ。
ありがとう、と私は心のなかでつぶやいた。
いつかまた、星霊盤の導きが、あなたをここに運んでくれますように――